第41話 春の季節に君想う(Scene7~Scene8)
Scene7 王宮騎士団
白亜の王城、セントフィリア城。
その地下にある|"王宮騎士団"の詰め所は、人知れず揺れていた。
王宮騎士団の団長――クトロワ=ロルルは目下の困り事を笑い飛ばしていた。
「はっはっはっ。どうしたもんかねえ、これ」
「笑っている場合か――ッ!」
落とした拳が丸太テーブルを叩くと、壁際の無骨な鎧が揺れた。
呑気なクトロワに噛み付いた団員の名は――ハイルフォン=ローズ。
御三家の一角に数えられるハイルフォン家の魔法少女だ。彼女はそのなかでも、最高傑作と呼ばれる才能の持ち主である。
薄手の騎士鎧をまとったローズは、三つ編みが混じる桃色の長髪を怒りで流す。
「怒るなよう、ローズ。そうカッカすんな」
「私の怒りを少しでも鎮めたかったら、机の上からその汚い足でも下ろすことだな」
「あいよー」
クトロワは素直に足を下ろしたが、ローズの怒りは収まらない。むしろコミカルな挙動は苛立ちを誘い、余計に怒りに油を注ぐ結果となった。
「……この能なし高給取りが」
侮蔑の言葉を吐く。
と、不意にローズの頬に鋭い槍の先端が迫る。
【土の槍】
赤茶の壁から伸びた槍は、刺さる寸前で制止した。
「団長にふざけた口を聞くな。ぶち転がすぞ」
実行犯であるヴィーノ=ワルウは、右目からローズへ殺気を飛ばす。前髪の下に隠れる左目にも、怒りが灯っていることは確かだ。
「金魚の糞風情がよく言う」
床から突き出した二本目の【土の槍】がぶつかる。互いの槍は砂欠片となって、数秒の間を煌めいた。
ローズは殺意の篭もる煙水晶の瞳で睨み返す。互いの視線の矛が外れる気配は全くなかった。
「はいはい。やーめたまえ」
パンパン両手を叩き、クトロワは二人の意識を強制的に戻した。
「ワルウもローズも矛納めろっての。今はふざけている場合か」
「失礼しました。団長の言う通りです」
「ふざけている場合だと、お前」
団長の言いなりであるワルウと違い、ローズは断固納得がいかないと吠えた。
「お前の服装が一番ふざけているだろうが――ッ!」
びしっと指差す先にいるクトロワは、セントフィリア女学院指定の制服を着ていた。正装からは程遠い、隊務違反の服装である。
クトロワは、年齢より遥かに幼く見える。
前髪パッツンの金髪ショートヘアに、特徴的な翠のまんまる瞳。低身長も相まって子供らしさはあるが、彼女は二十九歳に差し掛かる立派な大人だ。
「春祭りだから学割が利くのよ、これが」
「お前に学割が利くか、この年増が――ッ!」
クトロワはガックリと肩を落とした。午前巡回の際には割引きが利かなかったのだ。その事実がまた肩に重くのしかかる。
「大丈夫です団長。まだイケます」
ワルウがフォローを入れると、クトロワがウィンクを返した。
一連の遣り取りを阿呆らしいと切り捨てると、ローズは構わず話を進める。
「クトロワ、他の連中は何処に行った?」
「全員春祭りに遊……巡回中だ」
「このド低能共が――ッ!」
【羽衣】で強化したローズの拳は凶器と化し、三人が囲む丸太テーブルを真っ二つにする。メキメキと音を立てた丸太の輪切りは、真ん中から割れて地面へと落ちた。
「あーあー、穏やかじゃないなあ」
二つの木片が中心へとせり上がる。亀裂を補修するように木繊維が伸び、数秒もしない内に丸太テーブルは元に戻った。
「さすがです、団長」
「これ、木目が狂うから好きじゃないんだけどね」
それは日常風景。
この卓を囲む者のなかに、この光景を不可思議だと思う者などいない。彼女たちは魔法少女。常識の埒外の住人である。
「ふう……よし」
八つ当たり完了。
怒りを散らすと、ローズは念を押すように確かめる。
「当然、今は巡回中なんだろうな」
「そりゃあね。ただ足跡は追えてない」
「やはりド低能か」とローズは舌打ちする。
「いやお前さんね。簡単に人のことを低能呼ばわりするけどね。今回は勝手が違うからな」
――第一王女の脱走。
それはかつて何度もあったが、今回ばかりは難易度が高い。
顔を偽装した上での髪色詐欺。変装としては最悪の部類に入る彼女を春祭りの人混みから探し当てるなど、気を遠くなる作業だった。
「オマケに奴さんは制服姿だろうな」
「だろうな」
それは長く、重いため息だった。
外部入学生歓迎を謳うこの日ばかりは、制服は迷彩服より効力を発揮する。
ゴンと机に頭突きを噛ました後、ローズは尋ねる。
「首尾は」
「主要区画は全て押さえてるけど――」
言葉を一度切り、クトロワは続ける。
それが重要事項であり悩みどころだった。
「憲兵は動かせねえなあ」
"王宮騎士団"は魔力を持たぬ兵団も保有しているのだが、今回は下手に動かせない理由もある。
「日曜には成人の演説も控えているし、下手に騒ぎを大きくしたくはないねえ」
昔の名残で十六歳を成人と見なす風習があるセントフィリアでは、明日第一王女が国民へのお披露目を控えていた。
「ここで馬鹿やってみろ」
跡取りの姫様は馬鹿娘だと公表した上、捕物騒ぎで春祭りの盛り上がりはぶち壊し。"王宮騎士団"は姫さま一人に振り回される無能共だと宣伝して回るようなものだ。
そしてその頂点に立つの人物は――。
「笑い者じゃ済まねえぞ」
王国の象徴が汚れる。
翌日の演説など、高台に登って全国民に恥を晒すにも等しい行為だ。
「穏便に隠しちまうのが一番だな」
「さすが団長。一分の隙もない隠蔽です」
クトロワは馬鹿ではない。
低能呼ばわりするローズもそれはわかる。
団長が下す決断は、何ら間違ってはいない。
それはわかっている。
だが、それでも拭えぬ不安がある。
「本当にそれで良いのか」
異を唱える者に、ワルウは良い顔をしなかった。
「……団長の命令に背くのか」
ワルウはわかり易く、扱いづらい人物だ。
もっとも、それはローズ視点での話である。
「待てワルウ。団員の声に耳を傾けるのも、団長としての勤めというものさ」
「さすがは団長。エルフに勝る耳の持ち主です」
おいおい止せよ、と満更でもない顔をしてから、クトロワはお茶目にウィンクを返す。ここまでが二人の様式美である。
「まあ、ローズの言い分もわかるさ」
言い分など言っていない。
その様な言葉で話の腰を折ることもなかった。
ローズは、団長を過小評価はしない。
クトロワは曲がりなりにも王宮騎士団の団長だ。
それは女王から信頼が一番厚い者であることを意味する。愛想良く、察し良くがクトロワの社交術だった。
「あまりにも出来過ぎてるってことだろ」
「そうだ」
ワルウは完全にわかってない顔つきだが、途中で質問を入れるような愚行は侵さない。彼女が尊重するのは、何より団長のペースである。
最速で話を進めるクトロワは、断片的なキーワードを挙げ連ねていく。
「変身魔法、制服、髪色詐欺、生徒名鑑、春祭り、魔法少女の不在、成人の儀……か」
重要用語だけでローズと思考を重ねると、クトロワは断言した。
「確実に裏で誰かが手を引いている」
導いた結論は寸分違わぬものだった。
だからこそ、ローズは声を荒らげた。
「そこまでわかっていて――」
「動けないのも、相手さんの計算の内なんだろ」
正確には完全に動けないわけではない。"王宮騎士団"及び配下の憲兵を総動員すれば、問題を容易く解決できるかもしれないが。
「もう一度言うが――下手に動けば、王国の象徴に傷が付く」
重い言葉にローズは押し黙る。王政を敷くセントフィリアにおいて、それは騎士が一番に尊重するものだった。
「決定に変更ない。穏便に片付けろ」
異論は通らずもローズは頷いた。
身体の芯から納得したわけではないが、それ以上は望めなかった。
「おいおいローズ。そんなショボくれた顔すんな」
――これから仕事をする人間が。
その一言で目が覚めた。
煙水晶の瞳に活力を取り戻し、ローズは一秒を惜しむように立ち上がる。
「……好きにやっていいんだな」
「私が許可する。やっちまえ」
「お前らはどうする気だ」
「私は戦略室から指令を出す。ワルウは私の指示で動いて貰おうか」
問題ない、とワルウは頷きで応答する。
「決まりだ。内通者がどこにいるかもわからない状況だ」
いいか、とクトロワは念を押す。
「――誰も信じるな」
その言葉に二人の団員は、サーと応じる。
弾かれたようにローズが退出すると、クトロワとワルウが続いた。
作戦会議の時間は終わった。
これから始まるのは、第一王女の捕獲作戦。
捕獲対象は身長158cm。
長く艶やかな黒髪を持つ制服少女。
疑わしき黒髪は引っ捕らえろの理念の下、"王宮騎士団"が動き出す。
◆
Scene8 女学院の教師ども
春祭りの中心地である5区。
幌の付いた出店が並ぶ、数ある屋台一つで、セントフィリア女学院の教師――リルレッド=リルハは、店主にいちゃもんを付けていた。
「えーなんでよ。ありえないでしょ」
「お客さん……通るわけないでしょ。ハロウィンの仮装じゃあるまいし」
仮装。あまりに酷い反応に、リルレッドは地面に崩れ落ちかける。とっさに彼女を支えた二人の同僚は、苦々しい顔つきで言った。
「リル姉さん、さすがに無理ですよ」
「ムキー。エリちゃんまで言うか!」
三割引、三割引! と自棄になって腕を振るうも、店主はガン無視。三十路手前の制服はお呼びじゃねえと、無言で主張する様を見て敗戦を悟る。
結局、串焼きを定価で買い取ると、リルレッドは肩を落として戻って来た。
彼女を出迎える同僚の一人は、奇妙な笑い声を立てていた。
「うひひ。残念だったね、リル姉」
「……なんであたしだけ通らないのよ」
1-B正教員――リルレッド=リルハ。
1-F副教員――エリツキー=シフォン。
1-B副教員――ガンロック=アンロップ。
女学院に勤める教員三人も今日はオフだ。最年長のリルレッドは二人の副教員を連れて、春祭りに遊びに来ていた。
「でもさあ、普通に行っても面白くないよね」
リルレッドのその一言が切っ掛けだった。
三人組はなんちゃって女学生に変装し、春祭りに突入したのだ。半ば冷やかしながらも、乙女の意地がかかった遊びである。
その遊びの戦果は上々ともいえた。
10店舗ほど屋台を回った現在。
もっとも幼く見えるガンロックが7勝3敗。
短髪が功を奏したのかエリツキーが4勝6敗。
この手の輩に慣れている店主の肥えた目を思えば、まずまずといえる乙女たちの戦績だった。
ただし、1名を除いての話だが。
リルレッドの戦績は――圧巻の全敗。
安心と安定の実績を誇る年増だった。
「納得いかねえ。超いかねえ」
怨嗟の声を漏らしながら、むしゃりと一口。湯気を立てる串焼きを横に傾けたまま、リルレッドは豪快に食いに逃げた。
「うひひ、これまた串焼きが似合うね」
「うるひゃあい! そんなこと言うのはこの口か」
うらあと、リルレッドは串焼きをガンロックの口へと突っ込む。
「ああ、そんなに暴れると」
人混みで騒ぐ二人を押さえるのは、生真面目なエリツキーの仕事だ。生徒には威厳を示そうとする彼女も、この二人組の前では形なしである。
「二人共、一度休憩しませんか」
「そうね。こう人混みのなかを歩き続けるのも疲れてきたし」
「……それって、歳」
「秘技、二本差し――ッ!」
リルレッドはさらに串焼きを差し込み、ガンロックを強制閉口させた。
ああ、私の串焼き……そんな声が聞こえた気がしたが、リルレッドは年長の利を活かして黙殺。一行はカフェで休憩をとることにした。
「どうしようか。一度8区まで戻るべきかな」
「そうですね。ここは出店しかないですから」
一行がいる5区はとある事情があって、平時でも屋台しか並ばない特殊なエリアだ。南門近くの8区に戻るのが最善かと、リルレッドとエリツキーが示し合わすなか、
「ふぁっち」
串焼きを頬ばるガンロックの声がした。
釣られた二人は彼女が指差す方向に目を遣る。そこには数十個のパラソルが咲いていた。
「おー、考えたものね」
その発想にリルレッドは感心させられた。
パラソルとガーデンテーブルセットを使った、オープンテラス席のみの臨時喫茶店。5区の人混みに疲れた大人が休むには、うってつけの場所だった。
「でもここ……お高いのでは」
「関係ないわ。大人は金に物言わせてナンボよ」
「世の中のもの全部、お金で買えたら良かったのに」
串焼きを消化したガンロックの皮肉に反論せず、リルレッドは寂しげな背中を見せて前を歩いた。
「お金にはね……限界があるのよ」
バカ、と小声でエリツキーは隣の同僚を小突いた。
二十九歳の後ろ姿が利いたのか、ガンロックも反省した風だった。
「ごめん……リル姉。ちょっち調子乗りすぎた」
「気にしないで良いのよ」
――どうせ、あんたも直ぐこっち側よ。
それは、人生の先を往く悪魔の囁きだった。
勘定場と思しきパラソルに着くと、リルレッドは投げ遣りな調子で店員に言い放った。
「三名。全員揃いも揃って独身貴族」
人数を告げると同時に自虐。
これには受付も引きつった笑みで応えた。
「あの……すみません、お客さま」
「あによ、独身貴族は入店お断りなの」
現在、空き席がない状況でして。
と、店員がその説明を口にするよりも早く、リルレッドがブランド物の財布を開けていた。
「金ならあるわ。ええ、独身貴族さまですからね。王都の一等地に住めるレヴェルであるわ」
「……いえ、そうではなくて」
「うるひゃあい。女学院の女教師さまを舐めるな。入店させるか、さもなけば三割引よ」
リルレッドの言葉は支離滅裂だった。入店せねば三割引も糞もないのだが、店員は鬼気迫る女の勢いに押されていた。
三割引、三割引! と腕を振るう姿は、悲壮感を覚えるレヴェルを軽くK点超えして、見る者に憐憫の情すら抱かせる。
「エリちゃん、前のお客さんが騒いでるよ」
「……ちょっと距離を置こうか、ガンちゃん」
二人は目を合わせ、私たちは二人組と言わんばかりに距離を取る。
困る店員と涙ぐむ三十路手前女。
収集がつかない状況が続くと思われた矢先。
「店員さん。そいつら私の連れだ」
見かねて、先客が声をかけた。
救いの手を差し伸べたのは、問題児として名を馳せる同僚――マグナ=リュカだった。
「うおおおおおお結婚してくれ、マグナちゃん!」
「リルの姉御……頼むから落ち着いてくれ」
制服姿で猛進する人生の先輩は、危険極まりない。
マグナは右手でリルレッドを止めると、無理やり席に着かせた。
「お前らも見てねえで止めろよ」
「……面目ない」
「うひひ、あんがとさん」
遅れてきた二人に文句を言う。
一人は重く受け止め、方やもう一人はうひひと笑う。生真面目と不真面目という両極端な同僚に、マグナはため息をついた。
「はあ。ロクな教師がいねえな」
――それ突っ込み待ちだよな。
三人の意識がシンクロした。
凄まじい一体感に包まれたが、助けられた手前、口には出さなかった。
「それでお前は何しに来た」
薄い紅茶に顔をしかめながら、エリツキーは訊ねる。
「挨拶回りだよ、挨拶回り」
おざなりに答えるマグナの服装は、春祭りに参加するには固い印象を覚えるタイトな紺色のスーツだ。
「まさか……殿方と密会なの」
白目を剥いて驚くリルレッドを無視し、エリツキーは続ける。
「挨拶回りって何だ」
「ばっちゃんの手伝いだよ。こういう機会じゃねえと、捕まらない奴もいるらしくてな。挨拶回りの手が足らねえんだと。ったく面倒なことこの上ねえ」
「あら良い機会じゃない。しっかり恩を返しときなさいよ、あんた」
「うひひ。もう返済不可能じゃないかな」
マグナが理事長に拾われた教員であることは、女学院ないでは周知の事実である。正規採用の道を通っていない彼女を見る目は様々だが、この二人はまだ厚遇してくれる側だ。
「ふん……いいザマだな」
「なんか言ったか、テメエ」
一方、エリツキーは冷遇側である。
ほくそ笑む相手に目くじらを立て、マグナも突っかかる。
「何度でも言ってやろう。いいザマだな。いいザマ」
「あー、何か言ったか副教員。なあ副教員」
思わぬ反撃にエリツキーは口をへの字に曲げる。この馬鹿の下など、彼女にとって汚点以外の何ものでもなかった。
「……今に見てろ、来年はお前を下につけてやる」
「テメエじゃ無理だよ、万年四位エリツキーさん」
あーあー、また始まったかと呟くも、リルレッドが仲裁に入る気配はない。ガンロックも相変わらず奇妙な笑い声を立てて、お茶請けに事の成り行きを見守るだけだった。
マグナとエリツキー。
二人は勤続年数こそ違うものの、女学院を同期で卒業した仲である。
理事長のえこ贔屓を受けるのも理由の一端だが、エリツキーがマグナを嫌う理由の根源は違う。もっと根深く、そしてしつこい理由だった。
毎度の万年四位トークで火花を散らすさなか、マグナの憎まれ口は唐突に止まった。これには噛み付き損ねたエリツキーも拍子抜けする。
「何だ」
「電話だよ」
マグナがズボンから北欧製の携帯を取り出す。
エリツキーは露骨に嫌そうな顔を見せた。魔法文明を築いてきた王国において、科学を毛嫌う風習は今なお根深いものがあった。
「魔法石を使え、この罰当たりめが」
「るせえなタコ」
吠える副教員には目もくれず、ディスプレイに目を落とす。
「あっ、ばっちゃんだ」
何気ない一言を受けて、一同は固まる。
プライベートタイムに上司からの電話。
嫌な香りが濃厚に立ち込めてきた。
「そういや、挨拶回りの人間が足りねえって、ばっちゃんが嘆いてたな」
マグナが厭らしい笑みを浮かべると、誰よりも迅速に動き出したのはリルレッドだった。
「あー! いっけない、午後からはデートの予定だった。じゃあねマグナちゃん。てへぺろ」
早口で言い訳を吐いて舌出し。
リルレッドは速攻で逃げ出した。
「うひひ。私も休日に仕事とかマジ勘弁っす」
続いて不真面目な教員も逃げ出す。
仕方なしに生真面目な教員も後に続いた。
「せいぜいポイントでも稼いどけ、阿呆」
捨て台詞を吐き、前二人の後を追った。
エリツキーの刺がある台詞に対して普段のマグナなら噛み付くところだが、今の彼女にはそんな余裕はなかった。
電話の相手は理事長ではない。
それを優に凌ぐ、嫌な相手だった。
――クトロワ=ロルル。
"王国騎士団"の団長の名前が映るディスプレイ。
一度は躊躇うも、出る以外の選択肢はない。
こうして目を付けられたが最後である。
「……もしもし」
『ハロー、マグナちゃん。ご機嫌いかがかな』
不機嫌な声などお構いなしの陽気な態度。こちら側へとずいずいと踏み込んでくる、そんな彼女のことが、マグナは昔から嫌いだった。
「そうだな。今は最悪な気分だ」
『そうかい。そりゃ良くないな。今から私の愉快な仲間を送ってあげるよ』
「……もう見えてるっての」
祭りに興じる観衆のなかに違和感が一人。
落書き風味なTシャツにダメージジーンズ。随分とパンクな格好をした魔法少女の右目が、マグナを捉えて離さない。
「こんにちは」
平坦な声で挨拶を済ませ、"王宮騎士団"が一人ワルウが歩み寄る。
「……こんにちは」
たとえ本心が「糞食らえ」でも言えない。
魔法少女でないマグナなど、ワルウからすれば3分クッキングで肉塊に料理できる素材だった。
跳ね上がる鼓動を押し殺し、マグナは電話相手の真意を確かめる。
「……どういうつもりだよ」
「ちょっち手伝ってくんない」
一介の教員にその要請を拒む権利などなかった。
春の季節に君想う。
その気持ちは王都を混迷へと誘った。
そして、物語の中心は黒髪の乙女へと戻る。




