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第二十話 支援魔導士、迷宮の主と邂逅する


「いいからお前は行け」


 オークにそう言われて一人、扉の先に取り残される。

 こちらから開けようと扉に力をかけるのだが、ビクともしなかった。オークが押さえているのか。

 ともかく、僕はこの先に進む他なかった。


 ……妙に生活感にあふれている。


 何が入っているのかはわからないが、大きな樽やその他地上でもよく見かける雑貨などいろいろ乱雑に置いてある。

 ……正直、足の踏み場もないほどだ。もしかして、ここはオーク達の住処なのだろうか。


「……いい匂い」


 この先からは、食べ物の焼けるような、香ばしい匂いが漂ってくる。僕はそれにつられるようにして、ゆっくり先へと進んでいった。

 奥には、扉が2つあった。大きな両開き扉と、普通の木製の扉だ。

 匂いは小さいを方からする。僕は少し気になって、覗いて見ることにした。


 ガチャリ。


 そう小気味よく音をたてて扉を開く。中の明るい光が僕の目に飛び込んできた――。


「おう、アニキぃ! 飯ならあとちょっとだぜ! もう少し待って……く…れ……、え?」


「あ、こんにちは……」


 中にいたのは子分オークだった。彼の手元には巨大な鍋が握られていて、中では大量の鶏肉が踊るように炒められている。

 匂いの正体はこれだった。正直、食欲を刺激された。迷宮に入ってから僕は食事を摂っていない。

 腹が減っていたのだ。

 料理をしていた子分オークは、目をぱちくりとさせると、


「てめぇはあのときの小僧じゃねぇかあああ!」


「ども」


 直後、そうやって仰天してみせた。

 ……少しオーバーリアクションじゃないだろうか。

 まぁそれは置いといて、ミカは何処にいるのかを聞くことにする。彼が落ち着くのをまって、僕は口を開いた。


「あの、ミカはどこにいるんですか」


「はぁ? 誰だそれ」


 僕はそう聞いたのだが、彼は知らないようで、首をかしげた。

 僕は彼女の特徴を説明する。すると、ようやく彼は思い至ったようで、パン、と手を叩いて教えてくれる。


「あー、アニキが連れてきたあの女の事か」


「そうです! ミカはどこに……!」


 僕は目を輝かせて彼に詰め寄った。鼻息あらく興奮している僕に子分オークは軽く弾いている様子だ。

 彼は軽く体を僕から仰け反らせながら、教えてくれた。


「お、おう。アニキはレウヴィス様のところに連れてったぜ」


 ああ、レウヴィスって人と会えってアニキオークにも言われたな。僕はそのレウヴィスが何処にいるのかを聞いた。


「レウヴィス、さんは何処に?」


「……様を付けろ様を!」


 と、僕の呼び方がだめだったのか、そう叱りつけられる。僕は慌てて謝った。彼らにとって相当に地位の高い相手のようだ。


「すみません。レウヴィス、様は何処へ……」


「……まぁいい、さっき大きい扉が隣にあっただろ、そこの奥だよ」


 彼は特にそれ以上怒ることもなく、親切に教えてくれた。


「ありがとうございます! では!」


 僕は大きな声でお礼を述べるとくるりと振り返って一直線に出口へと向かう。

 しかし、部屋を出ようとしたところで子分オークに引き止められた。


「おい、ちょっと待てぇ!」


「はい? どうしたんですか?」


 僕は動きを止めて再び彼の方を見る。彼は少し考えるように口を開いたり、閉じたりして……ぷい、と顔をそらして言った。


「お前、腹減ってんだろ。……食ってくか?」


「いえ、そんなことは全然……」


 いや、正直食べたい。食べたいが今はそんなことをするわけには……。


「さっきから俺の料理ガン見してたじゃねぇか。人がしゃべっててるのによぉ」


 ギクリ。


「そんなことは」


「嘘付け、絶対見てただろ」


「……すみません」


 僕は図星を疲れて軽く焦る。ちょっと失礼だったかもしれない。僕は観念して素直に謝罪するのだった。

 子分オークはニカリ、と笑うと僕に自分の料理を食べるよう勧めてきた。


「食ってけよ。今日はアニキのおかげで豪勢なんだ。ちょっとくらいお前が食ったってなくなりゃしねぇよ」


「でも……」


 僕は、少し迷ってしまう。しかし、自分の中の欲望を振り払うと断ることに決めた。せっかくの好意だが、仕方あるまい。


「すみません、僕はミカに一刻も早く会わなきゃいけないので、本当すみません」


「なんだよ、そういうことなら仕方ねぇな。早く行ってこいや」


「はい、では……」


 ぐぎゅるるるる……。


 そう言って部屋を出た直後に僕のお腹は大きく音を立ててしまったのだった。





「ん、おいしい」


 さっきの音は、しっかりと彼にも聞こえていたようで、結局料理をいくらかもいただいてしまった。

 彼が僕に持たせてくれたのは、鶏肉に衣をつけて油で揚げた、地上では聞いたことのない料理だった。スパイシーな味付けでカラっと揚がった衣の内には肉汁溢れる柔らかいお肉があり、とても美味しかった。

 油はそこそこ高価なので、ここまで豪快に使った料理を見たのは初めてだった。


「……こっちで合ってるんだよね」

 

 僕は彼に聞いたとおりに、レウヴィス、様のいる所へと向かっている。

 扉の向こうはとても長い通路になっている。その長い通路には等間隔で松明が壁に掛けられていた。僕はその光に照らされながら通路を進んでいく。

 5分ほども進むと、出口の扉らしき物が見えてきた。

 

「ここか」


 扉の前まで来て一旦立ち止まる。ここにミカがいるんだ。

 

「……よし、行こう」


 はやる気持ちを深呼吸して落ち着けてから、僕は扉を開いた。

 扉は金属製で、かなり重かった。なので精一杯力を込めて開ける。

 そうして扉を開けた僕の目に、中の景色が飛び込んできた。


「なんだこれ……」


 僕は中の様子を確認して、驚愕する。

 そこにはとても不思議な空間が広がっていた。

 壁一面に、扉、階段、通路のような物が見える。それどころか天井にまでそれは広がっている。光源が何処にあるのかはわからないが、淡く青い光に照らされているその空間に足を踏み入れた。


「……どこにいるんだろう」


 今のところ人気は感じられない。僕が見える範囲には誰もいなかった。

 ゆっくり歩きながらキョロキョロと辺りを探し回る。

 すると突然、どこからともなく声が聞こえた。


「おっ? 随分と早く来たねぇ。ヨータ、であってるよね」


「……誰ですか」


 姿の見えない声の主に向かって僕は聞いた。

 声の主は笑いながら答える。


「ん? ガロンから聞いてないのかい? 私がレウヴィスだよ」


 この声がレウヴィス? 随分と声が高いな。まるで子供みたいだ。それとオークの彼はガロンっていうのか。初めて知った。

 声はだんだんとこちらに近づいてくる。


「今からそっちに行くから待っててくれよ〜、ほっ」


「……っ!?」


 と、突然目の前に人が現れた。僕はびっくりして思わず後ずさった。


「ヨータ、はじめまして」


 目の前の人物は、僕に向かって手をあげると、そう挨拶してきた。





「その、レウヴィス様はなんでこんな迷宮なんかに」


「いや、様なんて付けなくていいよ。どうせガロン達が言ってたことだろう? 気にしないでくれ」


 僕はレウヴィスと軽く雑談をしながら歩いている。僕が様付けして彼の事を呼ぶと、彼は苦笑してそんなことを言ってきた。


「はい、レウヴィスさん。ところで、ミカはどこに……」


「ん? ああ、あの女の子のことね。あの子ならしっかりと治療しといたさ。今その子の所に向かってるよ」


「本当ですか! ありがとうございます!」


「ふふ、そんな()()()()()()()()()ことはしてないさ……」 


 彼は謙遜するようにそう言った。しかし、本当に良かった……。彼女がもし死んでいたりしたら、僕は立ち直れないかもしれない。

 彼には感謝してもしきれなかった。

 と、ふと気になったことがあるのを思い出し、レウヴィスに聞いてみる。

 彼女が何故かすでに僕の名前を知っていることだ。


「あの、なんで僕の名前を?」


「ああ、それはガロンに聞いたんだ。それでちょっと君に()()がわいてね。初対面なのにびっくりしたよね……っと、着いたよ」


「……ミカ!」


 そこには石の台のようなものと、玉座のようなものが置いてあった。台の上には、赤毛の少女が顔を膝に埋めて体育座りしていた。ミカだ。


「ミカ、無事でよかったよ! 本当に……どうなることかと」


 僕は喜びと安堵に弾んだ声で彼女に声をかける。その声を聞いた彼女はピクリ、と肩を震わせる。


「ミカ、帰ろう」


「……」


「ミカ……?」


 僕は、彼女にそう呼びかけたのだが、彼女は反応しなかった。 

 僕は不思議に思って再び彼女に声をかける。

 うつむかせていた顔あげてこちらを見た彼女の顔は、僕が目に入っても暗いままだった。


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