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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1年生 ―西高東低のアンビエント編―
92/113

第91話 最悪と最善

 それから……。

 リッカは栄子たちとぽつぽつ会話を交わした。積極的に会話に加わる性分ではないが、直ぐに退出するのも気が引けたからだ。


 そうして彼女が帰りどきを見失い始めていた時分、小さな事件が起きた。


「栄子ちゃ~ん、桃缶持ってお見舞いに来た系!」


 もっと早く切り上げておくべきだった。

 そう後悔するも遅い。

 もう二人は顔を合わせてしまったのだ。


(なんで……デコ助がここに)


 リッカの表情が凍りつく。

 彼女のあずかり知らぬことだろうが、デコ助は栄子と女生徒Bの所属する同好会の会長だ。彼女が栄子のお見舞いに来るのは、至極当然のことだった。


 ――友達の友達ってのは必ずしも友達とは限らねえ。あたしと手前は、命を介した赤の他人だからな。


 奇しくもここは、そう言って彼女を追い払った場所だった。


「リッ……ウルシさん」


 相手も気軽に"リッちゃん"とは呼べなかった。

 いつもの笑顔が陰りそうになるも、直ぐに調子を取り戻す。遅れて見舞いに駆けつけた少女は、努めて明るく振る舞った。


「皆さんこんにちは! お初の人はヨロシクね! 黒百合会の会長にして、1-Bのアホの子代表、根木茜だよ!」

「まあ、会長まで足を運んでくれましたの。嬉しい」

「根木茜……ああ、どこかで聞き覚えがあると思ったら、ヤスの妹か。元気っ子の妹っていうのも悪くないわね。一緒に遊んだ後に汗をペロペロしたい」

「姉ヶ崎先輩、知っています? そういう発言だけでもセクハラとして立件できるんですよ」と女生徒B。


 冷ややかな視線を感じ取り、宮古は戦慄した。


「怖い……隙あらば私を牢屋に入れようとしてる」

「私は怖くありません! あと、年下の女の子を誰かれ構わず妹にするのは止めて下さい。ほら会長だって引いているじゃないですか!」

「えー、そんなことないよ。私は姉妹とかいなかったから、妹扱いされるのはむしろ嬉しい系」


 これはチョロい妹の匂いがプンプンする。妹に触れても法に触れなそうな匂いを嗅ぎ分けた宮古は、そっと根木を抱き寄せた。

 案の定抵抗されなかったで、思い切って頬ずりまでしてしまう。その鮮やかな手口は、痴漢に通ずるところがあった。


「あーん、この子もかあいい~! ヤスの妹なんて辞めて、私の妹2号にならない? レッツ再契約会(コンクルシオー)!」


 冗談交じりではあるがどこか本気が垣間見える。宮古の妹宣言には、さすがの根木も苦笑していた。


「あはは。嬉しい申し出だけど、虎姉ちゃんも好きだからお断る系! あんまりおいたが過ぎると、命ちゃんに言いつけちゃうよ」

「それだけはやめてえええ――ッ! 気分を悪くしたなら、今すぐ足をペロペロするから!」


 年下好きなのは女生徒Bの言うとおりだが、やはり命は特別な存在である。それこそ、別け隔てなく妹を愛する宮古が贔屓してしまうほどに。


「ふふっ、姉ヶ崎先輩も人の子ですね」

「なによう栄子ちゃん。もしかして私がボウフラみたいに湧き上がってきたとでも思ってたの?」

「いえ、そういうわけじゃなくて」


 誰にでも平等な愛を注ぐだけではない。本当に大切な者にはもっと愛情を注げる先輩なのだと知れたことが、栄子には嬉しかった。


 病室がほんのり温まったときには、リッカと根木が顔を合わせて硬直したことなど忘れ去られていた。気まずさを引きずるのは、当人たちばかりだ。


「姉ヶ崎先輩」


 先に動いたのはリッカだった。

 いつまでもデコ助ばかりに構ってはいられない。何しろ目の前には、昨日から探しあぐねていた先輩がいるのだ。


「話があるんだが、ちょっと外に出ないか」

「あら光栄ね。リッカちゃんから呼び出しなんて、愛の告白かしら」


 切って捨てても喜ぶのは目に見えていた。リッカはそれ以上無駄口を叩かず、栄子の方に向き直った。


「悪いな。そろそろお暇させて貰うよ。お大事にな」

「ええ。お心遣い感謝いたしますわ。今日は本当に楽しくて、ついついはしゃいでしまいました」


 入れ替わり、宮子も前に出る。


「じゃっあね~、栄子ちゃん。寂しくなったら、私の魔法石にコールしてきてもいいんだよ。マッハで駆けつけて抱きしめてあげるからね。ちゅっちゅ!」

「姉ヶ崎先輩もありがとうございます。呼びませんけど。もう帰っていただいて結構ですよ?」

「私の扱い雑――ッ!」


 リッカに続いて肩を落とした宮子が病室を辞した。残された栄子と女生徒Bは、顔を見合わせて雑談を再開した。


「話って何でしょうね」

「もしかしたら、恋の鞘当てかもしれませんよ。姉ヶ崎先輩が黒髪の乙女を特別扱いしたとき、リッカさん不機嫌そうでしたもの」

「ええ~、それはさすがにトンデモですわ。姉ヶ崎先輩が注いでいるのは、飽くまでも妹への愛情ですし、リッカさんの場合は……」


 まず誰かに恋慕している姿が思い浮かばなかった。"リッカさん"という人物は一方的に慕われるだけであり、決して応えてはくれない存在だ。

 孤高にして神聖。だからこその女神さまなのだ、というのが二人にとっての共通認識である。


「もう、ノリが悪いですね。この前はあれだけ翠の風見鶏×黒髪の乙女のカップリングで盛り上がったというのに」

「あれは妄想だから楽しいんでしょ。現実は別。会長だってそう思い――」


 話を振ろうとした女生徒Bの息が詰まる。

 向けた視線の先――そこには、じっと扉を見つめ続ける根木がいた。いつも笑顔を絶やさぬ彼女は、かつてないほどに不機嫌そうな顔をしていた。


「……会長?」

「んっ、ごめん。ちょっとボーッとしてた系」


 呆けている人が、あんなに恐ろしい目をするのだろうか。どうしていいかわからず、女生徒Bは助けを求めるように視線をさまよわせた。


「え、栄子さん」

「どうかしましたか?」


 同意は得られなかった。

 根木の顔を盗み見られたのは、女生徒Bだけだった。私の見間違いだったのかもしれない……と、女生徒Bは先の出来事を忘れることにした。


 このとき。

 なんとも傍迷惑なことであるが、事件は病室で起きていた。

 三者三様、注ぐ愛の量に多寡こそあれ、それは誰にも測れぬもの。ただ一つ確かなことがあるとすれば、三人が同じ人物を好いていることだけだった。


 彼女たちが集ったのは偶然、されど集えば鞘当てが起こるのは必然だった。慌てず騒がず音もなく。乙女たちは恋の鞘を当て合う。


 ヒロインの座は――未だ空位。


 乙女たちの戦いは、まだ始まったばかりである。




     ◆




 そのころ診察室では、命がくしゃみを連発していた。


「あらやだ。三回もくしゃみしちゃって」

「すみません。急に寒気がして」

「気をつけなさいね。最近は温暖差が激しいんだから」


 丸椅子に座る命は、恥ずかしそうに口を押さえていた。くしゃみのジンクスといえば、大抵ロクでもないことを指すことが多い。


 もしかして……誰かに呪われているのではないか。そう不安がる命であったが、よくよく考えてみれば、元より呪われていたので一安心であった。




     ◆




「くしゅんっ! くちゅん! はくちゅん!」


 扉越しに可愛らしいくしゃみが聞こえる。

 しかしなぜだろうか、やけに胃のあたりがムカムカする。リッカは腑に落ちぬ顔で診察室を見るも、扉に填まる凹凸ガラスが視界を遮った。


「お大事に」

「あれ? リッカちゃんって、くしゃみが聞こえたとき、お大事に、って言う国の出身だっけ?」

「さあ。あたしは典型的なセントフィリア人ですから。半分は日本人だけど、もう半分はどこの血が混じってるのかもわからないです」

「ふうん。私は純正の日本人だよ。スリーサイズは上から8――」

「それは結構です」


 聞けば、敗北感に打ちのめされること必至である。リッカは後ろを歩く宮古の胸部……ではなく顔をのぞき見る。


 瞬間――身の毛がよだった。


「あらどうしたの」


 おぞましい。

 宮古の微笑は、身震いするほどに美しかった。

 一瞬で呑まれそうになるも、リッカは意識を強くもって耐えた。ここで呑まれたら、話し合いに臨む前に優劣がついてしまう。


(相変わらずおっかねえな、この人は)


 幾つかの病室を通り過ぎて、二人は奥にある食堂に入る。食堂とは便宜上そう呼ぶだけであって、中央に長机が置かれただけの簡素な部屋だ。


「うん。この部屋ならちょうど良いね」


 利用者がいないことを確かめると、宮古は満足げに頷いた。


(赤バカは……いねえか)


 鉢合うことも覚悟していたが、リッカの心配は杞憂に終わった。さすがのアレも、逆立ちしたままパンを齧るほど常識知らずではなかった。


「どうしたのリッカちゃん。早く来なよ」

「ああ、直ぐに行きます」


 しっくりこない敬語に首を傾げつつ、リッカは宮古の元に向かう。長机の端に座ると、


「よいしょ、っと」


 続けて宮古が隣に腰を下ろした。

 これもまた憧れのシチェーションではあるが、何かが違う。こんなにも嬉しくないカップル座りがあることを、リッカは初めて知った。


「……何で横に座ったんですか」

「いやーん。それを私に言わせる気なの?」


 さすさす……さすさす。


 宮古の手が太ももを撫でるたびに鳥肌がひろがる。身の危険を感じたリッカは、直ちにその場から立ち上がった。


「ああっ、私の太ももが逃げた!」

「何が私のだ。これはあたしの太ももだ!」


 少なくとも今は誰かのものになった覚えはない。歯を見せ鷹の目を尖らせ、リッカは威嚇しながら向かいの席に移った。


「ひどいなあ……単なるスキンシップじゃないの。これだからリッカちゃんは友達が少ないのよ。お姉ちゃん心配になっちゃう」

「な……っ! 友達は関係ねえだろ友達は!」


 言いがかりも甚だしいが、宮古の口撃は痛いところを突いていた。事実、今のリッカが純粋に友達と呼べる相手は三人ぐらいしかいなかった。


「なら手前はどうなんだよ! 姉ヶ崎先輩だって友達いないだろ!」

「私? 確かに友達は少ないけど――妹さえいればいいわ。一の妹は百の友達にも勝るでしょ」


(なんて澄んだ目をしてやがる……っ!)


 宮古イズムの前では、全ての常識は塵と化す。元からアレな人だとは知っていたが、対面してみるともっとアレな人だった。


(話が通じるのだろうか、この人)


 栄子には悪いが、リッカにはとても宮子が人の子には思えなかった。噂通りの妹狂い、そうでなければ妹の亡者といったところか。


 そう、だからこそ宮古は怖い。

 妹のためならば――その免罪符一つあれば、平気で人間性を手放し……姉ヶ崎宮古は鬼にも修羅にも成り果てる。


「私は妹が大切なの。リッカちゃんならわかるよね、私が言ってること」


 わかる。が、首を縦に振った瞬間に全てが終わる。話し合いもへったくれもない。首肯すれば、直後に主導権を奪われることもわかっていた。


「……っ!」


 波のように押し寄せる重圧(プレッシャー)をひしひしと感じる。潮が満ちて、夜の海に足を飲みこまれていくかのようだ。


「敬語も外していいよ。それだと話しづらいでしょ」


 迂闊な発言はできない。

 だんまりを決め込むリッカに対して、


「下手な腹の探り合いは止めようよ」


 先に切り込んだのは、宮古だった。


「貴方が命ちゃんの()()()でしょう」


 ぶわっと全身の毛穴が開いた。

 どうして先にお手洗いを済まさなかったのかと自分をなじるも無駄だ。リッカが摂取したコーヒーは、汗となって噴き出していた。


 その反応だけで十分だ。

 宮古が抱いていた疑惑は、このとき確信に変わった。


 ――見イツケタ。


 カマをかけられたのだと気づいたときには遅かった。粘つく声が、リッカの全身を絡めとっていた。


「まあ、大体当たりは付いてたんだけどね。ダメよあれぐらいの揺さぶりで動揺しちゃ。意外と臆病なんだね……かあいい」


 ムッとした調子で言い返しそうになるも、思いとどまる。まずは下手を打ったという事実を受け止め、リッカは立て直しを図った。


 できるだけ動揺を引きずった風をよそおい、小物っぽく言う。


「手前……どこまで知ってやがる」

「そんなことペラペラ喋るとお思い?――と言って切り捨てるのは簡単だけど、いいわ。太もも分だけサービスしてあげる」


 凄まじく納得いかないが、リッカは堪えた。気持ちよく語ってくれるというならば、大いに語って貰うことにした。


「まず、私は命ちゃんの協力者とは全然接触してないわ。こういう話をしたのも、リッカちゃんが初めてなぐらいだし」

「あたしが……初めてなのか?」


 リッカは、まんまと騙されていたことを悟る。

 全てお見通しといった態度はブラフ。宮古はその実、ロクな情報(カード)すら持ち合わせていなかった。


 愕然とするリッカは、さらに足元に仕掛けられた罠を見落としていた。


「へえ。やっぱり他にも()()()がいるのね」

「……っ!」

「脇が甘いなあ。ただで教えるわけないでしょ?」


 一瞬の強奪劇。

 それは女学生の内でリッカが唯一持っていたアドバンテージが、消失した瞬間でもあった。


「リッカちゃんを含めて少なくとも三名。ここの女医と、後はあの子の手引きをした人物……そうねえ、恐らくは女学院側の上位陣じゃないの? 王都側の年増が魔法使いを招き入れるなんて考えにくいもの」


 宮古の推測は、ほぼ的を射ていた。

 並ばれた。ノーヒントの状態から、彼女は自力で辿り着いてみせたのだ。


(この人は本当に……)


 何も知らなかったのだという事実に改めて愕然とさせられる、と同時に軽率な真似をしたことを悔いた。


 リッカが真に誤ったのは、自ら宮古に接触しにいったことに尽きた。宮古にしてみれば、鴨が葱を背負ってきたようなものなのだ。


(待つべきだった……っ!)


 手詰まりになった宮古が、接触しに来るまでは待ち一択だった。そうすれば、安々と優位性を失う事態には陥らなかった筈なのに。


 ギリギリ、と歯ぎしりの音がこぼれる。

 突き立てた爪が膝に刺さる。

 絶対に死守しろと厳命された秘密ではないが、それは命が信頼と引き換えに渡してくれたものである。


(それを……)


 その大事な彼の生命線ともいえる情報を。


(それを……っ!)


 むざむざと奪われた不甲斐なさが、女神を激情に駆り立てた。


(こんな女にいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ――ッ!)


「怖い怖い! リッカちゃん怖い! クールダウンしよ、ねっ、ねっ!」


 辺りに風が吹き荒れると、宮古は慌ててリッカをたしなめた。スカートが捲れあがったり、長テーブルがカタカタ踊ったりするぐらいならまだ許容範囲だが、街に一つしかない診療所が倒壊したら、さすがにそれは洒落にならない。


「ドードードー! 落ち着いて」

「馬かあたしは――ッ!」

「ふう。それだけ的確なツッコミができれば大丈夫ね!」


 宮古が、グッとサムズアップするも逆効果だった。

 リッカのいかりのボルテージがあがっていく。怒りに燃える風見鶏は、思い切り宮古をにらみつけた。


「うっ……なによ、そこまで目の敵にしなくてもいいじゃない」

「目前の敵が何を言いやがる」

「たはは。私は味方だと思ってるんだけどなあ」


 苦笑いを浮かべる宮古に、リッカは良い顔をしなかった。この食えない上級生が味方だったらどれだけ頼もしいか、考えないことはないが、


「……私のことは信用できないの?」


 やはり宮古は信用ならない。

 コクリ、とリッカは無言で首肯した。


 二人の間に横たわる沈黙は、そのまま二人の心の距離に他ならなかった。


「手前が怪しいことは、薄々察していた」


 どの道、腹の探り合いで勝てる相手ではない。ならばと手の内をさらし、リッカは宮古の真意を探ることにした。


「手前は、あいつにやけに親切だったからな」

「あら失礼しちゃうわ。私はどの妹にも親切よ」

「どの妹にもねえ……なら手前は、どの妹にも魔法の手ほどきをするのか?」


 あり得ないのだ。

 あの姉ヶ崎宮古が弟子をとるなどということは。


 中等部時代にはまだ、宮子の腕に見惚れて師事を求める者もいたが、今となっては彼女に魔法の教えを乞う命知らずはいなかった。


 ――ほら、元気出して魔力枯渇(パンク)寸前までイッてみようか。頭が痛いの? ううん、大丈夫よ。私の妹はこんなところで挫けないもん。


 お前の頭がイッている。

 そう言わざるを得ないほどのスパルタを、笑って強いるからだ。


 妹に対して激甘な宮古のことである。優しく手ほどきしてくれるだろう、などとストロベリーな考えを持った輩は、ここで絶望とこんにちはする。


 根本から認識を誤っているのだ。

 姉ヶ崎宮古という人物は、妹に極限を要求する。ただ妹を光り輝かせたいがために、良かれと思って地獄を見せる。


 故に付いたあだ名の一つが、"妹殺しの英雄(いもうとスレイヤー)"


 ――ごめんなさい。私はついていけません。貴方は……頭がおかしい。


 そう言って宮子のもとを去った女生徒は少なくない。

 宮古もいつからか自分がおかしいことに気づいたのだろう。ある日を境に、姉は妹に魔法を教えなくなっていた。


「そうね……その時点で普通じゃなかったのかもね」


 ほんのわずかな間、遠い目をしていた宮古が戻ってきた。彼女の穏やかな笑みを見て、リッカは追及せずにはいられなかった。


 そんな顔ができるのに……どうして。


「手前はなんで、あいつに秘密を知ったことを隠し通す?」


 リッカが一番に引っかかっていたのがそこだった。

 こんな回りくどい手を使わずとも、本人に直接聞けばいいのだ。私は貴方の味方だと告げた上で、正々堂々と。


「もしその理由を知れたら、リッカちゃんは私を信用してくれるの?」

「内容によるな。悪いがあたしは、手前のことを信用してねえ」


 リッカは直情的に交換条件を飲まなかった。必要とあれば、この状況でも嘘をつける女だと知っていたからだ。


「知ってるか?」


 手を休めずに新たなカードを切る。畳み掛ける、いや叩きのめすぐらいの意気がなければ、宮古とは到底渡り合えなかった。


「選抜合宿が終わったってのに、登校しないバカがいるって噂」


 本来であれば、シルスターより早く猛威をふるったであろう問題児。真っ赤に燃える才媛が、女学院に全く姿を見せずにいた。


 帰り道がわからないから帰って来ないのだ、春休みが終わっていることに気づいていないのだ……或いは高等部に進学できなかったのかもしれない。


 急に姿をくらました才媛(バカ)。彼女については、女学院でも様々な憶測が飛び交っていたが、偶然にもリッカはその真相を知っていた。


「そりゃ学校に来れるわけねえよな」


 選抜合宿最終日――または、リッカが入院した命をお見舞いに来た日。この診療所には、奇妙な患者が運び込まれてきた。


 両足の完全骨折。

 そんな怪我をした患者が日常的に運び込まれるものなのだろうか。

 命の清拭を終えたリッカが、真っ赤に火照る頬を冷まそうと廊下に出たときだった。急に担架に乗った患者が前を横切った。


 何の気もなしに一瞥したその患者は、


「手前が病院送りにしたアレクのことだよ」


 アレク=ウォンリー。

 リッカがよく見知った才媛の一人だった。


「何の冗談かと思ったよ。あたしの左腕をへし折った奴が、今度は両足をへし折られて運び込まれて来たんだからな」

「……知ってたんだ」

「知られちゃ不味かったか?」


 顔こそすましているが、宮古の顔色は優れなかった。喉からせり上がってくる罪悪感を飲み干し、ようやく重い口を開いた。


「弁解する気はないわ。やれなきゃやられる状況だったからやった。ただそれだけの話よ。私には……私の帰りを待つ王国三千人の妹がいるから」

「おどけるな。真面目な話だぞ」


 厳然と構えて、リッカは鷹の目を細める。


「まあ、アレクの骨が折れたことはどうでもいいが、問題なのは手前がそういう人間だってことだ」


 女生徒を病院送りにしたという点でいえばシルスターと同じだが、悪意がある分、シルスターの方がまだ人間味があった。


 宮古は、善意・悪意ではなく天秤で動く。

 重要な選択を迫られたとき、彼女は機械的に天秤の傾きに従う。一切のためらいなしに軽い皿を捨てる女である。


 命を監視していたときは、天秤が拮抗していたまでのことだ。あのときだって命の皿が軽くなるようであれば、宮古は――。


「手前があいつのことを大事に想っている内はいい。けどな、あいつが疎ましい存在になったとき、手前は……」


 容赦なく命を切り捨てるだろう。

 リッカはひとえにそのことを恐れていた。


「あたしは……姉ヶ崎先輩のことを信用し切れねえ」


 結局のところ、リッカにできたのは己の想いを吐露することだけだった。腹の探り合いを止めたのは、宮古に及ばないという理由からだけではない。


 心のどこかで、宮古を信用したいという想いがあった。


 リッカと宮古の間には、命が知らない歳月がある。

 近づくと抱きしめられるのであまり面識はないし、直接口を聞いたことなんて数えるほどしかない。


 それでもリッカは知っている。

 中等部時代、オルテナが表舞台で活躍していたというのなら、宮古は裏舞台で暗躍していた。陰になり闇になり、小中等部の治安を守ってみせた。


 いつも表ではヘラヘラしている宮古が、裏ではどれだけ女生徒(主に後輩)のために尽力してきたか。


 リッカが才媛に手を焼いたときだって、宮子は無言で力を貸してくれた。恥ずかしがり屋の先輩は直ぐに姿を隠すので、影も形もロクに掴めないけれど。


 それでも、微かに宮古がいた匂いを嗅ぎとれた。あのときのリッカは紛れもなく宮古に救われていた。


 虫がいいのはわかっている。

 だけど。

 願わくば。


 宮古が味方であって欲しいと思ってしまう。


 宮古が最後に天秤をとる人間ならば、リッカは最後には情をとる、どこにでもいる普通の女の子だった。


 長い長い沈黙が落ちた。

 しかし、不思議なことにそれほど悪い気がする沈黙ではなかった。


「ありがとう」


 静寂を破ったのは、意外にも感謝の言葉だった。


「そう言って本音をぶつけてくれた方が、私も話しやすい。話すから……全部話すから、もう少し待って。喉が渇いちゃった」


 同意見だ。リッカもそろそろカフェインが摂取したくて、仕方がなかった。


「リッカちゃんはブラックでいいよね」

「いいよ。あたしも買いに行くから」

「もう遠慮しないで。私にもいい格好させてよ」

「……じゃあ、ブラックで」


 たまには先輩に甘えて欲しい、そう宮古の瞳に書いてあった気がした。リッカは黙って遠ざかる背中を見届けることにした。


 数分したら、ケロッとした顔で帰ってくるのだろう。リッカの左腕をへし折るアレクの両足をへし折るぐらい、宮古は強い先輩なのだ。




     ◆




「お・待・た・せ~」


 擬音で表すならば、ルンルン♪

 やはりというべきか、宮子は陰気な気分を持ち帰ってこなかった。代わりに両手に湯気が立つ紙コップを持っていた。


「やった。コーヒーが帰ってきた」

「そっちがメイン――ッ!?」


 こんな軽口が叩けるくらいには、場も和んでいた。カフェイン不足でうずうずしていたリッカは、直ぐさまコーヒーに口をつけた。


「きゃっ。リッカちゃんと間接キスしちゃった」

「ぶっ!」


 恐ろしい罠に引っ掛かり、リッカはむせ返る。悔しいが、この先輩の方が一枚上手だと認めざるを得なかった。


「まあ冗談は置いといて」

「洒落にならない冗談はやめてくれ」

「大丈夫よ。唾液は入れてないから、間接ディープチュッチュにはならないわ」


 紙コップの縁を舐めたであろうことは堅かった。リッカは先ほどの記憶を抹消し、宙から垂らすようにコーヒーを飲むようにした。


「しどい! そこまで神経質にならなくてもいいのに」

「あたしのことはいいんだよ。大事なのはあいつのことだろ! どうして頑なに黙っているのか教えやがれ!」


 リッカが机をバンバン叩いて抗議すると、


「ああそれね。私、"鐘鳴りの乙女(カンパネラ)"に成ることにしたのよ」

「……はっ?」


 宮古はあっさりと口を割った。


「誰が……何に?」

「だから私が"鐘鳴りの乙女"に」


 自分の憧れでもある"鐘鳴りの乙女"に、この変態がなるというのか。

 聞き方が悪かったのだ。5W1Hを押さえて質問すれば、答えが変わるかもしれない。そんな微かな希望に縋り、リッカはもう一度訊ねる。


「いつ、どこで、誰が、どうして、何をする?」

「冬の、選定会(セレクション)で、私が、妹にチヤホヤされるために、"鐘鳴りの乙女"になる」


 こだまでしょうか。

 妙なたわごとが、リッカの耳を通過した気がした。


「すまん。全く聞こえなかったので、もう一回言ってくれ」

「しょうがないわね。もう一度言うわよ」


 ふうと嘆息してから、宮古は丁寧に言う。


「冬の、選定会で、私が、【戦乙女の門(ヴァルキリイ・ゲイト)】が欲しいから、"鐘鳴りの乙女"になる、命ちゃんは私の(よめ)

「ざけんなよ手前。特に最後のは撤回しろ!」

「聞こえてるじゃない」

「しまった……っ! おのれ策士め!」


 恋する乙女の習性を突いた巧みな罠だった。

 リッカは髪をかき乱して狼狽する。今更あーあー叫んで聞こえない振りをしても、許されそうな空気ではなかった。


「リッカちゃんって、時おりとてもアホよね」

「変態にアホ呼ばわりされた!」

「妹に変態呼ばわりされた。ハァハァ」


 ダメだこいつ……メンタルが鋼鉄すぎる。リッカは悪口を言うことをあきらめて、話題を戻した。


「それで、百歩譲って手前が"鐘鳴りの乙女"になるとする。それがあいつに秘密を打ち明けないことと、どう繋がってくるんだよ」

「リッカちゃん、ちゃんと私の話聞いてた? まさかとは思うけど……本当にあの子の名前だけに反応したんじゃないよね」


 そこまでアホ呼ばわりされるのは心外である。カフェイン効果で冴えた頭を回して、リッカは先ほどの会話からある単語を拾った。


【戦乙女の門】


 この単語から導き出される答えは一つだった。


「手前、まさか裏口を確保するために"鐘鳴りの乙女"になる気か」

「そゆこと。副賞として妹ハーレムも築くけど」


 後半の軽口を流すとしても、宮古のそれは聞き捨てならない爆弾発言だった。


(確かに、持っていて損する保険じゃねえが)


 空間転移系の魔法が使えれば、少なくとも緊急脱出が可能となる。仮に命がヘマをしたとしても、外の世界に転移させれば逃げきれるかもしれない。


 成功すれば、命の生存率が上がるのは間違いない。

 が、企みが露見すれば、宮古が危険にさらされる。とてもじゃないが、リスクに見合う保険ではなかった。


「……本当に大丈夫なのかよそれ。そもそも空間転移系の魔法は」

「三禁の一つだからね。ある程度は覚悟の上よ」


 外部入学生の迎え入れなどに用いられる【戦乙女の門】であるが、その本来の使用目的は派兵にある。


 緊急事態が発生した地に、ノータイムで魔法少女を派兵する。戦乙女が出陣するための門――それ故に【戦乙女の門】と呼ばれる代物だ。


 まかり間違っても一個人が私用で、ましてや災厄の象徴とも呼ばれる魔法使いを逃がすために使ってよい魔法などではない。


「本音を言うなら、魔力貯蔵庫に近い"王宮騎士団(ロイヤルナイツ)"に入りたかったんだけど、私は東洋系だからなあ。まず入れてくれないだろうし」


 宮古は、飲み終えた紙コップを唇で咥えて揺らす。彼女の態度と話の内容があまりにも乖離していたせいで、リッカは頭が痛くなりそうだった。


「いやいや待て待て。よしんば脱出できたとしても、毒の処理はどうする気だよ。魔力摘出手術ができないなら、それこそ本末転倒だろ」

「ああ。それなら、ここの女医でもふん縛って一緒に送ればいいでしょ」

「ふん縛って……送る?」


 にわかに信じがたい発言だった。

 リッカの長駆を、じわじわと衝撃が満たしていく。


「なあ、姉ヶ崎先輩……手前、知ってるよな? あの女医にはさ、旦那と子供がいるんだよ」

「ええよく知ってるわ。日本に住んでるらしいし、丁度いいじゃない」


(そうじゃねえだろ――ッ!)


 プツン、とリッカの頭のなかで何かが切れた音がした。状況が許すならば、声を張り上げ、拳を叩き落としているところだった。


 宮古が女医に強要しようとしているのは、国辱的行為である。忌み嫌われている魔法使いに力添えなどしたら、ただで済むわけがない。

 仮にそれで命が生き延びられたとしても、女医はどうなる。

 セントフィリア王国は国の威信にかけて女医を捕らえるだろう。そして旦那も、子供も。行き着く先は一族郎党皆殺しである。


(よ~くわかったよ。手前が黙っていた理由が)


 宮古の心変わりを危ぶむ必要などなかった。

 リッカが心配するまでもなく、宮古は命を大切にしていた。それこそ、いざというときは人道に背く行為に手を染めそうなほどに、だ。


「そんなことをしてまで生き延びたいと、あいつが願うと思うか」

「思わない。だから勝手にやるのよ」

「……っ! このわからず屋! いいよ手前がその気なら、あたしにだって考えがある」


 この計画の肝は、飽くまでも宮古の独断専行というところにある。今すぐ命にとりなして貰えば、あの妹バカも考え直すかもしれない。

 それでも足りないというなら、不良教師でも理事長でも巻き込んで、力尽くでも押さえこむまでだ。


 と、鼻息荒く立ち上がりかけたリッカだが、


「――ッ!」


 足が言うことを聞かない。

 生暖かい体温とごわごわした感触に鳥肌が立つ。リッカの足首には【黒蚯蚓(クロミミズ)】が巻き付いていた。


(いつの間に……っ!)


 火の出るような視線を飛ばすも無駄だった。闇色に染まった宮古の瞳はどこまでも深く、微かな熱さえ感じさせなかった。


「私は本気だよリッカちゃん」

「ざけんな妹狂い! 今すぐ離しやがれ。もう手前には付き合ってられねえ」

「そんな寂しいこと言わないでよ。この保険は、リッカちゃんの協力なしには成り立たないんだから」

「……はっ?」


 あと何回驚かせば気が済むのか。リッカは、もう何度目になるかもわからない驚きの声を落とした。


「だって【戦乙女の門】は一人じゃ開けられないでしょ?」


 空間転移系の魔法は莫大な魔力を食う。

 これを個人で行使可能な魔法少女は現存しないというのが通説である。

 では、どうやって【戦乙女の門】を行使しているのか。そう質問すれば、セントフィリアに住む者は口をそろえて、こう答えるだろう。


 今まで魔法少女が献上してきた"(コア)"が眠るタンク――魔力がプールされている魔力貯蔵庫を使うのだ、と。


「門を開放するのに一人、魔力貯蔵庫を開放するのに一人、少なくとも二人はいないと【戦乙女の門】って開けられないのよね」


 と、ここまで言って、宮古はハッとする。

 誤解を招きかねない発言であったことを認めると、慌てて続けた。


「あっ、勘違いしないでよ! 魔力貯蔵庫を開放するのは姉たる私の役目だからね。リッカちゃんには万一のとき、あの子と一緒に逃げて欲しいの」

「逃げるって、残った手前はどうなるんだよ」

「なるようになるわよ」


 宮古の薄笑いは、翠玉の瞳にはやけに寂しげに映った。


「な~んにも気にしなくていいのよ。ほら、私って汚れ役が似合うじゃない? 泥なんて私が全部かぶるからさ」


 ついには薄れに薄れた微笑もなくし、宮古は真摯な面持ちで助力を乞う。


「だからリッカちゃん、私の共犯者(パートナー)になってよ」


 この身と引き換えに命が……そしてリッカが生きながらえるというなら、天秤にかけるべくもなかった。


(バカだ。マジもんのバカがいる)


 リッカは、唖然とするほかなかった。

 命の秘密がバレたら、リッカの身だってただでは済まない。そんな身近に居すぎて本人ですら忘れかけていたリスクまで、宮古は秤皿にのせていたのだ。


 打算的で、冷めていて、それでいて底抜けのお人好し。極端ではあるが、そんな宮古の有り様はどこか命を彷彿とさせた。


 血の繋がりなんてない筈なのに、不思議と似た者同士だと思ってしまう。余計なことにまで気を回して、無駄な苦労を背負うところなんてよく似ていた。


「ったく。本当に手前ら姉妹は」


 ため息を落とし、とうとうリッカは観念した。


「わあーったよ。どうせ言い出したら聞かないのはよく知ってる。役割分担の話はなしだが、保険をかける話には乗ってやるよ」

「役割分担の話はなしって、そこが一番大事じゃない」

「ええい、うるさい! ガチガチに役割固めて、身動きとれなくなったらどうすんだよ。状況に応じて臨機応変に動くことの方が大事だっての!」


 それを世間一般では出たとこ勝負と呼ぶのだが、言っても聞かないのは明らかである。宮古はあきらめたようにため息を落とした。


「はあ。楽観的すぎやしない」

「姉ヶ崎先輩が悲観的すぎんだよ。手を貸すと言った手前言いにくいが、その保険は100%無駄になるからな。賭けてもいい」

「100%って、あのね。何を根拠にそう言い切れるのよ?」


 宮古が投げやりな口調になるのも無理もない。命には、この一ヶ月で秘密を二回もポロリしたという不安と不信の実績があるのだ。


 それはリッカも重々承知しているが、彼女はそこまで悲観主義者にはなれない。それに、ようやく見えてきたのだ。己が何を為すべきなのかが。


「あいつと約束したからな。三年後にはあいつが無事卒業して、あたしが【鐘鳴りの乙女】になるってな」

「ええっと……口約束(それ)だけ?」

「それだけ」


 白い歯をみせてニッと笑う。

 これでいいのだ。

 宮古が最悪に備えるというならば、リッカは最善を願う。


「だいたいさ、雨が降ったときのことばっか心配して、晴れた日も楽しめない人間になっちまったら元も子もないだろ」

「それもそうね。毎日降水確率が0%ならの話だけど」


 それが憎まれ口だとしても、宮古は言わずにはいられなかった。


「でもね、雨が降らないなんてことはないのよ。雨が降ったときに、二人とも傘を持ってなかったらどうするの? ただのマヌケじゃない」

「そのときは一緒に濡れてやるよ」


 宮古の舌鋒(ぜっぽう)が止まる。その言葉がその場しのぎのものでないことは、リッカの慈愛に満ちた表情が物語っていた。


「どちらかが傘を持ってたなら、相合傘をすればいい。傘を持っててもどうしようもない土砂降りなら、一緒に笑えばいい」


 絶え間なく雨音が流れるなか。


「これが姉ヶ崎先輩の求めてる答えかはわからないけどさ」


 そう前置きしたにもかかわらず、リッカは自信に満ちた顔で言う。


「あたしは、あいつのことを信じてる。大抵のことはあいつが何とかするって。それでもダメなら、あたしが何とかしてやるよ」


 たとえいつか嵐の夜が訪れたとしても、二人一緒なら乗り越えられる。固くそう信じるリッカは、今度は揺らぎやしなかった。


「だから言い切ってやる。そんな未来は来やしない、ってな」

「……呆れた。リッカちゃんはもう少し話のわかる()だと思ってたのに」

「奇遇だな。あたしも手前がこんなにわからず屋だとは思わなかったよ。年下好きなのは上っ面だけで、本当は後輩のことなんて信じてないのか?」

「ずるいなあ、リッカちゃんは」


 そんな言い方をされたら、姉は信用する他なくなってしまう。宮古が甘い顔を見せると、つられてリッカも相好を崩す。

 

 こうして、二人の話合いは一応の決着を見た。




     ◆




 お見舞いからの帰り道。

 リッカは宮古と同じバスに乗っていた。そこに命の姿はない。女医に聞いたところ、見舞いに来た面子は一足先に発ったとのことだった。

 

(やられた……あのデコ助、あたしを置き去りにしやがったな)


 確証はないが、リッカの女の勘がそう告げていた。先に帰って良いとは言ったが、なんの断りもなしに命が帰るとも考えづらかった。


「もう、そんなにピリピリしないの」

「だったら手前は、さすさす、すんじゃねえ!」


 雨さえ止んでいれば箒で帰れたものを。雨雲に覆われた真っ暗な空を、リッカは恨めしげに睨め上げる。


 隣にいるのが宮古では、寝たふりをして肩枕をせがむこともできなかった。

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