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第十九話 支援魔導士、最深部へと向かう


「これってきっと……!」


 アリサは顔を輝かせてこっちを見た。確かにこの血はミカの物かもしれない。少しだけ、希望が生まれた。


「はい、もしかしたら……ミカのかもしれない」


「じゃあこれをたどっていけばミカちゃんを!」


 助けられるかもしれない。そうとなれば居ても立っても居られなかった。その血痕をたどって奥へと進んでいく。

 もう藁にもすがる思いだ。ヨシヤ達も僕の後を追ってくる。


「ねぇ、きっとミカちゃんは無事でヨータ君の助けを待ってるよ!」


「……はい」


「だからさ、そんな落ち込まないで……」


「おい。アリサ、あまり期待を煽るようなことを言うな……別に可能性が低いとは言わないが、何があってもおかしくないのが迷宮だ。憶測は災いを呼ぶぞ」


「でも……」


 そうやって明るい声で僕を慰めてくれるアリサにヨシヤが少しキツめの口調で注意した。アリサはヨシヤの言うことに納得できなかったようで、反論しようとする。


「お前なぁ、ミカがまだ無事だと決まったわけじゃないんだから……」


「――いいんですよ。ありがとうございます、気持ちは伝わりました」


 アリサに説教を始めようとしたヨシヤの言葉を僕はさえぎる。

 ヨシヤはまた僕が先程のようにならないか心配してくれているんだと思う。でもアリサに悪意がないのはわかっているし、そんなことで言い争いになってほしくはない。

 

「さっきは取り乱しちゃってごめんなさい、でも、もう大丈夫だから気にしないでください」


 僕はそう言って話を締める。彼らもこれ以上は何も言って来なかった。

 




 血痕は迷宮をずっと下っていく方向に対って続いていた。僕たちはそれを素早く、しかし慎重に辿っていく。

 奥に進むに連れて更に暗くなっていく道に、途切れることなく続いている。一体どこまで歩いて行ったのだろうか。

 ミカにいったい何が……。


「随分と、遠いんだな」


「ええ、もう二時間は歩いているわね」


「うーん、でもミカにはそれだけの元気があったってことなのかな?」


 ヨシヤ達も流石に少し疲れが出てきたようだ。深層は広い。それゆえにそんな所をずっと駆け巡っていたら、疲労が溜まるのは必然だ。

 加えて危険な場所でもあるために、精神的な負荷もゼロじゃないだろう。

 僕は少しその様子を見て思考する。

 ……ここで少し休みを挟んだほうがいいのだろうか。しかし、もう彼女が置き去りにされてからまる二日以上経っている。これ以上時間を空けるのはよくないだろう。

 彼らは完全にボランティアだ。上級探索者の身で深層に潜る危険を冒してまで、付いてきてくれている。

 僕は正直迷っていた。だから、聞いてみることにしたのだった。


「すみません、皆さん流石に疲れてきてませんか? 少しだけ休憩でも」


「馬鹿野郎、俺たちゃそうそうへばりやしねぇよ! 五体満足の俺たちと、大怪我してるミカとどっちが大事なんだ」


 即答だった。それどころか、ヨシヤにそう叱咤されてしまう。アリサもセイジも僕に向かってサムズアップしてみせる。


「ヨータ! 私達は大丈夫だからさ、早く助けにいってあげなくちゃ」


「自分より辛い目にあってる人がいるのに呑気に休んでなんか居られないよ」


「皆……」


 彼らの温かい言葉に僕は胸が一杯になった。今日出会ったばかりの、赤の他人の僕にここまで気を遣ってくれるのは今の僕にとって、とても嬉しいことだった。

 彼らはいい人だ。少なくともライオル達よりはずっと。


「ほら、行くぞ」


「はい!」


 ヨシヤに促され、僕は前を向く。悪い想像ばかりしていてもどうにもならないのだ。

 僕は彼らと共に奥へと突き進んでいく。あと少しで、ミカを助けることが出来る。そう信じて。


「……ねぇ、ここから先の地図は?」


 と、セイジが急にそんなことを聞いてきた。足は止めずにどうしたのか問いかける。

 彼は地図を取り出すと、とある地点を指差して僕に見せた。

 彼が指した場所は、先程の通路の入り口付近だ。僕たちがミカの腕とドラグーンの死体を見つけた場所だ。それはいいのだが、僕たちの今いる通路の入り口から先の地図が……無かった。


「まさか、ここから先って未踏破区域なの?」


 アリサが立ち止まって言った。僕たちも立ち止まる。


「そう、みたいですね」


 僕も確かに立ち入ったことのない場所だ。今までは僕が道を知っていたために多少無理な移動も行えたが、少しまずいかもしれない。

 その懸念をヨシヤも同じふうに考えたようで、それをセイジに問い詰める。

 

「おい、地図が無いってことは迷う可能性もあるんじゃねぇか? どうするんだ」


 そう聞かれたセイジは、特に答えに詰まることもなく。メモを懐から取り出すと、それも皆に見せてきた。対策は考えていたようだ。


「ああ、安心して、地形なら僕がメモするよ」


「なら心配ないな。ヨータ、心配はいらねぇ、行くぞ」


 ヨシヤはすぐに切り替えて歩き始めた。僕たちもそれに続く。

 これ以後は、特に魔物の襲撃も、困ったこともなく、ついに僕たちは奥まで辿り着いたのだった。


「……これで行き止まり?」


 他に道を探すが、後ろの僕たちが通ってきた道以外は壁で囲まれていた。

 行き止まりの場所でキョロキョロと辺りを見回す僕たちの前には、大きな扉が一つだけある。


「扉だ」


「扉ね」


「扉だね」


「……」


 それ以外の感想が出てこない。迷宮で扉の類は今まで一切見なかった。それが唐突に一つだけ、迷宮の奥にあったのだ。

 怪しい以外の何者でもない。

 しかし、血痕はこの先へと続いていた。僕たちはゴクリとつばを飲み込む。


「こんなの初めてなんだけど……」


「ああ、そうだな」


 一体この先には何があるのか。警戒せずには居られなかった。

 しかし、ミカはこの先にいるのは間違いない。どっちみち中に入るのだ。考えるだけ無駄。

 僕はそう考えて、扉に手をかける。


「……念のために、武器の用意を」


 後ろで見ていた三人にそう求める。彼らは僕の言葉に従い、警戒を始めた。

 僕は静かに取っ手を掴むと引っ張ろうと力を込める。扉は金属製か。かなり重い。

 じわりと手に汗がにじむ。これから何が起きるかわからない、その恐怖に脈が早くなる。

 僕は一度深呼吸をして、気を落ち着かせる。

 そうして思い切って扉を開け――。


「なっ、……うぐっ」


 内側から扉が開いた。

 扉の目の前にいた僕は鼻頭に重い扉の角はもろに当たり、軽く吹き飛ばされる。

 地面に尻もちをついた僕は、突然の事に目を白黒させながら、中から出てきた者をみやった。

 ヨシヤ達が武器を構える。


「何者だ!」


 ヨシヤが叫んだ。しかし、扉から出てきた者はそれを気にも止めない。僕たちの前に無言で進み出る。

 そして、僕と目があった。

 毛もくじゃらの厳しい頭に、骨太で筋肉質な体。その人物は――。


「「あ」」


 昨日のオークだった。




「なんでこんな所にいるんですか」


「……あー、これはだな」


 僕とオークは向かい合って座っていた。アニキオークはポリポリと頭を掻きながら、言葉を濁す。

 後ろでは武器をおろしたヨシヤ達がヒソヒソと何か言い合っている。


(ねぇ、どういうことなんだろ)


(しらねぇよ、俺に聞くな)


(知り合い、みたいだね)


(((謎だ)))


 かなりこの状況に困惑しているようだ。スキルの効果で耳が良くなっているためか、丸聞こえだったが。


「……あーもう面倒だ! ヨータ、本題に入らせてもらう。俺はこれからお前を呼びにここを出るつもりだったんだ」


「僕を呼びに? どうして」


「レウヴィス様に頼まれたんだ」


 レウヴィス? 急に誰かの名前を出されても、僕はその誰かに会ったことがないのでなんのことだかさっぱり分からない。思わず聞き返した。


「レウヴィス様は……クソ、話がややこしくなるから今は聞くな」


「あ、ああ」


「そのレウヴィス様が、お前にすごく興味を持っていてな、会いたくて仕方が無いそうだ」


「はぁ」


 説明されればされるほど疑問は深まる。なぜ僕に興味なんか?

そもそもなぜその人物が僕のことを知っているのか。


「とにかく、今からお前にはレウヴィス様と会ってもらう。いいな」


「いいな、ってイマイチピンとこないんですけど」


 そんなことを急に言われても困る。僕にそんなことよりも今大事なことがあるのだ。そう、僕はミカを今探している。こんなことをしている暇はない。


「すみません、また今度じゃだめですか? 今はそんなことをしている場合じゃないので」


 だから、僕は断ろうとする。すると、オークがこんなことを言ってきた。


「ああ、知ってるぞ。お前は女の探索者を探しに来たのだろう」


「……なんでそれを!」


 僕は思わず身を乗り出す。ミカのことをどうして知っているのか。それをオークに問い詰める。


「ミカは、ミカはどこにいるんですか! 無事なんですか! 教えて下さい!」


「お、おい。落ち着け、女はミカっていうのか……まぁ、そんなことよりも、その女なら俺が助けた。ドラグーンに食われかけているところを見つけた。その時はかなりやばかったが、レウヴィス様が治療して下さったからまだ生きているぞ」


「良かった、無事なんだ……!」


 ミカが生きている。そう言われて、僕は安堵に体を脱力させる。僕は早く会いたくて、オークに今すぐ会いたい旨を伝える。


「すみません、助けてくれて本当にありがとうございます! それで、彼女は」


「この先にいる」


「その、会いに行きたいです! お願いします!」


 僕はそうお願いした。オークはあっさりと了承する。


「いいぞ」


「やった!」


「ヨータ、良かったな」


 僕が喜んでいると、ヨシヤ達も一緒に喜んでくれた。今はただミカが生きていたことだけが嬉しい。嬉しくて仕方がない。

 オークはそれを見ながら立ち上がると、扉の方戻り、再びそれを開いた。


「はいれ」


 僕はそれに従い中に足を踏み入れる。そこにヨシヤ達も続こうとした。

 が、オークがそこに突然割り込んだ。ヨシヤ達と引き離されてしまう。


「入れていいのはヨータだけだ。お前たちはここにいてもらう」


「えっ、どういうこと」


 僕は驚いて振り返る。オークに阻まれたヨシヤ達も何やら騒いでいる。


「……いいからお前は早くいけ」


 オークはそう言って外から扉を閉めてしまった。

 この場には僕一人だけになってしまったのだった。

 

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