第十二話 支援魔導士、十日ぶりに元仲間と再会する
「ライオル……」
間違いない、彼はライオルだ。くすんだ青髪の青年は、剣士用の軽鎧に身を包み、腰には直剣を下げている。
だが、今は気絶しているようだ。顔も青白く、生気が感じられない。死人と言われても信じてしまうぐらいだ。しかし、紫色になった唇の間から発せられる僅かな呼吸音だけが彼がまだ生きていることを証明していた。
浅く上下する胸から視線をすぐ下に向けると、彼のお腹には包帯が巻かれている。その包帯には赤黒い血が滲んでいた。
「……ヨータ」
思わぬ再会に僕が思わず足を止めていると、壁に背を預けて座り込んでいたミーナが声を掛けてきた。
「ミーナ、何があったんだ」
追い出された恨みより何より、僕の口からは疑問がついて出る。
「ヨータには関係ないから。あっち行ってよ」
ミーナは下を向いたままそう言った。僕はガレの方を向いたが、彼の表情もいつもに増して暗かった。
「……深層で、クエストに失敗したんだ」
僕の視線に気づいたらしいガレが、ミーナの代わりに答える。
「なにの討伐だ?」
彼らは特級探索者。探索者ギルドでもトップクラスの実力を持っているはずだ。深層とはいえ、そうそうクエストを失敗するようなことはないはずである。
事実、僕がパーティーに居た間は一度も失敗するところを見ていない。一体何が原因でクエスト失敗に至ったのか、僕は気になった。
僕の質問に対し、ガレが答えを述べる。
「トリコロールドラグーンに、ライオルがやられた」
◇
「トリコロールドラグーンは、もう何度も討伐してただろ? なんで今更失敗なんか……」
僕は現在ミーナとガレと向かいあって座っている。ライオルは既にギルド受付にある救護所へ運びこまれていた。
「……油断していた」
「油断?」
「……頭を一つ潰しそこねて、それに気づかなかったんだ」
そういうことか。しかし、ライオル自身、クエストは最後まで気を抜くなとメンバーに口を酸っぱくして言っていたような気がするが、なんで油断なんかしたんだ?
「倒した後に、ミカと言い争いになって……それでドラグーンの頭が再生していることに気が付かなかったんだ。それでライオルが後ろからやられた」
ミカと言い争って……ミカ?
と、その時、いままで黙っていたミーナが急に叫んだ。
「――そうよ! あの女のせいでライオルがやられたのよ! ミカが……!」
「おい」
「散々足引っ張ったあげく、なによあの態度……、ったく、うんざりする。ミカさえいなきゃこんなことになることも無かったのに「おい!」何?」
僕はミーナが喋るのを止める。そして、聞いた。
「……ミカは何処だ?」
そういえば姿が見当たらない。ミカは、彼女はどこにいる……?
僕の顔から冷や汗が吹き出る。動悸が激しくなる。体中から血の気が引いて行くような感覚がした。
ミーナがそれを聞いて、再び口を開く。
「あの女なら死んだけど?」
「はぁ!? 何言って……」
「だから、死んだつってるじゃん」
ミーナがニヤニヤしながらその言葉を繰り返す。ガレもそれを肯定するように言った。
「ミカはクエストの途中で怪我をしたんだ。その怪我が元で逃げ遅れて……」
「そんな……」
僕は言葉を失う。ミカが、死んだ? 本当に?
……ありえない、そんなことは信じられない。
「そうよ、死んだの。いい気味よ」
「ミーナ、お前!」
ミーナが暗い表情で笑いながらそう言った。僕は思わず彼女にに駆け寄り、襟首を掴み上げる。
「仲間にどうしてそんな言葉が掛けられるんだ……どういうことだよ!」
頭が混乱して、心の整理が付かない。ただただ奥底から怒りが湧いてくる。
「仲間? あの女を仲間なんて思ったことなんか一度もないんですけど。大体ずっと足を引っ張ってたくせに生意気な態度ばっか取ってたんだから当然よ」
「逃げ遅れたって、ライオルは連れて来れたのに、ミカはなんで……」
こいつらの言っていることはおかしい。まさか、ミカをわざと見捨てて……。
「ライオルは俺が背負ってきた。ミカはミーナに背負うように言ったのだが……」
「お前!」
ガレの言葉に僕はいきり立つ。ミーナの襟首をさらに締め上げると、彼女は苦しそうな表情になりながらもさらに笑って言った。
「違うって。ミカが勝手に拒否したんだから仕方ないじゃん。わがまま女のために私まで死ねっていうわけ? ばっかじゃない」
嘘だ。ミカの方から拒否するなんてそんな馬鹿なこと彼女がするわけない。
「自分が引きつけてるうちに皆逃げろってさ。自分に酔ってんのかと思った。まぁ、おかげ様で逃げられたからいいけどね」
「それで出てくるのはそんな言葉か!? お前ふざけてるのかよ……!」
僕は怒りに声を震わせながら叫ぶ。ミーナは何を言いたいのかわからないとばかりの表情で答えた。
「嫌いな奴に何されたって嬉しいわけないでしょ? 馬鹿じゃないの?」
「このっ!」
「おい! ヨータやめろ!」
僕が拳を振り上げるといままで側でみていたガレが慌てて止めに入ってくる。やはり彼の力は強く、僕程度のステータスでは振り切る事はできなかった。
ミーナは僕の手を振りほどくと僕を睨みつける。
「全部ミカが勝手にやったことだし、私達は関係ないから
関係ない、じゃないだろ。お前ら、おかしいよ。どうかしてる。
「……ミカはどこだ」
「っ、ライオル! 目が覚めて!」
僕が改めて彼らに失望していると、後ろから声が聞こえた。ふりかえると壁に手を付いて歩いてくるライオルが視界に入った。
ミーナはそれを見ると顔を輝かせて彼の元に駆け寄って行く。
「ミーナ、ミカはどこだ」
ライオルは苦しげに息をしながら駆け寄って来たミーナにそう聞く。
「ああ、ミカは……」
ミーナはさっき僕に話したようにライオルにも事情を説明する。話を聞いた彼はしばらく黙って……。
ガッ!
ミーナを殴り飛ばした。
ライオルの突然の行動に周りが騒然とする。彼を連れ戻しに来たであろう女性の看護師も思わず口元を手で抑えて驚いていた。
「……ライオル、何やって」
ガレがライオルの事も止めようと彼の元まで歩いて行くが、ライオルはガレも殴り飛ばす。
「いった……。ちょっと、ライオル何すんのよ! ……ぐっ」
ミーナが殴られた頬を押さえながら怒りだす。だが、ライオルはそれには答えず、ただただ無言で彼らを殴り続ける。
「……ライオル、もうやめてくれ!」
ガレが腹を蹴られながら必死に止めようと立ちふさがった。その言葉にようやくライオルは手を止める。
「……ふざけるな」
そして震える声で喋り始める。
「なんで無理矢理にでも連れて来なかった! ふざけるな!」
「それは……」
ミーナが口ごもる。するとライオルは再び彼女を殴りつけた。
「ライオル!」
ガレが再び止めようと割って入ろうとするがライオルはそれを押しのけてミーナを殴り続ける。もはや怒りに我を忘れているようだった。
「……おい、いい加減やめろよ」
少しばかり頭も冷えて冷静になった僕はライオルに静かな声で声をかけて止める。
「……ヨータ」
僕の存在にようやく気づいたようで、ライオルはミーナを殴る手を止めて振り返った。ミーナはもう顔の形が変わるぐらいに顔中が腫れ上がっていた。
ライオルは無言で僕の方まで寄ってくると、
「……てめぇのせいだ!」
僕にも殴り掛かってきた。十日前と同じように僕は地面に倒れ込む。彼はそれに追い打ちを掛けるようにしてさらに拳を突きこんでくる。
「てめぇさえ居なければ、最初からこんなことにはならなかったんだ! 死ねよ……死ね!」
ライオルはそう怒声を上げながら激しく拳を浴びせてくる。
僕は無言でライオルの攻撃を受け続けた。やがて、彼が僕を殴る手を止めると、ゆっくりと立ち上がる。
「……なっ」
ゴォッ!!
そして殴った。
ライオルは僕の拳を顔面で受けて、後ろに勢いよく吹き飛ぶ。
壁に激突した彼は鼻を手で押さえてその場で転がる。
「ふざけるなよ……。何がてめぇのせいだ、だ」
怒りを、抑え切れない。
こいつらはクズだ。もう十分すぎるほど分かった。
「ヨータ、てめぇ……」
ライオルは鼻を押さえる指の隙間から血をだくだくと流し、よろけながら立ち上がる。
そして押さえていない方の手を振り上げて再び殴り掛かってきた。
「……」
僕はそれを真正面から無言で受け止める。
痛みは、ない。
「……ヨータ、お前」
ガレがそれを見て驚きの声を上げる。僕がライオルに殴られて傷一つついていないことに気づいたらしい。
「お前、いつこんなに強く……ぐはっ」
ライオル自身も驚きを隠せないようだ。目を見開いて固まっている。僕はそれを見逃さず足払いして転ばせる。
「もうわかったからさ、喋るな」
僕は怒りに身をまかせ、ライオルを殴り続けた。先程彼がミーナにやったようにだ。内から湧き上がる衝動を抑えることができなかった。
「――ヨータくん、やめるんだ!」
僕がライオルの顔面に次なる一撃を加えようとしたとき、後ろから制止の声がかかる。
「ヨータくん、気持ちはわかるがやめるんだ。これ以上は彼が死んでしまうよ」
「……」
声の主はギルドマスターだった。僕はその指示に従い、再び気絶してしまったライオルから手を離すのだった。





