表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
1週間チュートリアル ―黒ホス計画編―
19/113

第19話 嘘つきのダンスホール

 命の両親の馴れ初め話で、温まる理事長室。

 そのなかで一人、マグナはのけ者になっていた。彼女だけ主要人物と接点がないという理由からではない。しみじみとする二人と違って、傍若無人な体育教師は共感を覚えなかったのだ。


 魔法少女の栄光と平穏な生活。


 両天秤にかけた二つの内、命の母親は後者を選択した。それが悪い選択だとは言わない。結婚することも女性の夢の一つであり、その結末を頭ごなしに否定するほどマグナも無粋ではない。


 だが、それを心は良しとしない。

 狂うほどに追い求めても、正規の魔法少女になれない者がいる。毎年数名、ときには一名すら就けない栄職。それを投げ出すほどに、楓が選んだものに価値があるのか。マグナにはそれがわからない。


 ――いともたやすく投げ捨てる幸福に、手が届かない者たちは大勢いる。


 楓の物語はセントフィリア王国でも有名だが、出国してから先の物語は知られていない。マグナは今日、楓にまつわる二つ目の物語の結末を知った。

 一つは理事長のマーサが昔語りをし、息子である命がその続きを語った、魔法少女の夢を捨てた女が掴み取った幸せな結末。


 もう一つはかねてより知っていた結末。これは厳密には楓の物語ではないが、決して無関係とはいえない物語。いわば、投げ捨てられた魔法少女の夢を拾った女の物語である。


 ただこの物語は、語るほどのボリュームがない。この幸福を拾った女は、一年をもたずに殉職してしまったからだ。


 夢を捨て、幸せを掴んだ女。

 夢を拾い、不幸を掴んだ女。


 果たして本当に幸せだったのはどちらなのか、その答えは誰にも出せない。

 もしも、向かいの命が正規の魔法少女の道へと続く狭き門を潜れたならば、彼は一体どちらを選びとるのか。


 マグナは祈る。願わくは命が――。


「……マグナ先生?」


 命の呼びかけでマグナは我に返った。


「ああ、気にすんな。今の話がストロベリー過ぎて肌に合わなかっただけだ。昔話もいいが、こっからは現実的な話をさせてもらおうか」


 二本指を立てたマグナは、元魔法少女ではなく体育教師に戻っていた。マグナは冗談めかしてドラマの主人公のように言う。


「良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

「なら悪いニュースからお願いします」


 ショートケーキの苺は最後に食べる派として、命は迷うことなく後者を選んだ。悪いニュースはすでに嫌というほど聞いてきた。今回は苺が付くだけマシな方である。


「そうか、なら仕方ない。ははは、お前はいつだってあたしの口から嫌なことばかり聞き出そうとする。実にいけない子だ」

「いや、そういう小芝居はいらないので、単刀直入にお願いします」

「じゃあ簡潔に。お前の荷物が届いてない」


 命は那須との会話を思い出した。日本から送った荷物が、午後五時にはセントフィリア女学院に届くという会話だ。

 当然、命も事前に申請を行い、税関に引っかからない荷物を送っていた。

 道中の荷物が通学鞄と箒だけだったのはそれで事足りるからであった。裏を返せば、命はそれ以上の荷物は持ち合わせていなかった。


「ちょっと、どうするのですか!」

「あたしに言われても困る。業者の手違いだろ。文句があるなら妖精猫ケットシー運輸に言ってこい」


 妖精猫運輸は、セントフィリア王国唯一の運送会社だ。妖精猫のごとく気まぐれな運送をするのが特徴というお茶目な会社である。その一方で、独占している運送業界に新規参入しようとするものには容赦ないなんて一面も持っているのだから、手に負えない。


 妖精猫運輸の被害者は後を絶たないので、セントフィリア王国に住む者は半ばあきらめ気味である。ただ地元住民と違い、「またか」で済ませられないのが生粋のジャパニーズ命である。


「あのなかには生活用品の全てがあるのですよ!」


 せめてもの抵抗としてマグナの肩を揺するも無駄である。それが根本的な解決にならないことは命も承知の上だが、すんなりとあきらめられない理由があった。


「あのなかには……下着もあるのですよ」

「可哀想にな。あたしのパンツで良ければやるよ」

「マグナ、馬鹿なことを言ってないで助けてあげなさい」

「へーい。わかってますよ、ばっちゃん」


 マーサが睨みを利かせると、マグナは生返事を返して壁際のハンガーラックまで歩き、そこから女学院指定のシャツを取った。妖精猫運輸のクソみたいな謝罪を聞いたときから、すでに用意していた物だ。


「下着は気にすんな。お前の寝床にゃ洗濯機も乾燥機もあるから問題ない。アイロンをかけるのは骨だろうから、シャツはこれをやる」

「何が悪いニュースですか。初めからそうしなさい」

「えっと、ありがとうございます」


 悪いニュースはマグナの手により、あっという間にスピード解決してしまった。

 一先ず衣服に困らないのであれば、命もそこまでこだわることはない。荷物も明日には届くというので、今日だけ不便なのを我慢すれば済む話である。


 今までの悪いニュースの重さに比べれば、たんぽぽの綿毛みたいなものだ。身構えていた命は拍子抜けした気分だった。


「さてと、次は良いニュースだ。聞いて驚け、むせび泣け。マグナ先生の手腕に感動して地に額を擦りつけ、毎日欠かさずあたしのいる方角に祈りを捧げろ。あとは毎日食券とか献上するといい」


 尊大な態度を取っているマグナに、マーサは冷ややかな視線を送った。


「へえ。再三に渡って貴方を助けた私は、一体どれほどの御礼を受け取れるのかしら。老後の生活がとても楽しみだわ」

「……冗談はさておき、良いニュースだ」


 マーサの視線から逃げるように、マグナは背を向けた。傍若無人な体育教師といえども、頭の上がらない人物はいるようだ。

 マグナはわずかに意気消沈していたが、そこは持ち前の立ち直りの早さで直ぐにいつもの調子へと戻った。


「健康診断を受ける必要がなくなった」

「本当ですか――ッ!」


 命にしては珍しく、大きく目を見開いて白い歯を見せた。健康診断という鬼門を労せず抜けられるということは、それだけの朗報だった。


「適当に理由付けさせて、診療所で健康診断を受ける形にしといた。診断書は知り合いの女医に偽装させるから、あとは一日中部屋にでもこもってろ」

「……貴方、いつの間に手を回してたの?」

「秘密。ミステリアスな女には謎が付き物だからな」


 マーサが訝しげな視線を投げかけてきたが、マグナはどこ吹く風であった。


「あの、本当にありがとうございます、マグナ先生」

「うはは。気分が良いついでにもう一つオマケだ。お前の女子寮入居を一時的に禁止しておいた。表向きは、入学初日に派手に魔法を使った罰ってとこだ」

「ああ、なんて素晴らしい愛のムチでしょうか!」


 入学初日の今日、命は女子寮入居の問題を抱えていた。セントフィリア女学院に外部入学する女生徒は特別な事情がない限り女子寮に入居するのがしきたりなのだが、厄介なことに女子寮は一部屋二名のルームシェア形式となっていた。


 二人組を作るという問題に、命はほとほと困り果てていた。命はここまで根木と那須の計三名で行動してきた。二人組を作るとなると、当然一人があふれる計算となる。命が引ければベストなのだが、ことはそう簡単ではない。


 根木と那須が真剣に考えるものだから、命はおいそれと自分が抜けると言うことができなくなっていた。


「上手く引き伸ばすつもりだが、せいぜい一ヶ月が限界だからな。女子寮に入居するのか、別の住処を探すのか、そこまでは面倒みきれねぇぞ」

「それで十分です。後は自分で何とかしてみます」


 まだ自分の問題こそ残るが、これで女子寮入居問題は解決である。根木と那須が後ろめたさを覚えることなく女子寮に入居できると知って、命は安心した。


「さすがは本家の魔法少女です!」

「おうとも。引退したといえ、最強の魔法少女だ!」


 ガシッとお互いの肩を抱き合い、命とマグナは喜びのままに揺れる。


「大丈夫かしら」と、マーサは不安げにため息をついていた。




     ◆




 マーサが予約を取った宿泊施設の説明、それに咥えていくつかの注意や助言を受けてから命は理事長室を後にした。


 入室したときこそ酷い目に遭ったが、今は晴れやかな気分だ。ここが教員エリアでなければ命はスキップの一つでも踏んでいたかもしれない。


 抱えていた問題が見る間に好転していく様は、痛快の一言に尽きた。

 健康診断の問題は解決。女子寮の入居問題もひとまずは解決。頼もしい二人の協力者も得て、命の視界は曇り一つない緑一色(オールグリーン)で満たされていた。


 階段手前で待ち伏せする彼女を見るまでは。


「やっぽう」


 緑一色だった命の視界がわずかに曇る。できれば関わりたくない相手だった。


「……なんで貴方がいるのですかねえ」

「あら、連れない野犬だこと。一緒に空を駆けた仲ではありませんの」

「それは貴方のお嬢さまの話です」


 口調こそ完璧だが、声音はやはり違う。気だるげで抑揚がないその声は、高飛車なお嬢さまのものとは正反対である。


(どうも不気味で、この人は苦手です)


 フィロソフィアの従者――エメロットは、命のことを親しげに出迎えた。


「いやあ、うちの羽虫……ではなく、お嬢さまがうるさいもので」

「……お嬢さまですか」

「そう嫌な顔しないで下さい。私は、そのお嬢さまと24時間365日一緒なんですよ」


 24時間365日一緒。

 つまりエメロットとフィロソフィアは同室のルームメイトだということだ。お嬢さまと従者という立場を考えれば当たり前の組み合わせではあるが、命は自分がその立場だったらと思うと渋茶でも飲んだような顔になってしまう。


「まあ本音はさておき、どうもお嬢さまは不満があるようでして」

「不満ですか。あの空中レースの件なら取り合うつもりはないですよ。あれは公平なルールに則った上での勝負です」

「いや、そこじゃなくて。どうして私は職員室なのに、あの野犬が理事長室なのかと、ご立腹なんですよ」

「……そこですか。貴方のお嬢さまは、目のつけどころがシャープですね」

「恐れいります。お嬢さまは糞みたいな慧眼の持ち主なのです」


 予想外のいちゃもんが付いたが、どうしようもない。結果的に良かったとはいえ、命だって好きで理事長室に呼ばれたわけではない。


(とはいえ、表向きは空中レースの罰ということでしたか。あのお嬢さまも巻き込む必要があったのでしょうね。少し悪いことをしましたか)


「そうですね。うちのお嬢さまは巻き込まれたのでしょう」

「――ッ!」

「気に障ったならすいません。人の顔色をうかがうのが得意なもので」


 命は危うく一歩後ずさりそうになったが、なんとか踏み止まった。


(……この瞳は何ですか)


 その瞳は、今までに見たことがない色をしていた。

 底が見えない湖沼(こしょう)の瞳。吸い込まれそうな妖しい魅力を持つそれは、決してエメロットの心の内を覗かせてくれない。ただ一方的に、命を覗きこんでいた。


「はじめは、貴方のことを可哀想な人だと思ってたんですよ」


 エメロットは話す。抑揚のない声で訥々(とつおつ)と。


「お嬢さまのワガママに巻き込まれるなんて、運の悪い方だなと」

「間違いないですよ。現に私は、理事長室に呼ばれる羽目になりましたから」

「でも、今は逆なんじゃないかと思ってます」


 エメロットの話し口は、命とはまるで違う。命の口が日常生活を円滑にする潤滑剤であるならば、エメロットの口は日常生活を生き抜くための武器であった。


「貴方、本当は加害者なんじゃないですか」


(この人――ッ!)


 この従者に比べれば、糞みたいな慧眼扱いされても仕方がない。フィロソフィアが悪いのでなく、エメロットの洞察力が異常なのだ。

 家政婦ご自慢の目は、命を包む秘密のヴェールに手をかける。下手なことは言えない。湖沼の瞳が命をじっと命を見つめていた。


「確かに私は加害者かもしれませんねえ」


 命は開き直る。この手の相手には弁が立たない。下手に嘘を言うのは、真実を語るにも等しい行為だ。

 なら真実から逃げることなく、かつエメロットの問いに足る答えを出すまでだ。


「貴方のお嬢さまのプライドを、複雑骨折させてしまいましたからねえ」


 ウィットに富んだ返答で、命は余裕を偽装してみせる。幸いにも今しがた、バッドエンドの避難訓練を終えたばかりだ。あの理事長室にいた二匹の狸に比べれば、メイドなど可愛いものである。


(大丈夫。この人はカマをかけている)


 推理小説の三ページ目で犯人は当てられない。確証を持つほどの証拠はまだない、と命は推測する。


(理事長室から、情報が漏れた可能性も皆無です)


 あれほど堅固に守られた部屋だ。会話が筒抜けになるような間抜けな話があるものか。何よりそんなミスを、あの二人が犯すはずがなかった。


(ならば、どこに怯える必要がありますか)


 思考はどこまでも透き通っている。理事長室で追い詰められたときとは違う。逃げの思考でなく、攻めの思考が泉のように湧いてくる。


「確かに……骨が折れそうですね」


 ため息を一つ落とし、エメロットは早々に秘密暴きをあきらめた。


「今日のところは、そういうことにしておきますか」

「今日どころか、明日も明後日もそうですよ」

「気を付けて下さいよ。お嬢さまは、HPが全てプライドなのですから」


 今が好機でないと知ると、エメロットは早々に背を向けた。

 その態度が、命は気に食わない。気まぐれに人の痛い腹をさんざん探っておいて、彼女はヘソすら晒すつもりがないのだ。当然腹を斬られて、ただで退く気はない。命は銀髪少女の背中に刃物を突き立てる。


「不出来なお嬢さまのお守りも、大変ですねえ」

「そうですね。私も優秀な方のほうがお好きです」


 エメロットの人形めいた顔がわずかに気色ばんだ。


「もし貴方にその価値があるというのなら、乗り換えても良いですよ」


 返答を待つことなくエメロットは階段を下りていく。規則的な足音が響かなくなるまで、命は立ち尽くしていた。


 風に流れる雲を追うような真似はしない。

 今でさえ腹を探りに行った瞬間に刺された気分だった。エメロットの腹のなかには縦横無尽に茨が走っている。


(だけど、全く無感情というわけでもないみたいですねえ)


 フィロソフィアを嘲った瞬間、エメロットの濁った瞳に一瞬火が付いた。まるでお嬢さまを馬鹿にして良いのは、自分だけだと言わんばかりに。


(なるほど。あのお嬢さまは、良い番犬をお持ちだ)


 お嬢さまがエメロットを重宝する理由の一端が、命にも掴めた気がした。エメロットが番犬なら、自分は野犬か。言い得て妙である、と命はクスクスと薄い笑みをつくる。


(ですが、私、負け犬になる気なんてさらさらありませんよ)


 無傷とはいかずとも、野犬の意地を見せた命は、嘘つきだらけの5階教員エリアを乗り切った。


 裏表のない二人の友人に早く会いたいものだ。そう思いながら、命は白亜の城の階段を下りていった。

▶ステータス

--------------------------------------

名前:フィロソフィア=フィフィー

性格:傲岸不遜

HP:プライドで構成されている

MP:御三家の割にガッカリ

ちから:口ほどにもない

すばやさ:最大時速60km/h(杖)

かしこさ:「哲学」を意味する苗字が泣く

うんのよさ:無きにしもあらず

でばん:無い

--------------------------------------

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ