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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1週間チュートリアル ―黒ホス計画編―
23/113

第23話 点火の小悪党

 オルテナの助言で調子を取り戻した命は、午前の不調が嘘のようだった。

 外語、数学の二教科に加えて、この社会も満点コースが狙える会心の出来である。


 何か問題があるとすれば、それは命がノーパンなことだけだ。


(よくよく考えれば日常的に女装していますし、今更ノーパン程度でおたつくのも止めましょう)


 爽やかに変態の階段を一段登り、命はノーパン状況を受け入れていた。


 一度羞恥心をジャイアントスイングすれば、無駄な懸念も吹っ切れて、ああ心も晴れやか。……それで良いかは当人の問題なので、深くは触れない。


 試験終了を告げる午後五時半の鐘が鳴る。

 ラストの社会のテストを提出すると、命は隣席の那須に身体を向ける。この好調の波に任せて、昨日からギクシャクしている仲を直すつもりだった。


「那須さん、この後時間空いていますか」

「あの……すいません。用事ができてしまいまして」


 密かに身構えてしまう命だが、避けられているわけではなかった。


「東洋魔術師のモニターとして、働いて欲しいとの話を受けまして」


 それは、昼食時のこと。

 那須と根木の二人は、東洋魔術師のモニターを受けないか、話を持ちかけられていた。

 初めこそ悩んでいた二人だが、依頼主があまりに可哀想だったこともあり、最終的には依頼を引き受けることにした。


「そういうわけでして……その、大変申し訳ないのですが」

「用事でしたら、仕方ないですよ」


 残念という気持ちよりは、安堵が優っていた。

 昼食時の意趣返しでなくて、むしろ良かったと、命は胸をなで下ろす。


 昨日のお詫びに食事にでも誘うつもりだったが、機会を改めることにした。


「それでは、モニターのお仕事頑張って下さい」

「はい。八坂さんも気を付けて帰って下さいね」


 一体何に気を付けるのか。

 下半身以外に心当たりがなかった命だが、体調が悪いと嘘をついていたことを思い出す。わざとらしく咳き込みながら、命は那須と別れた。


 一般教室から流れ出す人の波に乗り、階段を降りる。そのまま白亜の城から抜け出す手前で、命は一度立ち止まる。


 オルテナの助言が、頭を過ったのだ。


(確か、一階窓口で換金可能でしたね)


 白亜の城には不似合いな窓口に行き、命は事務員に声をかける。


「すみませんが、換金をお願いします」

「かしこまりました。所属クラスとお名前をお願いいたします」

「1-Fの八坂命と申します」

「……少々お待ち下さい」


 事務員は、紐解じされた換金名簿をパラパラめくり、目を通す。


 インターネット環境が整備されていないセントフィリアでは、紙媒体での記録管理が主流である。

 一昔前の手法で調べ終えると、事務員は少し苦い顔を浮かべた。


「……申し訳ありませんが、八坂様には換金禁止令が出ております」


 有り体に言えば、ブラックリスト入りだった。

 魔力総量が最上級のカードとは別の意味合いで、命は黒『紙』の乙女になっていた。奴に貸した金は返ってこないと、巷で噂なのだろうか。


「えっと……借金を踏み倒した記憶もなければ、インサイダーに手を染めたり、短期為替であくどく儲けた覚えもないのですが」

「失礼ですが、何か罰を受ける行為を行った覚えはないでしょうか」

「……なきにしもあらずですねえ」


 そういう行為は、バッチリ脳内HDDに記憶されていた。入学式当日に魔法合戦をくり広げたり、杖と箒で空中レースを催したり、理事長室に名指しでお呼ばれされたり。思い当たる節がありすぎた。


「換金禁止期間とは、何時まで続くものなのでしょうか」

「そうですね。レッドカード扱いであれば、恐らく一ヶ月ほどかと」


 内部進学生と違い、外部入学生は未だカードを所持していない。そのため、換金禁止期間が設けられたのでは、というのが事務員の見解だった。


「……外貨だけの生活って、どこかで行き詰まりますよね」

「すいません。学院事務員は意外と高給取りなので、日々ぬくぬくと過ごしていまして。金欠とはあまりご縁がないのですよ」


 困り果てた事務員は、バックの職員と相談した末、戻ってきた。


「お待たせしました。やはり規定上、換金はできないようです。ただ、お役立ち情報を仕入れてきました」

「お役立ち情報!」

「アウロイ高地は、山菜や食用茸が豊富だそうです」

「……お手数おかけしました」


 女学院での生活を捨て去り、あの険しい高地でサバイバル生活を送れという、ありがた迷惑な助言だった。命は丁寧に頭を下げて、換金を取り止めた。


(イェンが入手できないのは、困りモノですねえ)


 外貨が使用できる店舗もあるので、緊急度が高い問題ではないが、それでも不便は不便である。先の失敗も踏まえ、ぜひとも邦貨を入手したいところである。


(お二人に借りるという手もありますが)


 命の気はあまり進まない。

 気まずい空気を解決する前に、友人に金を貸してくれと言えるほど、命はクズ野郎ではなかった。


(マグナ先生もいませんし、理事長先生を頼る他ないですかねえ)


 七時の荷物到着まで、あと一時間弱の暇がある。昨日の集団配送と異なり、命の荷物の到着予定は遅い。

 

 荷物が届かなかったのが悪いのでなく、命の運が悪い程度の認識である。当然お詫びの気持ちや謝罪は一切ない。これが妖精猫(ケットシー)運輸クオリティだった。


(黒猫の宅配員がいかに優秀だったか、よく分かりましたよ)


 最上階の理事長室まで戻ろうと、踵を返そうとした命だが、不意に声をかけられた。


「あのお、私が換金してやろおか」


 声の主を見て、命は黒水晶の瞳を細める。

 その太めの女生徒には見覚えがある、昨日カフェ・ボワソンで難癖をつけてきた三人組の一人だった。今度は何を企んでいるのかと、命は警戒心を高める。


「……何の御用ですか」

「ああ、違うんだあ。昨日のお返しじゃなくて、お詫びなんだあ。クラスメイトとして」

「クラスメイト?」

「ドドスって言うんだが、知らないのかあ」


 通学カバンからクラス名簿を漁ると、確かに1-Fの所属欄にはドドス=コメリカの名前があった。


「失礼しました。何分まだ全員の名前を覚えきれていないもので」


 一度頭を下げると、命は態度を切り替える。

 たとえクラスメイトであろうと、彼女の疑いが晴れたわけではない。


「それで、狙いは何ですか」

「狙いってのは、何だあ」


 命は柳眉を逆立てて、問い詰める。


「しらばっくれても無駄です。契約書を書かせた上で、グレーゾーンの金利でお金を貸し付け、金利が雪だるま式で嵩んだところで、身包みを剥ぐ気ですね。そして借金の形として、時期に届くであろうカードを没収! カード破産に追い込むまで使い込んで、最終的には私をアウロイ高地のナチュラルライフに追い込むつもりでしょう!」


 この言いがかりには、ドドスも一歩引いた。


「……お前、すげえなあ。よく一瞬で、そこまでえげつないシナリオが考えつくもんだなあ」


 黒ホス計画ver1.8の足止め役として、確かにドドスは命との接触を試みていたが、換金については丁度良い話題がある程度の認識だった。


 普段ルバートが計画する甘々レヴェルの悪事に感心するドドスにとって、命はドン引きに値する悪人思考の持ち主だった。


(……あれ。この人、本当に善意で申し出てくれたのでは。というか距離を取らないて欲しい)


 思慮深くないドドスの行動は、命の警戒心を遙かに下回る悪意だった。罰が悪そうに目を背けながら、命は歩み寄る。


「……レートは幾らですか」

「日本円なら、同価値なんだろうお。同額分交換してやるよお」


(足元を見ない上に、手数料まで取らない! この人は聖人か何かですか)


 命は己の疑い深さを恥じる。

 逆の立場なら、吹っかけられるだけ吹っかけるであろう自分が恥ずかしかった。


「当面の予算として、五万円分ほど換金していただけますか」

「あいよ。五万イェンと交換だあ」


 ドドスが渡したのは、折り目がない綺麗なお札だった。相対的に善人度が下げられていくと、自称善人の命は危機感を覚える。


「お礼といっては何ですが、あめ玉をあげましょう」

「おお、ありがとうだあ。じゃあ、チョコレートと交換だなあ」


 受け取ったのは、一口大のチョコレート。

 あめ玉と比べてどうなのか。速やかに単価計算を始めた命は、逆に利益を上げたところでフィニッシュ。相対的に命の人間性が貶められていく。


(……あれ。私どんどん下衆な人間になっていませんか)


 目の前のドドスの神々しさに、命の打算まみれの目が眩む。

 今まで発生した問題も、警戒心や計算高さが招いた結果だというのに、自分はまるで成長していない。そう考えると、命は唐突に死にたくなってきた。


「あの、ドドスさま。随分綺麗な床で恐縮ですが、この場で土下座しても構いませんか」

「急になんだよお! とりあえず膝を付ける止めてくれよお」

「勿体のうお言葉でございます」

「とりあえず、その言葉遣いはやめろお」

「お気に召さないなら、元に戻しますか。クラスメイトですしね」


 このとき命が無自覚に選んだ言葉に、ドドスの心は揺さぶられた。

 まだクラス内に親しい者がいない彼女にとって、その単語は自然と顔をニヤつかせるものだった。


「そうだよなあ。クラスメイトだからなあ。困ったときはお互い様だよなあ」

「ええ、ドドスさんが困ったときは、私も全力で協力しますよ」


 心を開けば、命の警戒心もすうっと消えた。

 白亜の城を出るまでの間、二人は歩きながら会話を楽しんだ。


「友達として、名前を覚えておきますね。図々しい申し出かもしれませんが、これからもよろしくお願いします」

「いやあ、元はといえば私が悪かったあ。こちらこそお願いしますだあ」


 相手の感触が良くなったのは、何も命側だけではない。ドドスの命に対する心象も大分良くなっていた。


 今までドドスに付き合ってくれたのは、クルトとルバートの二人だけだ。

 こんな鈍重で頭が悪い人間に付き合うのは、優しい二人だけだと彼女は思い込んでいた。


 けれど、命は違った。

 最初こそ警戒心剥き出しだったが、今はこうして距離を詰めてくれる。歩調も喋るのも遅い自分に、自然と合わせてくれる。


 心優しい友達が一人増えたことが、ドドスは純粋に嬉しかった。次の瞬間まで、黒ホス計画ver1.8など忘れてしまうほどに。


 ガサゴソと植え込みが不自然に揺れる。

 ふとドドスが目を遣ると、そこには身を屈めて弓を引くルバートの姿があった。


「――危ないッ!」


 考えるよりも早く、ドドスは動いた。

 普段ルバートが口酸っぱく言う教えが仇となり、何より友達の身を案じてしまったのだ。


「ドドスさん!」


 命を庇ったドドスの頭に、安全使用の吸盤矢文がくっ付いた。


「ちょっ――ッ!」


 射手であるルバートは、驚きのあまり植え込みから立ち上がる。命の頭ドンピシャのはずの弓矢は、何故か飛び込んできた友人の頭に当たっていた。


 唖然とするルバートを、今度は命の鋭い視線が刺した。昨日カフェ・ボワソンで見た、黒髪の乙女の顔ではない。全力全開で敵意を剥き出しにした顔だ。


(かの根木姫は言いました。汝友人の頬を殴られたなら、黒い魔法弾で殴り返せと――ッ!)


 さすがの友達主義者もそこまでは言ってないが、命は決意する。目の前の悪は野放しにはできないと。


「……貴方という人は。昨日の件では飽きたらず、まさか友人を切り捨ててまで、私に嫌がらせをしにくるとは。この外道め――ッ!」

「え……いや」


 一度は否定の態勢に入るも、ルバートは堪える。


「ふははははーっ、私は悪のカリスマだからな。使えない者は切り捨ててでも前に進む。それの何が悪いというのだ」


 高笑いを上げるも、その顔は曇っていく。


 地面に突っ伏したドドスが、小刻みに震える様が視界に入ったのだ。吸盤付きの弓矢による痛みでもなければ、腹を打った痛みで震えているわけでもない。


 震えたまま起き上がる様子がない友人。

 黒い魔法弾を宙に浮かせた黒髪の乙女。


「う……嘘だボケええええええええええ――ッ!」


 心理的に劣勢に追い込まれたルバートは、捨て台詞と共に赤黒い魔法弾を地面へと着弾させた。弾けた魔法弾は、黒煙となり周囲を覆い隠していく。


「なっ! 煙幕とは古典的な真似を」

「さらばだ。後は矢文を読むと良い。後コメリンは保健室で休むが良い」


 黒煙に紛れて逃げるルバートの背中を、命は狙い打ちに入る。黒い魔法弾を中断して、すかさず制服のポケットからおはじきを取り出す。


 媒介は何でも構わない。

 【(からす)】とは違い、使い慣れた式神だ。


 命は脳内に白い犬を思い描き、おはじきに魔力を込める。親指で打ち出したおはじきは、白い毛玉から四足歩行の獣へと変わった。


「追撃して下さい、お犬さま」

「委細承知――ッ!」


 漂う黒煙を切り裂いて、一匹の目元が涼やかな白き野獣が駆ける。グレイハウンドを優に上回る時速100km超を叩き出す、由緒正しき白柴犬だ。


「何か後ろから来たあああああ」


 追い縋る白柴犬の気配を察すると、ルバートは杖に跨がって逃走を図るも、その行動は遅かった。


「切り捨て御免でござる」


 数秒で距離を詰めた、白き弾丸が飛びかかる。【犬】の声を聞いて、命は煙越しに勝利を確信する。

 

 瞬間――爆音が鳴り響いた。

 

「――ッ!」


 命と式神を繋ぐ魔力リンクが途切れ、内蔵を殴るような反動が命を襲った。


 初体験の痛みに、顔を歪めながらも、歯を食いしばり耐える。魔力切れや任意消失の場合と異なり、式神・召喚が破壊された場合に発動するデメリットなど、命は知らなかった。


 爆音に遅れて風が通りすぎ、もうもうとした黒煙を吹き散らしていく。

 黒煙のなかには無傷のルバートと、見るも無残な姿に変わった【犬】の姿があった。


「うわあああああ。私のお犬さまが黒柴犬に」

「くっ……武士として一生の不覚」


 逃走から迎撃態勢に移行したルバートの手により、白柴犬はこんがり上手に焼かれていた。事切れたお犬さまは魔力の鱗粉となり、飛散していく。


「さすがの悪のカリスマも、式神とはいえ犬を焼き払うのは罪悪感を覚えるな」


 火を操る魔法少女――ルバート=ピリカは、罰の悪そうな顔を浮かべてから、命を糾弾した。


「つーか、矢文を読めよ! 何さも当たり前に、背中を向ける相手に追手を差し向けてんだよ。お前はあれか、悪の征夷大将軍か!」

「いや、良い具合に背中ががら空きだったのでつい」

「怖えよ! うっかりミスみたいに言うなよ。悪のカリスマが驚く悪人か、お前は!」


「きちんと矢文を読め」と二度目の捨て台詞を残し、ルバートはすたこらさっさと逃げ出した。緊急事態は去ったので杖は使わない。なぜなら学院内での無断飛行は禁止だからだ。


 呆然と、命は遠ざかる背中を眺める。

 ルバートの空気に流されたこともあるが、それ以上に驚きを覚えていた。


 逃走が不可能だと判断すると同時に迎撃態勢にスイッチング。時速100km超で迫り来る白柴犬を正確に焼き払う、その技量。


 【犬】の式神に時間をかけたとはいえ、目算で距離は150メートル程しか離れていなかった。到達までの時間に換算すれば、およそ4秒足らずだ。


(何が怖いですか……あの短時間で)


 それは外部入学生の命が初めて見た、内部進学生の魔法少女だった。

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