-挿話- 女王と騎士の物語
それは遠い遠い昔の物語。
セントフィリア王国がまだ名もなき、不思議な島国だったころのお話。この土地に王国を興す礎を築いた二人の偉大な人物がいました。
一人の名は"セレナ=セントフィリア"。王国にその名を冠する偉大な魔法少女。長く綺麗な桃髮を揺らす、原初と言われる魔法少女。
もう一人の名は"リッシュ=ウィーン"。女王の右腕として働いたと言われる、銀髪の凛々しい魔法使い。
欧州での魔女狩りが横行する時代。
魔法少女と魔法使いは祖国を捨てて、新たな土地を目指しました。魔法を使う者が迫害されない夢の世界を追い求めて、二人の旅は続けます。杖にまたがる二人は国境を越え、荒野をかけ、海を渡ります。
彼女たちを受け入れると申し出る国もありましたが、彼らの目的は二人の持つ特異の能力"魔法"だけでした。
人を信じて裏切られる旅を続けるうちに、セレナはここではないどこかを追い求めて、魔法の研鑽を積みました。やがて彼女は【魔法少女の狭き門】――現代でいう【戦乙女の門】を生み出しました。
新たな世界へと旅立つ門をこじ開けると、そこには島国がありました。誰に脅かされることもない、四方をただ碧い海に囲まれただけの楽園。後にセントフィリア王国と名付けられる島国です。
楽園に至った二人は、世界各国に散らばる魔法少女を集めて、国興しを始めました。不思議とどこを探しても魔法使いは見つかりません。この国には魔法少女ばかりが増えていき、魔法使いはリッシュただ一人でした。
「きっと貴方は特別なのね」
セレナの無邪気な笑顔に、リッシュは相好を崩します。
魔法少女の隠れ里となった王国の平和はどこまでも続くものかと思われましたが、二人は良くない者を招き入れてしまいました。
彼女の名前は"綺羅姫"。東洋に浮かぶ島国の魔法少女。彼女はセレナと双璧をなす存在です。セレナが西洋魔術の開祖と呼ばれるように、綺羅姫は東洋魔術の開祖と呼ばれています。
また綺羅姫は美しかった。並ぶ者がいない美と称されるセレナに負けぬ、妖艶で神秘的な美しさを持つ魔法少女でした。
ただ――彼女は悪しき心を持つ魔女でした。
ある日。王国は二分されました。
魔女に拐かされたリッシュは剣を取り、その切っ先をセレナに向けたのです。国は、愛し合った者は切り裂かれてしまいました。
火の手がごうごう上がり、辺り一面に魔法が咲き誇ります。始まった闘争は敵を討ち取るまで止まりません。セレナは悲痛な想いで戦火のなかへと飛び込み、国のためにその手を汚しにいきます。
戦場は赤く、とても赤く。楽園は真っ赤でした。
それでもセレナは民のため歩みを止めません。
魔女に拐かされた魔法少女の目を覚ますことは叶わず、セレナは一つまた一つと息絶えた者の上を歩いていきます。戦えば戦うほどに心は痛みます。たとえどれだけ偉大な魔法少女でも、彼女もまた一人の人間でした。
本当は戦いたくなどありません。ですが、雌雄を決せねばなりませんでした。
「さようなら。私の愛した者よ」
燃える国の中心で、セレナは愛した者へ別れを告げます。
「貴方に逢えたことに感謝する」
別れとともに感謝を。決して目を覚まさぬと知りながら。
「ああ。さらばだ私の愛した者よ」
裏切りの騎士リッシュは、別れとともに剣を掲げました。
魔法少女と魔法使いの戦いは一昼夜に及びます。銀の月が沈み、黄金のまばゆい太陽が水平線から顔を出すころ、二人の戦いは終わりました。
勝ったのは魔法少女。セレナ=セントフィリアです。
しかし勝者の顔に笑みはなく、ただ悲しみの色だけが美しい面差しを染めます。セレナは夜明けの空に堪えがたい喪失感を嘆きました。
愛した者への謝罪も祈りも、天の楽園までは届きません。ただ枯れることない涙がぽたぽたと燃えた楽園へと落ちていくばかりでした。
セントフィリアの歴史に残る唯一の戦争、盟友戦争は終わりを告げました。
(ガンロック=ノーテルス著――盟友戦争より一部抜粋)




