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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1年生 ―禁じられた遊び編―
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第70話 地獄の沙汰も神頼み

 華やかな茶会の席で、女生徒たちは決起した。

 美肌、バストアップ、痩身効果……乙女の心を弄ぶポーションを根絶すため、ポーション取締り班が発足したのが昨日のことである。取締り班の班長に就任した黒髪の乙女は、一つの策を胸に秘めて階段を昇る。


 白亜の城の5階に位置する職員室の戸を開け放つ。担当教員に接触すると、命は開口一番告げた。


「嘆願書をお持ちしましたので、受理して下さい」

「……お前、あたしを便利屋か何かと勘違いしてねえか」


 自席でラーメンを啜っていたマグナは、箸を宙で止める。白魚のような手が、彼女に生徒手帳と嘆願書が見せつけていた。


「便利屋だなんて滅相もない。私は学則を利用しにきただけです」

「その学則を利用した女生徒を、未だかつて見たことねえんだが」

「なら私が第一号ですね。生徒手帳を読み込んだ甲斐がありました」

「……そりゃ、一番お前が女生徒らしくねえってことの証左だよ」


 皮肉をこめて言い返すも、命の微笑みは崩れなかった。

 その行動といい問題解決へのアプローチといい、酷く厭らしい。最少の労力で最大の成果を出そうという姿勢は悪くないが、目に余るものがあった。


「馬鹿なこと言う前に、後ろの張り紙でも見てみな」

「張り紙? すでに何か注意勧告でも出しているのですか」


 箸先の方向に振り返ると、わざとらしい声が上がった。


「おっと、とんこつ醤油スープが」

「あーっ! 何をするのですか!」


 マグナの箸が掻きあげたスープが、寸分違わず嘆願書に飛ぶ。ぎとぎとの油が染み込み、捺印部分はもはや解読不能となった。


「悪いな……わざとだ」

「悪意しか感じられない!」

「つべこべ言ってと、その綺麗な黒髪をぎとぎとにするぞ」

「髪だけはご勘弁を。とても手入れが大変なのです」


 両手で大事そうに頭を覆う、キューティクルな黒髪の乙女。

 なぜだろう、女性として何か負けた気がする。マグナは釈然としない気分に陥りつつ、とんこつ醤油スープを飲み干し、ラーメン鉢を落とした。


「どうせ、出所不明のポーションの件だろ」


 ポーションの噂は、マグナの耳にも入っていた。

 ちょうど早朝の職員会議でも議題に上がったところだ。遠回しに注意を促す真面目な若手教員もいれば、ポーションを追い求めて奔走する三十路教員など、対応は教員それぞれだった。


「先に言っとくが、あたしは動く気はないからな」

「なんでですか。いつもの迫力で脅せば、だいぶ効果があると思うのですが」

「あたしは怪獣か何かか……まあいい」


 怒鳴れば、余計に頭痛の種が育ちそうだった。

 春祭りの騒動で、セントフィリア女学院はただでさえ王都に睨まれているのだ。偶発的とはいえ、ポーション事件はあまりに時機が悪かった。


 難癖を付けられては事である。教員陣が二の足を踏むのは、大人同士の諍いに発展することを恐れてのことだ。子供の遊び、おふざけ――その範疇で問題が収束することを切に願っていた。


「やっぱ、そうするしかねえよなあ」


 マグナは頬杖を付いて、ベタッと頬を潰す。

 頼みの綱であるオルテナは後進育成のためと半ば傍観を決め込み、宮古も選抜合宿に参加中である。彼女もそろそろ新たに一石投じる頃合いだと考えていた。


「この問題、お前が解決してくんねえ?」

「……そんな誠意の感じられない姿勢で頼まれましても。正直、私も日銭に追われる生活を送っているわけでして、自分のことで手一杯――」


 命の遠回しな物言いは途切れた。

 黒水晶の瞳には、誠意の匂いがする茶封筒が映っていた。


「劇場のチケットでどうよ、3枚」

「わーい。私、演劇大好きなのです」


 なかに一万イェン札を3枚を確認。

 茶封筒を袖の下に通すと、命は素知らぬ顔で引き返す。職員室の扉付近には、根木と那須が帰りを待ちわびていた。


「どうだった、命ちゃん?」

「残念ながら、取り付く島もありませんでした」


 命が肩を竦めると、根木は残念そうに眉をハの字に曲げた。


「そっかあ。気を取り直して、昼食に行こうよ!」

「でも……この時間帯だと、もうどこも混んでいるかも」

「すいません。私がお昼時に職員室に寄ったばかりに」

「う、ううん。別に責めているわけではないの」


 必死にかぶりを振る那須は、だいぶ顔色が良くなっていた。

 命が職員室に寄ると伝えたときから、那須の表情には翳りが差していた。疚しさとは色合いが違う、何か後ろめたい気持ちが面に写っていた。


「ふっふっふ。お昼の場所なら問題ない系」


 同居人の不審に気づかず、根木は勿体ぶった声を出した。


「今日は、秘密基地でお昼ご飯を食べようと思います」

「秘密基地ですか。どこか新しいお店を開拓したのですか」

「それは行ってからのお楽しみだよ!」


 きらりと、指にかけた貴金属が陽光を照り返す。

 根木は鍵を弄びながら歩き出し、友人二人を先導した。


 命と那須が案内された場所は、半ば物置きと化した部屋だった。

 埃を被った(とう)の籠と書類の山が、足の踏み場すら奪っている。衛生的とは言い難い部屋の惨状に根木が絶句したのが、一時間前のことである。


 ここは部活塔の一室。

 根木が立ち上げた同好会――黒百合会に割り当てられた部屋だ。昨日、生徒会長から承認印を貰い、根木は異例の速度で会室を獲得していた。


「二人ともごめんね。お手伝いさせる気じゃなかったのに」

「気にしないで下さい。茜ちゃんのためなら、これぐらいは朝飯前です」


 汚い部屋を見ると辛抱たまらなくなるのは、乙女の性である。

 清掃の修羅と化した命は、箒に雑巾モップに粉石けんと、ありとあらゆる清掃道具を総動員して、八面六臂の大活躍を見せた。


「短時間で仕上げたとは……とても思えない出来です」

「一片の塵芥すら許してはいけません。清掃とはゴミの掃討なのです」


 どこを指で拭おうと、埃など出やしない。

 新たに生まれ変わった黒百合会の会室は、命に感謝を告げるように輝いていた。これぞ四十八の乙女技の一つ、甲斐甲斐しい乙女の掃除である。


(すっきり解決☆)


 一仕事終えた後に頬張るホットドッグは、実に美味しい。買い出しを終えた命たちは、黒百合会の会室で遅めの昼食を採っていた。


「いいですね……会室で食べる食事も」

「ええ。会室で食べるというのも乙なものですねえ」

「でしょ、でしょ。同好会の発足が一番乗りじゃなかったのは残念だったけど、そんな些細な悲しみは吹っ飛んじゃった系!」


 会室の主になった根木は、終始はしゃいでいた。

 喜びでつい大口になってしまう彼女の口元には、赤い髭が生えている。命は世話の焼ける友達の頬を紙ナプキンで拭いつつ、ふと違和感に襲われた。


「あれ、一番乗りじゃなかったのですか」

「うん。職員室で鍵を貰ったときに判明しちゃったのです」

「あの……大丈夫です。2位じゃ駄目なんてことはないと思います」

「なんか予算を削られる匂いがする系!」


 場所は違えど、いつもと変わらぬ平穏なひとときが流れる。命たちはたっぷり会室で寛いでから、4限の講義に向かうことにした。


「えっと……私は別の講義に興味がありまして」


 断りを入れてから、那須だけは別棟の講義へと向かった。

 好奇心旺盛なおかっぱ少女は色々な講義に目移りしてるらしく、命たちと別の講義に行くこともさほど珍しくなかった。


(別段、珍しいことではないのですけどねえ)


 今日に限って言い訳じみた響きを感じるのは、猜疑心のせいなのか。命は講義の間、ずっとその考えが頭から離れなかった。




     ◆




 4限目の講義を終えると、三人は5号館前で落ち合った。

 早速ポーション事件の犯人確保に乗り出す……といきたいところだが、一気に事を進めるのは難しい。情報収集を行うのが先決だった。


 一先ず向かった先は、かまぼこ型の運動場だった。

 先日訪れた弓道場もだが、運動施設は敷地の端に追い遣られる傾向がある。春の萌え出づる緑に囲まれた運動場付近は、本棟側とはまた雰囲気が異なる。


 活気ある掛け声を全身に浴びながら、三人は地下の剣道部を目指した。階段を降りると、竹刀の音が命たちを出迎える。入部希望者の目があることもあり、練習風景には一層の熱があった。


「あー、二人とも来てくれたのか」


 ぶんぶんと、剣士の一人が大きく手を振った。

 面を外すと威圧的な釣り目が和らぐ。同年代の女性に比べて低い声と高い身長。一見近寄り難そうな女生徒――高虎(たかとら)泰葉(やすは)も、二人の妹の前では型なしだった。


「わあい、虎姉ちゃんだ!」

「その……剣道着、とても似合ってますよ」

「よしよし。お前らは可愛いやつだな。どうする? お姉ちゃんが相手してやるから体験してみるか。嫌なら見学でも構わないぞ。座布団持ってきてやるからな」


 挨拶代わりに妹を愛でてから、高虎は命にも気を回した。


「何だお前、入部希望者か?」

「……あからさま過ぎやしませんかねえ」

「虎姉ちゃん。私たちの友達を邪険にしたら、怒るよ!」


 ぷりぷり怒る妹に押されて、高虎は狼狽えた。

 直ぐに頭を下げると、篭手を外した手で握手を求めてきた。


「わわわっ、ごめん。私は高虎泰葉って言う者だ」

「これはどうも。私は八坂命と申します」


 ズサッ、と高虎が摺り足で引いた。

 ノータッチ、ノーフレンドシップ。

 握手は成立せず、命の手は虚しく浮いていた。


「八坂命って、お前……宮古の妹じゃねえか」

「みたいですね。直接の面識はないのですが」

「なら握手はなしだ。不用意に触れたら、殺られる」

「やはり、私の姉は殺人許可証(マーダーライセンス)をお持ちなのでしょうか」

「いや、あいつは何というかだな」


 宮古の恐怖は、言葉で形容したくない類の恐怖だ。

 高虎は少し頭を悩ませてから、一例を示すことにした。すっ、と竹刀を上段に構える。垂直に下ろせば、ちょうど命の頭に当たる位置だ。


「たとえば、私がこの竹刀を落とすとする」

「すると?」

「――剣道部は滅亡する」

「超常現象じゃないですか!」


 命の突っ込みを受けて尚、高虎の顔を真剣そのものだ。

 彼女のたとえが強ち嘘でないことは、剣道場に充満する空気が証明していた。小気味良い竹刀の音は鳴り止み、板張りの間に充満していた熱気も冷めていた。


 二人の動向に、全部員が注目している。

 不安を孕んだ瞳には、訴えてくるものがある。「私たちの居場所を奪わないでくれ」と突き刺さるほどに視線は痛い。高虎は全部員の想いを汲み取り、命の肩に手を置いた。


「……頼むから、見学だけで勘弁してくれ」


 鎮痛な面持ちで頼まれては、首を縦に振ることしかできず。

 命たちは、しばし剣道部の熱の入った試合を観戦することにした。生半可な見世物では取って食われるとでも錯覚しているのか、やけに剣に気迫が篭っていた。


 練習が一段落着くと、蒸した空気を割って高虎が前に出た。


「お楽しみいただけたでしょうか、八坂さま」

「余は満足なので、そろそろ態度を和らげてくれますか?」

「うわあ、命ちゃんが虎姉ちゃんからVIP対応を受けてる」

「この場合……胸元に代紋(エンブレム)を付けた人への対応かも」


 面のなかから、ハスキーな笑い声が漏れてくる。

 高虎は命の肩に腕を回して、囁くように感謝を告げた。


「いやあ、助かった。新入生に良いとこ見せようと、剣道部全体が浮足立っててさ。久しぶりに良い稽古ができた。やっぱ適度な緊張感ってのは必要だな」

「なんだ、初めから恐怖の大王なんていなかったのですね」


 そっと、高虎は無言で顔を背けた。


「何故そこで黙るのですか!」


 宮古の謎は深まるばかりだった。

 高虎にポーションの相談を持ちかけたときも、宮古のネームバリューは絶大なる効果を発揮した。閻魔の裁きを待つ罪人のように、十数名の剣道部員が自主的に列を成していた。


「舌を抜く気はないので、皆さん泣くのはお止め下さい」


 三人は役割分担して、ポーションの取り締まりを開始する。

 那須は押収したポーションを【小袋(ポケット)】に仕舞い、根木はポーションを入手した経緯について聴取を行う。命は自首した剣道部員の目元をハンカチで拭う係だった。


「姉ヶ崎宮古の妹ならび、その友人たちに礼――ッ!」


 部員の立礼を浴びてから、命たちは剣道場を辞した。




     ◆




 剣道部を皮切りに、三人は運動場の部活動を制覇した。

 命が姉妹関係を仄めかすと、取り締まりは驚くほど順調に進んだ。武闘派の女生徒すらも宮古に恐怖し、自首する者が後を絶たなかった。


「あの……さすがに、ちょっと苦しくなってきました」

「どうぞ遠慮なさらず、私がもっとお持ちしますから」


 那須が助力を求めるのも無理からぬ状況だ。

 押収したポーションの数は既に100に上る。細長い試験官といえど、一介の外部入学生が【小袋】で持ち運ぶには厳しい容量である。


「こんなに出てくるとは、驚き桃の木山椒の木!」

「道理で、ポーション所持者を連行しないわけです」

「そうですね……皆さん罪の意識も薄そうでしたからね」


 外部入学生の場合、まずポーション所持が罪に当たることすら知らない女生徒が大多数だった。内部進学生にしても、法律ではなく慣例だと誤認する者が多くを占めていた。


 後は『赤信号みんなで渡れば怖くない』のリスキーシフトだ。

 少し悪いことをしているという快楽や優越感も働き、ポーションは魅力的な謳い文句とともに浸透していく。アクアマリンの液体が女学院をどこまで満たしたのかなど、命にはもう想像もつかない水域に突入していた。


 こうなると、枝葉に拘っても効果は期待できない。大本を叩くのが鉄則であるのだが、問題なのはその大本の影も形も掴めないことだった。


 霧のなかを行くように、命たちは思案に耽りながら歩く。

 気が付けば足元は土色から、白い石畳に変わっていた。運動部の領域から本棟側に戻ってきたようだった。


「あっ、幸運の女神さまだ」

「げっ、破滅の女神じゃねえか」


 対照的な声に釣られて、一行は足を止める。

 判子を押したようでわずかに異なる容貌、お揃いの耳付き帽子。

 命と根木は、一度だけ拝見したことがある女生徒たちだった。

 入学式の日のことだ。箒レースの賭け事が明るみに出た際、新入生を入学式の会場に逃がそうと奮闘していた光景が思い浮かぶ。


「気にしないで下さい、女神さま。あれは敗者の戯言です」

「それは言い過ぎ。どう考えても、あの勝負は鉄板だったつーの!」


 二人はギャンブル狂いとして有名な、レッドラム姉妹だった。


「まあ、つまんねえこと言ってると、ツキが逃げるから忘れてやんよ。団長に聞いたけど、手伝ってくれてるんだろ。そっちの成果はどうよ?」

「残念ながら押収以外の成果は出てませんが、そちらは」

「うーん、さっぱりだね。犯人の目星は付いてたんだけどね」

「出てるじゃないですか、大きな成果!」


 命が感嘆の声を上げるも、双子の微笑みはぎこちなかった。

 この情報は、胸を張って報告できるものではなかったからだ。


 双子が挙げた星は、薬学系研究会の元会長だ。

 元というのは、彼女がOGという意味合いではない。

 薬学研究会は去年の冬、同好会の整理で解散に追い込まれたからだ。女生徒本人は2年生として、現在も高等部に在籍している。


 高額な予算申請、一切上がらない活動記録、会員の定数割れ。

 様々な問題を抱えてはいたが、会長は研究熱心な女生徒として有名だった。


「なんだか……会長が可哀想です」

「んなこと言われても、綺麗ごとだけじゃ回らねえし」

「そうそう。他の同好会にも示しがつかないし」


 悲しげな顔をする那須を、レッドラム姉妹はたしなめた。

 歯車の交換、不要品の切り捨て――定期的な整備点検を怠っては、社会は円滑に回らない。それは社会の縮図でもある学校でも例外ではなかった。


 もっとも、人間は歯車や部品に徹することなどできやしない。

 輪から外れた人間が循環を妨げることも、ままあることである。


「ということは、動機は同好会を潰された逆恨み系?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないな」


 双子姉の返答は歯切れが悪い。

 情報を出し惜しみしたのも、断定するのが怖かったからだ。薬学部元会長は、元より自警団が目をつけていた星の一人ではあったのだが。


「そいつ、全然怪しい動きが見られねえからさ」


 自警団が交代制で見張るも、成果報告は未だにゼロ。

 姉妹は大袈裟に肩を竦めてみせた。もう薬学部元会長は容疑者候補から外した方が良いのではと、二人は提言しているぐらいだ。


「マイアちゃんって、わかる? あの梟みたいな眠たげな目をしている子」


 妹は半ば眠りこけるような仕草で、同級生の特徴を現した。


「あの子さ、水晶球使って【遠視】ができるんだ……もち、悪用するような子じゃないんだけどさ」


 【遠視】でも不審な動きが見られなかった以上、お手上げである。

 これで捜査が打ち切りになるのであれば不真面目な姉妹としては万々歳なのだが、そうは問屋が卸さないから渋々巡回を続けていた。


「つーか、もう無理くね?」

「うんうん。もはや犯人の人数もわからないしね」


 レッドラム姉妹はお気楽に諦めムードを漂わせていたが、命も貰う物を貰った以上は安々と引けなかった。


「複数犯の可能性があるということでしょうか」

「むしろ聞き返すけど、どんな犯人像だと思ってる?」


 命は短く「茜ちゃん」と名前を呼ぶ。聴取担当だった根木は、聴きこみの情報を思い返しながら質問に答えた。


「ええっと、目深にフードを被ってたから人相はわからないらしいけど、ポーションを配布してたのは一人ないし二人組だったとか」


 ローブを着込んでいて、身長は平均的。

 根木が入手した情報を列挙すると、二つの鼻息が笑う。命たちが収集した情報を鵜呑みにされては、溜まったものではなかった。


「わたしは三人組と聞いたけどな、しかも高身長」

「わたしは四人組と聞いたけどね、しかも低身長」


 前提が崩れかねない発言を受けて、命はこめかみを押さえた。犯人の術中に嵌っていては、情報収集など無意味であった。


「……完璧に踊らされているじゃないですか」

「そういうこった。真面目にやってっと、馬鹿見るぞ」


 流行ったものは、必ず廃れるものである。

 そのうち収束するだろ、とレッドラム姉妹は飽くまでも楽観的だ。投げ遣りな態度で、命たちに手を差し出してくる。


「ほれ、ぺーぺーには重いだろ。押収品持ってやるよ」

「えっ……ありがとうございます」


 意外な親切心を出されて、お礼の言葉が遅れた。

 軽薄そうな印象を受けがちだが、意外と悪い人物ではないのかもしれない。命がそう評価を改める前に、幻想は脆くも崩れ落ちた。


「よしよし。これだけ持って帰れば怒られないよね」

「じゃあな。お前らもテキトーなところで切り上げとけよ」


 手土産を持って、レッドラム姉妹は部活塔へと帰っていった。


「あの……どうしましょうか」


 ぽつん、と賑わう通りで那須が方針を確認する。

 本来なら自警団の部室にポーションを置きに行く予定だったのだが、思わぬ手柄泥棒に出くわしたおかげで目的が消えてしまった。


 光明が見えたと思えば直ぐに暗転。

 安請け合いしたことを後悔する気持ちを湧いてくるが、泣き言だけで捜査は進展しない。命は小さく唸ってから新たな目的地を提示する。


「困ったときは、神頼みといきましょうか」


 八百万の神として信仰される神仏の一体、珈琲の女神さま。彼女が棲まう聖地、カフェ・ボワソンへ礼拝に行くことにした。

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