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第二十四話 決着


「うん、今のはすごく効いたよ」


 僕を殴り飛ばしたレウヴィスはそのまま僕の頭を手で鷲掴みにして無理やり持ち上げた。僕を自分の目線まで持ってくると、彼は話し出す。


「油断したねぇ、あそこで追撃を加えられていたら流石の私もひとたまりもなかったよ。でも、君は私のことを知らなかった」


「……まさか再生持ちとは思わなかったよ」


 そんなの気づくわけがない。しかし、迷宮の魔物には再生能力の高い物も居る。やはり油断してしまったと言えよう。

 僕は自分の顔を掴んでいる彼の腕を両手で握り絞める。力を込めて、無理やりそれを引き剥がした。


「……ヨータ、君はどんどん強くなっているようだね。今この瞬間も。ますます興味深い!」


 強くなっている? 僕が?

 あまり自覚はない。僕はずっとがむしゃらに動いていただけだ。

 僕は疑問に思って首をひねるが、レウヴィスはすぐに話を変えてしまう。


「そうそう、気になっていたと思うけど、私が何処から来たか知りたい? 知りたいよね」


 彼は突如そんなことを聞いてくる。確かに気にはなっていた。迷宮において、いや、全世界中どこを探しても人型、と言えるような魔物は存在しない。

 彼は角以外の部分はほぼ人間と変わりないように見える。正直、彼の出身に興味はあった。

 僕は身構えながらも、彼の言葉に耳を傾ける。


「それで、私が何処から来たのかなんだけど、その前にここがどういう所なのか説明しようか。その方が後の事も分かりやすいだろう」

 

「……ここは迷宮の一番奥なんだろう?」


「んー、まぁそれは正しいんだけどね。厳密にはちょっと違うかなぁ」


 僕がそう聞き返すと、彼はそれを否定してきた。

 一体どういうことだ。


「ねぇ、ここにある扉や階段、これら全部がどこに繋がっているかわかるかい?」


「……」


 分かるわけないだろ。……でも、なんとなく何が言いたいのかは理解出来た気がする。

 もしかしたら、あの扉の向こうは――。


「そりゃそうだよね。まずここは、世界の中心。世界の分岐点だ」


 中心。分岐点。そう言われてもいまいちピンとこない。そんな僕の様子を見てレウヴィスは小さく笑うと言った。


「……この意味がわかるかい?」


「分かるわけないでしょう」


 分かってて聞いてくるのはやめてほしい。

 やはり僕をイジるのが楽しいのか彼はケラケラと笑ってから続きを述べた。


「世界の中心ってのは言葉通りの意味さ。ここが()()の世界の中心なんだ」


「迷宮はそこまで深くないぞ、世界の中心なんかからは程遠いんじゃないか」


 小さい頃に村の学校で大地は丸いと教わった。大きな土の球の上に我々は立っているのだと。

 僕がそうやって聞き返すが、レウヴィスは表情を一つもかえることはなかった。まるで、自分の言うことに絶対的な自信があるみたいだ。


「私は嘘は言っていない。ここが、世界の中心だよ。全ての世界を結ぶ、中心だ」


「全ての世界?」


「ふふ、今から説明するから、慌てない」


 慌ててない。ただ、気になるだけだ。

 迷宮が、この場所がどんなところなのかはまだ誰にも分かっていないのだ。

 レウヴィスはまちがいなくその答えを知っている。


「あの扉やら通路やらが繋がっている先は、君たちのいる世界とは別の世界なんだ」


「!」


「だから、ここは分岐点。全ての世界を繋ぐ中心だ」


「別の世界って、そんなものが……どういうことだよ、もっと詳しく聞かせてくれ」


 にわかに信じがたい。僕の驚いた表情を見て満足げにしているレウヴィスに問い詰める。


「……私は君たちの世界の住人ではない。この向こうにある世界の一つから来た」


「魔人って言っていたね。まさか……」


「私みたいな魔人が私のいた世界にはたくさんいるよ。それはもう、君たち人間みたいに」


 こんな化物じみた奴らが他にもまだ居るって言うのか。ありえない。


「その世界は魔界と呼ばれているんだ。もちろん君たちの世界にも名前があるよ。人界って名前が」


「……全ての世界ってことは他にも?」


 世界に名前があることなど初めて聞いた。世界は、世界だと思っていたのだ。

 レウヴィスは先ほどから、全て、と言っていたから、他にもあるのか。それを僕は彼に聞いた。


「もちろんだよ! 君達はエルフ、や獣人って聞き覚えがある?」


「ない……、いや! 小さい時に一度だけ、でも、それは単なる伝説で」


 あくまでも架空の存在として、大人達から聞いただけだ。人間以外の人種は居ない、今までそう思っていたのだが……。


「いい加減信じてもいいんじゃない? ここに実際にいるんだ。この角が見えるだろう?」


 彼の言葉にはっとする。確かに、彼の存在が現実にあるならエルフや獣人がいたっておかしくはない。

 レウヴィスは胸の辺りをさすりながら話を続ける。


「魔界や人界のほかにも、獣界、精霊界がある。そこではそれぞれエルフ達や、獣人が暮らしているんだ」


「ここはそれら全てが繋がっている場所だって言うのか」


「そう、そういえばそこの娘はドラグーンにやられたんだっけか。ドラグーンは元々魔界の魔物なんだ。逆にオークなんかは人界出身の魔物だったりするね。オークは地上にも居るんだろう?」


 それも初耳だった。が、納得も出来た。ドラグーンの異常な再生能力はレウヴィスのその再生能力とも通ずるものがあった。

 僕はチラりとミカを見る。彼女と目があった。


「君達世界と同じようにそれぞれに同じような迷宮が存在するし、私も魔界からこの迷宮に入ってたどり着いたんだ」


「……」


「簡単に言うと、私はこの先にある魔界から来たってことなんだよ」


「あなたは異世界人ってことなのか」


 僕が聞き直すと、レウヴィスは頷く。


「そうだよ。……そろそろ良いかな」


「何がいいんだ」


「決まってるじゃないか! こういうこと……さ!」


 ゴォッ!!


 激しく空を切る音ともにレウヴィスが殴りかかってきた。しまった。今のは時間稼ぎで……。

 避ける間もなく壁まで飛ばされる。僕は壁に叩きつけられるが、すぐにそこを離脱しようと立ち上がろうとした。

 しかし、レウヴィスにそれを阻止され、追い詰められたかたちになってしまった。

 僕は彼から見降ろされ、それを見上げるしかない状態だ。動きは封じられてしまっていた。

 レウヴィスは勝ち誇ったように言う。


「まぁ、君が話に乗ってくれて良かったよ。冥土へのみやげには十分な話だったろう?」


「ああ、たしかにね」


「正直君がもっと強くなってから戦うのも結構魅力的だったんだけど、やっぱ殺し合いって言ったしそれじゃ意味がないと思ってね」


「そうですか」


「そういうことだよ、惜しかったね。でも、君一人の力で私をここまで追いつめられたんだ」


「……」


 でも、結局一人ではレウヴィスには敵わなかった。やはり、実力不足だろう。


「ふふ、じゃあね」


 レウヴィスはそう言って腕を高く挙げる。僕にトドメを刺すつもりだろう。

 僕は目を閉じて、それが――


「別に僕の仲間が一人だなんて一言も言ってないよね」

 

 振り下ろされる直前にそう言った。僕の言葉を聞いたレウヴィスが一瞬だけ動きを止める。


「ん? たしかにそう……! 不味いっ」


 タッタッ、……ドッ!


 彼が飛び退くより数瞬早く、後ろから攻撃が仕掛けられた。

 レウヴィスは心臓部分を貫かれ、その場で硬直する。

 彼の口から、血が零れ出た。


 致命傷、誰もがそう思った。


 レウヴィスの心臓を貫いているのは、ミカだ。ミカの右腕が彼の腕にまっすぐ突き刺さっている。


「油断、したね?」


「ふふ、そうみたい……だ」


 僕は先ほど彼に言われたことをそのまま言い返してみる。彼はそれを聞いてまだ、笑みを絶やしていない。


「あなたは僕の能力を知らなかった。……ちょっと卑怯な手だけど、僕は死ぬつもりは絶対にない。悪いけど、これでチェックメイトだ」

 

「……そういえば、この娘は君の仲間だったか。見落としていたよ」


 自分の胸に生えた腕を見ながらそう言った。


「殺し合いに負けたのは私の方、かな……ふふ、ミカって言ってたっけ? 細胞が馴染んで来たようだね」


「細胞……ってなんのことよ」


 ミカが、腕を抜き取り聞いた。だが、レウヴィスは彼女を一瞥すると、その場に倒れた。


 勝敗は決した。





「ミカ、大丈夫か」


「ええ、もう大丈夫よ。……ありがとう」


 僕から目をそらし、顔を俯かせたまま彼女はお礼を言ってくる。

 僕達はこの空間から出るために出口へと向かっていた。

 先ほど、レウヴィスが話している最中に僕は彼女に支援魔法をかけておいたのだ。

 一応合図もしておいたのだが、彼女がそれをわかってくれて良かった。


「ねぇ、私あの人殺しちゃったよ……」


「……うん」


 彼はどんな理由であれミカの命を助けてくれた。自らの命を守るためだったとはいえ、後ろめたい、罪悪感が残る。

 そういえば、オーク達の主でもあったはずだ。彼らにどう顔を合わせればいいのかわからない。

 少し暗い気持ちになりながらきた道を戻っていった。

 やがて、最初のこの空間への入り口まで戻ってくる。この先でヨシヤとガロンが待っているはずだ。

 僕は軽く深呼吸してから、ゆっくりと扉を開けた。ミカを伴ってそこから外に出る。


「ヨータ! 無事だったか!」


 扉をくぐって、まず目に飛び込んできたのは……。


「……おい、ヨータ何だコイツラは……強……すぎる」


 僕達のことを見て安堵する臨時のパーティーメンバー達と、ボコボコになったガロンの姿だった。

 ガロンは僕に気づくとそう聞いてくる。


 一体何をやって……。

 僕は呆然と彼らを見やった。


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