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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1週間チュートリアル ―春祭り編―
45/113

第45話 緋色の英雄スコール

 疾走するリッカに抱き抱えられながら、命は春祭りのパンフレットを開いた。


「これで頼む」


 宙に空いた【小袋(ポケット)】から魔法石が落ちる。見慣れないそれをたどたどしく使い、命は記載された番号をコールした。


「お電話ありがとうございます。春祭り警備センターでございます」


 繋ぎ先は、春祭り用に特別に設営されたコールセンター。礼儀正しい声に焦れったさを覚えつつ、命は早口で用件だけを伝えた。


「レイア姫が誘拐されました!」

「……少々お待ち下さい」


 のほほんとした保留音が続くと、緩い傾斜を下るリッカが口を開いた。


「イタズラだと思われたかもな」


 冗談めかした声だが顔は真剣そのものだ。終わらない保留音に気を揉み、一分ほどの待ち時間が続いたときだった。


「大変お待たせいたしました。本件については、担当のヴェスタ=ヴェチカがお受けいたします」


 上品でおっとりとした声が魔法石から届いた。クレーマー対応に回されたのかと焦るも、命には懸命に伝えるほかに手がなかった。


「だから、レイア姫が誘拐されました。7区の鍛冶屋ディルティ前で人型の紙に!」

「……その声、八坂か?」


 通話先の相手は、途端に声の調子を変えた。

 成人の儀を控えたレイア姫関連のコールは、全てオープンカフェの魔法石へ回すように手筈が整っていた。


「まさかマグナ先生ですか」

「あー、ちょっと取り込み中でな」


 ”王宮騎士団(ロイヤルナイツ)”に働かされているとは、守秘義務の問題で言えるべくもない。マグナは言葉を濁して会話を続けた。


「ともかくだ。それマジ話なのか!?」

「マジもマジだよ、不良教師!」


 多人数通話にした魔法石に、リッカは怒鳴り声で参加する。


「おお、リッカもいるのか。デートか?」

「うるせえ。手錠を繋いで回るデートがどこの世界にあるんだよ」

「……あたしの方が大人とはいえ、急に散歩プレイの話を振られても困る」

「んなディープな世界の話は聞いてねえ!」


 実際は互いの腕を手錠で繋ぐコント状態なのだが、魔法石越しでは見事に勘違いが炸裂していた。頬を桜色に染めながらリッカは吠え続ける。


「ともかくだ。こっちも取り込み中なんだ!」

「るせえ。わかったから早く情報を寄越せ!」

「この……偉そうに!」


 本格的な喧嘩に突入する前に、命が仲立ちするように会話に入る。今までの経緯と現状をかいつまんで説明した。


「今はえっと、ルミナ工芸品店前です」

「ちょうど7区の中心ってとこか」


 マグナは黙考してから、命とリッカへと指示を飛ばす。


「リッカは北東方向から5区に入ってくれ。八坂は戦力にならないから帰れ」

「私の扱い雑――ッ!」


 命自身も薄々勘付いていたが、改めて人の口から聞くと堪えるものがあった。


 チュートリアル真っ只中の魔法使いは、いざというとき到底戦力にはなれない。【羽衣(ローブ)】で身体能力を底上げしているといっても、怪我人であるリッカにおんぶに抱っこの状態である。


「でも私、リッカから離れられません」

「……お前ら、どんだけ愛が深いんだよ」

「だから、手錠で繋がってるんだよ!」


 ようやくマグナは二人の現状に気付く。冗談抜きでコントスタイルなのだと。


「はあ? 馬鹿なのかテメエら!」


 要らぬ奇跡を起こす二人を罵るマグナ。

 負けじと魔法石に応答するリッカ。

 似たもの同士の言い争いは止まらない。数分に及ぶ舌戦には、命もただ苦笑し続けるしかなかった。


「大丈夫だよ。命一人ぐらい問題ねえ」

「命一人じゃ、ないだろうが……!」


 ギリとマグナが歯噛みする音が届く。

 心配を超える声には怒りすら籠もっていた。


「本当に大丈夫なのか」

「……」


 ブチ――ッ、と断線音が響いた。


「ああー! 何しているのですか!」

「さあな。電波が悪いんじゃねえの」

「魔法石に電波も何もないでしょう」


 直接魔法石を繋げていた命にはわかる。リッカが無理やり風の魔力を流し込み、相殺現象で通話をぶち切ったのだ。


「それに、今の話はなにか」


 漠然とした不安が、命の胸中に募る。

 五人の才媛にも数えられるリッカは、女学院でも高位に位置する魔法少女だ。だがそれを知ってなお、拭えぬ不安があった。


「……大丈夫なのですか」

「片腕なんてハンディになるかよ」


 毅然とした態度で言い切られては、それ以上口を挟めなかった。


「わかりました。貴方を信じます」

「任せとけ」


 命を抱えたリッカは更に加速する。

 無数に枝分かれする小径を迷いなく選択すると、最短距離を風となり切り裂く。心配するなと言外に言わんばかりの動きだ。


 徐々に春祭りの喧騒が大きくなる。

 式神の微細な魔力を辿ってきた二人だが、その猛追もここで打ち止めだった。


 ――春祭りの中心地となる5区。

 7区より人口密度が高いそこには、多様な魔力が混じり合っている。


「問題はこっからだ」


 王都を縦横に走る十字路が見える。接続する7区の道幅は広がり、職人街の終わりが近いことがわかった。


 地面を掘削し、リッカは速度を殺した。あの勢いで春祭りに突入はできない。


「ここからは歩きだな」

「手元はどうしましょうか」

「人混みのなかで隠すしかねえよ」


(……どうしても不安は残りますが)


 いざとなれば、リッカの感知能力がある。

 頼みの綱があることで命は前へと歩けた。5区から溢れた観衆が疎らに混じる道を、何食わぬ顔して進んでいく。


 それを観衆と勘違いしたままに。


「――え」


 俯きがちな面差しに表情はなかった。重みのない手足は鞭のようにしならせ、人に擬態した【式紙】が二人を襲った。


「来るぞ!」


 咄嗟に回避に移るも手錠が邪魔をした。

 二人は左右に足を引っ張り合う形になる。その隙を逃さず、【式紙】は紙の腕をリッカの左足に絡ませた。


「リッカ!」


 奇襲に遅れて命が迎撃に入る。

 【呪術弾】を形成する靄を広げるも、直ぐに形を成さずに霧散した。


「な――ッ!」


 後方から伸びた紙の腕が絡まり、命も右手の自由も奪われる。


 あの人も、その人も人間ではない。

 わらわら湧き上がる顔なしは、すでに命たちを包囲していた。


 喧騒は聞こえども、気付かれない。

 ここはまだ7区の出口部分であり、5区への道は顔なしが抑えていた。


 そして音もなく【式紙】が攻勢をかける。

 無数の紙の触手が二人に絡み付いた。


(これ窒息――)


 嫌な予感が命の口元を覆う。

 触手が顔面を巻き付いていく。一重、二重と顔が締まる。


 理事長室に呼ばれたときと同じだ。

 抗えない力に押される恐怖が、ひしひしと命の胸を満たす。


 左側のリッカも同様だ。

 わずかに青褪めた顔つき。鋭い鷹の目も弱まっていた。


(わたし……が……動かなくては!)


 その強い意志とは裏腹に、命の身体は言うことを利かない。酸欠の頭は痛みを訴え続け、視界がぐにゃりと歪んだ。


 もはやこれまでかとおもわれた矢先、


「――ったく。何してんだよ、鷹女」


 皮肉を込めた救いの声は、熱を連れて耳へと響いた。


 石畳を尾びれに似た炎が走り、接触した顔なしが燃えさかる。水面下に潜む鮫が襲いかかるように、続々と尾びれが顔なしを燃やしていった。


「けほっ、はあはあ」


 拘束が解かれて地面に落ちると、酸素を求める荒い呼吸が続いた。絶え間ない燃焼音を耳にしながら見上げた先には、彼女がいる。


「ハロー命たん。大丈夫かい」


 初対面のときはまるで違う。

 温厚な笑みで朱色のショートヘアを揺らす。


「悪のカリスマが――」


 己をそう自称して憚らない彼女は、足元を揺れる炎の出力を上げた。

 赤く揺れる。敵を討つ準備はとうに済んだ。


「午後三時をお知らせするぜ」


 灼熱の焼き菓子(クッキー)タイムが始まった。




     ◆




 買い出しを終えて一度は実家の菓子屋に戻るも、ルバートはあの光景――リッカが鬼ごっこのように命を追う――に引っ掛かりを覚えていた。


「やっぱり物取りだったようね」


 いち早く情報を掴んだ母親が注意を促した。

 例の物取りがどの様な風貌をしているのか、その説明を聞いている途中で、ルバートは矢も盾もたまらず駆け出していた。


「違う。命たんは盗みなんてしない!」


 母親の制止を振り切り、弾丸の勢いで。二人の足取りをなぞるように7区に入り、そしてルバートはついに二人を見つけることに成功した。


「だらしねえな。天下の才媛さまともあろうお方が」

「うるせえな。この小悪党」


 感謝の気持ちはあれど、相手が悪かった。ルバートの前で醜態を晒したということが、どうしても悪態へと繋がった。


「命たんは平気かな。絆創膏(ばんそうこう)は要るかい」

「いえ、お気持ちだけいただいておきますね」

「……なんだよ、この差は」


 リッカのうんざりとした視線に、さも当然とルバートは応える。


「命たんと私は親友だからな」

「おい、そうなのか」

「……そうですね」


(知らぬ間に、変なあだ名まで付けられています)


 演舞場で助太刀した一件を命は軽く考えていたが、ルバートは深い恩義を感じていたようだった。


「うむ。その銀髪もとても似合うな」

「あ、ありがとうございます。」


 ルバートの好意を無碍にもできず、命は曖昧な笑みを浮かべた。


「趣味悪っ! 友達は選べよ」

「そうだな。くせっ毛のデカ女とか、命たんは友達を選んだ方が良いな」

「なんか言ったかよ、猫目」

「聞こえないのかよ、鷹目」


 ネコ科と猛禽類が睨み合う。バチバチと火花を散らす両者の間に、「まあまあ」と命は仲裁に入った。


「そうだな。手前と遊んでる暇はねえ」

「それが恩人に対する口の聞き方かよ」

「チッ……ありがとよ」

「チッ……どういたしまして」


(なんて刺のある感謝の応酬)


 吐き捨てるような言葉遣いだった。二人にすれば日常会話であっても、傍目から見れば喧嘩にしか思えない光景だ。


「行くぞ、命」

「おい。ちょっと待てよ」


 背中にかかる言葉を無視して、リッカが手錠を引いた。


 ――次の瞬間。


 鷹と猫の瞳が驚愕に染まる。

 ひらりと紙吹雪が空から舞い落ちる。それは接地する前に人の形を成すと、再び顔なしの集団となって命たちの行く手を阻んだ。


「また、ですか」


 目前の脅威に命がこぼすと、鷹と猫は声を揃えて否定する。


「違う」


 飛躍する現実を信じられない、と。

 唇の端を持ち上げながら続けた。


「――もっとだ」


 重なり合う悲鳴が開始を告げる。

 春祭りの喧騒は恐怖で彩られ、王都を覆う空気が一変した。


「何ですか……これ」


 二人に遅れて命も気取った。

 膨れ上がる魔力に肌がざわつく。

 日差しを反射して煌めく紙吹雪。見上げた空を舞う白い紙片は、群れを成して延々と降り注いでいく。


「そういうことなんだろ」


 直後、爆発音が命の耳朶を打った。

 赤黒い花が咲く前方には、焼き焦げた顔なしがいる。


「ルバート」

「わかってる」


 二人は短く言葉を交わす。

 深呼吸を繰り返すルーティン。

 ルバートは、静かに猫の瞳を燃やした。


「ここは任せとけ」


 炎が道を切り開くと、真っ直ぐに走る。混乱する人波を掻き分けて、命とリッカは悲鳴のるつぼと化す5区へと突入した。




     ◆




「――させると思うかよ」


 混乱する王都の中心でつぶやく主は、慌てることなくテラスで踏ん反り返る。マグナは飲み干した紙コップを握り潰した。


 対面のワルウの待機令は解かない。

 祭りの花火が咲き誇る前に邪魔立てしては、主役に対して失礼に当たるからだ。


「さあ出番だぜ」


 びくりと、背筋を震わせたワルウが立つ。

 半分寝ていたのか、口元には涎のあとが見えた。


「……いや、お前じゃない」


 申し訳なさ気な声を聞くと、ワルウは無言でいそいそと着席した。




     ◆




 逃げ惑う人の波に逆らい進む。

 肩がぶつかり、足を踏まれてもなお、命とリッカは北上することを止めない。


「良いのですか!」

「そうする他ねえ!」


 周囲の声に飲まれないよう、怒鳴り声で互いの意志を確認する。阿鼻叫喚とまではいかないものの、陽気な春祭りの面影はそこにはない。


 なかには果敢にも【式紙】に立ち向かう者もいたが、多勢に無勢である。セントフィリア住民の大多数は、すでに魔力摘出手術を終えている。

 戦力となる魔法少女の数は少なく、大人が武器を片手に立ち向かったところで、【式紙】は切れも破れもしなかった。


「きゃあ」


 紙が絡んだ女生徒の声が上がると、命は【呪術弾】で顔なしを撃ち抜いた。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 乙女の微笑を応えるも余裕はない。侵攻してくる敵の数はあまりに多く、【呪術弾】の連射も自棄っぱちに近いものがあった。


「さっさと行くぞ」

「わかってますよ」


 その人助けすら咎める左手の声には、命も思うところがないわけではない。


(理屈はわかりますが)


 式神を破る方法は大まかに分けて二つある。

 一つは式神自体を壊す手段。

 これが最もポピュラーな手法であり、破壊後に術者へ反動(リバウンド)が返ってくるのが特徴である。


 もう一つは術者を叩く手段。

 魔法は精神力に依存する面があるため、術者を叩いて式神とのリンクを断つのが目的だ。この場合、反動は返ってこないが、一度に多数の式神を壊せる利点がある。


 ――と、ここまでなら教科書(セオリー)通りなのだが。


 それらが選択できないのが問題だった。

 数から見るに複数の術者がいるのは明らかである。オマケに【式紙】は式神のなかでも反動は薄い部類として知られている。


「だらあ――ッ!」


 カフェ・ボワソンの女神もこの時ばかりは声を荒らげた。【式紙】に向かって風の刃を突き立て、鋭い突風を吹かす。何もリッカも無情なわけではない。


「こうやって足を止めずにやるんだよ」

「……そんな無茶な」


 求めるものが高すぎる。人波を掻き分け、足を止めず、魔力を練る。これは言うほど簡単にできる芸当ではなかった。


「なら黙ってついて来い」

「亭主関白ですねえ」

「まだ余裕ありそうだな」


 お互い控えめに白い歯を見せ合う。

 切迫した状況が続く今だからこそ、その下らないやり取りには意味がある。


(それにしても、リッカの消耗が激しい)


 続け様に魔法を行使した代償なのか、或いは左腕の負傷が響いているのか。一息ごとにリッカの呼吸が深くなっていた。


「さっさと先に進もうぜ」


 北から南に侵攻する顔なしの軍勢を囮として、本丸は北上しているとリッカは睨んでいた。レイア姫をさらう【式紙】の撃破を最優先として、二人は先を急いだ。


「ああ、うざってえ」


 倒せども倒せども湧いてくる【式紙】に、八つ当たりするように風の線が走る。命も微力ながら【呪術弾】で援護した。


「おい、冗談じゃねえぞ」


 愕然とした声音につられて空を見る。その光景には、疲労がにじむ命ももはや笑うしかなかった。またもや、第二陣となる紙吹雪が揺れ落ちてくる。


 絶望が空を舞う光景に誰もが息を呑んだ。

 疲れた顔に影が差す、まさにその直前。


 荘厳な鐘の音が王都中へと鳴り響く。魔法石のスピーカーを経由する音色は、無数に重なり耳に吸い込まれていった。


「何の音ですか」


 命を始めとしたよそ者たちが困惑するなか、地元住民の顔には希望が差し込んでいく。


 希望は絶望より天高くにあった。

 杖に跨る英雄の姿は小さけれど、緋色に輝く髪色は存在感を失わない。


 “鐘鳴りの乙女(カンパネラ)“の一員――マグリア=マグマハートは、我はここにありと主張する。晴天に瞬く無数の赤い星は、全ての準備が整った証拠だ。


「ばきゅーん」


 発射の合図が空から響く。


 その数、千に及ぶ【火矢(アロー)】が空から降り注ぎ、王国に仇なす敵を居抜き、燃やし尽くした。

 地の立つ全ての者は瞳を灼熱に照らし、天に届けと、歓喜の声を空へと押し上げる。


 たった一人で戦況を引っ繰り返す実力。

 命は誰の説明を受けるでもなく理解する。

 黒曜石の瞳を灼熱に染めて静かにつぶやいた。


「あれが……正規の魔法少女」


 それは、命が初めて見る正規の魔法少女の姿だった。

◆オマケ:緋色の空を見上げて◆


 7区の孤独な戦いは続いていた。

 自身を、敵を誘う篝火(かがりび)にするべく、ルバートは余分に魔力を燃やす。


「くくくっ……良い感じに燃えてきたな」


 テンポ良く顔なしを焼却することで気持ちは昂っていく。調子は悪くないが、エンジンを温める速度が早い。ガス欠が迫る恐怖が脳裏をちらついていた。


「私を誰だと思っている」


 前方に飛びかかる顔なしを小爆発に巻き込み威嚇する。

 それ以上入ってきてみろ、と。

 燃やされたいのかと警告を送る。


「この悪のカリスマを止めたくば」


 たかだか紙ペラ数十枚の障害、その程度で止まるわけにいかない。志は遥か高く、魔法少女の狭き門の先へ。もうエンジンは回り出したのだ。止まれるべくもなかった。


「桁が一つ足りない――ッ!」


 足元に貯まる火だまりを持ち上げる。


「闇の炎に抱かれて消えるが良い!」


 前方に投げ飛ばした炎は波打ちながら、一挙に顔なしを呑み込んでいった。


「不滅の炎を囲え、さあ宴の始まりだ!」


 良い感じに厨二(やるき)スイッチが入り、舌の脂は上々、気分も上々である。


「くくくっ……その程度か。暖炉にくべる薪にもならんな」


 燃えろ燃える、と景気良く炎を生み出す。

 そうやって調子づいて【式紙】を殲滅していた結果、次の事態にルバートは口をあんぐりすることになった。


「……うそん」


 第二陣の紙吹雪が空を舞っていた。

 空をはためく【式紙】の多さに面食らい、ルバートの仮面が一瞬外れかけた。


「いや、確かに言ったけどさ」


 桁一つ増えたら、泣くしかない。

 ガス欠の未来がいよいよ現実味を帯びてきた。


「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 背水――いや背炎の陣で魔力を燃やすまで。

 こうなれば街の景観を壊すことも覚悟の上だ。【マグマスライム】を召喚して爆発オチでも、一向に構わんとルバートは腹をくくる。


 ふしゅーと、猫が吐息するなか。

 唐突に空からそれは降り注いだ。無数の【火矢】が【式紙】を殲滅していく。


「まさか……覚醒したのか」


 ――私の秘めたる力が。

 と、妄想を膨らませていたルバートだが、ふと上空を眺めて誤りに気付く。


「うおおお! マグリアキターッ!」


 敬愛して止まない憧れが空にいる。

 自分の健闘を讃えているようだ、とルバートにはそう思えて仕方なかった。


「やったー。頑張った私へのご褒美だー」


 純真な乙女の笑顔が光る。

 今はまだ手は届かなくとも、いつかはあの憧れの存在へと。


 その高みを夢見て、乙女は跳ねる。

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