第22話 物語パスタロール
ノーパン登校と学力テスト。
その狭間で揺れた天秤は、最終的に学力テストに傾いた。
ノーパンでの一歩を踏み出せた理由としては、胸部を取り繕えたことが大きい。
さらしで透明ジェルパッドの胸の固定すれば、見た目もさほど不自然ではなかった。スカートを翻さない乙女の足運びもあれば、下半身がノーガードでも何とか立ち回れるだろう。
それが、命の下した決断であった。
(学力テストを受けて帰る、ただそれだけです)
裏で動く黒ホス計画ver1.8など知る由もない命は、白亜の城に入城してから1-Fの教室へと向かう。
いざとなれば、マグナを頼れば良い。
体調不良などと適当に理由をつければ、ずる賢い教員はきっと便宜を図ってくれるだろう。後は保健室で学力テストを受ければ、無問題である。
と、命は教室の扉を開くまで考えていた。
(ぐあああ、読み違えた――ッ!)
教壇に立っていたのは、見知らぬ教員だった。
「何をしている。さっさと席に着け」
エリツキーと名乗った副教員の言われるがままに、命は着席した。
隣席には彼のよく知る、おかっぱ頭の小柄な魔法少女がいる。那須は不安げに命を見つめていた。
「あの……顔色悪いけど、大丈夫ですか」
「ええと、問題ありません」
那須は、命の顔色の悪さを体調不良と勘違いしているようだった。
(……少し顔を合わせ辛いですね)
命の頭には、女子寮入居問題がちらついた。
那須と根木をペアにして、命は隠しごとを秘匿するために身を引く。その判断自体は誤りでなかったが、どうも野菜のお姫様たちの反応は芳しくなかった。
(あっ、体調が悪いと言うべきだった)
返答を誤ったことに気づくも、もう後の祭りである。これで命が保健室へ逃れる道も絶たれた。
(ううう、今日はダメダメです。何もかも読み違えているような気がします)
合理主義と気配り上手は、命生来のパーソナリティである。できれば物事は円滑に回したいし、他人にも親切を心がけたい。
では、そのためにはどうすれば良いのか。思考を重ねるうちに身についたのが、読みの鋭さであった。効率的に物事をすすめるために、相手に気を配るために、命は自然と物事を先読みする癖があった。
だが、それが常にプラスに働くとは限らない。
昨日の女子寮入居問題の失敗。
本日の度重ねるイレギュラー障害。
探知機の精度に曇りが見えると、気分は連動するように落ちた。
午前中の学力テストも燦々たるものだった。
女生徒が教室から捌けていくも、命は机に突っ伏していた。
「……はあ、ズタボロでした」
「あまり気にしない方が良いよ」
那須の慰めを受けても、気持ちは上向かない。
学力テストの難易度は決して高くない。
セントフィリア女学院は、世界各国の魔法少女が集まる教育機関であり、学力水準は世界平均をとるため、日本人である命はむしろ有利だといえた。
「あの……今日も日本食エリアに行きますか」
「折角の申し出ですが、遠慮しておきます。どうも強がったものの、少し体調が悪いようで。お二人にうつすのは気が引けますし」
状況を鑑みたこともあるが、それ以上に気が進まなかった。お通夜となった入学祝いの光景は、思いのほか尾を引いていた。
「そうですか……気をつけて下さいね」
那須の悲しげな言葉を受けると、チクリと罪悪感が命の胸を刺した。結局上手く距離が測れないまま、命は那須を見送った。
それから時間を置いて、命も1-Fの一般教室を後にする。ああは言ったが体調は万全で、お腹だって空いている。何か食べてリセットしようと、命は昼食処へと足を向けた。
◆
無意識に歩くと、命は食堂棟前にいた。
学院生活を支援する購買部もとうに過ぎた。焼きそばパンやおにぎりなどの軽食の他に、学習道具などが売られているが、当然下着類はここにもない。
(仕方ない。日本食エリア以外で食事しますか)
3階日本食エリアでは那須と根木と鉢合う可能性が高いため、命は2階洋食エリアへと足を向けた。
(噂通りの混み具合ですねえ)
2階は昼食時の食堂棟でも、最も混むエリアである。密集する女生徒が席を取り合う風景を目にし、命は安心した。これで、鉢合う危険性は軽減された。
購入システムは3階と同じだが、来客が多い2階には券売機が導入されていた。
長蛇の列に並んで購入順を待つこと15分。
券売機の海鮮パスタのスイッチを押すと、そこで命の手は止まった。
(あっ、これ日本円が使えません)
セントフィリア王国についてから、命は王国の通貨を支払った覚えがない。
カフェ・ボワソンも和食エリアも普通に外貨が使える仕様なので、換金することを失念していた。
券売機にはカードをかざす機能もあったが、命が日常的に使用していたSuicaが使えるとも思えない。
券売機を前に四苦八苦していると、列はどんどん伸びていく。
次第に背後からのプレッシャーは強まり、命は周囲に迷惑をかけている事実に耐えられなくなった。
(本当に……私、何をしているのですかねえ)
一度諦めて、命が列から抜けだそうとしたときだった。すっと、横合いから手を差し入れて、カードをかざす者がいた。
救いの手は、宙でひらりと一回転した食券を掴むと、命に差し出した。
「凛々しいばかりだと思っていたが、案外可愛らしいところもあるじゃないか」
思いがけぬ親切に、命は遅れてお礼を述べた。
「すいません。後で代金はお支払いします」
「気にすることはないさ。何も知らない外部入学生へのプレゼントだ。列に並ぶ者もこの程度で怒ってはいまい。我が学院の乙女は良くできた者ばかりだ」
しゃんと背筋が伸びた女生徒の言葉は、背後からのプレッシャーを緩めた。
「……そうだな。お礼というなら、私は君と一緒に食事がしたい。良ければ席を取っておいてくれないか」
「その程度のことであれば、喜んで」
命は券売機から提供カウンターへとスライドする。
交換券と引き換えに海鮮パスタ、合わせ物のサラダとスープを取れば、命の本日の昼食の完成である。
(都合よく二人席空いていますかねえ)
ピーク時の2階洋食エリアから、二人席を探すのは困難だ。
命は長テーブルの間をうろつくも、空き席は見当たらない。どうしたものかと困り果てるも、何やらこちらを手招きする女生徒の姿が見えた。彼女は一つ席をずれると、二人席をつくってくれた。
「この席を使っていただいて構いませんよ」
「助かります。ありがとうございます」
「いえお礼でしたら、あの方へとどうぞ」
女生徒はうっとりした顔で、前方を見つめる。視線の先には、先ほど命を助けた女生徒の姿がいた。
(はて、どこかで見覚えがあるのですか)
外ハネした茶髪に、耳当て付きのキャスケット帽子。綺麗な立ち居振る舞いを見せる女生徒の姿が、記憶のどこかに引っかかる。
あれはどこだったか。靄がかかった記憶は鮮明になっていった。
――まだだ。せめて新入生は全員逃がすぞ。新入生諸君はホールまで走れ!
記憶と重なるシルエットは、微笑みながら料理を運んできた。
「おや、その顔を見るに、やっと思い出してくれたようだな」
「正門前で騒動が起きたときに、前線で指揮を振るっている方でしたか」
「ああ、そっちの方で記憶していたか」
「そっちの方とは?」
「いや気にしないでくれ。こっちの話だ」
命の向かいに座ると、彼女は改めて自己紹介をした。
「セントフィリア女学院自警団の長、オルテナ=シルフィードだ。よろしく頼む」
差し出された手を掴むと、命も名乗り返す。
「これはご丁寧に。私は八坂命と申します」
「知っているさ。君を初めて見たときから、私の目は君に釘付けだったからな」
右手を掴んだまま、オルテナは命の瞳を覗き込む。全くブレない視線を受けて、命は赤面させられる。彼女の瞳は、結晶のように透き通っていた。
(……何か周囲から殺気を感じるのですが)
吸い込まれそうな瞳から命を現実に戻したのは、周囲に漂う濃厚な殺気だった。
席を空けてくれた親切な女生徒も、仔羊の肉をフォークでめった刺しにしている。
「おっと失礼。君の瞳が黒水晶のように輝くので、つい見惚れていた」
「やめて下さい。貴方のような美人に褒められると、恐縮してしまいます」
命としては、言葉の選択には気を使ったつもりだったが、むしろ状況は悪化の一途を辿った。
美人という言葉に気を良くしたオルテナは、満面の笑みを浮かべていた。
「そうか、私は美人か。ふふーん」
カチャカチャ、キンキン。
必要以上に鳴り響くナイフとフォークの金属音は、外敵に対する威嚇音だ。食堂棟2階洋食エリアで戦争が起こる気配を、命は如実に感じ取った。
ちらりと横を見ると、仔羊の肉がズタズタの細切れだった。あれだけ親切でお嬢様然としていた隣席の女生徒と、目を合わせられなかった。
(……ナイフとフォークを使った戦争が勃発する)
「それにしても、少しお行儀が悪いな。皆ナイフとフォークの使い方が良くない」
暢気に言うオルテナに悪気はない。
彼女は自分が原因で戦争が起こるとは、夢にも思っていないだけだ。
「オルテナ先輩。お行儀が悪い方には、手とり足取りテーブルマナーを教えてはいかがですか」
「私がか。まあ学院の為になるなら構わないが」
乙女たちの行動は早かった。続けざまに銀色の武器が床を叩く音が響いた。
「ああ、私のフォークが!」
「ナイフを上手に扱えませんわ!」
「切るのが下手で、手が滑りました!」
「理由はないけど、落としました!」
ナイフとフォークが立てる大音量の合唱を聞いて、命は当面の危険が去ったことを知る。
洋食エリアの白銀戦争は回避された。女性兵士は全員武器を手放したのだ。
「これはいかんな。今度、講習会を企画しよう」
「ええ、皆さん喜ばれるでしょう」
これで一安心と油断する命だが、今度は別の場所から殺気が匂いたつ。
一見すると八方丸く収まったようだが、洋食エリアの給食員の目が鋭くなった。
元より戦場状態だった洋食エリアにおいて、新たなテーブルウェアを求める女生徒が殺到するし、何より洗い物は増える一方だった。
……余計な仕事を増やしやがってと、提供カウンター奥の無数の瞳が語っていた。
(目を合わせてはいけない。目を合わたら、今後洋食エリアが利用できなくなります)
「そういえば、換金所を御存知ですか」
「換金……ああ、君たちはカードがないのか」
命が苦し紛れに話題を振ると、オルテナはこの国の貨幣制度について話し始めた。血の気が多いラブコールから目を背けるには、ちょうど良い。
「換金自体は本棟の1階窓口で可能だが、八坂君はこの国の通貨について御存知かな」
「確かイェンでしたか。私の国の通貨単位と似ていますね」
「うん、実に似ている。なにせイェンは日本通貨と同価値で取引される」
セントフィリア王国通貨『イェン』は、特殊な固定相場に守られた通貨だ。
日本円からイェンに換金する場合は同価値だが、反対にイェンから日本円換金する場合は、その価値が日本通貨の十分の一となる。
両方向で固定相場が異なるというのが、オルテナの説明だった。
「それでは、換金を繰り返すことで差益を増やせてしまうのでは」
「当然そのような意図での換金は厳禁だ。換金記録は厳密に国に保管されているし、場合によっては刑罰の対象となる」
命は金銀比価を突かれた日本の歴史を思いだしたが、オルテナの発言を聞く限り問題はないようだ。しかしここまで保護されるとなると、今度はイェンが通貨として強すぎた。
「それって、貨幣としてはかなり不平等な部類に入るのでは」
「だろうな。ただ外の者が持ち帰ったところで何の価値もない貨幣だし、自国が潤えば悪くない――というのは内の言い分だな。すまんな自国贔屓で」
「恥じる必要なんてありませんよ。愛国心があるのはとても良いことです」
外貨を受け入れても、邦貨は外へと流れない。
内部が潤う制度であることは間違いないが、本当にイェンが自国外で価値がないのか、貿易体制も含めて引っ掛かりを覚えるところだ。
(魔法の国の商品とか、商品価値が高そうですが。ああ、秘密主義でしたかこの国)
マグナが手にしていた携帯は、世界シェアNo.1の北欧企業の携帯だった。外国との秘密貿易があるのは確かだが、命にはいまいち全体像が掴めない。
(まあ多少あくどい商売していようと、私の与り知らぬお上の問題です。不利益さえ被らなければ良いか)
ひとまず通貨制度を飲み込むと、オルテナが一枚の白金色のカードを見せた。先ほど券売機で使用していた物だ。
「大抵の場合、魔法少女はこのカードで買い物をする」
「プラチナ色のカードですか」
「いや、色は基本的に個人の有する魔力総量に合わせて変わるな」
カードの序列は上から『ブラック』、『プラチナ』、『ゴールド』、『シルバー』、『ブロンズ』、『アイアン』、『イエロー』、『レッド』という順番だった。
健康診断の魔力診断に応じてカードの色が決まり、半年ごとの定期健診でカード更新が行われている。イエローとレッドは処罰を受けた場合に一時的に発行されるカードだと、オルテナは説明を加えた。
「ということは、オルテナ先輩は凄い人なのですか」
「よしてくれ。私は魔力総量だけならゴールド級だ。他の活動が、女学院に貢献したと判断されただけだ」
「魔力量の他にも判定基準があるのですね」
「追加の判断材料だな。学業優秀者や魔法少女として優秀な功績を残した者は、その成果をプラス要因とされることがある」
白金色のカード。
その色は、オルテナの魔法少女としての実力と人柄を語っていた。
「あれ、カードの色が良いと何が良いのですか。魔力総量が多いと限度額が高そうな気はしますが」
質問をした命は、オルテナからデコピンを受けた。柔らかい衝撃はスキンシップの証だ。
「ははーん。さては入学式を寝ていたな。だから黒髪の眠り姫というのか。得心した」
「睡魔がですね、こう大量に押し寄せてきまして」
「まあ良い、魔力の摘出手術は知っているか」
「卒業要件を満たすと、魔力を摘出していただけるという話は聞いています」
「その魔力なのだが、実はセントフィリア王国が買い取ってくれる」
魔法少女の魔力は、毒であると同時に金でもある。
言語変換フィールド、戦乙女の門などの|生活基板は、摘出した魔力で賄われている。科学に偏らない成長をしたこの国にとって、もはや魔力は欠かせない燃料となっていた。
(なるほど。そういう仕組みでしたか)
魔力量の崇がそのまま金銭へ変換される。
その魔力量を保証するのがカード分けであり、外部では価値のないお金を、魔法少女は湯水のように使うようになっている。貯蓄に回らないことも考慮すれば、お金が流動し易いシステムだ。
「もっとも、過信して魔法石やアウロイタイガーのバッグなど買い過ぎると、カード破産する羽目になるがな」
命の視界に収まるだけで、数名の生徒がびくりと肩を震わせた。
やましいところがある人間の動きである。
(カード破産は御免被りたいですね)
「学院内でしっかりと勉学に励めば、ブロンズまでは必ず辿り着ける。ブロンズなら三年分の生活費は十分だ」
「なら私も、ブロンズカードまで頑張ります」
「志が低いな。君ならプラチナ……いやブラックカードを目指しても良いかもしれない」
「黒紙の眠り姫……良いですね」
「とても怠惰な匂いがする名だな」
顔を見合わせて笑い合ったのち、命は海鮮パスタへ手を付け始めた。
海老や烏賊、帆立で彩られたパスタをフォークで巻取り、スプーンで口元に運ぶ。
「……とても海の風味が強いですね」
洋食エリアの海鮮パスタは、和食エリアのカツ丼と比べてハズレだった。命は口は濁したが、少し塩気が強すぎた。
よく見れば、日替わりランチなのに、食堂内には海鮮パスタを注文する者は見当たらない。洋食エリアの新参者と違って、常連客は海鮮パスタが地雷と知っている風だった。
(……また読み外した。注意力散漫ですね)
がっくし肩を落とす命に、オルテナはハンバーグランチのライス皿を差し出した。
「炭水化物の組み合わせになるが、海鮮パスタはご飯によく合う。良ければライスを提供しよう」
人の好意を無碍にもできず、命は半信半疑でオススメの組み合わせを試す。
「……美味しい」
ライスの甘みが、塩気を中和していた。
海鮮風味の味が染みたご飯は程よい塩加減だ。海の具材の食感がアクセントにもなる。オカズに生まれ変わった、海鮮パスタは輝いていた。
「昔、私も引っかかってね。それが悔しくて海鮮パスタの味を引き立てる方法を考えたものだ。多分それが一番美味しい」
「女学院内で一番海鮮パスタに詳しいのは私だ」と、オルテナは過去の些細な失敗を笑い飛ばしてみせた。
「君は小さな失敗を悲しんでいたが、大したことじゃない。その塩辛さも人生を楽しむスパイスだ」
「人生を楽しむ……スパイス」
「失敗しても巻き返せる。パスタだけに」
良い流れだっただけに、命は反応に困った。
「すまん、今のは忘れてくれ。上手いこと言おうとして失敗した」
最後こそ締まらなかったが、オルテナの言葉で命は少し救われた気がした。海鮮パスタの選択と同じで、友人との擦れ違いも何とかなるのではないか。そう思わされた。
「あの、オルテナ先輩。少し相談したいことがあるのですが」
「昼食時間内なら喜んで相談に乗ろう。私は当学院の女生徒の味方だ」
命は入学祝いの席での失敗を話し始めた。
この人に相談すれば状況が好転するの期待があった。
静かに耳を傾けたオルテナは、簡単な問題を解くようにさらりと言った。
「君はかなり無茶をする質だからな。二人はもしかしたら、三人でルームシェアする。そんな方向に話を動かすのを期待したのかもしれないな」
「――あっ」
言われてみれば、昨夜の根木もそのような発言をしていた。
「もっとも学院の規定に則り、三人暮らしは無理だがな」
「うーん。それでは解決策になりませんね」
「君がブラックかプラチナ級の人間なら、まだ打つ手があったのだがな」
「魔力が高いと融通が利くのですか?」
「有り体に言えばそうだ。三人暮らしをする好き者はいないが、一人暮らしをする者は何名かいる」
命は自分の魔力量を知らないが、急に上位クラスに食い込めるとは到底思えない。
それに三人暮らしを始めることは、自分の秘密を晒す行為に近い。それでは本末転倒であると、命はアイデアを考えては捨てをくり返す。
「そう難しい顔をするな。もっと答えは単純だ。例えば隣部屋に住むとか、頻繁に遊びに行くとかそれだけで構わない」
「それだけで良いのですか」
拍子抜けする命に、当たり前のようにオルテナは言う。
「良いに決まっているだろ。友達に素っ気ない態度を取られたり、一緒にいられなかったりしたら寂しいに決まっている。なら一緒にいれたら嬉しいだろ」
オルテナの答えは最も単純で、最も核心を突いていた。
合理主義に走るばかりに、命は足元の大切なものを見落としていた。最終的に決断するにしても、もう少し野菜のお姫様たちは悩んで欲しかったのだ。
ただ友達として一緒にいたい。それで十分だった。
「……そうですよね。オルテナ先輩、スッキリしました。ありがとうございます。この御恩は必ずお返しします」
「御恩なんて大層なものではない。今度はその友達と一緒に洋食エリアに来ると良い」
頭を下げると、二人分の食器を持って、命は席を外した。
もう一人分の食器を持ったのはわずかばかりの感謝の印だ。
「あーあ。その御恩を使って勧誘すれば良かったのです」
「そうはいかないだろ。勧誘行為禁止期間を設けた当の本人が破るわけにはいくまい」
オルテナの後方には、一部始終を覗いていた自警団員がいた。水晶球とお菓子をこよなく愛する二年生の魔法少女だ。
「生徒会長様は、こういうとき規則が煩わしいですね」
「仕方あるまい。団長も生徒会長も私が好きでやっているものだ」
格好をつけずに本音を言えば、オルテナは喉から手が出るほど勧誘したかった。あの日空中レースで華麗に舞う命の姿を見たときから、命に生徒会長の座をぜひ譲りたいと周りにも話していた。
少しむくれた顔で、二年生の団員は言う。
「すいませんね。二年生は変人揃いばかりで」
「全くだ。お前らがしっかりしていれば、私は自警団の面々に後を継いで欲しかった」
高等部二年生は変人揃いと名高いので、オルテナも生徒会長の座を渡しあぐねていた。自警団の四巨塔を眺めても、目の前の甘味ジャンキーの他に、ギャンブル狂いの双子や伝令ちゃんといった、少々アレな人材が多い。
「まあ私たちが言うのもなんですが、今年の新入生の地雷加減もいかがと思うです」
「地雷なんて可愛らしいものか。あれは災害だ」
セントフィリア女学院の高等部は、学年毎に世代名を付けられる風習がある。毎年面白がった女生徒たちがつけるのだ。
高等部三年生は、平均の世代。
高等部二年生は、変人の世代。
高等部一年生は、災害の世代。
オルテナが卒業した後、愛する学院に残るのは変人と災害だけだ。現生徒会長としては、非常に不安が募る状況である。
「御三家か、五人の才媛に譲る気は?」
「毛頭ない。あんな不埒者に渡せるほど、生徒会長の役職は軽くない」
「……あの子、大丈夫ですか。魅力はありますが、団長ほど強さを感じねーです」
「魅力があり、弱さがあるくらいで調度良い。それで人の痛みが分かる者なら文句はない。強いだけでは人の上には立てん」
熱く語ったは良いが、本人不在では意味がないとオルテナは少し気恥ずかしそうにした。勧誘禁止期間が明けると同時に、まずは命を説得するのが仕事である。
「……ちゃんと説得できるかな」
「難しいと思いますよ。彼女の評判は真っ二つですが、一部界隈では人気が高い。争奪戦が始まるです」
「やっぱり、倍率高いよな」
「オマケに彼女のお姉さんは、多分団長には妹を渡したがらないと思います。確実に手元で寵愛するタイプです」
「そうか、姉問題も残っていたか」
オルテナが知る命の姉は、後輩の面倒見が良い人物だ。
人柄はオルテナの好みなのだが、立場上あまり仲は良くない。
悩むオルテナの肩を、二年生の自警団員が叩いた。
「なあに、失敗しても巻き返せるです。パスタだけに」
「――なっ! また要らないところを聞いていたのか」
この日、洋食エリアで産みだされた名言は、徐々に学院中へ浸透していくことを、オルテナは知らない。
何かに躓き失敗した魔法少女はつぶやくのだ。
――失敗しても巻き返せる。パスタだけに。
セントフィリア女学院流行語アワード。
その栄えある賞に見事ノミネートされるのだが、それはまた先のお話である。
◆命の胸の透明ジェルパッド
本使用品に加えて二つの予備を合わせると、お値段は二十万円を超える。サイズについては母さまの助言に従い、小ぶりなものを購入。
「乙女は態度と同じで、胸も慎ましい位が丁度いいのよ」とのこと。「そうかな。男性視点で言うなら、母さんの胸は少し主張が足りないかと」と父さまが言うと、母さまは父さまをポカポカ叩いた。
入学式を控えた八坂家のとある一ページのお話。




