第60話 ストロベリー・エッジ
運に助けられて、あたしたちはカーチェの迷宮から脱出した。
最新の地図本で推奨ルートを通っていたことが吉と出た。朝方の人が少ない時間帯を狙って潜りに来たパーティと遭遇し、帰り道までの手助けをして貰えたのだ。
あたしたちは、ヴァレリアにある診療所に入院という運びになった。
血相変えた母親と教員に雷を落とされたが、その程度で済んで幸いである。そうとでも思わなければ、気絶したナナカの分まで叱られたあたしはやってられなかった。
「反省しています、この通りです。女学院にもしっかり通うし、迷宮にも二度と潜りません。なんなら誓約者だって書きますから、お願いします。この一件は公表しないで下さい」
教員を拝み倒して、この一件は公にしない約束も取り付けた。
ナナカの名誉を守るための懇願を、教員は渋々ながらも飲んでくれた。あたしが特待生というのも利いたのだろう。たまには特権も活用しないと腐るというものだ。
一通り怒られると事態は収束したが、代償はこれだけでは済まなかった。
予想通りあたしは胸骨にヒビ、ナナカはそれに加えて右腕に打撲を負った。冬休みの大部分は、残念ながら入院でパーとなる見通しが立った。
「まあ、運が良かったほうか」
病衣を着ながら、あたしは廊下のベンチに座っていた。
ベッドにいないと怒られたが、あたしは過度な運動をしなければ問題はなかった。本を読むのに飽きたら、よくここでコーヒーを飲んでいた。
紙コップを、ゴミ箱にシュート。
そろそろ看護婦に怒られるので病室に戻るとした。清潔な廊下を歩いていると、ナナカの名前が聞こえた。通路の途中にある診療室からだ。
医者とナナカ、同席した母親の三名がいるようだった。
天下のナナカさまが医者に嗜められる日が来るとは、と悪戯心で扉に耳を付けた。
「単刀直入に言いましょう」
貴方みたいな馬鹿な患者は見たことがありません、と続くのだろう。
この一件ではあたしも随分と手を焼かされたのだ。いいぞ医書、もっと言ってやれ。少しナナカは反省した方がいい。
「貴方はもう、魔法少女として生きていけません」
あたしの馬鹿な考えは、一瞬で砕かれた。
母親が必死に抗議していたが、医者が主張を曲げることは一切なかった。どれだけ努力していようが、どれだけ"鐘鳴りの乙女"になりたかろうが、関係はない。
ただ医者は、魔法少女としての寿命が尽きたことを告げた。
「お母さんの言うこともわかりますが、殻が壊れた以上、議論の余地はありません。ナナカさんは一刻を争う容態にあるんですよ」
「わかってないじゃないですか」と、母親がヒステリックに吠えた。人前では滅多に荒れた感情を前に出すことのない、あの母親が。
嗚咽とともに母親が崩れていくのが、扉の向こう側から感じられた。
本当は母親だってわかっているのだ。魔力タンクを覆う殻という容れ物が壊れた時点で、魔法少女は命数が尽きるんだって。
魔力という燃料は、人体にとっての毒だ。
その毒が人体に染み込まないように、魔法少女には殻という器官がある。
だが、そこがダメということは、日々生成される毒が回ることを意味する。魔力は身体を蝕み、必ず身体のどこかに支障をきたす。だからこそ魔法少女は、殻が衰える前に魔力摘出手術を受けなければいけないという不文律がある。
わかっている……そんなことはわかっている。
だから、その先の言葉を言うのを止めてくれ。
「決断して下さい。早急に魔力を摘出する必要があります」
医者と母親が言葉を交わす間、ナナカは一度として言葉を発さなかった。ただ妹は黙って頷いたのだ。そうでなければ、手術が執り行われるはずがないのだから。
◆
魔力摘出手術は、100%に近い成功率を誇る。
それを知っていても術後2、3日も寝たきりの状態が続くと、二度とナナカは目を覚まさないのではないかという恐怖に襲われた。
何もできずオロオロする間に時間は過ぎ、医者の宣言通り3日後にはナナカが目を覚ました。
ベッドから降りたナナカは、予想以上の自重にがくんと膝を折った。なんとか態勢を立て直すも、その顔は困惑を隠しきれていなかった。
今まで身体を支えていた魔力が流れたことで、身体が思う通りに動かないのだ。魔力摘出手術の後の一時的な後遺症だ。時間あれば、事前に魔力を遮断した生活を過ごしてから手術に及ぶのだが、ナナカの場合はその余裕がなかった。
「そっか……あたしはもう魔法少女じゃないんだ」
目覚めてからのナナカの第一声は、ある種の諦観を漂わせていた。
何も言わずに母親はすすり泣き、ナナカを抱きしめた。横に立つあたしは、その言葉の重みに耐えかねて、無性に泣きたくなった。
身体が慣れるまで、ナナカは療養しつつリハビリを開始した。
あたしも手伝いたかったが、医者から拒絶の意を示された。姉妹であるため、ナナカと魔力の質が近いことが原因だった。
妖精猫ほどではないが、魔法少女にも魔力を吸い上げる性質がある。ただでさえ吸い上げやすい魔力を持つ人間の存在は、ナナカにとっては害以外の何物でもなかった。そのため、妹の身体が安定するまでの間、接触は固く禁じられた。
「わかってもらえるわね。それでなくても貴方の場合は、魔力総量が多い。ナナカちゃんのためを思うのであれば、少しの間だけ距離を置いて欲しいの」
妹に近づくことすら叶わぬなら、魔力なんて捨ててしまいたかった。
ただその言葉だけは、吐いてはいけなかった。ナナカが喉から手が出るほど欲しかったものを捨てるなんて、あたしに言う資格はなかった。
「……はい」
ただ下を向いたまま、力なく了承した。
ナナカがリハビリを始めた翌日、母親があたしの部屋を訪れた。
ベッド横の椅子に腰かけた母親は、挨拶もなしに開口一番告げた。
「明日……お父さんに会いに行ってくるつもりなの」
母親の口から、滅多に出ることがない単語が出てきた。
あたしたちだって、父親のことは気になってはいた。それでも父親のことを聞かなかったのは、二人がとうに離婚していたことを知っていからだ。
日本人である父親は、母親がセントフィリアの生まれだと知らなかった。
長女――つまりあたしが生まれたことをキッカケに、母親は父親に出自を告白し、娘を連れて祖国に戻ることを主張した。
急に私は元魔法少女で、娘は男子禁制の国に連れ帰るなんて言われた父親の混乱は、相当なものだっただろう。
この話だけ聞くと母親が非常識に思えるが、この国ではこういうことが珍しくない。
男子禁制という風習は、セントフィリア王国に過疎をもたらしている。嫁いだまま帰って来ない者もいれば、なかには国を裏切って消える者もいる。この様な行為を国への背信だと言う、古い国民も少なくない。
それどころか、男を汚らわしい者とする風潮も未だに残っている。
ただ国を支える子供だけが目当てで男に近づき、お腹のなかの子供が男と知ると、情もなく堕ろすなんて信じらない女だっている。
母親だけを庇うわけではないが、この国は何かがおかしかった。
うちの母親にしたって、別居を申し出るほどには古い女で、この国を愛していた。
激怒した父親をかわして、母親は半ば独断で別居を敢行した。
その後は愛が冷めたのか、二人の間に何があったのか語ってくれないが、うちの両親は離婚した。国の事情を知らない人間からすれば、完全に父親は被害者だろう。
父親に会いに行く。
その母親の決断に、あたしは不安を覚えた。
「……大丈夫なの、会いに行って」
殴られる程度ならまだ良い。愛憎の末に刃傷沙汰にでもなったら、それが一番怖かった。
「大丈夫よ。あの人は、断っても毎月養育費を送ってくるような人だから」
不安を訴えるあたしの視線を、母親はどんと受け止めた。
数日前に異世界渡航を役所に申し出たときから、母親は覚悟を決めていたようだった。他人の顔色を伺ってばかりの人だと思っていたが、母親はあたしの何倍も強いことを知った。
「ねえ、ナナカは……この国から出て行くの?」
一呼吸おいてから、母親は答えてくれた。
「あの子の幸せを考えるなら、あの子はこの国にいるべきじゃないの」
穏やかな表情なのに、母親の声はわずかに震えていた。
父親の話が出た時点で結論が出ていたとはいえ、直接母親の口から聞くと堪えた。
ナナカがこの国に居続けることは可能だが、それが辛く苦しい選択になることは目に見えていた。
妹が成人であれば良かったが、ナナカはまだ学生だ。
魔法少女でもない人間が、後五年近くも魔法少女育成施設に通うなど、茨の道にほかならない。その選択は誰にも歓迎されず、妹自身の自尊心を酷く傷つけるだけのものだった。
「ナナカは、何て言ってたの?」
「あたしが仲を取り持ってあげるから、なんなら復縁したら……だって」
らしいな、と思った。
妹の強さが目に滲みそうになったとき、あたしと母親の顔は似ていた。
「あの子は、なんであんなに強いんだろうね」
「さあ。怪獣ナナカゴンだからじゃないの?」
気の利いた返事をする余裕がなくて、あたしはわけのわからないことを口走った。母親もおかしな発言に気付く余裕がなくて、そのまま続けた。
「あんなに強いと……こっちが泣けないじゃないの」
今にも母親は泣き出しそうだったが、下唇を噛んで耐えていた。
眉間にシワを寄せていて、本当に変な顔だった。
まるで鏡越しに自分の顔を見せつけられている気分に陥った。
ナナカも、あたしも、母親も。
いっそのこと、泣いてしまったほうが楽だった。
翌日、母親は父親のいる日本に向けて旅立った。
◆
母親の来訪を、父親は快く迎えてくれなかった。
さすがに刃傷沙汰になるようなことはなかったが、娘を命の危機に晒したことを罵倒され、酷いことを何度も言われたらしい。
ナナカをお願いするというより、親権をぶんどられるに近い形で決着が付いたのだと、母親は帰国後に語ってくれた。
そのことについては、母親の過去の負い目もあって文句は言わなかった。
愚痴を言うよりも先に、娘への申し訳なさが先立っていた様子だった。
「ごめんね、リッカ。ごめんね、リッカ」
病室に戻るなり、母親はずっとそのフレーズを繰り返した。
立て続けに色々なことが起きたので、母親が参っているのは一目で取れた。
――もう二度と、俺と七華に近づくな。
ナナカを引き取らせる代わりに、母親は重い約束をさせられた。
セントフィリア籍を持つ妹は、日本に帰化して七華という名前に改名されることになった。
母親を遠ざけようと、父親は改性した上に仕事までも辞めた。契約期間中だったマンションも引き払い、何も明かさず消える旨を母親に告げた。
理不尽な約束ではあったが、母親は首を縦に振った。
セントフィリアの外で母親が頼れるのは、父親しかいなかった。
「もしも……もしもだよ。あの人が来いって言ったら、リッカも行く?」
日本に戻って、母親が何を言われたのかは大方予想が付いた。
ナナカが七華なら、あたしは六華として引き取られるわけだ。強制はしなかっただろうが、本人が望んだ場合、父親にはあたしを引き取る準備があるのだろう。
「あたしは行かない。ここで育って、ここに骨を埋める気だよ」
背中をさすってあげて、母親を落ち着かせた。
こんな母親を前にして、外の世界に興味があるだなんて言えなかった。いつかは日本に行って父親も一目みたかったし、ナナカとは一年おきにでも会いたかった。
けれど、その夢はもう叶わないのかもしれない。
漠然とした予感が、あたしの期待を静かに食い尽くした。
◆
ナナカとの面会が許されたのは、冬休みが終盤に入ったころだった。
あたしは通院に切り替わっていたため、王都の自宅からヴァレリアに向かった。雪の降りしきる日のことで、箒に乗るのは止めた。
定期バスでリプロン川まで移動し、屋根付きのゴンドラでリプロン川を渡ってからは、また定期バスでの移動となった。
晴れた日だと乗り合い馬車も出ているが、バスがあるのに馬車を重宝する意味がわからない。バスにしたって、魔力仕掛けで動くことを強調しているが、そんなことはどうだって良いのだ。
どうも科学と決別した歴史があるためか、この手のことに高齢者は妙に拘る。
あたしみたいな、大して気にしない若者は便利なバスに乗り「これだから最近の若い者は」と後ろ指を差されるのだが、知ったことではない。
同年代と思しき乗客も罪悪感なんて砂の一欠片も抱くことなく、空から舞い落ちる雪を楽しそうに眺めている。「今年は降雪祭が開かれるね」なんて楽しそうに話し合っていた。
ナナカと降雪祭を回るのも楽しそうだと考えて、ふと現実が襲いかかってきた。
今年の降雪祭が開催される日には、もうナナカはこの国にはいない。
明日、ナナカはこの国を離れて日本にいる父親の元へと向かう。夢を捨て、性も改めて、魔法少女ではない第二の人生を歩み出すのだ。
頬杖をついたまま、あたしは目的地に着くまでの間、ずっと考えていた。
故郷を去りゆく妹に何ができるのか。あたしは、姉としてナナカに何を伝えられるのか。
時間は悪戯に過ぎていき、雪の積もりだした白い街が近づいてくる。この視界いっぱいに広がる景色のように全てを白く染められたのなら、そんな無駄な考えばかりが頭に浮かんだ。
診療所に着くと、何度か二の足を踏んでからなかに入った。
すっかり顔なじみになった受付のお姉さんに笑顔で迎え入れられると、少しだけ足が軽くなった。接触禁止令を受けた日から入ることがなかった妹の病室。一度唾を飲んでからドアノブを回した。
ナナカはベッドで上半身を起こしたまま、窓の外を眺めていた。
声をかけ損なっていると、先に妹の方がこちらに反応した。
「あっ、リッカちゃん。久しぶり」
別れというシチュエーションがそう見せるのか。
妹の笑顔はどこか元気が掠れ、儚げな雰囲気を持っていた。
「突っ立ってるのも何でしょ。こっち座りなよ」
促されるままに椅子を持ってきて、ナナカの横に座った。
こんなに妹を近くに感じるのは久しぶりのことで、たぶんその次の機会は遠いのだろう。
「久しぶり……っていうのは変な感じだな」
「そうだね。学校では別々とはいえ、こんなに会わないのは初めてかも。もしかしたら、あたしたちってベッタリな姉妹なのかもね」
「かもな」
曖昧に微笑んで、その先の言葉を押し殺した。
行って欲しくないなんて、この期に及んで言えなかった。
「体調は大丈夫なのか」
「うん、絶好調!」
ナナカは親指を立てて、笑顔で答えた。
「みんな心配し過ぎなんだよ。この前なんてさ、ちょっと調子が良いから外に出たら、大騒ぎになっちゃてさ。大げさだと思わない?」
「同情するよ」
「でしょ!」
「いや、看護婦さんの方に」
「おのれ、そっちか! この裏切り者!」
身を乗り出して、ナナカはあたしの胸に飛び込んだ。
少し細くなった腕を回して、お腹のあたりを何度も叩いた。
ポカポカ……ポカポカと。優しい拳が胸をうづかせた。
「リッカちゃんの……裏切り者」
ナナカがあたしのお腹に預ける頭は、途方もなく重かった。
頭部しか見えなくても、その顔は透けて見えた。頬を伝い落ちる温かいものが、あたしの上着を濡らしていく。わずかに残る雪の欠片を溶かしていた。
「ねえ、なんでだろうね」
そう尋ねるナナカは、今まであたしが見たことがない顔をしていた。
野心家で、自分勝手で、プライドが高くて、負けず嫌いな努力家で。
不安や焦燥にかられてもおくびにも出さない、あの妹が。
自分の枕にしか見せたことのない泣き顔をつくっていた。手で拭うこともなければ、頬を押し上げて止めることもない、妹の激情がこぼれ落ちていった。
「あたしとリッカちゃんの、一体何が違うんだろうね」
同じ親の元に産まれて、同じ屋根の下で育ち、それでも違うものがあった。
もし神様なんてものがいるのだとしたら、そいつはとても不平等でテキトーな野郎なのだ。妹と平等に振り分けるはずのものを、あろうことかそいつは偏らせた。
「ねえ、答えてよ」と、ナナカは一心不乱にあたしの肩を揺すった。
何がなんでもその言葉を聞き出そうと、妹は必死だった。
「お願いだから答えてよ、リッカちゃん」
何かの拍子で口から落ちそうな、その言葉を喉元でせき止めた。
代わりの言葉を探して頭を回すも、答えは返ってこない。必死の形相で迫る妹を前にして、茶を濁すようなことは言えなかった。
「お願いだから……答えてよ」
だらりと、ナナカの両腕がたゆんだ。
糸が切れた人形のように頭を落として、それでもなお懇願した。
「じゃないと、諦められないよ」
何度取り払おうと切れない未練が、ナナカを絡めとっていた。
「夢を……捨てられないよ」
死んだ夢の糸は、妹の身体に巻き付いて解けなくなっていた。
「あたしの夢を奪ったんなら……最後まで面倒を見てよ」
それが心からの言葉だったのかは、あたしには判別がつかない。ナナカがその一言を引き出そうとして、必死になったあまりに出た言葉だと信じたかった。
だってそうでなければ、あんまりではないか。
【突風】
あのとき、ナナカを助けようとした行動が、命の代償に妹の夢を殺したのだ。
力の加減も利かずに吹かした風は、あたしの可愛い妹を転がすだけでは飽き足らず、彼女の殻に致命的な傷を入れていた。
ダイヤウルフの猛攻が蓄積されていたとしても、その事実だけは覆らない。
ナナカの夢を殺ったのは――あたしだった。
途端に震えが止まらなくなった。気持ち悪いとしか形容のしようがない何かが全身を巡り、天井のない吐き気が底から登ってくる。
今すぐにでも外に出たかったが、あたしにはやるべきことがあった。迫り上がったものを押し戻して、言葉を紡ぎだした。
「違うんだよ……ナナカとあたしとじゃ」
拒絶する身体を、ありったけの精神力で殴りつけた。
言え、言え、言え、と鞭を振るって命令を聞かせた。
「持って生まれた才能の量が――違う」
惨忍な言葉の刃が、ナナカの身体を通り抜けた。
妹の努力を否定することなく、その言葉は死んだ夢を断ち切った。
そこにわずかでも救いがあったのだとすれば、
「そっか」
ナナカの泣きじゃくる顔に、うっすらと微笑みがのったことだった。
才能という言葉は惨忍であるのと同じぐらいに、甘美な響きを含んでいた。
「ありがとう……ありがとう、リッカちゃん」
延々とお礼を告げながら、涙の雨は降り続く。
抱き寄せたナナカの瞳から落ちるものは、灼熱の雫だった。熱を放出して泣きつかれるまでの間、あたしは妹の枕になってあげた。
翌日、泣き腫らしたナナカの笑顔は白銀に映えていた。
真っ白な地面に新しい足あとをつける妹は、いつもの怪獣ナナカゴンだった。
気負いもなければ、遠慮もない。ただ怪獣は、ずしん、ずしんと行進する。
野心家で、自分勝手で、プライドが高くて、負けず嫌いな努力家で――あたしの大好きな妹の姿がそこにはあった。
「またね」
明日にでも帰ってきそうな言葉を残して、ナナカは海上列車に乗り込んだ。
【戦乙女の門】を潜った先に魔法少女の栄光がなかったとしても、それと同じぐらいに輝かしい未来が妹にあることを一心に祈った。
ここは、外界から隔絶した王国セントフィリア。
ただ果てなく広がる海の青に四方を囲まれ、ぽつねんと浮かぶ島国には、魔法少女が住んでいる。道行く老婆も母親も、誰もが魔法少女だった過去を持ち、大通りを走る子供もいつかは地を蹴り空に舞い上がる。
この国にもう、あたしの妹はいない。




