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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1週間チュートリアル ―黒ホス計画編―
21/113

第21話 Nopanty Knows!

 昨日未明、戸籍詐称の自称魔法少女が逮捕されました。下着を履かずに女装に興じる変態はあまつさえ女学院に不法侵入して、陰部を露出した模様です。警察はこの人物を酷いHENTAIだと判断し――。

 

 命の脳内に浮かんだのは、恐ろしい未来予想図だった。万国共通で通じる日本語「Hentai」で世界各国の魔法少女から罵られる絵が見える。それはとっても親不孝だなって、命は思う。

 

(……不味い。非常に不味い。社会的に抹殺された後に、火あぶりにされる)

 

 宿屋アミューゼの自室に篭もり、命は時間一杯まで考えることにした。

 

 地下室のドラム式6号機に下着がないと知るやいなや、命は別番号の機械を総当りした。他人の衣類を漁ることに躊躇いはあったが、緊急事態にそんなことはいっていられない。


 必死の捜索の結果、9号機からそれらしき下着を見つけたもののぬか喜びだった。白いフリルの付いた下着は似ていたが、細部が異なっていた。命の下着はもっと素っ気ない物だった。


(なるほど。6を引っくり返すと、9になるとは良く言ったものですね)

 

 混乱して意味不明なことを考えていたが、命は直ぐに別の宿泊客が取り違えたのだと気づき、慌てて受付口へと泣き付きに走った。

 

「申し訳ありませんが、洗濯場での盗難については注意書きにもありますように、当宿泊施設では一切の責任を負いかねます」

「あの……、そうなのですけど」

 

 受付嬢の笑顔は薄っぺらい。規定外の仕事は一切請け負わないと、顔に書いてある。

 

「取り違えのようでして、どうにかなりませんか」

「申し訳ありませんが、当宿泊施設ではお客様間のトラブルは一切の責任を負いません」

「なら……下着を購入することは」

「申し訳ありませんが、当宿泊施設では衣服類の販売はしておりません。バスローブの貸出のみです」

 

(……バスローブで登校しろとでも、言う気ですかねえ)

 

 定型文を吐き出す受付嬢。

 彼女の代わりはインコでも務まると、心中で黒い命が毒づいた。

 

「ならせめて、下着を売っている場所を教えてくれませんか?」

「えっ、あんた下着も持ってねえのかよ貧乏人……っと、失礼いたしました」

 

 インコが規定外の暴言を吐いた。

 その言葉に命が驚愕するよりも早く、受付嬢はインコに戻っていた。

 

「下着類でしたら、王都以外での購入は難しいと思いますが」

「……セントフィリア城ですか」

 

 空中レースで上空から眺めた景色が蘇る。

 それは女学院の白亜の城と、対を成す建物である。

 海辺駅カフランからの景色を参考にすると、目算とはいえ、セントフィリア城までの距離は相当遠い。

 

(海辺駅カフランから魔法女学院の直線距離が20kmとすると、どう見積もっても100km近い直線距離がありますねえ)

 

 セントフィリア王国の中心地は、国土の北東に存在する。そのため南西に存在する女学院は一種隔離された場所だった。


 妙な位置関係ではあったが、今気にすることはそこではない。大事なのは下着の売り場があるが、始業の時間には間に合わないことである。

 

 たとえ箒に跨がり、時速50km超で移動しても二時間近くはかかる計算である。学力テストの開始時間から逆算すると、完全にアウトの時間帯だ。

 仮に時間が間に合ったところで、命は王都の地理にも明るくない。

 

(だから昨日、下着類はくれなかったのですね)

 

 女学院指定のシャツだけを渡すマグナに、違和感はあった。なぜ下着類は渡さなかったのかという点だ。

 しかし催促するのは気が引けたし、何よりマグナが持ってきた朗報を聞いて、綿毛のような凶報などすっかり忘れていた。

 

 命も今であれば、彼女が下着類を渡さなかった理由がわかる。正確にはあげられなかったのだ。女学院指定のシャツのストックはあっても、誰が使うかわからない下着のストックなど用意する義務はない。

 

「念の為に聞きますが、現地で手に入れる方法はないのですか」

「これは私見ですが、貴方の下着を売って下さいと、直接頼み込むほかないですね」

「貴方の下着を売って下さい」

「申し訳ありませんが、当宿泊施設では衣服類の販売はしておりません。バスローブの貸出のみです」

 

 受付嬢はドライだったので、命は尻尾を巻いて戻った。その背中があまりに悲壮だったのか、受付嬢が背中に声をかけてきた。

 

「……仕方ありませんね。少々お待ち下さい」

 

 受付嬢は宿泊客リストを一瞥してから、命に助言を与える。

 

「年齢からお見受けするに、貴方はセントフィリア女学院の高等部生でしょう。恐らく同年代の宿泊客、この方が取り違えたと思われます」

 

 潜め声で話す受付嬢は、とんとんと指先で宿泊客リストを指す。命にも見える角度でこっそりとバインダーを傾けていた。

 

 一足先にチェックアウトした女学院の女生徒。その名前を――しかし、命は名前を読めなかった。魔法文字の授業はまだ始まっていないのだ。

 

「えっと……何て読むのですか」

「はあ? 貧乏人の上に学もねえとか最底辺かよ。……っと、失礼いたしました。読み上げますね」

 

 受付嬢は時折インコの仮面を脱ぎ捨てる。彼女も面倒な客が来て、仕事と私情の間で揺れていた。

 

 宿泊客の情報を明かすのは個人情報保護の観点で良くないため、受付嬢はささやくように女生徒の名前を読み上げた。

 

「ウルシ=リッカです」

 

(何やってるのですか、カフェ・ボワソンの女神――ッ!)

 

 面識のある人物の名前を聞いて、命は心中で叫び声を上げた。

 

 緑髪の彼女が優雅に読書しながら、コーヒーを口に運ぶ姿が瓦解する。朝寝ぼけて洗濯物を取り違える姿に女神の要素などない。

 

 こうして予想外の犯人が判明した後、命は自室へ戻ってきた。現在は絶賛一人会議中である。

 

 命の天秤を揺れる。

 ノーパンを取るか、学力テストを取るか。天秤の皿に載せるのも申し訳ない類の悩みごとだった。

 

(最悪のリスクを考えれば、今日は休むべき。ですがそれでは立ち行かない)

 

 それは一番の安全策に見えるが、リスクも高い。

 一つは学力テストの受験放棄。まずこれで強制的に全科目が0点になる。


 命の悪名が広まることもだが、赤点取得者の履修スケジュールには、強制的に主要五教科が組み込まれるのことが痛い。

 

 通常一講義で2単位が取得可能なのだが、この主要五教科は一講義1単位のみの取得となる。通常の講義の半分の数値である。


 この影響で履修スケジュールが圧迫されれば、女学院に身を置く時間は伸び、ひいては正体がバレる機会が増えることになる。

 

(そして、この結果は親元へ送付される)

 

 基本的に秘密主義を貫くセントフィリア王国だが、魔法を伴わい成績開示には理解がある。主要五教科0点の成績を見た両親は悲しむに違いないが、命の心配はその先にある。

 

(あの虎刈りの宮司……お父さんが心配して、セントフィリア王国へ再上陸しかねない)

 

 昨夜の両親の馴れ初め話を聞いた今、それがあり得ない可能性だと命には断定できない。


 これらが学力テストを受けない場合の弊害だが、そのほかに荷物が受け取れないという問題もある。手違いで搭載漏れした荷物が、本日猫妖精(ケットシー)運輸から届く手筈になっている。

 

(これを逃すと、ノーパンカーニバルの無期限延長が決まってしまいます)

 

 そんな祭りは御免だと、命は頭を左右に振った。

 事情を察したマグナか理事長が荷物を送り届けることも考えられるが、連絡を取る術もないのに楽観はできない。

 

 王都で下着を購入する案も考えたが、この案も早々に没となった。

 ノーパン女装姿での飛行は危険極まりない上、下手をすると人で賑わう王都に行くのは、女学院で一日を平穏に過ごすよりも難しい。

 

(まさか、面識のある人物のパンツに足を通すわけにもいかないし)

 

 人としての尊厳を捨てれば、他人の下着を履くことの不可能ではない。一つの手法としてはありだが、面識のある女性の持ち物と聞いては、命はどうしても躊躇してしまう。

 

(それに、今更どうやって受付嬢から取り戻せと言うのですか)


 取り違えの品だと伝えたことで、リッカの下着は落し物として保管されてしまった。

 それを今更間違いだとは、まして返して下さいとは口が避けても言えない。

 

 詰まるところ、命に残された選択は二択だ。

 素直にズル休みするか、或いは学力テストを受けに行くかだ。

 

 残された時間は短い。

 チェックアウトの時間を過ぎれば、あの受付嬢が問答無用で命を追い出すに決まっている。この建物においては、彼女がルールブックである。

 

 時計の針が追い立てるなか、命は決断した。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 太っちょの魔法少女――ドドス=コメリカは、昨日作成した計画書に目を通していた。

 物覚えの悪い彼女は、黒ホス計画ver1.8における自分の役割を再確認していた。鈍重な自分のせいで、友人の計画が失敗になるのが嫌だった。

 

 1-F所属のドドスは誰よりも早く教室にいた。

 事前の計画書の見直し、ルバート特製ノートでの勉強と、やることは盛り沢山だ。

 早朝ファストフードエリアで買ったLサイズのハンバーガーセットを摘みながら、暗記に励む。

 

(えっと、まずはピリカとクルが人質を捕まえる)


 根木と那須を捕まえるのは、他二人の役割だ。

 東洋魔術師へのアンケート称して、二人をアルバイト雇用する作戦だった。一時間ごとの拘束料金は時給800イェンである。

 

 ――断られるかもしれねえぞ。

 ――それはないと断言しよう。泣き落としと申し訳なさそうな顔をさせたら、私の右に出る奴はこの女学院には居ない。

 

 自信満々に言い切るルバートを見て「やっぱピリカってすげえなあ」とドドスは改めて思う。親愛なる友人の言葉であるなら大丈夫だと信じられる。

 

 ここまでが黒ホス計画ver1.8の第一フェイズであり、計画は第三フェイズまでで構成されていた。

 

 第二フェイズは、目標ターゲットのおびき寄せである。ドドスが学力テスト後の命を足止めし、その隙にピリカが華麗に矢文を放つのだ。

 

(そういえば、矢文を使うのは久しぶりだなあ)

 

 かつてルバートが放った弓が、誤ってリッカの頭部に直撃して以来だった。

 ちなみに矢先は刺さると危ないので、吸盤を用いた安全仕様である。

 

 脱線した思考を戻すと、ドドスは計画の先を読み進めた。


 第二フェイズ終了後、ルバートとドドスは見張り番のクルと合流し、命を演舞場で叩きのめす第三フェイズに移行する流れだ。

 

 ――しょせんは外部入学生だ。私一人で問題ない。

 

 この計画のどのフェイズを話すときよりも、ルバートは自信満々だった。

 ドドスとしてはルバートの勝利を疑う余地はない。不当に評価されがちだが、ルバートの戦闘能力の高さは彼女もよく知るところだ。

 

 第三フェイズ後には、密かにルバート一味の武勇伝を拡散する仕事があるのだが、それは全てを終えてからの話である。

 

(うーん、こうして見ると、私の仕事は少ないなあ)

 

 実はドドスの学力テストを不安視し、敢えて仕事は少な目に振られていた。

 しかし、表に出さない親切に気づけるほど彼女は敏感ではない。むしろ鈍感に入る部類の人間だった。

 

(まあいいか、それなら学力テストの勉強するかあ)

 

 ルバートから承った、ピリカ特製ノートを開く。

 やはり不当に評価されがちだが、ルバートは学力も低くない。数字上あまりよい結果が出ない理由は、ケアレスミスや解答欄ずれが多いだけだ。

 

 このピリカ特製ノートも、馬鹿の気持ちがわかる学習教材として一部界隈で人気を誇る。初めは単なるドドス愛用品だったが少しずつ噂が広まり、テスト時期前には、ノートを借りる女生徒も増えた。

 

 ――この悪のカリスマの慈悲に感謝すると良い。

 

 ルバートは、来る者拒まず貸し出す。

 懐の広い彼女の行動に文句はないが、ドドスはノートを借りに来る連中が嫌いだ。

 テスト前の時期ばかり良い顔をしているが、連中がルバートの陰口を叩いていることは知っていた。

 

(後は、この絵さえ何とかなればなあ)

 

 ピリカ特製ノートは見やすいように工夫されているのだが、何より挿絵が酷かった。『ここが重要ポイント』と、血に飢えた魔獣もどきが喋っている。

 

 ――可愛いだろ。大衆の心を掴む、猫妖精(ケットシー)の絵だ。

 

 ルバートを全肯定するドドスも、さすがにこの絵だけは褒める気になれなかった。

 見た目の割に手先が器用なドドスは、絵が上手いからだ。ノート返却時にこっそり猫妖精の絵を描くと、ルバートは驚愕の表情でそれを見ていた。

 

 ――凄いなコメリンは。実に手先が器用だ。この才能は伸ばさねばならない。

 

 それがキッカケになり、ドドスは悪事を働く際の道具係になった。矢文一式を始めとした小悪党グッズには、ドドスブランドと銘打たれたサインがある。

 

 現在のルバート特製ノートも、ピリカ&コメリンの共同ブランドだ。


 初めにドドスに手渡されるノートには、付箋の指示書きがある。ここに猫妖精の絵、ここにアウロイタイガーの絵といった具合の指示書きだ。今のピリカ特製ノートはドドス抜きでは語れない。

 

 もっともそれは頒布用ノートであって、ドドス用の私的ノートには、あの絵がある。目を落とせば、狂宴を繰り広げる魔獣もどきが踊っている。

 

(ああ、いけねえなあ。勉強しなきゃだあ)

 

 時に微笑ましく絵を眺めつつ、ドドスはピリカ特製ノートを時間の許す限り頭に叩き込んでいく。

 

 時間経過とともに、1-Fに登校する女生徒が増える。早くも何名かの集団も出来上がっていた。

 

 一限の鐘が鳴る十分前、8:50頃には教員が到着した。その人物は担当教員のマグナではなく、見覚えがない教員だった。

 

「1-F副教員のエリツキー=シフォンだ。担当教員を筆頭に、この学院の教員は阿呆ばかりだが、私は常識人だ。安心して欲しい」

 

 簡単に挨拶を済ませると、副教員は1-Fから二つの空き席を見つけた。

 

「一人足りないな。そこの席は誰だ」

「あの……八坂さんの席です」

 

 空き席の隣に座る那須が怖ず怖ずと答えると、ドドスは初めて獲物の不在を知る。勉強に集中するあまり、周囲の確認が疎かになっていた。

 

(えええ。こういう場合どうすれば良いんだあ)

 

 混乱するドドスを置いて、別の女生徒が質問する。

 

「エリツキー先生、あの席の生徒は良いのですか」

「ああ……そんなことも説明してないのか」

 

 質問を受けたエリツキーは、頭を抱えた。マグナの適当な仕事ぶりを知り、副教員の頭は痛かった。

 

「その席はヴィオリッヒ家のご令嬢、ヴィオリッヒ=シルスターの席だ。内部進学生は知っていると思うが、彼女は魔法少女の選抜合宿に参加中だ」

 

 魔法少女の選抜合宿について、エリツキーは軽く触れた。魔法少女として極めて能力が高いと認められた者だけが参加する合宿であり、今年度からの初の試みであるとも告げた。


 最後に、選抜合宿と銘打たれているが、決してこの中から魔法少女を選出するわけでないことも忘れずに付け加えた。

 

 エリツキーは、十中八九この枠外の女生徒は、正規の魔法少女には成れないと考えているが、無駄なことは語らなかった。

 

「特定の生徒を特別扱いする気はないが、十分に気を付けてくれ。彼女は気位の高い子だ。少し特殊なので上手く距離感を図って欲しい」

 

 副教員の忠告の意味は、内部進学生の方が良く理解していた。ドドスとしても、帰って来て欲しくない女生徒である。その辺りの空気を外部入学生がしっかり感じ取ったかは、個人差があるところだ。

 

「時間もあるし、最前列の生徒は問題用紙と答案用紙を後ろに回してくれ」

「すいません。遅れました」

 

 問題用紙を回し始める直前、教室後方の引き戸から一人の女生徒が入室した。

 遅刻寸前の女生徒に、クラス中の視線が集中する。人目を惹きつける容姿を持った黒髪の乙女――命がギリギリで滑り込んできたのだ。

 

「遅刻だ……と言いたいところだが、開始時間前に来たので許そう」

「あの、マグナ先生はどちらで」

「今日は学力テストだけだから休みだ。私は副教員のエリツキー=シフォンだ。それ以上の質問は、休憩時間に受け付けるとしよう」

 

 有無を言わさぬ口調で、命は着席させられた。心配する那須の声を聞いて、黒髪の乙女は頭を下げた。

 

 その様子を眺めて、ドドスは肩をなで下ろす。

 これで学力テストに集中できると、彼女は目前のテストに備えた。

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