第17話 コーヒーブレイクに焼き菓子を添えて
カフェ・ボワソンの女神。
――その大仰な名前を付けたのは誰だったか。女神というのは不釣り合いな称号だが、嫌いではない。
毎日長居するあたしを、カフェ・ボワソンは邪険にしない。恐らく、あたしが用心棒兼マスコットだからてある。
カフェの静寂を乱す輩は、読書の邪魔になるから追い出す。そんな真似を続けている内に、かえって店側から感謝されるようになっていた。
「リッカくんがいると、うちのお店は安泰だな」
「こんな客を許容してると、そのうち客足途絶えるぞ」
「その分は、君が補填してくれる」
もっとコーヒーを飲めという催促かと思いきや、女店主の言い分は、あたしの予想と違った。
女神という名が、客寄せになるのだと。こんな大柄な女が女神とは、笑わせてくれる。
この店を営む店主やウェイトレスは、お人好しどもばかりだ。新規顧客獲得に躍起になることもなく、日々マイペースに営業している。
だから、こんなに落ち着くのだろう。毎日通ってしまうほどに。
このゆったりとした空間で読書にふけっていると、時間が溶けるようだ。現実と空想の境目が曖昧になって、本の世界に入れることもある。
けど、今日はダメだ。不調である。
カフェ・ボワソンに迷い込んだ入学生が多いこと、多いこと。
入学生にとって、この大柄な女は珍しい生き物なのだろう。普段の三割増し位で視線を感じる。読書に集中できない。
キッと目を細めると、蜘蛛の子を散らすように視線が離れる。
少し目力を強めただけだが、どうにもあたしは目付きが鋭い。役立つ技能ではあるのだが、一女生徒としては悲しい気分だ。
例えば中央付近の席に座る、黒髪の女生徒。
一糸乱れぬ黒髪とあたしの癖っ毛を比べると、さらに気分が落ちる。
顔立ちも人形みたいに整っている。
最近骨董市で買った『武士の恋歌』という小説を思い出した。あの物語に登場するヒロインを彷彿とさせる容貌だ。ああいうのを、乙女というのだろう。
しかし、どこかで見た顔だと思うのだが、どうにも思い出せない。考え始めると、右手に持った小説はお飾りになってしまう。ダメだ、今日は集中できない。読書は諦めるか。
で、その黒髪の乙女であるが、今まさに厄介なのに絡まれていた。ルバート=ピリカを筆頭とする、三人の小悪党どもに絡まれていた。
懐かしい顔を見たと思えば、あいも変わらず成長しないこって。どうやら未だに、人の足を引っ張ることにご執心のようである。
「何だよ。一人で独占しているのは、黒髪ポニーか」
ルバートが難癖をつける声を聞いて、二つわかった。黒髪の魔法少女が、巷で話題の八坂命であること。
ルバートの目的が喫茶ではなくて、八坂命を倒して名声を奪うこと――以上二点である。
実に小悪党のあいつが、考えそうなことだ。
桃色娘、銀髪のバカ殿、赤毛のボス猿。どうせ売るなら、その辺りに喧嘩を売るぐらいの根性を見せてほしいものだ。
まあ、端からそんな気はないのだろう。
魔法少女の選抜合宿で、わざわざあいつらがいない時期を選んでるくらいだ。あくまで物陰に隠れて、慎重にことを運ぶつもりなのだろう。
――しかしだ。
(馬鹿な上に間抜けとは、救いようがねえなあ)
ルバートの目は節穴にもほどがある。
あたしの存在を見落としていたこともだが、獲物を選ぶセンスもない。
八坂命は、思ったよりも強かな魔法少女だった。相手の恫喝に動じず、物事を穏便な方向へ収めるつもりだ。可愛い顔して、中身はなかなかの玉である。
恐らく喧嘩になれば、ルバートに分がある。
話題の人物といっても、しょせんは一介の外部入学生にすぎない。小悪党とはいえ、悪事を働く力があるルバートには及ぶまい。
(あくまでも目先の話だけどな)
あいつらも、実に馬鹿である。フィロソフィア家の落ちこぼれを狙えば良かったものを。
(知らねえ顔じゃねえし、助け舟出してやるか)
一先ず、用心棒としての責務を全うした。あんな小物を追い払うなんて、わけないことである。だから拍手はやめてくれ……恥ずかしくなる。
可憐な黒髪の乙女の無事に、客は肩を撫でおろしていた。どうやら、ルバートと同じく、大半の女生徒は騙されている口のようだ。
まあ、今日のところはそれで良いか。
小悪党には、小悪党なりの挟持があるのだ。客も本人も、知らぬが花である。
◆
一悶着終えたあと、八坂命は落ち着きがなかった。あたしに礼を言うべきか、悩んでいるように見えた。
ふと、茶の一杯でも奢らせようと考えた。
たかりのようだが、それがお互いにとって良い。コーヒー代が浮いたあたしはハッピーだし、彼女はお礼を返せて負い目を感じることもなくなる。
「相席しても構わないか」
「ええ、私たちは三名なので構わないです」
「さっきのルバートの言葉は、屁理屈だが一理ある。というわけで、あたしも席を空けることにした」
というのは当然、単なる理由付けだ。
ウェイトレスに席移動を伝えてから、あたしは文庫本と一緒に四人掛けの席に移動してきた。向かい側には、見目麗しき黒髪の乙女がいる。
「先ほどは助かりました。本当にありがとうございます」
「気にすんな、好きでやったことだ。カフェ・ボワソンは、あたしの数少ない居場所なんだ。エスプレッソ一杯で済ませてやるよ」
「お安い用心棒代ですね。オマケも付けましょう」
八坂命がウェイトレスに注文変更を伝えると、あたしのエスプレッソはケーキセットへと進化を遂げた。注文変更のお礼代わりに、当の本人もエスプレッソを追加していた。
(あたしを立てつつも、お店側にも配慮するのか。器用に気を回せる女だな)
惜しみなく笑顔を振りまく彼女を見ると、なんとまあ自分の愛想がないことか。
女性としての格の違いを見せられたようで、恥ずかしい。自然と目を背けたくなった。
文庫本を開いて、黒髪の乙女から視線を切った。
後腐れなく別れるのが目的であり、仲良しこよしで会話するのが目的ではない。ケーキセットをいただいたら、帰るとしよう。
(さすがに気を悪くしたか)
文庫本をブラインド代わりに覗くと、彼女は笑顔を浮かべたままだった。
「私、静かなのも嫌いじゃありませんことよ」と澄まし顔で物語っているようだ。店内を流れる洋楽に耳を傾け、くつろぐ姿まで様になるときた。
(もう手前が、カフェ・ボワソンの女神で良いんじゃねえかな)
少し嫉妬を覚えるくらいに、彼女はカフェ・ボワソンに馴染んでいた。そこに無駄な存在感はない。ただ静かな美人の置物として、佇むのだ。この女神様なら、良い客寄せになりそうだ。
「ケーキセットとエスプレッソになります。カフェ・ボワソンの女神さま、ごゆっくりして下さいね」
阿呆ウェイトレスが余計な口を叩いた。
この状況で女神さま扱いするとは、嫌がらせにもほどがある。向かい側と比較されて、あたしの惨めさが際立つだけである。
「女神ですか。素敵なあだ名をお持ちですね」
「止めてくれ。手前に言われると恥ずかしくなる」
「私なんて黒髪ポニーと馬扱いを受けたり、黒髪の悪魔とまで言われる始末ですよ」
彼女の口から出たあだ名は、意外なものだった。初対面のあたしが受けるより、余程酷い印象を持たれているようだ。
「まあ、黒髪の眠り姫というあだ名は、身から出た錆なんですけどね。恥ずかしながら、入学式を全て寝落ちしてしまいまして」
自嘲気味な彼女の言葉を聞くと、つい口元から笑い声が零れてしまった。美人の割には近寄りがたくない、変な奴だと思った。
ケーキセットを完食するまで、何言か会話を交わした。お互い積極的に話す方ではないが、会話に初対面特有の気まずさは感じなかった。
「入学式前に空中レースしたのは本当か」
「ええ。どうせ隠しようもありませんし、勝者として胸を張らせていただきます」
「その方が良い。あまりに勝者がへりくだると、敗者が惨めな思いをするからな」
「いつもこの場所でお茶を」
「まあな、ここが一番落ち着く。あまり居場所がないとも言えるがな。あたしは学院内だと、基本ここか図書室にしかいない」
「講義には?」
「ここくらい居心地よい教室なら出てやる」
「友人が遅いので、心配ですね」
「大方迷子だろ。ここは小さくて見つけ辛い」
「隠れ家的な雰囲気で、私は好きですよ」
「あたしも好きだよ。マイナーであって欲しいけどな」
ぽつぽつ会話をしていると、八坂命の友人二名が入店してきた。
「あの……八坂さん、お待たせしました」
「流れるままに連れられてきた所存系! ケーキ食べたし!」
さてと、邪魔者は退散するとしようか。
「良ければご一緒しませんか」
「悪いが人見知りでね。ごゆっくり」
右の大人しそうなおかっぱ頭はまだしも、左のアホ丸出しのデコ娘とは波長が合わなそうだった。
カフェ・ボワソンはなくならない。明日また来れば良いだけの話だ。
「そういえば名乗り忘れてたな。あたしの名前はウルシ=リッカ。好きに呼んでくれ」
「私は、八坂命と申します。私のこともお好きに呼んで下さい」
「なんて呼ぶかは、次会ったときまでに考えておくさ。困った時はあたしの名前でも使いな。獣避け程度にはなる」
大柄のあたしに驚いたのか、八坂命の友人はぽかんとしていた。目付きが鋭い上に愛想も悪いのだ。それも無理からぬ話だ。
八坂命は、あたしを友人にどう紹介するのか。遠ざかりながらも少し興味がわいた。
その答えは、退店前に耳に入った。
「ねえねえ八坂さん、あの人誰なの?」
「新しい友達のリッカですよ」
友達という響きは、久しぶりに聞いた気がした。
全く、馴れ馴れしい。普通好きに呼んで良いって言われても、人のことを敬称なしで下の名前で呼ぶものか? ったく、静かに友達と茶でもしばいてろよ。
――じゃあな、命。
◆
セントフィリア女学院の敷地面積は広い。
白亜の城に、7つの教育棟。
教育施設を除けば、食堂棟や購買部、果ては女子寮までも完備されている。
空間魔法で距離を歪めてはいるが、それでも敷地面積約は圧巻の102万㎡を誇る。
女学院を含む都市ヴァレリアではなく、もはや女学院そのものがセントフィリア王国の第二の心臓部といった方が正しい。
ただ、これだけ広いと逆に困ることもある。
使用頻度が低い施設ほど遠くに配置されているが、時には用事があって足を向けることもあるだろう。端から端まで歩けば、一時間は下らないというのは、こういうとき面倒である。
そして、何よりも不便なのは連絡である。人を捕まえること、待ち合わせをすることが難しい。
携帯電話でもあれば話は早いのだが、セントフィリア王国での携帯普及率は低い。関税率が高くて、分割払いの域を超えた高級品なのだ。一部の金持ち、あるいは道楽者しか持っていない。
では、教員が生徒を呼び出すにはどうするのか。その答えは、カフェ・ボワソンの天井にあった。
「1-B組のフィロソフィア=フィフィーさん、至急職員室に来て下さい」
天井角に飾られた青い魔法石から、声が響いた。
(あの素行不良の金髪娘は、初日からやらかしているようですねえ)
命はわずかに唇の端を持ち上げながら、カフェラテをすする。同じく1-B所属の根木と会話していると、彼女たちの担当教員がリルレッド先生であることがわかった。
「でも、私が1-B組に入ったとき、リルレッド先生いましたっけ?」
「あの正門前の騒動のあと、残念ながら討伐されてしまった系」
正門前の討伐軍は、見事リルレッド先生を討ちとっていた。
(……いや、それダメでしょう)
――独身死すとも未婚は死せず。
リルレッドの最期の言葉は、世の独身女性を憂いた言葉だった。
――心配は良いから、先生は早く身を固めたほうが良い。
――この前のお見合も惨敗だったんでしょ。ご愁傷様です。
――ねえねえ、連敗記録はいつ止まるの?
女生徒の魔法より言葉攻めが響いたのか、リルレッドは保健室に運ばれた。もちろん理由の大半は、ふて寝が占めていた。
「だから、違う方がいらしたのですね」
「代わりにいた人が、副教員だった系」
命の頭に浮かぶ副教員は、生徒と一緒にキャーキャー黄色い声援を上げていた。教員よりも、生徒に精神年齢が近そうな教員だった。
「あの人、演劇部顧問らしくて、八坂さんを勧誘したいって言ってたよ」
「……私をですか」
「あのお姫様抱っこを見て、ピンとくるものがあったとか。あの子を王子様役にして、うひひとか言ってたけど」
「八坂さんの王子役……とても似合いそうですね」
「ありがとうございます。ただし、入る気はないですけどね」
命はお礼を述べてから、きっちり否定した。
女装の上から男装するのは、さすがに御免だった。王子役が似合うというのも喜ぶべきか、悲しむべきか、複雑な褒め言葉である。
お互いのクラス状況を、ときに他愛無い話を交えながら話す。
命は今思い返すと、二人はそうやって機会を伺っていた気がした。本題を切り出すための、キッカケを二人は求めていたのだ。
だが結局のところ、本題を切り出す前に話は終わってしまった。
「1-Fの八坂命さん、至急理事長室に来て下さい」
命は、カフェラテを吹き出しそうになった。
対岸の火事だと高みの見物を決めていたところ、空から隕石が直撃した気分だった。
「すいません。お呼び出しのようなので、行ってきます。あの件は、私に遠慮しなくて良いですよ」
「ダメだよ八坂さん。きちんと話し合わないと」
「あの……私もそれが良いと思います」
本題については命が戻ってきたのち、話し合うことになった。命のなかで結論は出ていたのだが、二人を納得させるのは難しそうだった。
◆
命は食堂棟を後にして、白亜の城を訪れた。
中世の城の雰囲気を壊した造りとはいえ、エレベーターの備え付けはない。地道に階段を使って、5階の教職員エリアへと向った。
5階には各教員が持っている個室が、ずらりと並んでいる。大学の教授部屋のように利用する者もいれば、私的に利用して寝泊まりしている教員もいる。使い方は人それぞれである。
ホテルの廊下のように部屋が並ぶなか、一際目立つ黒い扉――理事長室があった。魔法文字が書かれたプレートは読めないが、そこが理事長室であることを、命はすでに確認済みだった。
「そっか。まだ入学したてだから、魔法文字が読めないのか」
「すいません、お手数お掛けして」
「気にしない、気にしない。あそこが理事長室で合ってるよ」
「ありがとうございます、ガンロック先生」
「気にするでない。魔法文字の勉強にもなるから、うちの台本あげようか。あと王子役もあげようか」
「……お気持ちだけ受け取っておきます」
「うひひ、断わられたか」
命は1-B副教員のガンロックと出くわしていた。次の講義まで、個室で待機しようとしていたらしい。
別れ際に見えたガンロックの部屋は、実に趣味に偏った、あるいは趣味が偏った私的な部屋だった。
担当教員マグナを筆頭に、リルレッドやガンロックも教師然とした人間ではなかった。この学院の教員は大丈夫なのかと、命が心配になるほどだ。
(――なんて余裕かます前に、自分の心配でもしますか)
チョコレート板にも似た扉を三回ノックすると、「どうぞ」という返事を受けた。優しそうな老年の女性の声色に、怒りは感じられなかった。
「失礼いたします。呼び出しを受けた八坂です」
「お待ちしていましたよ。八坂さん」
「おう、待ちくたびれたぜ」
理事長室に並ぶ調度品はどれも高級品だったが、何より命の目を引いたのは来賓者用ソファーだ。正確にはそこでふんぞり返る、マグナの姿だった。
控えめな理事長が近くにいるから、また一層と尊大な態度に映る。
「マグナ先生、講義だったのでは」
「……今日は休講だ。誰も来やしないとは、薄情者ばかりだな」
セントフィリア女学院は、単位制高校だ。
魔法少女の特性に合わせて、自分で講義を受講するシステムになっている。
必修教科さえ選べば、あとの講義選択は自由なのだが、マグナの授業は学院屈指の不人気講義だった。
「えっと、何名ほど受講者がいるのですか」
「去年は二、三年合わせて驚異の6名、うち2人はすでに単位を捨てた」
実質4名だった。
二千人規模を誇るマンモス校の講義としては、驚異的な受講者の少なさだ。
「この子、腕は良いのに厳しすぎるのよ」
「単位なぞやるものか。欲しけりゃ勝ち取ってみな」
呵呵と笑い声を上げる体育教員から、単位を勝ち取るのは難しそうだ。少なくとも命は、マグナの講義は遠慮したい気分になった。
「あら、ごめんなさいね。お茶を入れるから、掛けていて良いのよ」
理事長が物腰低く立ち上がるものだから、命は慌てて動いた。
「そんな恐れ多い。私が入れましょうか」
「良いのよ、座っていて。ほらマグナも、しゃんとなさい。貴方の受け持ちの生徒の前でしょうが」
「最初だけ格好付けても、ボロが出るだけだろ」
(あれ? 私、怒られに来たのですよね)
来賓者用ソファーに座らされ、お茶菓子を振る舞われている状況。どう考えても説教を受ける空気ではなかった。
(しかし、油断はするまい)
雰囲気が和らいでからが、本番である。
相手の精神的防御力をゼロに近づけてから、説教するスタイルもあるのだ。片田舎の神社辺りでよく見かける、というか命の両親がよく用いる手法だった。
(人が良さそうな顔して、私の両親はえげつないからなあ)
実家で培った警戒心を強め、命は最大限に気を引き締めた。
――そのつもりだった。
「それにしても、お前も女装とか大変だなあ」
マグナの一言は、やすやすと命の警戒心を上回る。命の気構えなど、その言葉の前では紙に等しかった。
(――えっ……あれ……嘘でしょう)
全身から血の気が失せていくと、命の体温が低下した。急激に血圧が上昇し、心臓が破裂しそうなほど鼓動を刻んでいた。
命はとっさに退路を確保しようと、チョコレート板にも似た扉に目を走らせる。
視線の先に扉はなかった。
あるのは、ただ四方を覆う壁だけ。
扉どころか気づけば窓もない。ここはもう、壁の牢獄だった。
命は立ち上がろうとするも、それも阻止された。隣に座るマグナが、命の左手を押さえていた。
上品な手段を選ぶ余裕も無くして、命は残った右手を振るった。
命の拳が、マグナに届くことはなかった。
クロスカウンターの要領で拳をずらされると、マグナの右手が命の顎を押さえた。万力で締められたように、キリキリと顔に痛みが走る。声が出せないどころか、呼吸することも難しい。
「あーあー。残念だった八坂」
底冷えするような声だった。
隣にいるマグナの目には、人間味がない。
「申し訳ありませんが、八坂さん。我が女学院は、貴方の処置を決めました。罪状の説明は不要でしょう」
理事長には、お茶菓子を運んでいたときの面影はない。命が狼狽する姿を見て、優しく微笑んでいた。
「セントフィリア王国の法に則り――」
命の思いは、汲まれることはない。
この国において、彼は大罪人だった。
「貴方を火あぶりにします」
――ゲームオーバー。
そんな言葉が命の脳裏をよぎった。




