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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1年生 ―西高東低のアンビエント編―
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第90話 神代のプロトコル

 診療所に着くと、命とリッカは別々にわかれた。


 ――着きましたよ、リッカ。


 湿気で膨らむ頭をポンポン叩いたとき、ひゃあと悲鳴を上げてリッカが飛び退いたショックから未ださめやらぬまま。

 命は乙女ブルーな気分で面会受付を済ませた。


 ――あらあら。二人一緒に来るなんて相変わらず仲がいいのね。


 そうニヤけ面の女医に迎えられたときも、リッカは力強く否定してみせた。……あれも地味にショックであった。


(もしかして私、あまり好かれていないのでは?)


 それなりに良い関係を築けていると思っていたのだが、勘違いなのかもしれない。罪深い黒髪の乙女はかく考えけり。


 こうして今日も、二人は小さなすれ違い繰り返す。


 白い通路をとぼとぼ歩く命は、足を止める。この前まで命が入院していた病室には、別の患者のネームプレートが掲げられていた。


 榮倉(えいくら)栄子(えいこ)――俗に言う女生徒Aの名前だ。


 コンコンコン。

 ドアノックを三回入れたが、どうぞの声は返ってこない。本来なら待つのが礼儀だが、病室からは何やら苦しげな寝言が漏れ聞こえてきた。


「うう……うう」


 患者の身に何かあってからでは遅い。命はドアノブを回した。


「失礼しま――」


 命の表情がフラットになる。

 一抹の感情すらのぞかせない顔をしていた。


 女生徒Aあらため栄子が、眉間にシワを寄せて寝ているのはまだ良い。問題なのは、明らかに誰かが潜り込んでいるであろう、布団の膨らみだ。


(いる。確実に誰かいます……っ!)


 無言でベッドに忍び寄った命は、慎重に布団をめくり上げる。なかには、至福の表情で眠りこけるミディアムボブの少女がいた。


「…………」


 シングルベッドで夢と栄子を抱いていた彼女は、残念ながら命のよく知る人物――というか姉であった。


「何をしているのですか、お姉ちゃん」

「ひゃあ、命ちゃん!?」


 冷たい声を浴びせられて、宮古が跳ね起きる。

 ついさっきも同じような反応を目の当たりにしたのだが、命は別の意味で悲しくなってしまいそうだった。


「ち、違うの、これは浮気じゃないの!」

「浮気もなにも、ちゃんとわかっていますから」

「……命ちゃん」

「ところで話は変わりますが、この国の110番(けいさつ)っていくつですか」

「殺る気!? 社会的に殺る気なの!?」


 罪を憎んで姉を憎まず。

 命が法的措置も辞さない構えをとると、宮古は目に見えて狼狽えた。この手の埃は叩けば叩くほど出るのが、姉の生き様である。


 妹には触れたいが、法には触れたくない。

 そこには、悲しき二律背反を抱える姉の姿があった。


「いやあああー! ちょっとした出来心だったの、ブタ箱行きだけは許して! 妹から隔絶された(せかい)でなんて生きていけない! 姉は(パン)のみにて生くる者にあらず。妹が……妹がいないと、生きていけないのおおお――ッ!」

「きゃあっ! 抱きつかないで下さい!」


 お腹に張りのある双丘が触れる。

 密着する宮古の温かさと黒髪から香る甘い匂いで、命はクラリとする。こういうときばかりは、自分が男であることを否応なく思い出させられる。


「もうっ! 許しますから離して!」


 顔を真っ赤にした命が吠える。

 しかし、それすらも宮古の生きる糧となる。妹分を補給して平静を取り戻した宮古は、内心でニタニタと笑っていた。


 宮古は、命の秘密を知っている。

 にもかかわらず、実情を知らない命は妹を演じている。

 本当にバカで……最高に可愛い妹。

 倒錯感と背徳感という麻薬がチャンポンされて、頭がおかしくなりそうだ。日常では得難い快楽が宮古の脳を貫き、ぶるりと背筋を震わせた。


「てりゃ!」


 胸の甘い疼きを抑えきれず、宮古は命の手を引いた。寝たままの体勢であっても、半人前の魔法使いを引き倒すなどわけなかった。


「わっ!」


 ギシリと純白のベッドが悲鳴を上げる。

 四つん這いで倒れた命の下には、宮古がいた。

 どこかあどけなさを残す可憐な顔が目前にあるのに動けない。妖しく輝く黒曜石の瞳が、命を縫い止めていた。


「ねえ、本当に黙ってくれるのかな?」


 熱い吐息が、下から喉を舐める。

 宮子の白く細い指先がゆっくり迫り、命の唇にキスをした。


「お姉ちゃん……口止めしちゃおっかな」


 艶っぽい声が、耳から脳を痺れさせる。

 ドクン、と命の心臓が跳ねた。

 ダメだとわかっているのに、腕の力が抜けそうになる。


(い、いけません。一時の感情に流されては)


 熱い視線に理性を溶かされそうになる。二方向から注がれる熱っぽい視線は、際限なく命の羞恥を煽り――。


(んっ? 二方向っておかしくないですか)


 正体不明の(サーモ)を感知した命は視線をさまよわせ、


「お……お構いなく」


 ベッドの端で縮こまる栄子を発見した。

 顔を赤らめる淑女は両手で顔を覆っていたが、バッチリ指の隙間から姉妹の秘めごとを凝視していた。


(わ~、栄子さんが元気そうで何よりです)


 燃えるように顔が熱い。第三者の視線に晒されたことで、羞恥メーターは上限を振り切っていた。


 ボン、と命は頭から煙を吹く。もうお婿にいけない。


「ちちちち、違っ! これは違うのです!」

「だ、大丈夫ですよ、黒髪の乙女。私こう見えても口は堅い方ですし、こういうことには理解がある方といいますか……割りかし好物といいますか」

「全然大丈夫じゃない――ッ!」

「いいじゃない命ちゃん。私たち姉妹(ソロル)のラブラブっぷりを見せつけられたんだから。まあ二人が嫌じゃないって言うなら、私は三人でも構わないけど」

「三人!? 三人ってなんですか、破廉恥です――ッ!」


 二人ないし三人でプレイするゲームなぞ、黒髪の乙女はダイヤモンドゲームしか知らない。知らないったら知らないのである。


 と、かしましい声が部屋に響き渡った折。


「もう、何の騒ぎですか」


 女生徒B(名前はまだない)が花摘みから戻ってきた。栄子が入院した日から、彼女は甲斐甲斐しく親友の世話を焼きに来ていた。

 また姉ヶ崎先輩か、とうんざりした調子で入室した女生徒Bであったが、この状況に直面した瞬間、彼女は目を見開いた。


「また姉ヶ崎先輩が潜り込んで……う、え?」


 命が宮古に覆いかぶさり、その横には赤面した栄子が寝ている。これが一体どういう状況なのかは、色恋にうとい女生徒Bにだって察せられる。

 自分が席を外している間に、桃色遊戯が繰り広げられていたであろうことは想像に難くなかった。


「ご……ごゆっくり」


 女生徒Bは、そっと扉を閉じて退出した。


「やめてええええ。これ以上、勘違いしないでええええ!」


 この後、命が乙女走りで女生徒Bを追いかけ、誤解を解くのに多大な労力を費やしたのは語るまでもないことだろう。




     ◆




 しとやかさを欠いた振る舞いを恥じ、命は椅子の上で身体を小さくしていた。


「手前らなあ……ガキじゃないんだから、病室ではしゃぐなよ」

「うう、お恥ずかしい。返す言葉もありません」


 リッカが骨折の経過観察から帰ってきたことで、ようやく事態は落ち着いた。栄子の部屋からは、桃色な空気が薄れつつあった。


「いえ、リッカさん。黒髪の乙女にだけ非があるわけではありません。お恥ずかしながら私も興奮して、我を忘れていたところがありまして」

「付き添っていた私まで一緒になって……面目ない」

「まっ、思ったより元気そうならいいけど」


 リッカはぶっきらぼうに言い、翠髪(すいはつ)をいじる。

 元はといえば、リッカが通院にかこつけて命をお見舞い誘ったのが、診療所を訪れる切っ掛けだった。


 見目麗しい二人の見舞い客に、栄子は微笑みかける。


「ええ、セレナさまのご慈悲と皆さまの温かいお心遣いのおかげですね。黒髪の乙女がお見舞いに来てくれただけでも驚きましたのに、まさかカフェ・ボワソンの女神さままで来てくれるなんて、夢にも思いませんでしたわ」

「栄子さんは幸せ者ね。妬けますわ」

「……たまたまだよ。用事があったから寄っただけだ」


 頬を掻くリッカを、一同は微笑ましげに見つめる。いつも偶然をよそおって女神さまが慈悲をかけるのは、周知の事実だった。


「ぷっ……くっ……。そうですねえ。今日はたまたま通院の日でしたものねえ」

「どうやら手前は、反省が足りねえようだな」


 ダメだ。微笑(わら)いを堪えきれなかった命の頬を、リッカがつねる。相手を傷めつけながら自分はモチ肌を味わえるという、一石二鳥の罰だ。


 次第に、寒々しかった病室に華やいだ空気が立ちこめていった。


 リッカが友好的に振る舞うか心配していた命だが、それも要らぬ心配であった。共に外部入学生であり1-E同士の三人は、少なからず交友があるようだった。


「ふふっ。リッカさんはそう言いながら、いつも助けてくれるのですよね」

「……悪かった。あたしが講義を途中でフケてなきゃ」

「あら、違いますわ! 私は嫌味を言おうとしたわけではなくて、ただ純粋に感謝を告げたかっただけで」


 失言を認め、栄子は慌てて言いつくろうとするも上手く言えない。見かねた命は助け舟を出した。


「へえ。昔もリッカに助けられたことがあるのですか」

「え、ええ。中等部のときから何度も助けていただいていて」

「おい止めろ。命には話すな」

「あら、いいじゃありませんか。悪口を言うわけじゃありませんし、栄子さんは心の底から貴方に感謝しているんですよ」


 釈然としないが言いくるめられてしまった。こう言われては口を挟むこともできず、リッカは居心地悪そうに足を組み直した。


「そうですね……リッカさんには何度も助けていただきましたが、一番印象に残っているのは、くす玉事件ですかね」


 どこかめでたそうな印象すら覚えるが事件だが、そこに一体どんな事件性があるのか。命は黙って耳を傾ける。


「まあ懐かしい。栄子さんが教室の天井に吊り下がっていたくす玉を割ったら、小麦粉が降ってきて真っ白けっけになったやつですわね」

「ああっ! ネタばらしはご法度ですよ!」


 まんまだった。

 栄子がブービートラップにかかったという、お茶目な事件である。当時のことを振り返り、女生徒Bは思わず笑ってしまう。


「もう~、ひどいったらひどい!」

「ごめんなさい。ついね」

「私はショックだったんだからね! おろしたての夏服も小麦粉まみれだし、髪だって前日に切ったばかりでしたのに」

「……なんて残忍な犯行。それは許せませんね!」

「でしょう! 黒髪の乙女」


 新しい制服と髪型で浮かれている乙女を狙うとは、許すまじ外道である。共感を覚える命は憤った。


「…………」


 なんでそこで手前がナチュラルに感情移入してんだよ。リッカが冷たい目で突っ込んでいたが、栄子と盛り上がる命は気づいていなかった。


「そうして私が失意に沈んでいたときに助けてくれたのが、リッカさんなんです。ブワッと風を吹かせて、小麦粉を洗い流してくれたんです!」

「なにそれ凄い!」

「……持ち上げすぎだ。単に風吹かせただけだろ」


 いたたまれない気持ちになり、ついリッカは口を出してしまう。あまり褒められると、背中が痒くなってしまいそうだった。


「あら、そんなことありませんよ。今日は一日中ブルーな気分で過ごさないといけないのかと思っていた私の憂鬱を、一瞬で吹き飛ばしてくれたのですから。それに覚えていますか? そのときに貴方がかけてくれた言葉を」

「……覚えてねーよ、そんな昔のこと」

「照れなくてもいいじゃないですか。それで、リッカは何と言ったのですか?」


 とうとうそっぽを向いたリッカを尻目に、栄子は嬉しそうに言う。


「髪切ったんだな。似合うじゃん――って」

「きゃああああ、イケメンすぎる! さすがすぎますわリッカさん!」


 女生徒Bが大興奮だった。

 女子校では格好いい女生徒がモテるというが、まさにその典型だ。男らしさに憧れる命も思わず唸りそうなイケメンぶりだった。


「病室」

「あっ、すみません」


 警告を受けて、女生徒Bはしゅんとする。

 しかし、リッカとて本気で怒っているわけではない。

 自分を褒めてくれた相手に本気でガンを飛ばすわけにもいかず、困ったような顔をしていた。


「もういいだろ。勘弁してくれ」

「う~ん。私としては語り足りないぐらいですが、女神さまにそう懇願されては仕方ありませんね」

「えー、もっと聞きたかったのに」

「手前は黙ってろ」


 さもなくば手前の秘密もバラすぞ、とでも言いそうな迫力だ。命は黙って女神さまの言うとおりにしておいた。


「大丈夫ですよ。今度こっそり教えてあげますから」


 栄子が命にこっそり耳打ちする。

 会話の内容はおおよそ見当がついたが、寝不足の今、そこまで介入する気力も残っておらず。リッカはただただ呆れた。


「ったく、何がそんなに面白いんだが」


 美しい思い出なのに、その中心にいる人物が理解を示してくれない。それがとても寂しくて、栄子はつい子供っぽく言い返してしまう。


「だって嬉しかったんだもの! 嬉しかった思い出は、何度思い出しても良いものでしてよ。今でもあのときの気持ちは鮮明に思い出せますわ。身体の芯からポカポカ温かくなるような……そんな幸せな気分に包まれて」


 あの日の気持ちが蘇る。

 しみじみと感慨に耽りながら、栄子は続けた。


「ああ……こういうのが魔法なんだって、思いました」


 彼女の口からこぼれ落ちた何気ない言葉が、心の琴線に触れた。何がとは上手く口にできないが、命は確かな感触を覚えていた。


 魔法とは何か?

 その問いに対する答えが、おぼろげながら見えた気がしたのだ。


「……なんて、魔法少女の私が言うのも変ですよね。普段からバンバン魔法使っていますのに」


 場に降りた沈黙に耐え切れず、栄子は笑って誤魔化す。彼女は他の三人が虚を突かれていたとは、夢にも思っていなかった。


 先ほどとは打って変わり、しんみりとした空気が部屋に満ちる。ドアノックの音が響いたのは、三人が口を開けずにいたときだった。


「楽しそうなところ、ごめんね」


 病室に入ってきたのは、顔なじみの女医だ。彼女は辺りをキョロキョロと見回しながら訊ねた。


「もしかして姉ヶ崎さんがいるかなと思ったんだけど、ここには来てない?」

「ああ、お姉」言いかけて命は言い直す。


「姉ヶ崎先輩でしたら、あちらです」

「……あちらって、あの白い簀巻きのことかしら?」


 命が指差す先には、白いシーツの簀巻きがあった。


「ん――ッ! ん――ッ!」


 白い簀巻きがひとりでに床を転がる。

 そうです私が変態なお姉ちゃんです、と言外に語っていた。


 歩くセクハラの被害を止めるためにはやむを得ない処置である。全会一致で宮古は簀巻きの刑に処されていた。


「まったく、これだから女子高生は」


 哀れな上級生に歩み寄り、女医は簀巻きを解いた。


「シーツが伸びたり千切れたりしたら、どうするの? 大切な寝具なんだから、大事に扱ってよね」

「私の心配は――ッ!?」


 宮古は不平を鳴らすも、下級生どころか女医も相手にしてくれなかった。


「はいこれ、診断書ね。もう帰っていいわよ」

「……何だろうこの厄介払い感」


 感ではなくて、間違いなく厄介払いだった。

 えへへ、お姉ちゃんとお医者さんごっこしようか、などと年下の女の子に声をかける不審者の目撃談が、宮古が来所してから相次いでいるのだ。


「まあいいわ。栄子ちゃんの匂いも堪能できたしね」

「貴方、診療所じゃなくて刑務所に入った方がいいんじゃないの?」


 女医の苦言も、姉の美学の前には届かない。

 姉が悪いのではない。姉を犯罪に走らせる妹という存在が罪なのだ。その崇高すぎる理念は誰にも理解できないし、誰も理解する気がなかった。


 もはや、呆れるという次元を銀河の彼方まで置き去りにした姉理論。一同がたわごとを聞き流すなか、命だけは些細なことが気にかかっていた。


「診断書って、どうしたのですか?」


 どうしてだろうか、嫌な予感が止まらない。悪いときには悪いことが重なるもので、命はいつも以上に心配性になっていた。


「ああ、持病を診て貰ってたのよ」


 命の背筋が冷えた。


「実は私は……妹が側にいないと死んでしまう病なの~、なーんてね。もう命ちゃんったら本気で心配しちゃって、かあいいなあ」

「もう、驚かさないで下さいよ」


 全身から力が抜けていくようであった。

 このところ、良くないことが立て続けに起きているのだ。災いや不幸が畳み掛けるのが黒髪の乙女の日常ともいえるのだが、


(なんと言えばいいのでしょうか)


 ――火薬の匂いがつきまとう。

 雨の匂いにかすかに混じるそれが、やけに鼻につく。不意に何かがドカンと爆発しそうな、そんな予感めいたものがあった。


(考えすぎでしょうか)


 この気候で火薬が湿気やしないものか。

 黒髪の乙女は、爆弾が不発に終わることを祈るばかりだった。


「八……さん、八坂さん」

「あっ、はい! 何でしょうか」


 考えにふけっていたこともあり、反応が遅れる。先ほどから女医が何度か命を呼んでいた。


「せっかく来たんだから、貴方のことも見てあげるわよ。魔力枯渇(パンク)で二段底をついた後の経過も気になるしね」


 唐突な提案に面食らうも、それは命にとって願ってもない申し出だ――もっとも、懐具合さえ悪くなければの話だが。


「でも私、持ち合わせがなくて」

「いいのよ。お金じゃなくて誠意の問題。元患者とはいえ、後で身体を壊されたりしたら目覚めが悪いしね」

「……女医さん」


 医者の鏡だった。

 それに魔法使いなんて貴重なサンプル滅多に診られる機会ないからね、と小声で呟いた辺りまで含めて。


「さあ。そうと決まれば善は急げよ!」

「ああっ! ちょ、ちょっと待って下さい」


 背中を押す女医に待ったをかける。

 中途半端な形で見舞いを切り上げるのもきまりが悪い。命は、申し訳なさ気に栄子に目を遣った。


「私のことならお構いなく。体が資本、健康が第一です!」

「そうね。それがわかっているのなら、榮倉さんもそろそろ寝なさい。いっぱいお友達が来てくれたのが嬉しいのはわかるけど、はしゃぎすぎよ」

「ええー、先生のいけず」


 気遣ってくれた栄子には悪いが、この場は解散の方向に向かっていた。後ろ髪を惹かれる思いもするが、命は彼女たちの好意に甘えることにした。


「リッカもすみません、せっかく一緒に来たのに」

「気にすんな。あたしも適当なところで切り上げるから」


 返答する間もない。

 次の瞬間には、命は嬉々とした表情の女医に連れ去られていた。




     ◆




(……行ったか)


 扉向こうに消える命を見送り、リッカは人知れず安堵する。ようやく今日の目的を半分消化できたといったところか。


 命の診察料金は、すでに支払っていた。


 カフェ・ボワソンの女神は、いつだってそうだ。偶然をよそおって慈悲をかける。相手が黒髪の乙女とあれば、なお厚く熱く……。


 不平等だという(そし)りもあるだろうが、そこはご容赦いただきたい。恋する女神が一人の男に入れこむというのは、神話時代からのお約束なのである。

◆オマケ:くす玉事件の犯人◆


???「……くくくっ。このくす玉トラップにかかれば、あのスカした鷹女も真っ白けっけになることだろう」


 このあと滅茶苦茶【竜巻(トーネード)】でくるくるくるりんされた。

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