表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
旅立ち編
11/113

第11話 答えは空の中

 空中レースの開始は、三十分後となった。

 マグナが弾き出した開始時刻に、二人は特に異論はなかった。


「そもそも私、セントフィリア女学院の場所を知りませんわ」

「右に同じく。なので私もマグナ先生にお任せします」


 表向きはフィロソフィアに同調する命だが、彼女ほど能天気ではない。


 入学式の開始時刻から始まり、セントフィリア女学院への距離、先行するバスの移動速度、天候状態、飛行魔法の移動速度までも織り込んで、マグナは何となしに計算するのだ。さらりと口でいうほど、簡単なことではない。


(この人は、愚者の皮を被った賢者だ)


 飛行魔法の移動速度については、入学時点での平均速度を指標にした可能性も否定できないが、命にはどうしてもそうは思えなかった。


 フィロソフィアとの魔法合戦の最中、命は一度箒に跨って攻撃魔法を避ける場面を見せた。妨害ありの空中レースでは、速度を測るにはうってつけの状況だ。

 とすれば、マグナが目測で命の飛行速度を割り出した可能性が高い。


「どうした。人の顔をじろじろと見て。惚れたのか」

「いえ何でもありません。説明を続けてください」


 命が空中レースの説明を求めると、マグナは唇の先を尖らせて説明を開始した。

 レース内容は掻い摘んで説明すると、以下のとおりだった。


 

 ■チキチキ魔法少女入学杯

 スタート地点:海辺駅カフラン

 チェックポイント:検問所

 ゴール地点:セントフィリア女学院

 ゴール条件:正門を潜り、敷地内に足を踏み入れる

 移動手段:箒もしくは杖(飛行種への搭乗は禁止)

 注意事項:高度は基本的に低く保つ

 距離(直線距離):20km

 想定平均飛行速度:40km



「先刻の通り、攻撃魔法はご法度だからな」

「攻撃魔法の定義とは、何ですか?」


 命の質問を受けて、失念していたとマグナは頭を掻いた。


「あー、そうか。お前ら外部入学生だから知らねえのか。じゃあ、相手に損傷を与えなければ全て許可する」

「わかりました。分かりやすくて良いですね」


(直接攻撃しなければ、攻撃魔法も使用可能ということですね)


 命にとって攻撃に成り得るのは黒い魔法弾ぐらいだが、聞いて損をする情報ではなかった。


「飛行種とは何ですの?」

「式神および召喚魔法における、空中を飛べる魔法生物だな。人間を軽々と載せるものをお前らが使えるとは思わないから、これは念のためだな」


(なるほど。恐らく東洋系の生き物が式神、西洋系が召喚なのでしょう)


 マグナの言葉を受けて、命の頭には那須の顔が浮かんだ。彼女は【烏】の式神を出せると聞いた。あれも一種の飛行種だろう。


(さすがに、カラスの背中には乗れないでしょうけどね)


 那須からサイズについての言及は無かったが、普通に考えれば通常大のカラスに違いない。

 特大サイズのカラスの背中に乗る那須。

 命の想像上の彼女は、控えめに誇らしげな顔を見せて可愛かった。


(っと、和んでいる場合ではないですね)


 【烏】の背に乗る那須を想像する間にも、フィロソフィアは質問を続けていた。


「ゴール地点までの道のりはどうなっていますの」

「簡単な地図を書いてやるよ。後は一度上空から見た方が早い」


 石の地面から未舗装の土の地面へと移動すると、マグナは足元の棒で簡単な地図を書き始めた。簡素ではあるが、きちんと要点は押さえている。

 セントフィリアという島国が丸く描かれ、その外線に沿うようにもう一つの丸が描き足された。


「この内部の丸がアウロイ高地だ。セントフィリアの山脈が連なっている」

「なんだか城壁みたいな形をしていますわね」

「意図的に作られた自然地形なのですか」

「そういうことだ。外からの攻撃を防ぐ、セントフィリアの自然城壁だ。土属性の魔法少女、アウロイが作ったもんだな」


(山の壁とは、ご丁寧な自然防壁を築いたものですね)


 アウロイ高地の山脈には、特定の魔法を使用した場合のみ通過可能なトンネルを完備しており、セントフィリア女学院行きのバスもそこを通っている。

 と、マグナは説明を付け加えた。


「もっとも直線道路じゃないけどな。セントフィリア王国にはトンネル工法がない。土属性の魔法少女が掘削した魔法工法だから、正直あまり出来は良くない」

「そんなダメ道路、改修すれば良いじゃない。国は一体何をしてますの」

「無茶言うな。下手に弄って崩落でもしたら、これから先は全員山越えを強要されるんだぞ。それに大して需要が無いんだよ」

「需要ですか」

「基本的に国内にいれば、アウロイ高地を越える必要なんて無いってことだ」


 基本セントフィリア王国の住民は外に出ない。

 魔法少女の隠れ家に住居を構えているので、好んで出国することは少ないのだという。外部進学した魔法少女にしても、アウロイ高地を通過するのは入国と出国、その他所用を合わせて三回以下というのもザラだ。


(許容可能な不便さということですか)


 アウロイ高地の説明を終えると、マグナは更に内部に丸を描いた。

 三重丸となった一番内側の丸は、王国を覆うナタリー城壁である。


「城壁名と王国名は、別なのですね」

「ナタリーは、城壁を築いた魔法少女の名前だな。城壁を築いた名誉として、その名前を冠されている」

「アウロイ高地と同じですわね」

「ああ。ちなみにナタリーとアウロイは犬猿の仲だから、お互いの建築物を破壊し合った形跡が、歴史のそこかしこに残っている」

「城壁と高地が残っていて、良かったですね」

「そうだな。二人とも相手の作品をブッ壊そうとしたらしいが、さすがにこの二つは破壊工作する前に、取り押さえられたらしい」


 命とフィロソフィアは絶句した。

 犬猿の仲という言葉が、犬と猿に失礼に当たるレヴェルで、アウロイとナタリーは仲が悪かった。建築家としても、魔法少女としても一流の二人は、喧嘩のスケールまでもが違うようだった。


「さらにだ。この二人はもっと大事な物を壊した」

「もう止めましょうよ。何を壊したのですか」

「建築技法だ。お互いの建築技法が記された文書は全て燃やされていて、今日には一切残っていない。だから王国の建築技術は低い」

「同じ人の上に立つ人間の所業とは、思えないですわ」


 名家の魔法少女が貴族代表のような言い草で〆ると、続いてマグナはアウロイ高地とナタリー城壁の間にある土地を棒で指した。


「アウロイ高地とナタリー城壁の間には、クリッグ盆地が広がっている。基本的に魔法少女の国は自給自足だから、ここがウチの食料の要だ」

「今度はクリッグという魔法少女ですわね」

「ああ。農耕の女神と言われた魔法少女だ。農法の普及と、誰にでも別け隔てなく食料を与えた人物として知られている」

「前二人と比べると、まさに女神様ですね」

「歴史上、アウロイとナタリーの喧嘩に板挟みにされて、一番被害を受けた人物としても有名だけどな」


 命の心には、憐憫の情が湧き上がる。

 女神という評価はさておき、苦労性という点には共通点を見出だせる。

 親切を心がける人物は、えてしてこのような状況に陥りやすい。命の胸中にはお人好しシンパシーが広がる。


(偉大な魔法少女クリッグ様には、なんとも親近感を感じますねえ)


「だがナタリーを討ったのが、クリッグという説があるのも面白い」

「クリッグは、農耕の女神ですわよね?」

「これが面白いことに、戦闘系魔法少女としても評価が高い。アウロイを討ちとって、油断したナタリーの背中を突いたんだよ。かくして私たちの食卓は守られたのである」

「平然と人の背中を突くとは、恐ろしい魔法少女ですわね」

「歴史上クリッグが動いた形跡は少ないが、歴史の裏で暗躍していたという説もあるくらいだからな。女神の裏の顔というのは恐ろしいもんだ」


(あっ、全然違いますね。全く似ていませんでした)


 クリッグ盆地の説明を終えると、マグナは城壁内に二点のマークを付けた。

 南東の一点はセントフィリア城、南西の一点はセントフィリア女学院だ。


「後は上空で確かめてこい。お楽しみがなくなるぞ」


 マグナの指示に従い、二人は飛行の準備に取りかかる。命は穂先の包装紙を剥がしてから箒に跨がり、フィロソフィアは足元に置かれた荷物から飛行手段を拾い上げた。


 どうやらエメロットは、ご主人様の荷物をご丁寧に全て置き去りにしていた。親切心ではなく、完全なる職務怠慢である。


「……あの子、覚えてらっしゃい」


(どうして、そんな子を従者にしたのでしょうか)


 エメロットを従者にした理由も気になったが、目下命の興味を惹いたのは、フィロソフィアの右手に握られた樫の杖だ。

 湧き出る興味から、命は自然と目を輝かせながら尋ねた。


「杖ですか」

「なに物欲しげに見ているの。あげませんわよ」


(……返事一つとっても、本当に嫌な人ですね)


 不毛な会話を続ける必要はないと、命は会話を打ち切った。


 命は箒に、フィロソフィアは杖に跨って浮上する。

 高度を上げると、自然防壁であるアウロイ高地の向こう側が見えた。その先には広大な盆地が広がり、風に吹かれて緑の絨毯が揺れていた。

 アウロイ高地もクリッグ盆地も季節によって色彩を変えるのだろうと、命は視界に広がる自然に魅入っていた。


 だが何より二人の目を惹いたのは、まるでおとぎ話にでも出てきそうな白亜の城だった。

 ナタリー城壁に囲まれた土地の南東、南西の二箇所に拠点を構えた荘厳な建造物。息を呑ませるほど深い造形を凝らした二城を、二人は目に焼き付けていた。


 そのうち一城は直線距離にして約20km地点に存在する、世界唯一の魔法少女育成施設、セントフィリア女学院。二人にとってのゴール地点であり、始まりの場所でもあった。


(あれが……私たちが三年間の生活を送る学び舎)


 その美しい光景に思うところはあるが、今は見惚れている時間はない。

 命は名残惜しそうに降下していく。出発時刻までの猶予も残り少なかった。


「貴方もお姫様気分で見惚れていないので、降りますよ」

「だ、誰がお姫様気分ですか、この野犬――ッ!」


 フィロソフィアの反論は一歩遅かった。

 白亜の城を爛々と輝く目で見つめる姿を、命はしっかりと目撃していた。

 まるで白馬の王子様の物語に憧れるお姫様の表情で、うっとりと。


(普段からああいう顔をしていれば、まだ可愛らしいのに)


 上空からの確認を終えると、地上ではマグナが待っていた。自分の宝物でも自慢するような笑顔で、彼女は言う。


「どうだ。良い眺めだっただろ」

「絶景でしたね。この国は凄く綺麗な国ですね」

「まるで王子様や王女様が、住んでいそうなお城でしたわね」


 フィロソフィアの言葉は甘い。

 上空から降りてもなお、彼女は乙女気分に浸っていたようだ。

 他二人から怪訝な目で見られていることに気づくと、「ゴホン、ゴホン」と咳払いをしてから調子を戻した。


「ゴール地点が、あれだけわかり易い目印なら十分だろ」

「あの、まるで王子様や王女様が住んでいそうなお城ですね」

「そうだ。あの、まるで王子様や王女様が住んでいそうなお城だ」

「……貴方がた、私をおちょくっているのですか?」


 赤面する乙女を虐めるのは止めて、教員は改めてゴール地点の名を告げた。


「あれがゴール地点、白亜の城――セントフィリア女学院だ」


 


    ◆


 


 地形説明や歴史説明を受けていると、三十分という待ち時間はあっという間に消えていった。

 マグナの専門教科は体育ということだが、彼女の説明はわかり易く、時にコミカルな知識が混じっているので、生徒を飽きさせない授業だった。


(面白い話なので、もう少し聞きたいところですが)


 セントフィリア王国の歴史に興味が無いといえば嘘となる。

 だが過去より優先すべきは今であり、見据える先は未来である。命の視線の先は、すでにセントフィリア女学院に固定されている。


 一旦外したマグナは、バスに同乗する教員に電話をかけていた。

 魔法の国特有の通話手段を使うなどということはなく、至って普通の二つ折りの携帯電話を使っている。


「よう、そっちの状況はどうよ」


 バスの様子を伺うのはお題目で、マグナの目的は先行するバスの位置の把握だ。

 移動状況は事前に教員間で打ち合わせた通りだったので、彼女は親指と人差し指でOKサインを作ってみせた。予告通り、飛び立つというサインだ。


 地面に描いた即席のスタートラインには、二人の魔法少女が並ぶ。


 長い黒髪をポニーテールに束ねた命は、箒に跨っていた。

 心臓の鼓動を抑えるように、集中力を頂点に持っていくように。ゆっくりと、丁寧に深呼吸を重ねる。


 長い金髪をサイドテールで束ねたフィロソフィアは、樫の杖に跨っていた。

 腕を組んだまま沈黙し、目をつむったまま動かない。まるで瞑想するような姿勢で、魔力を研ぎ澄ましている。


(結局、私たちは分かり合えないのでしょうね)


 二人で説教を受けて、セントフィリアの景色を一望した。フィロソフィアが正座で足を痺れさせる情けない姿も目撃したし、白亜の城に憧れる乙女の横顔も垣間見た。


 だが、お互いに踏み込むことも歩み寄ることもない。フィロソフィアは命の親切の範疇外に住む人物であり、命はフィロソフィアの野犬の範疇に住む人物である。


 このような問題が起きれば、お互いに頭を下げることはなく、時間が経とうと根本的な敵意が消え失せることもない。


 フィロソフィアが、根木や那須に無礼を働いたという事実は消えない。

 頭一つ下げることない彼女を、命は許すつもりがない。だから容赦なく叩きのめすと心に決めた。それを良しとした。


 湧き上がる熱量はレース前の緊張感をまとい、高揚感へと昇華していく。


(しかし、果たしてそれで全てでしょうか)


 心の中に湧き上がる高揚感は、目前に迫る天敵との戦いに向けるもの、果たしてそれだけなのだろうか。


 何度深呼吸をしても、鳴り止むことないこの心臓の高鳴りは。

 鼓動を占める成分表示は、どこにあるのか。

 その答えは、心臓に耳を澄ましてもわからない。


 マグナが、腕時計の秒針を目で追う。

 時計の針は止まらない。

 命には考える時間が足りない。

 刻一刻と時間が迫るなか、マグナの唇が動いた。


「位置について、用意」


 その声が聞こえた時点で、命は思考を打ち切った。

 空中レースが終えたのち、答えを探せば良いと考えた。


「ドン――ッ!」


 体育教員の掛け声に合わせて、二人の魔法少女が地を蹴り飛び立った。


 心臓が高鳴る意味。

 その答えは飛べばわかる。命はそんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ