番外 パーティー崩壊への道 −3−
「……ぁ」
目の前でライオルが串刺しにされている。私はその衝撃的な光景に、言葉を失う。
私を掴んでいた彼の手から、ゆっくりと力が抜けて、やがて離れた。
「……かっ」
ライオルはもがくことすらも出来ず、苦悶の表情で目を見開き喘いでいる。
私はどうしてよいかわからず、ただ呆然と突っ立っているのみだ。
「――ちょっと! なにボケっとしてんの! どいて!」
と、後ろから鋭い声が浴びせられたかと思うと、軽く衝撃をうけ、私は横によろめく。
声の主であるミーナの方を見ると、彼女はすばやく火球を生成し、再生した白の頭に放つ。
咄嗟に放った魔法では威力が足りず、頭を吹き飛ばすには至らなかったようだ。
しかし、目くらまし程度には十分だったようでライオルの腹を貫いていた鉤爪が抜けて、彼が地面に落ちる。
「……ライオル、大丈夫か!?」
そこにすかさずガレが走り寄り彼を助け起こす。暴れまわるドラグーンから彼を引きずりながら離れ、意識を確認する。
「……ガレか」
「!?……とりあえずポーションを!」
朦朧としてはいるが、まだ意識はあるようだ。それを確認したガレが懐から自分の手持ちのポーションを取り出して飲ませる。
「……すまない、俺が頭を潰し損ねていたようだ。……とりあえずこの状況はまずい、地上に戻ろう」
ガレは彼の介抱をしながら、自身の失敗を謝罪する。
「……それはだめだ、俺達は特級探索者だ……失敗は許さん」
「はぁ、何言って! 死んだら特級探索者でもなんでも意味ないじゃん!」
ミーナがライオルを咎めるようにそういった。だが、ライオルは聞く耳を持っていない、いや、聞こえていないのか、念仏のように同じ言葉を繰り返すのみだ。
「失敗は、パーティーの名声に傷が付く……失敗は許されない……失敗は……」
「っ、まずい! ミーナ地上へ戻るぞ! ライオルは俺が背負う! お前はミカを!」
ライオルが気絶したらしく、ガレが切迫した声を上げる。彼はライオルをすばやく背負い、自分の装備を抱えると一直線に地上へと向かって走り出した。
彼が去った後には私とミーナが残される。先程の出来事もあり、話しかけづらい。辺りには沈黙が満ちる。
「……」
ミーナは俯いて黙っている。薄暗い迷宮内と言うこともあり、彼女の顔は、私からは見えない。
「「「グォオオオオオオオオアアアアア!!」」」
その時、後ろから体中を震わせるような咆哮があがった。慌てて振り向くと、残る青の頭、赤の頭も再生が進んでいる。あと数分もすれば元通りになって襲いかかってくるだろう。
私は未だ無言で佇んでいるミーナに呼びかける。
「……ミーナ、逃げなきゃ」
だが、ミーナからの反応はない。
「ミーナ!」
再び声を張り上げて彼女を呼ぶ。ドラグーンの頭の再生は、もうほとんど終わっている。もう、時間がない。
すると、彼女はゆっくりと手を前に差し出すような仕草をした。
「……あ、ありがとう」
私は彼女が背負ってくれるのだと思って、その手を取ろうと近づいていく。そうして右手でその手を掴もうと手を伸ばして――。
トンッ。
最初は何が起きたのか分からなかった。私は体勢を崩し、後ろに体が傾く。何が起きたのかを理解する頃には私の腰は地面について尻もちを打っていた。
「ミーナ、何して……」
手で押し倒された。私は足を怪我していたこともあり、うまく受け身が取れずに、足をくじいてしまった。しばらくは立ち上がれそうにない。
ミーナの突然の行動に私は呆然と彼女を見上げる。私を見る彼女の顔は……笑っていた。
「何って、あんたを押したんだけど?」
「そんなのわかってる! ……なんで!」
いや、理由などわかっている。彼女が私を嫌いなことは、昔から知っていた。でも、今まではここまで露骨なことをしてくる事は無かったのだ。
彼女は嘲りの表情で更に述べる。
「あんたなんか抱えて逃げたら逃げ切れるわけないでしょ、だからさ、囮になってもらうの」
「そんな……!」
「いやぁ、スッキリするわ。いつもいつもカマトトぶっちゃって昔っからその態度が気に入らなかったんだよね」
違う、私は……。
「いい子ぶって、皆に、ライオルのチヤホヤされて楽しい? ……楽しいよね! だってそういう女だもんねあんたは」
「違う! 私は……」
そんなんじゃない。いい子ぶってなんかいない!
私が反論しようとすると、ミーナは途端に態度を豹変させて今まで見たこと無いような憎悪に満ちた顔で睨みつけてくる。
「何が違うってのよ! ヨータが追い出された時だってヨータを庇う振りして悲劇のヒロイン気取りかっての。そんなにあんな奴のことが好きなら一緒についていけばいいって、何度も言ったのに頑なに出て行こうとしないし、うざいったらありゃしない」
「……」
黙り込んだ私に追い打ちを掛けるように彼女は言葉を続けた。
「本当はただ自分が可哀想、気の毒だって思って貰いたいからそういう態度とりつづけてたんでしょ? なんとか言ってみなよ! ホラァ!」
言い返せなかった。私は他人のことなんか考えてなかった。ヨータの事を気にかける振りして、ただ自分に酔ってただけだ。
とんでもない自己中女だ。
私の頬を涙が伝う。それを見たミーナが嘲りの笑みを浮かべて言った。
「はぁ、なに泣いてんの? この後に及んでまだ自分が可哀想ですか? 本当笑えるわねあんた。……まぁ、せいぜいドラグーンの餌ぐらいにはなってね。じゃ!」
「……待って」
ミーナはそのまま私から遠ざかっていく。私は彼女を止めようと手を伸ばすが届くはずもなく、その手は虚しく空を切る。
「待ってよ!」
私は必死に声を張り上げる。このまま死にたくない、死にたく――。
「――バァーカ! 誰が待つかっつーの! そのまま野垂れ死ねクズ女!!」
ミーナはそう最後にそう私に言って、地上へ向かって消えていった。
「……」
死にたくない。こんなところで、ドラグーンの餌になって……?
そんなの絶対に嫌だ。……でも、私に生きる資格なんて……やっぱり生きたい。だが、私は……。
様々な感情がうずを巻き体中を嵐のように駆け巡る。
「「「グルォォォオォ……」」」
頭を抱えてうずくまる私の後ろでは再生を終えたドラグーンが低い唸り声を上げる。いつ襲われるかもわからない、その恐怖心が混乱をさらに加速させる。
私は……ただヨータのことが、好きで……ただ彼のことが心配で……。
ドラグーンの頭はもうすぐ後ろにある。激しい息遣いが私の背中を撫でる。
私はいよいよ動悸も激しくなり、過呼吸に陥った。
「はぁーっ、はあーっ、はぁーっ、はぁーっ」
恐怖で後ろを向くことさえできない。
生きたい、死にたくない。……そうだ、死にたくないなら戦わなければ、どの道この距離から這って逃げても、もう逃げ切れない。
私は腰に下げた剣に目を向け、それを抜こうと手を伸ばす。しかし、手が震えてうまく掴む事が出来ない。
私から発せられる振動が剣にも伝わり、カチャカチャと音を立てて揺れる。
「死にたくない」
今はそれし考えられない。とにかく生きていたかった。
「……死にたくない!」
私はそう叫ぶと剣を乱雑に思い切り抜いて立ち上がる。
後ろに振り返り、そこにあったドラグーンの頭を痛む足を気にも留めずに、深く足を踏み込み一文字に切り裂いた。
「「「グアアアアアオオオオオオ!!」」」
痛みによるものなのかはたまた怒りによるものなのかもわからない咆哮を上げるドラグーン。切られた箇所からは血をダラダラと流しながら私を睨みつけてきた。
私はそれを負けじと睨みつける。
「グォオオオオアアオォアア!!」
「……ぁぁああぁぁあああああ!!」
私は目の前の獣にも似た、全力の叫び声を上げてドラグーンに突っ込んでいった。





