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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1週間チュートリアル ―春祭り編―
50/113

第49話 挟持ステイゴールド

 王宮騎士団(ロイヤルナイツ)の天才魔法少女、ハイルフォン=ローズに襲われたのち、命は一人王都の宿屋アーヴェルに泊まることになった。この時期の王都の宿屋はそれなりに良い金額がしたのだが、代金はリルレッド持ちだった。


「別にこれぐらい大したことないわよ」

「そうそう。リルの姉御は独身貴族だからね。うひひ」


 直後、軽口を叩いた罰として、ガンロックの口にりんご飴が突っ込まれた。

 リルレッド曰く、代金はお上に漬けておくとのことだった。先の件の腹いせに、クトロワ名義で領収書を切っていたのだが、それを知る者はこの場にはいない。


「それで、清楚系ちゃん。本当に一人で大丈夫なの」

「ええ。幸い怪我も寝てれば大丈夫な範疇です」


(……清楚系ちゃんって、あだ名やだなあ)


 銀髪の清楚系乙女という、久しぶりの称号を拝命した命は謹んで断る。

 生け捕りのためにローズが手加減をしていたことに加え、前日に【羽衣(ローブ)】と【結界弾】を会得したことが不幸中の幸いだった。打ち傷と多少の擦り傷はあり、痛いは痛いが、病院に通うほどではなかった。


「……傷の具合でいえば、私よりもリッカの方が」


 今、宿屋アーヴェルのフロントにいないエリツキーは、リッカを運んでいる最中だ。人の背中に身を預けたリッカは終始無言で、命が見たことがないほど弱々しい姿だった。演舞場で倒れたときと同じく、リッカはかかりつけ医の元へと向かった。あの日、リッカがヴァレリアの個人医院にいたことを、命は初めて知った。


「清楚系ちゃん」


 リルレッドは優しい表情を浮かべた。


「もし貴方があの子の友達なら、もう少し待ってくれない」


 ――あの子が自分の口で語ってくれるまで。


 その言葉に、命は無言で頷いた。

 骨折であれば、医者に連れて行けば良いが、心の病はそうはいかない。

 

 PTSD――心的外傷後ストレス障害。

 下手に触れれば傷口が広がるその病名を聞いて、今の命にできることはない。ただ彼女の無事を祈り、自分を頼ってくれることを信じる。


「それじゃあ、気をつけてね」


 後ろ手を振って去ろうとしたリルレッドだったが、ふと振り返る。


「ああ、そうそう。忘れちゃだめだからね」

「わかっていますよ。きちんとお伺いを立てますよ」


 鍛冶屋ディルティに顔を出す。姫の仰せを守る意味合いもあって、命だけ宿泊することになっていた。


(あの姫様の命令を聞くのは、少し癪ですが)


「リルレッド先生の家名もかかっていますからね」

「そうよ。もし約束を反故になんかしたら」

「なんかしたら?」

「私はただのリルハになっちゃう」

「あっ、その時は結婚すれば万事解決では」


 人生のパートナーと新たな家名を手に入れて一石二鳥。

 ――と、疲れで頭が鈍る命は、失言のヘビイブロウを叩き込む。


「それができれば、苦労しないわよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「畜生おおおおお」と涙を流しながら、リルレッドは走り去っていく。

 命が後悔するももう遅い。独身貴族は遥か彼方。すでに点になった。

 その様子を横で見ていたガンロックは腹を抱えて笑っていた。

 

「うひひ。なかなか言うじゃない、王子は」

「えっと、どうしましょうか」

「気にしなくていいよ。後でフォローしとくから」


「じゃあね」と後を追うように、ガンロックが小走りで外に出た、


(……今度、謝っておきましょう)


 いつでも問題ごとで溢れる命のToDoリストに、また新たに小さなタスクが増えた。減っては増えてを繰り返すだけに、『魔力枯渇(パンク)について調べる』なんてタスクは、もはや記憶の彼方に飛んでいる。


 チェックインを済ませた命は、鍵を渡された404号室に向かう。


(なんて不吉な番号でしょう)


 神社の一人息子だけに信心深い命は嫌な予感に怯えながら、404号室に入る。

 壁にかけられた風景画の裏を確かめたり、血痕がないか部屋のなかを確かめてたり、入念な調査を終えて、やっと安心する。あまりにあんまりな出来事が立て続けに起きたこともあり、今の命は野兎より警戒深い生き物になっていた。


 だが、こうして一人の空間を手に入れて、やっと緊張の糸を切ることができる。

 ふらふらベッド前まで歩くと、身体の力を抜いてボフンと沈む。宿泊費が違うだけあり、宿屋アミューゼとはベッドの弾力が違う。


「……疲れた」


 ぼそりと、命は素の声を落とした。


「ふん。客人が来たというのに、随分な態度だな」


 その声を聞いた命は、ベッドから転げ落ちた。

 ドアから入ってきたのは桃色の長髪を持つ少女。宿屋では異様に浮く薄手の鎧姿を見間違えるはずがない。先ほどまで命をいたぶっていたローズが部屋にいた。


「ななな、なんで貴方が私の部屋に」

「騒がしい女だな。なんでも何も、私は王宮騎士団だ。名前を出せば、フロントが喜んで合鍵を出すに決まっているだろ」

「理由になっていません! あと、権力の濫用禁止です! そういうあれやこれが国を腐らせるのです」


 命は咄嗟にピーカーブースタイルの構えをとってから、【羽衣】を着込む。本人もなにか順番がおかしいとは思っていたが、何より混乱が優っていた。呼応するように【羽衣】の魔力は安定せず、ゆらゆら揺れている。


「構えるな。私がその気なら、無言で首をはねている」

「騎士道精神の欠片もない!」


 そそそ、と距離を置きつつ、命は半眼で睨む。

 本人の言の通り、再戦にきた様子は見受けられない。

 お茶漬けでも出して追い返したところだが、命は堪える。


「……何の用ですか」

「レイア姫からのお達しでな。不本意ながら、貴様に謝罪せねばならん」


 ローズは苛立たしげに頬をひきつらせる。

 脱走と誘拐の件を使い、レイア姫を槍玉に挙げて説教をしていたローズだったが、半泣きのレイア姫から思わぬ逆襲を受ける羽目になった。


 ――つーん。姫様命令なので、ローズに拒否権はありません。


 思い返すと、ローズのこめかみ辺りに苛つきが走る。

 一応の事情は理解した命だったが、不可解な点は残った。


「なぜ私だけに。他の人がいるときに謝れば良いのでは」

「馬鹿か、貴様は。私はお前に謝ってこいと言われただけだ」

「……はい?」

「つまり、他の奴に下げる頭など持ち合わせていない」


(わーお。頭おかしい理論きた)


 ローズは宿屋アーヴェルで命が一人になったことを確認した上で、謝りに来たのだ。無駄に擦り減らす矜持(プライド)などは持ち合わせていない。彼女の挟持には1mmたりとも遊びがない。


(……この人、あのお嬢様よりひどい)


 あれの方が幾分マシだったと、命はフィロソフィアの株を相対的に上方修正する。とはいえ、現段階の株価は屑紙程度である。


「というわけだ。不本意ながら謝る、許せ」


 謝罪は簡潔だった。ローズの頭がシャッと1mm単位で下がったと思えば、いつの間にか命は恐喝を受ける側に回っていた。この態度はさすがの黒髪の乙女も看過できない。


「はっ? 四足ついて、地に額つけてから物言ってくださいよ」


 普段抑え気味の黒い命が少しだけ顔を出す。

 態度もそうだが、ローズが何をしたか、命が忘れることはない。

 命のなかで、恨み、辛みの類のタグ付けされた脳内記憶は、もれなく長期保存に回る。晴らすまでは、その黒い炎は延々と燃え続ける。


「貴方がリッカに何をしたか、忘れたとは言わせませんよ」

「リッカ? ああ、あの緑の鶏女のことか」


【呪術弾】がローズの頬を掠めた。

 命は何も無駄に会話していたわけではない。


「次」


【呪術弾】を次弾装填しながら、命は警告を送る。


「次言ったら、鼻頭潰しますよ」


 黒髪の乙女は怒髪天だ。彼我の実力差などは問題ではない。

 やるかやらないかの問題である。

 まだ死なない命の黒水晶の瞳を、ローズは愉快そうに覗きこむ。


「あの女に止めを刺したそれでか」

「貴方――ッ!」


 知らなかったとはいえ、ローズが指摘する事実に命は歯噛みする。


「ふん、主の命令だ。その顔でチャラにしてやろう」


 ローズが乱暴に右手を振ると、風の魔法に乗った一枚の紙が届く。

 フロントでリルレッドが貰っていた領収書に似たそれは小切手だった。


「好きな額を書き込め。良かったな、この先は部屋の隅で丸まって暮らせ」


 びり。と、命は間髪入れずに破り捨てた。

 それが一番効果的だと即座に判断した。

 命は人が好むこと、嫌がることの双方に敏感だ。


「すいませんねえ。私、お金より貴方の謝罪の方が欲しいのですよ」


 びきり。と、ローズは眉間に深い皺を寄せた。


「抜かせ。私の謝罪が金で買えるか」


 これ以上は約束を守る自信がないと、ローズは怒りを押し留めて背を向ける。

 背中に【呪術弾】を撃つことも考えたが、命は魔力を収める。矛を収めた相手に対して、最低限の礼儀を払うことにした。


 ドアが閉まると、そこに残るのは命だけだった。

 気配が遠ざかると、命は安堵の溜息を漏らした。


(……格好つけないで、四百万って書けば良かったですかね)


 わずかな心残りを引きずりながら、命はベッドへと倒れこむ。

 命が【呪術弾】で破損した壁に気づくのは翌朝のことだった。

 わずかな矜持と引き換えに命の借金は順調に増えた。

■命がこれまで得てきた称号ver1.0

 主に『黒髪の○○』と表記される命の称号。掲げる称号を変えると、命のパラメータがわずかに変動する。すべて集めるとトロフィーがもらえるが、一周で集めるのは困難。前回の称号を引き継いだ上で、攻略ヒロインを変えて周回プレイすることが推奨される。何個称号があるのかは、当然誰も知らない。


・黒髪の乙女(標準装備)

 →女装乙女の必須称号。この称号をなくしたとき、命は死ぬ

 

・黒髪の野犬

 →心なしかワイルドになる。フィロソフィアの好感度×1.2倍

 

・黒髪ポニー

 →ポニーテールになる。ポニテは命の戦用用ヘアスタイル

 

・黒髪の強心臓乙女

 →心臓が強くなる。心臓病にかかる可能性が減る


・黒髪の眠り姫

 →寝落ちする。時と場合をわきまえないと値落ちする


・黒髪の昆布巻き

 →簀巻き状態になる。百害あって一利なし


・黒髪の窓口マスター乙女

 →窓口との交渉がスムーズにいく。また窓口嬢が攻略キャラになる


・黒髪の不良乙女

 →心なしかアウトローになる。リッカの好感度×1.2倍


・黒髪のお猿さん

 →心なしか猿になる。イルゼが調子に乗る確率×1.2倍


・黒髪の胡乱乙女

 →心なしか胡散臭くなる。積み重ねた信頼が何かの拍子に崩れる

 

・銀髪の乙女

 →期間限定で銀髪になる。ローズに絡まれる確率×1.2倍

 

・黒髪の散歩乙女

 →街なかの探索イベントが頻発する。散歩は乙女の嗜み


・銀髪/黒髪の清楚系乙女

 →口癖が「ごきげんよう」になる。なんだか心が清らか

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