第二十二話 支援魔導士、実力不足を実感する。
僕に選択の余地は残されていなかった。
ゆっくりと手持ちの短剣を鞘から抜き、彼に向かって構えた。
「ふふ、やっと私とやり合う気になったかい?」
ようやく戦う意志を見せた僕をみて、レウヴィスは笑みをさらに深めた。
僕はミカを離すよう彼に求める。
「……ミカは離してください」
「ああ、そうだったね」
僕の言葉で思い出したかのように抱えていたミカを離すレウヴィス。放り出された彼女はそのまま地面に倒れ込む。まだ苦しいのか、激しく咳き込んでいた。
「じゃあ、やろうよ。……よそ見してないでさぁ!」
僕がミカに気を取られている隙に、レウヴィスは襲いかかってきた。
彼は地面を蹴り飛ばし、僕の懐へと突っ込んでくる。
「あ……かっ」
直後、僕は後ろに吹っ飛んだ。体はくの字に折れ曲がり、奥にあった壁まで飛ばされ、激突する。
なんの技術もない、ただの頭突き。
――凄まじい敏捷と筋力だった。
人間離れしている。そう思った。
最も、彼が人間でないことは、すでにわかりきったことなのだが。角が生えた人間などこの世には存在しない。
僕はゆっくりと立ち上がる。スキルのおかげで大分ダメージは軽減されていた。まだまだ動けるだろう。
さっきは油断していたために、彼の攻撃を避ける事ができなかった。
次は同じ手は食わない。
「へぇ、やっぱりこれでも立ち上がれるんだ。ガロンだったら今のでダウンだよ」
「……どうも」
僕が立ち上がったのを見てレウヴィスは嬉しそうに嗤っている。鳥肌の立ちそうな狂気の笑みだ。
僕は何も言わずに彼へと短剣を持って斬りかかった。
狙いは彼の足だ。無防備になっている場所でもあり、そこさえ封じてしまえば彼の動きを大分封じることも可能な筈だ。
「……ふっ!」
僕はレウヴィスの首元を狙うフリをしてフェイントを掛ける。当然彼は首元を守ろうとして、足は下半身にかけてが無防備になる。
僕はそこを狙った。
……腱だけを断つ!
僕は短剣を振るおうと、振りかぶって――。
ゴッッ!!
突然、顎に大きな衝撃を受け、その場でひっくり返った。
一瞬視界が白く明滅し、ピントが合わなくなる。
混乱しかけた頭をむりやり元の状態に戻した。レウヴィスの方を見上げ、状況を理解する。僕は彼の蹴りを食らったのだ。
レウヴィスは長い脚を高く突き上げた状態で止まっている。
こちらを見下ろして、挑発するようにニヤニヤとしている。
「残念だったね? この程度じゃ私の裏なんて掻けないよ」
「……クソっ」
思わず汚い言葉が口をついて出る。今までずっと支援職として後ろを付いていくだけだった僕には、圧倒的に経験が足りなかった。
これでは勝てない。
「んー、私は殺し合いしようって言ったんだけどなぁ? 本気出してる?」
足を降ろし、腕組みをしながらレウヴィスはそう聞いてきた。あちらはまだ随分と余裕があるようだ。
いや、当たり前だ。僕なんかは彼にとって片手で捻れる程度の存在なんだろう。
だが、それだけで諦める理由にはならない。このまま殺されてたまるか。
僕は再び立ち上がる。
「もっと本気を見せておくれよ、な?」
「……望むところだ!」
僕は再びレウヴィスに斬りかかった。
◇
「はぁっ!」
「なかなかいい動きだ」
僕はレウヴィスの胸元に短剣を突きこむ。突いて、突いて、突き入れる。
しかし、それを彼は容易く避けてしまう。僕はそれに追撃をしかけた。
それも、当たらない。
「ちくしょう、この化物……」
先ほどからずっと僕が攻撃を仕掛けては避けられ、をずっと繰り返していた。もう小一時間ほどもそんな調子のイタチごっこが続いている。
ステータスのおかげでレウヴィスの動きをなんとか追えている状態だ。だが、それだけである。
レウヴィスにはまだ明らかに余裕がある。僕は焦る。
激しく動いたことで滲んできた汗が、顎をつたってしたたり落ちた。
「いやぁ、化物だなんてひどいなぁ。私はれっきとした魔人だよ。ほら、こんなにキュートで可愛いだろう?」
何を言っているんだ。可愛いとか可愛くないとか女かよ。コイツはどう見ても男だ。何も着ていない上半身は、細身ながらも引き締まった筋肉がしっかりと晒されている。
少なくとも、女、という要素は見当たらない。
僕はただの挑発と、して受け取った。
「――男のクセに、気持ち悪いぞ!」
わざとらしくしなを作ってみせるレウヴィスに、僕は殴りかかった。剣は諦めた。
こんなものに頼っていても当たらなければ意味がない。僕はそれを投げ捨て、体中の筋肉を全力で使って、彼の顔に拳を叩き込んだ。
「……っ、当たった!」
今度は避けられなかった。初めて当たった。僕の拳が彼の端整な顔を思いっきり捉える。
今度はレウヴィスが先ほどの僕みたいに壁に向かって吹っ飛んだ。
「どうだ! 僕の本気だ」
僕は彼に向かってそう叫ぶ。正真正銘の本気の一撃だ。僕の今のステータスをフルに活用方法した。
レウヴィスはしばらく黙っていた。そして、ゆっくり立ち上がる。彼の顔から今までの笑みは消え失せていた。僕が殴ったところは大きなアザになっている。
「……い」
彼は小さい声でなにかを呟いた。
「?」
「面白くなって来たよ……!」
ニィ、と。
彼は再びその顔を笑みに染め上げた。ものすごい、凄絶な笑みだった。
「ああ、生きているって実感するよ。これだよ、この感覚だ! さぁ、もっと、もっと寄越せ!!」
「……っく!」
その後は双方とも至近距離での殴り合いになった。
ドゴッォ! バゴォ!
とてつもない轟音がこの空間全体に響き渡る。
それだけの威力をそれぞれの拳が秘めていた。
「あははははははははははは! ははははははははは!」
「……なんでそんなに笑っているんだ! ぐっ!?」
レウヴィスは笑い声を上げながら次々と攻撃を繰り出してくる。僕もそれに負けじと応戦し続けた。
「なに、って楽しいからに決まっているだろう? ほら、手が緩んでる!」
「がっ!?」
僕は腹を思い切り殴られて思わず動きを止めてしまう。そこにレウヴィスは追撃を仕掛けて来る。
全身を殴打され、僕は地面に転がる。
「……ふう、なかなかスリリングで楽しかったよ。ふふ、もう動けないかい?」
額から流れ出た血を拭いながらレウヴィスはそう聞いて来る。僕はそれには答えずに立ち上がろうと手に力を込める。
足がガクガクと震え、うまく立ち上がることができない。それでも、むりやり立ち上がる。
レウヴィスは感心した様子で、更に声を掛けてきた。
「あれ、結構本気でやったんだけどまだ立てるんだ。すごいね、君」
「当たり前、だ……死ぬつもりなんかない!」
「いいねぇ、その意気だよ!」
僕はなんとか立ち上がると、レウヴィスの肩を掴み、彼の顔目掛けて頭突きをする。
彼は僕の頭を掴むと、地面に叩きつけた。
だが、まだ立ち上がる。体が動くうちは何度でも立ち上がってやる。
と、突然今まで黙って僕たちの戦いを見守っていたミカが声を発した。
「――何でそんなになってまで戦っていられるの? ヨータはなんでそこまでするのよ」
「なんでって、僕はまだ死ぬつもりなんかないからに決まってるじゃないか」
「なら私を置いていけば……!」
「それは出来ないよ、なんのためにここまで来たと思ってるんだ」
僕はミカを助けに来たんだ。せっかくここまで来て、今更逃げ帰れるわけがない。
「なんでよ! アイツはヨータを殺すつもりよ! 自分が死ぬ目に合う必要なんて……!」
「んー、なんだい人を殺人鬼みたいに。殺すつもりなのは間違いないんだけど」
「……っ、逃げてよ! 足手まといなんか置いてっていいから」
レウヴィスのいった言葉にミカが一層必死になって僕に逃げるように言ってくる。
「……逃げたところでコイツは追ってくるよ。それにミカを助けに来たのに今更手ぶらで帰れるわけないだろ?」
「いやー、正解だよ。君は私のことよくわかってるね」
僕の言ったことをレウヴィスは肯定してくる。
「なんでよ……」
震える声でミカがそう聞いてきた。
その問いに対する答えなんか決まっている。一つしかない。
それは僕が――。





