第二十一話 支援魔導士、闘いに挑む
「……おい? ミカー?」
僕は近寄って肩に手を掛ける。すると、ミカはようやく顔を上げてこちらの方を向いた。
だが、僕を見ても彼女の顔は暗いままだ。いったいどうしたのか、僕は気になって彼女の顔をのぞき込んで問い詰めてみる。
しかし、僕がいくら声を掛けても彼女は何も答えることはなかった。
「なぁ、ミカ! いったいどうしたんだよ……もう大丈夫だから、ほら」
僕はミカを安心させるようにそう言って、彼女の前に右手を差し出す。
これでも反応がない。困り果ててしまった僕は彼女の前でしばし考え込む。
彼女はきっと長時間迷宮で取り残されていたせいで、かなり憔悴している。もう、こうなったらいっそ僕が背負って行くべきだろうか?
正直、歩けるのなら歩いて貰いたい。僕の支援魔法があれば、肉体的な疲労は殆ど無効と同義だし、背負ったままだとモンスターとの戦闘時に、負担になるおそれもある。
ここは悩みどころだが……。
「そうだ、今回はヨシヤさん達がいるんだ。戦闘は彼らに任せよう。ミカ、僕がおんぶしてあげるから、疲れてるんだろう? 遠慮しなくていいから」
本来一人で探しに来るつもりだったが、結局ギルドから引き止められ、臨時のパーティーを組まされることになったのだ。
パーティーを組むことを強制されたときは煩わしくも思っていたが、彼らの実力は一流だったし、こういうときには非常に助かるだろう。
僕は彼女をおんぶしようと腕を掴んで立ち上がらせようとする。すると、彼女が僕に会って初めて口を開いた。
すごくか細い声だった。
「……って」
「へ?」
僕はよく聞き取れなかったため、思わず聞き返した。すると、今度ははっきりとした声でその言葉を口にした。
「……帰って」
「え、だから一緒に帰ろうって」
言葉の意味が理解出来ずに僕はきょとん、とする。彼女は僕とは目を合わせようとせず、鋭い声で僕の申し出を拒否してきた。
「だから、一人で帰って! 私なんか置いていけばいいのよ……」
なんで? まったく理解できない。
……ひょっとして、まだあの時の事を気にしているのだろうか。
「ミカ。この間の事、まだ怒っているなら謝るよ。僕が間違ってた、だからさ……」
「違う、そうじゃないの」
これも彼女に否定されてしまった。一体どうしろというのか。
もうむりやりにでも背負っていくか。
「うーん、一体どうしたのか僕にはわからない。だけどミカが今すごく傷付いて、辛いのはわかったよ。とりあえず帰ろう、僕が背負うから……失礼するよ」
彼女は少しだけ抵抗する様子を見せたが、力が及ばないと見るや、大人しくなった。
彼女の腕、じゃ無理な体勢になってしまうから、……どこに触れていいのか少し迷って、脇から彼女の背中に手を通して抱っこする形になってしまった。この体勢はいろいろと不味い。
彼女の息遣いが耳のすぐ横で聞こえるし、何よりも僕の胸の辺りに当たっている物がヤバイ。
僕は慌てて彼女の抱っこのしかたを変える。いろいろ試してみて、結局お姫様だっこの形に落ち着いたのだった。
まぁ、これでも彼女の柔らかい大腿の感触が伝わってきて、僕の心臓には悪いのだが、良しとしよう。
ふと、僕に抱っこされているミカの顔を見てみたら……。
「……そんなに嫌ですか」
酷い表情だった。僕は軽く傷付いた。
しかしながら、ヨシヤ達をすでにだいぶ待たせてしまっているので、さっさとここを出なければ。
僕はレウヴィスさんにお礼を言ってからここを出ようと横で見ていた彼の方に向き直ったのだが……。
「ふふ、お姫様だっこだなんてお似合いじゃないか」
そう言ってニコニコしながらこちらに近づいて来たかと思うと突然、
「えっ」
ドッゴォ!!
攻撃を仕掛けてきた。
彼は拳を地面にめり込ませ、そこを起点にして放射状にひび割れを作っていく。すごい威力だった。およそ人の出せる力じゃない。
僕は間一髪のところで避けることができた。自分で動いたのではない。体が勝手に動いたのだ。生存本能が警鐘を上げているように、心臓がバクバクと高鳴っている。
原因はレウヴィスだ。彼の纏う雰囲気が変わった。深層域のどのようなモンスターでもここまで恐怖を抱いたことはないだろう。
それだけの迫力を彼はまとっていた。この人はヤバイ。感覚がしきりにそう告げている。
彼は顔をゆっくりとあげると、さっきと同じようにニカリ、と笑みを浮かべた。
「ねぇ、もう我慢できないよ。早く約束通り勝負しようよ」
「え、何言って「――逃げて!」」
ミカが突然暴れだした。彼女はむりやり僕の腕から抜け出すと僕の肩を掴んで必死に訴えて来た。
「私なんかどうでもいいから! もう逃げて! このままじゃヨータが死んじゃうかも……!」
「でも、せっかくミカを助けてくれたんだし、そんな急に……」
「彼は私を助けてくれたわけじゃないの! 私はただの餌よ、アンタをおびき出すための!」
餌ってどういうことだろうか。なんでわざわざ僕をおびき出すなんてする必要が?
そうやってミカと話をしていると、レウヴィスが再び話を振ってくる。
「んー、あれ? 約束してなかったっけ、……あー、ガロンのやつ言わなかったな。まぁいいか。ヨータ、早くやろうよ」
「えっ、と何を?」
彼の纏う重圧に気圧されながら、そう聞いた。ミカの話を聞いていたために、彼の言葉はよく聞いていなかったのだ。
僕の質問に、彼はさも当然と言わんばかりの口調で、平然と答えた。
「何って、さっきも行ったとおりだよ。勝負だよこ、ろ、し、あ、い」
「殺し合い!?」
この人は何を突然言い出しているんだ。僕はそんな約束をした覚えはないぞ。何しろ先ほどが初対面なのだから。
だが、そんなことはお構いなしなようで、再び殴りかかってきた。
僕は効果が切れたスキルを掛けなおしてそれを避けた。
すごい速度だった。
このスキルが有っても避けるのがせいいっぱいなほどだ。
と、ここで初めて気がついた。彼の頭に角が生えていることに。まさに、魔物の持つような角だ。
人じゃない?
それを考える間もなく、レウヴィスはすぐに次の攻撃を繰り出してくる。僕は必死になってそれを避け続ける。
間違いなく当たったら致命傷レベルの攻撃だ。本能がそう告げている。そうやって攻防を繰り返しているうちに、ミカとの距離が離れてしまった。彼女は悲痛な顔で僕を見ている。丁度レウヴィスの後ろにいる形だ。
もう先程までレウヴィスに持っていた人の良い男性、というイメージはすっかり崩れ去っている。
今は避けるべき脅威、ただそれだけだ。
「ええと、勝負、でしたよね? ちょっとこれからしなければいけないことがあって、また今度じゃ……」
「ひどいなぁ、その娘は私がせっかく助けてあげたのに、なんの見返りも無しかい? それは良くないなぁ」
「いえ、そういうわけじゃなくて」
「――私じゃなきゃあの子は死んでたのに?」
「それは……」
僕は今年に詰まる。レウヴィスは彼女のほうを指さして言った。
「ほら? 右手まで治してあげたんだよ?」
言われてはじめて気づいた。彼女の右手がある。
馬鹿な、ありえない。部位の欠損はどんな方法をもってしても、治せないのだ。
一体どんな方法を使って――!?
「ふふ、ようやく勝負してくれる気になった?」
僕が驚愕する様子を見せると、レウヴィスはそうやって聞いてきた。
だが、僕は素直に頷くことができない。
怖いのだ。僕はレウヴィスに恐怖を抱いている。
ミカは殺されるといった。彼は勝負のことをころしあいだと言った。
頷けるわけもなかった。
僕はなんとかこの場を逃れようと試みる。
だが、レウヴィスは僕が応じないと見るや、
「仕方ないなぁ、じゃあこうしよう。君が闘ってくれなきゃあの子を殺す」
レウヴィスはすばやくミカのところまで行くと彼女を抱えあげる。ミカは驚きの表情だ。直後、突然彼女が苦しみだす。
「ミカ! ……っ、彼女に何を」
僕が慌てていると、レウヴィスはそれを心底愉しむかのように笑い声をあげた。そして僕の質問に愉悦の表情で答えた。
「別に大したことはいっさいしてないさ。……さぁ、どうする? ヨータ」
僕は選択を迫られる。
答えはもう決まっていた。





