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第二十三話 支援魔導士の本気の一撃


「なんで、……なんでヨータはそこまでするのよ」


 ミカは震える声でそう聞いてくる。

 なんでと言われても、理由なんか一つしかない。

 

 ――それは、僕が彼女のことを……だからだ。


 ちょっとだけ恥ずかしくて口には出せない。

 僕は彼女の方を向いて言う。

 

「……それに僕はミカにいつも助けてもらってたんだ。今度は僕が助ける番だよ」


「違っ、あれはただ私が……」


 違わない。今まであのパーティーにいることが出来たのはミカのおかげなのだ。

 思い返せば、これまでも何度も僕を追い出そうとする兆候はあったかもしれない。

 その度に彼女は庇ってくれたのだ。彼女だけがまっすぐに僕を見ていてくれたのだ。


 あの時も、あの時も。


 亀裂はずっと前から生まれていたのだ。 





 探索者として登録しに街へ来た時も。


「ヨータ! やっと探索者になれるわね! 私、適正は細剣士だったよ!」


 彼女は興奮気味にそう聞いてきた。嬉しくて仕方がないと言った様子だった。僕はなりたい職業ではなく、それも一番の不人気職だったために落ち込みながら答えた。

 僕は、剣士になりたかったのだ。


「……僕は支援魔導士だったよ」


「どんなスキルだったの?」


 彼女は落ち込む僕を見てただそれだけ聞いてきた。


「全能力10パーセントアップだって」


 僕が暗い表情で答えると、彼女はパッと顔を輝かせて称賛を送ってくる。


「凄いじゃない! だって、全能力でしょ? すごいに決まってるわ」


「そう、かな」


「そうよ! 全部の能力を10パーセントって相当でしょ? きっとパーティーでも役に立つわ!」


 僕のスキルがいかに良いものかを一生懸命説明してくる。

 笑顔でまくし立てる彼女に、僕もそんな気がしてきて、そのうち自身も笑顔になった。



 皆がレベルアップしていく中僕だけレベルアップが遅くて、それが原因で皆と喧嘩になった時も、彼女は僕をカバーしてくれた。

 

「ちょっと、ヨータは悪くないでしょ!」 


 探索者になってから、もう何ヶ月も一切レベルが上がっていなかった。僕以外は既に全員レベル2だ。

 あの時はそれを巡ってライオル達と口論になっていた。

 

「はぁ? 本当に頑張ってたらもうとっくにスキルアップデートが来てもおかしくないじゃん」


 ミカ以外の皆は、僕の努力が足りないと言う。僕は自分なりにずっと頑張っていた。基礎ステータスを上げるために筋トレしてみたり、自分でやれることはやれるだけやって来た。

 それを否定された。

 だから僕は反論したのだ。それで口論になった。


「アンタたちが遊んでる間もずっとトレーニングしてて、アンタたちがまだねているときも朝早くから走り込みしてるの! ヨータは悪くないわ」


「……チッ、まぁいい。とにかく、このままレベルが上がらないといろいろとまずいんだ、なんとかしろ」


 あの時は彼女のおかげでなんとか場を収める事ができた。


 

 僕が迷宮で失敗を侵し、皆の足を引っ張ってしまった時もだ。


「おい、ヨータふざけるなよ」


「……ごめん」


 僕は油断をしてゴブリンの攻撃で怪我を負ってしまった。一人でも戦いに参加出来ない奴がいるとパーティーへの大きな負担になる。

 皆は僕を激しく責め立てた。僕は何も言えないために、黙り込んでいた。

 でも、ミカだけは僕を慰めてくれた。


「自分だって何度も怪我をしてるくせに、一度の失敗だけでそこまで言うのは酷いでしょ? ……大体、皆が無理やりあんな危険まな所に行くから」


「それはこいつがいつまでも! ……まぁいい。次から気を付けろ」


 彼女のおかげでずっと僕は助かっていた。助けられていた。

 ずっと、ずっと。





「僕をずっと助けてくれてただろ? 僕は恩を仇で返すようなクズ野郎じゃない」


「違うの、あれは……違うの」


 僕がそう言うと、ミカは泣きながらそれを否定してくる。

 一体何が違うと言うのか。


「何が違うの? 僕は少なくとも、ずっと感謝してたよ。嬉しかった」


「そんなんじゃないの! あれは全部、自分の為で、ただの自己満足で……!」


「なら僕も自分のためにミカを助ける。僕自身がミカが居なくなるのは嫌だって、そう思ってるから」


「でも、私はただのクズ女で、助けてもらう資格なんてない!」


「いいや、ある! ミカは誰かをずっと助けて、救ってきたんだ! クズなんかじゃない! なんだかんだ理由をつけて、見捨てたりする方がクズだろ? ミカがクズなら僕もクズだ。自分のことしか考えられないで、他人に当たるようなクズだ」


 彼女がそうなら僕だってそうだ。それに違いはない。


「でも、結局皆の仲を壊しただけで……」


「遅かれ早かれこうなってたよ。もう元になんか戻せない」


「昔みたいに戻りたいよ」


「……僕もそう思うよ。でも無理だよ」


 実際、村にいた頃はこんなことになるなんて、かけらも思っていなかった。でも、もうあの頃には戻れない。過去に行くことは出来ないんだ。


「ミカ、だから僕は君を助けるよ。何があっても」


「……!」


「ねぇ、二人の世界に入ってるところ悪いんだけど、私はもう待てないよ、もういいよね? ね?」


 と、律儀にも待っててくれたレウヴィスが、とうとうしびれを切らしたようでそうやって催促をしてくる。


「友情を確かめ合うのはいいんだけどさ、放置は酷いよね放置は。……どっちかっていうと愛を囁き合ってたほうか。なに、二人ってデキてたりするの」 


「そういう関係じゃない」


「またまたぁ、ミカ♡なんて呼んじゃって絶対本気でしょ」


 ニヤニヤとしながらレウヴィスは煽ってくる。半分図星なだけにうまく言い返すことができない。

 なので、僕は拳で答えを返すことにした。

 

「ほっ、元気が戻ったみたいだねぇ! じゃあ、再開と行こうか!」


 僕の本気のパンチを軽々と避けると、それを合図に戦闘を再開した。

 今度こそ本気だ。絶対に勝つ。

 僕は今まで以上に本気で動いた。レウヴィスの攻撃を見切り、避ける。そしてカウンターで拳を繰り出す。

 

「いやー、さっきより格段に動きが良くなってるじゃないか! もしかして図星だった?」


 ああ、図星だよ! 彼の挑発にもうこれ以上黙っていられなくなり僕は叫んだ。


「ああそうだよ! 僕はミカの事が好きなんだ! ずっとずっとね!」


「へぇ、やっぱり? まさか白状するとは思わなかったよ。君、中々の男だね」


「そりゃ、どうもっ!」


「おっと、危ない……君、私の結構好みかもしれないよ」


「……男に好かれてもね!」

 

 僕は彼の軽口に自らも軽口で返しつつ目の前に極限まで神経を研ぎ澄ます。彼の挑発に乗ってはいけない。

 僕はミカと二人でここを出るんだ。


「……っ? ……っ!?」


 場所を移動しながら戦っているうちに、ミカの表情がチラリ、と視界に入る。

 彼女は驚きに目を見開いて固まっていた。

 

「っは!」


 すぐに目を離しレウヴィスに拳を叩き込む、殴って、殴って殴打する。今度は手応えがあった。確実にダメージが入っている。


「君、ちょっとさっきと比べて強すぎ……ラブパワーってやつ?」


「その通りだよっ!」


 レウヴィスが肩で息をしながら、しかし嬉しそうに聞いてくる。

 僕はそれを肯定した。もう言ってしまったのだ。今更否定する気など毛頭ない。


「僕はミカの事が! 大好きだぁあああああ!!」


 そう叫んで、レウヴィスの胸に、拳を叩き込んだ。


 ごキリ。


 彼の胸から鈍い音が響いた。手にもはっきり感触が伝わってきた。

 砕いた。そう思った。


「ふふ、ダサいのに、ちょっと……かっこいいじゃないか」


 レウヴィスは、口から血を吐き、その場に倒れ込んだ。

 僕はそれを確認すると、ミカの方へと近づき、彼女の手を取る。

 大きく見開かれた瞳が揺れた。

 僕は彼女の顔をまっすぐと見て言った。


「僕が君を助けたいから助けるんだ。誰にも文句なんか言わせない。人って、本当に好きな人のためなら何でも出来るんだ。僕は君がどんな人だって構わない。僕はミカの為なら何でも出来る」


「ヨータ……」


 彼女は小さく僕の名前を呼ぶ。僕は彼女に優しく声を掛けた。


「ミカが何を気に病んでいるのかはよくわからない。でも、君は悪くないと思う。僕はずっとそんな君に助けて貰っていたんだ……それに、これからいくらでも時間はあるんだ。変わりたいと思うなら、いくらでも変われるさ」


 だから――。


「だから一緒に帰ろう」


 僕はそう言い切った。はっとしたような表情で僕を見る。彼女の腕が僕の差し出した手に向かって伸ばされ――。

 

「ヨータ、後ろ!」


 僕の後ろを指さした。


「……初めてだよ。こんなに大怪我をしたのは。今のは効いた。うん、すごく効いた」


 レウヴィスが立ち上がっていた。僕の拳を受けた胸部は……徐々に再生していっていた。

 やっぱり化物じゃないか。僕はそう思って、彼の殴打を顔面で受けた。

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