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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1週間チュートリアル ―春祭り編―
38/113

第38話 春の季節に君想う(Scene1~Scene2)

Scene1 黒髪の乙女

 白亜の王城、セントフィリア城の裾野に広がる城下町は、活気に溢れていた。


「掘り出し物の魔法具(マジックアイテム)あるよ!一律一万イェンだ、持ってけ泥棒」

「旅の思い出に魔法石のアクセリーはどうだい。この国だけの土産物だよ」

「日用品ならウチで買ってきな。他店より一イェンでも高ければ安くしてやらあ」


 白を基調とした煉瓦造りの町並みには、幌を付けた出店がところ狭しと並ぶ。

 外部入学生が訪れるこの時期に一人でも多くの客を書き入れようと、商人たちは声を張り上げていた。


 春祭りと呼ばれる非公式の催しは、日が昇りきる前から盛況ぶりを見せていた。


「……うー」


 祭りの熱気に当てられた黒髪の乙女は、喜びを噛みしめ小さく唸る。身体を丸めて立ち止まる彼女は、人通りが多い往来では邪魔だっただろう。

 たびたび後ろを歩く客が衝突しかけたが、黒髪の乙女を非難する者は一人としていなかった。


 艶やかに流れ落ちる黒髪。彼女の顔を正面から見据えると、一言文句を言おうとした者も、怒りすら忘れてただ見惚れていた。


 卵型の顔に収まる精緻なパーツは、まるで神に愛されたかのような造形美を誇る。西洋人に比べて少し幼さを感じる顔には、満面の笑みを浮かべていた。


 全身に溜めた喜びを開放するように、黒髪の乙女は晴天へと手を突き上げる。


「春祭りキター!」


 四月初めの連休。

 黒髪の乙女の春祭りが人知れず開幕した。




     ◆




Scene2 生徒会長と自警団団員

 春祭りに出店する、とある帽子売りの露天。

 そこで「むう」と低く唸りながら、生徒会長オルテナは悩んでいた。


「なあ、どちらに帽子が私に似合うだろうか」

「知らねーです。どちらも似合うんじゃねーですか」


 投げ遣りな後輩の意見は参考にならず、オルテナは唇をへの字に曲げた。


「釣れないことを言うな。私はマイアの意見を聞きたいのだよ」

「この状況なら、釣れねーことの一つや二つ言いたくなるものです」


 オルテナに負けじと、後輩のマイア=メイも不機嫌そうに唇を曲げた。彼女だって一言物申したい気分である。


「一時間。ずーっとですよ。いい加減にして欲しいっていうのが本音です」


 眠たげな眼でマイアが訴えるも、それでオルテナの人気が衰えるわけでもない。プライベートの彼女に触れ合おうと、また一人の女性徒が近寄ってきた。


「あの、オルテナ生徒会長ですよね。ファンです。握手して下さい」


 ほら言わんこっちゃねーです、と言葉に出さずともマイアはうんざりした顔をつくる。


 女学院の生徒会長にして、マイアも所属する自警団の団長。

 そのステータスに加えて、凛とした佇まいとキリッとした顔立ちを持つオルテナは、無意識に人を引き寄せる。


「可愛い女生徒君、私で良ければ喜んで」


 オマケに本人が無自覚で歯が浮くような台詞を言うものだから、余計に人寄せに拍車がかかる。


 対面の女生徒が赤面していることも気にせず、オルテナは微笑んだ。


「……もー、何件目ですか」

「五〇件位までは数えていたのだが、後はわからん」


 悪気なく言い放つオルテナだが、マイアにしたら堪ったものでない。敬愛する先輩と春祭りに遊びに来ても、途切れることなく邪魔が入ってくるのだ。


「だから、制服は止めようって言ったじゃねーですか」

「ならん。女生徒たる者、質素倹約であるべきだ」


 毅然と反論するオルテナは、プラチナLv.1という学院屈指の魔力値の持ち主である一方、質素倹約を重んじる志を持っていたので、本日も制服を着用していた。

 ただ、これはオルテナが余所行きの服を持ち合わせていないわけではない。春祭りには学生割引が利くという特典があった。


「でも、前は賭けごとに乗ってたじゃねーですか」

「あれは乙女の嗜みなのだろう? 我が学院の女生徒たる者、見る阿呆ではいかん。踊る阿呆にならなくてはな」


「ハッハッハ」と高らかに笑い声を上げるオルテナに呆れ、マイアはあきらめる。彼女の阿呆とカリスマ性は生来の気質であり、今に始まったものではない。


「もうどうでもいーです。どうせ特徴的な帽子でバレちまいますし」

「そうだ、その帽子だ。今考えるべきは、帽子についてだ」

「……だから、団長が絡まれるから一向に進まないじゃねーですか」


 特徴的な耳あて付きのキャスケット帽を被った二人は、初めの会話に立ち返る。もう、かれこれ一時間近く帽子売りの露天に立ち止まっていた。


「それで結局どっちにするですか」


 オルテナの両手には二つの帽子がある。

 右手のパイロットキャップと左手のファーキャップ。

 ともに耳あて付きの帽子のどちらを購入するか、オルテナは決めあぐねていた。


「もう二つとも買っちまいましょーぜ」

「だから、ならんと言っているだろ。生徒の模範である私がそれでは示しがつかん」

「ウチの女生徒は、質素倹約な阿呆を目指すのですか?」

「うむ。その通りだ」


 マイアは、何度目になるかわからないため息をついた。


「なら団長が好きな方を買って、さっさと移動するです。私は甘味が切れてきたので、早く甘い物が欲しくて堪らねーです」

「そうだな。では、どっちが良いと思う」

「……人の話聞いてねーです、この人」


 自分で決めろと言っているにもかかわらず、オルテナは頑なに意見を求めてくる。


「私はマイアの意見が聞きたい」


 有無を言わせない表情でオルテナが詰め寄ると、マイアは一歩引く。


「別に私のローセンスを求めないで、団長のハイセンスで決めるです」

「それだ――それがマイアの悪いところだ」


 額まで迫る端正な顔立ちに、マイアは苦い顔を見せた。


「お前は直ぐに他人の意見に乗ったり、怠けたりする。それは実に良くないことだ」

「私の性格なんて、団長には関係ねーです」


 ここ最近増えてきた小言には慣れてきたものの、さすがに公開説教は堪える。マイアは集まる視線から目を背けつつ反論した。


「別に私個人の問題じゃねーですか」

「マイアと我が学院の問題だ」


 個人の問題ではないと、オルテナは論ずる。


「私が女学院に居られるのも後一年だけだ。マイアにしっかりして貰わなければ、私が安心して卒業できないというものだ」


 後一年。正確には二学期には生徒会長を退く。

 オルテナが女学院を統率する期間もあとわずかである。

 非常に癖のある阿呆が集結した女学院の行く末を、オルテナはひどく心配していた。


「少なくとも、私が抜けた後の自警団は酷い有り様になるぞ」

「……うっ、いてーところ突かれたです」


 ギャンブル狂いの双子姉妹。

 伝令をすることに心血を注ぐ者。

 お菓子ジャンキーのマイア。


 今度自警団を率いることになる四巨頭は、今後に不安を覚える他ない面子だった。


「他人を見るな。お前が頑張れ、お前がやれ」


 容赦のない言葉は団長としての愛であり、期待でもある。それがわかるからこそ、マイアはぐうの音も出なかった。


「というわけで、まずは私の帽子を選ぶことで自主性をはぐぐめ。さあ選べ、そら選べ」

「なんか適当に言い負かされた感があるですが、わかったです」


 観念したマイアは渋々とオルテナの両手に注目する。レザーのパイロットキャップと、梟を象ったファーキャップを見比べてから、選択した。


「左手のファーキャップを買えです」

「ほう、何でこちらを選んだ」

「いつも団長は格好良い物を選ぶので、たまには可愛いものの方が良いかと。まあ、テキトーです」

「適当なものか。私はマイアの意見を甚く気に入ったぞ」


 ファーキャップを採ったオルテナは、店主がいるレジカウンターへ会計に向かった。


「主人。この可愛いファーキャップをいただこう」

「べっぴんさん。見る目があるじゃないの」


 踵を返して、オルテナは一度売り場に戻る。

 パイロットキャップを掴むと、早歩きでレジカウンターへと舞い戻った。


「一緒にこの帽子もいただこう」

「良い買いっぷりだね。切符の良いべっぴんさんだ」

「主人の後ろに飾ってある、あの帽子もいただこう」


 気分良く買い物を終えたオルテナであったが、彼女を出迎えるマイアの態度は冷ややかだ。冷たい視線に刺されて、オルテナはハッと我に返った。


「なぜだ……いつの間にか、私の手元に三つも帽子がある」

「べっぴんの団長には、何も言えねーです」


 団長の威厳が損なわれるかもしれない。

 この危機的状況において、オルテナは慌てて体裁を取り繕った。


「これは、私からマイアへのプレゼントだ」


 不貞腐れるマイアの頭から帽子を取り、オルテナは新たに購入したパイロットキャップを被せてあげた。


「……私に格好良いのは、全く似合わねーです」

「それで良い。今は不慣れなモノであっても、身に付けている内に馴染むものさ」


 帽子の上から頭を撫でられ、マイアはため息とともに機嫌を直した。


「他でもねー団長からのプレゼントだから、大事にしてやるです」


 さっさと甘味処に行くです、とマイアは染めた頬をオルテナに悟られぬよう、先行して早歩きで大通りを進む。


「次は私の番ですから、ルバート行って……」


 振り返ると、オルテナはまだ帽子売りの露天にいた。偶然出くわした黒髪の乙女と談笑を交わしている最中だった。


「……バカ団長」


 その声は、誰の耳にも届かなかった。

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