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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1週間チュートリアル ―春祭り編―
40/113

第40話 春の季節に君想う(Scene5~Scene6)

Scene5 黒髪の乙女と友人たち

 王都までの旅路は想像よりも長いものであった。王都の南門に到着した三人は思い思いにストレッチをし、長旅で凝り固まった筋肉をほぐした。


「少し遅くなってしまいましたねえ」

「うう、ごめんね二人とも。私が足を引っ張った系」

「いえ、そういう意味じゃないですよ」

「ええ……のんびりした旅も楽しかったです」


 二人は慌ててフォローを入れた。

 当初は空の旅の予定であったが、根木は飛べない魔法少女だった。そのため計画は急遽変更となり、バスと渡し船を利用した旅となった。


 セントフィリア女学院を有する街"ヴァレリア"から国を二分するリプロン川までは、バスで移動。リプロン川をゴンドラで渡り、またバスを乗り継ぐ。

 そうして三人は旅気分を満喫してきたところだった。


「それにしても、人が多いですねえ」

「これは……埋もれるかもです」


 人混みに圧倒され、一番小柄な那須は小さく身震いする。一行は、道半ばまで春祭りの存在を全く知らなかった。


 根木が無くした缶切りの代わりを買う。

 そんな奇妙な目的で王都に向かった三人組も、道半ばで人の流れを怪訝に思い始めた。どうにも人が多すぎたのだ。


「ああ、お客様は知らないのかい。今日は王都で春祭りが開催されているのさ」


 リプロン川を渡る途中で尋ねると、ゴンドラの漕手であるお姉さんが快活に答えた。せっかくの機会だと、一行は春祭りを見て回ることになった。


「大丈夫だよ、那須ちゃん。みんなで手を繋げば怖くない系!」


 怖がる友人に、根木は楽しげに手を差し伸べる。365日が遊びで構成されている彼女は、すでに目の前のお祭りに夢中だった。


「うーん、なんか違うなあ」

「これは……しっくりこないです」


 手を握り合いながら、顔を見合わせ首をひねる。どちらからともなく、自然と二人は左右へと散らばった。


「えっと、私が真ん中なのですか」

「もちのろん系! これが一番良い気がする。黒髪の乙女が私たちの象徴なのです!」

「私も……これが良いと思います」


 二人に押される形で、黒髪の乙女が中心に入る。成り行きで両手に花状態で手を繋ぐものの、彼はどこか気もそぞろだ。


 人混みを忌避する立場であることや、今後の生活費をいかに工面するかといった問題が頭を悩ませるも、祭りで浮かない顔をするのも無粋である。


 彼は、今日ばかりは問題を忘れることにした。


(まあ、今日ぐらいは純粋にお祭りを楽しみますか)


 黒髪の乙女――八坂命は、この日初めて王都セントフィリアに足を踏み入れた。




     ◆




Scene6 悪のカリスマと愉快な仲間たち

 第8区の一等地に看板を掲げる、由緒正しきお菓子屋『ルバート』。

 そこで悪のカリスマを自称する少女――ルバートは溌剌(はつらつ)とした声を飛ばしていた。


「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」


 本日何度目になるかわからない挨拶を繰り返す。両親の手伝いで慣れているとはいえ、この日ばかりは客足が良すぎた。


 王宮御用達のブランドは根強い人気を誇り、販売エリアのウィンドウ前には常に人集りができている。清潔感がある喫茶エリアも、終始人気御礼で従業員が死にかけていた。


(くっ。なぜ悪のカリスマがこのような真似を)


 菓子屋の一人娘ルバートは内心毒づきながらも、お客様への笑顔だけは絶やさなかった。お客さまは神様だ、と幼少時から物理的に叩きこまれているので、それはもはや反射的な行動だった。


「本日はお手に取りやすい特別価格で提供させていただいています。試食もありますので、お気軽にお召し上がり下さい」


 決まり文句の宣伝をしつつ、喫茶エリアを見遣る。

 猫の瞳に映る友人は、グロッキー状態でデザート提供をしていた。


「大変お待たせしました。プリンアラモードと桜色パフェになります」


 不健康な友人クルトは、エプロンドレスの上を薄緑色の膜で覆う。

 【羽衣(ローブ)】で身体能力を向上させることが狙いのようだが、それでもキッチンと客席の間を耐えず往復する姿は辛そうだ。


「もう無理」とクルトは目で合図を送る。

「健闘を祈る」とルバートも目で返答した。


(あっちは、まあ問題ないか)


 キッチン側に配置された友人、ドドスに対する心配は無用だった。

 少し動きが鈍いきらいはあるが、彼女はその身に似合わぬ器用さを持っていた。初めこそ作るのが簡単なパフェ担当だったのだが、今は職人顔負けの技術で飴細工を作っている。混乱する現場に引きずられて奥深くに連れ去られるも、見事に期待に応えていた。


(くくく……私の識別眼に狂いはない)


「ただいま、焼きたてのガレット・デ・ロワが入りました!」


 裏側では悪のカリスマを演じるも、表側ではしっかりと元気な店員を演じる。器用に接客するルバートに、店主こと母親の声がかった。


「お疲れさま。休憩入ってきな」

「うむ。そうさせて貰う」


 尊大な態度をとるルバートの脛を、母親が蹴った。ルバートが顔を歪めるも、その現場は商品棚に隠れて誰の目にも止まらなかった。


(くそう。あの悪の熟女幹部め)


 客前なので怒りを抑えて従業員と交代する。

 ルバートは裏手の従業員室に戻った。


 ずらりと並んだエプロンドレスが彼女を出迎えた。

 シフト表や衛生管理の注意書きなど、貼り紙で埋まる壁とくらべて、内装は簡素である。女性同士ということで更衣室もなく、申し訳程度に椅子や机が並んでいるだけの部屋だ。


「もう無理……帰っても良いか」


 疲労困憊のクルトが机の上に突っ伏していたが、ルバートは甘やかさない。友人とはいえ、今は一人のアルバイトである。


「言っておくが、途中で抜けた場合は日給だから一円も出ないからな」

「うわ……鬼かよ、ピリカ」

「文句なら最上位の悪の熟女幹部に言え」

「……無理だろ。ピリカの母ちゃん怖えし」


 先日、ルバートが勝手に店の商品を菓子折りにしたときの、ルバート母の怒りは凄まじいものであった。その現場を一部始終見ていたクルトはとてもでないが、文句など言えなかった。


「ったく。少しはコメリンを見習え」

「桜色パフェ美味いなあ」


 クルトの対面に座るドドスは至福のなかにいた。疲労の色よりも食い気を全面に押し出し、季節限定のパフェを楽しげに崩していた。


「……違うよ。私が普通で、お前らがおかしいんだよ」

「更にもう一つ言っておくが、昼食時を過ぎたらこの倍は地獄を見るからな」


 菓子屋ルバートは喫茶も兼ねているため、ティータイムの方が客足が伸び易い。それを菓子屋の一人娘であるルバートは、経験則から知っている。


「やめて、私死んじゃう」


 クルトは、突っ伏したまま弱々しい声を出す。

 普段からやる気の薄い子であるが、何も彼女が何もクルトが虚弱すぎるわけではない。老舗菓子屋の高給に釣られたバイト達も、全員死屍累々のありさまで怯えていた。


 例年通りの光景に、ルバートは先が思いやられる気分だった。


「なら死なないためにも全力で休むぞ。昼食は何が食べたい」

「……なんか買ってきて。なんでも良い」


 疲労も相まって、クルトの言葉は投げ遣りだ。ひらひらと手を動かして見送る。買ってきてのポーズだ。


「情けない奴め……仕方あるまい。買い出しに行く元気がある者は付いて来い。この場の人数分の食事を買ってくるぞ」


 屍となった面々は力なく頷いて同意する。

 春祭りの雑踏に出る元気はない様子だった。


「まあ、五人もいれば十分だな」


 ドドスの他にまだ元気があるアルバイトが三名。

 計四名がルバートの下に集まった。


「さっすが、バイトリーダー。全部奢りですよね」

「んなわけあるか。私のカードランクは上がってないんだぞ。寧ろお前らに奢って欲しいくらいだ」


 えー、とアルバイトが不満の声を上げた。

 古参のアルバイトはぶうぶうと口を尖らせていたが、ルバートは耳を塞いで聞こえない振りをしてやり過ごした。


(ま、そんなに世の中甘くないってことだな)


 先日の健康診断の結果を見て、ルバートは現実の目の当たりにした。

 魔力総量は中学卒業時と変わりないブロンズLv.4。内部進学生のなかでも高い部類とはいえ、成長なしという結果は堪えていた。


 だが目を逸らしたくなる現実であったとしても、それが今の偽りのないルバートの立ち位置だ。一度夢から目を背けた過去は無くならない。

 方や同じ現状維持といえども、リッカはゴールドLv.2に近い位置にいると風の噂で耳にしていた。


(努力する天才とサボる凡人。そりゃ敵わなくて当たり前だな)


 思い返せば、演舞場の一件において、一瞬でも勝機を見出したことすら恥ずかしかった。結果など火を見るより明らかだったのだ。


 ――努力したからこそ、簡単に諦めがつかないことがあります。


 その言葉に奮い立たされた自分は酷い道化だった。

 後からそう気づくも、全てが嘘ではなかった。魔法少女になりたくて重ねた努力は捨てられない。何よりその言葉に熱くさせられた自分がいた。


(なら私はもっと努力できるはずだ。もっと熱くなれるはずなんだ)


「えっと……買い出し行くんだろお、ピリカ」

「ああ悪いな、コメリン。少し呆けていた」


 遠慮がちに肩を叩かれて意識を戻す。

 ルバートが燃やす闘志に押されたのか、集まった面々は一歩下がっていた。

 これはいけない、とルバートは友好的な笑顔を見せてから、いつもの調子で四人組に号令を出した。


「それでは勇敢なる戦士たちよ、私の後に付いてくるが良い!」


 ルバートが不可視の黒マントを翻して出発する間際、出足を挫くように母親が控室に入ってきた。


「どうした店長」


 返答はなかった。

 無言で部屋の角まで娘の手引くと、母親は声を潜めて話す。


「ちょっとピリカ。今、外に出るつもりなの」


 不穏な気配を嗅ぎ取り、ルバートも声量を落とした。


「そのつもりだが、何か悪いのか」

「城から慌ただしい匂いがするから、止めときなさい」

「まさか……1"王宮騎士団(ロイヤルナイツ)"が出陣するのか!」


 目を輝かせたルバートが大声を上げると、母親は頭から殴りつけたが一歩遅かった。


「えっ、"王宮騎士団"が出陣するんですか、店長」


 その単語は、従業員室に動揺を走らせた。


 "王宮騎士団"は、セントフィリア女王付きの護衛部隊である。その様な集団が動く事態があるとすれば、異常事態が起きていると考えるのが自然だ。


 母親は、口の軽い娘を絞首刑で戒める。


「この馬鹿。そんな訳ないでしょう。寝言だよな?」

「ぐええ、そうです。今のは寝言です」


 苦しげな声で弁解を済ませると、ルバートは咳き込みながら息を整えた。


「ただの例年通りの捕物よ」

「なんだ、本当に大したことないな」


 大声で告げられた事件は、至って普通のもの。春祭りに浮かれている者が窃盗に遭うことは、別段珍しいことではない。


「それじゃあ何ら問題ないな。お前ら買い出し行くぞ、買い出し」


 ――ただ、例年とどこか違う。


 自分の耳だけに入った母親の言葉に警戒心を高める一方、動揺を隠すためにルバートは努めて平静を装った。


(例年と違うだと? 窃盗の規模がでかいのか? 複数犯なのか?)


 王宮御用達というのは一方通行ではない。無意識に流失する情報があることを、ルバートは物心つくころには知っていた。


「くくく……喜ぶが良いお前ら。店長が昼食代も負担するとのことだ」


 従業員室の屍どもが、静かに沸き立つ。

 母親は娘の勝手な約束に頭を抱えていたが、午後の士気にかかわるので否定はしなかった。後でルバートの給金から差っ引く腹積もりである。


(くぅ、これだから商売屋の娘は嫌なんだ)


 ルバートはアルバイトを連れ立って従業員室を後にする。店の玄関口はお客様の出入口だと母親が煩いので、必然的に彼女たちは裏口から外に出た。


「うっわ、人多すぎない」

「確かになあ。出店回れっかなあ」


 春祭りの中心地である5区とくらべて、混雑具合で劣るとはいえ、祭りは祭りである。延長線上にある8区も人で溢れかえっていた。


 四人は祭りの混み具合に辟易していたが、ルバートだけは反応が鈍い。彼女は別のものに目を取られていたからだ。


 人混みを縫うように走る黒髪の乙女と、その後を追う見知った長身の女生徒が視界を横切った。


「命たんと……リッカだよなあ」


 走り去る二人が猫の瞳に映ったのは、一瞬のことだった。確証が持てないルバートは遠くを見つめ続けていた。


「ピリカ、早く行かないと無くなっちまうぞお」

「そうだな」


 食いしん坊のドドスに急かされ、目を切る。きっと見間違いだったのだろう、とルバートは小さな違和感を飲み込んだ。

【第40.5話 無気力デイズ】


「あら、クルトじゃない」


 従業員室でうなだれていたクルトが、顔を上げる。上から降ってきた声の主は、悪の女幹部だった。


「こんにちは。おばさん」

「あんたいたのね。影薄いから気づかなかったわ」

「……もう少しオブラートに包みません?」


 苦い顔するクルトだが、本人も自覚はある。

 ルバート、ドドス、クルトは三人組でいることが多いが、個々で見れば自分が目立たない。そんなことは当の本人も昔から知っていた。


「覇気がないのよ、あんたは。もう少し覇気だしなさいよ、覇気」

「魂なら口から出かけてますけどね」


 クルトなりの皮肉を、ルバート母は笑顔で受け止める。


「ふーん。なんなら午後から帰っても良いわよ」

「午後も頑張るのでノーマネーでフィニッシュは勘弁してください」


 勝てないので、降参。クルトも日給なしはさすがに勘弁だった。昔から変わらない娘の友人の頭を、ルバート母はぽんぽんと優しく叩いた。


「どうせあんたのことだから、ウチのバカ娘に誘われるがままに、ほいほい手伝いに来たんでしょ」

「……コメリンも一緒ですよ、コメリンも」

「あの子の方がよっぽど主体性があるわ……よっ!」


 気合一発。

 ルバート母は、クルトの背中を叩いた。


「青春の無駄遣いしていると、大人になってから後悔するよ。なんでもいいから何かやっておきなさい」


 ひらひら手を返し、ルバート母が背を向ける。

 彼女が控え室を出て行ったのを見届けてから、クルトは深いため息を落とす。鉛のような身体は、机にどこまでも沈みそうな気がした。


「なんでもいいって、なんなんだよ」


 何をすればいいのかわからない。

 だから、困っているのだ。

 終わりの見えない無気力な日々は、どこまでも続いていた。

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