第10話 国の掟と体育の授業
命が見上げる先には、憤怒の鬼が立っていた。
教師らしかぬ橙色のショートパンクヘアに、ギラつく真っ赤な双眸。
赤ジャージ姿で竹刀を握る彼女――マグナ=リュカは、二十代前半の若さながら古き良き時代の体育教員を彷彿とさせた。
(ああ、遠い異国の地でも、正座は拷問として扱われているのですか)
ひんやりとする石の地面に正座する命は、身を縮こまらせていた。
はっきり言って迂闊だった。入学初日から早々に大型地雷を踏み抜いた結果、命はマグナから目を付けられる羽目になった。
「あのなあ、お前らは馬鹿なのか!」
バシン、とマグナの怒声とともに竹刀が地面に叩きつけられた。
その音の衝撃で、フィロソフィアの背筋がびくりと跳ねる。命の隣に座る彼女の姿勢は、座禅をしにきた観光客のようにぎこちない。
この臆病者め、と命は嘲るように隣にアイコンタクトを送る。
ムッとしたフィロソフィアも、視線だけで命に敵意を送り返したが、ハッとして直ぐに視線を前へと戻した。
何ごとかと勘ぐるよりも早く、命の顔面にはアイアンクローが叩き込まれていた。顔の骨がミシミシと嫌な音を立てる。
「お前の反省の色は何色だ。真っ赤でも構わね―か?」
「はい、すみません。心の底から反省しますから外して下さいぃぃ」
必死の謝罪の甲斐もあり、命は直ぐに解放された。左手を引いたマグナは、右手の竹刀でもう一度地面を叩いた。
「お前ら入国してから何分経ったか言ってみろ」
「十五分ですわ」「十五分です」
「入国十五分で魔法合戦する馬鹿がどこにいる」
ここに二人居るぞ――ッ! ……などと名乗り上げる場面ではなかった。なので、命は用意していた別の回答を示した。
「ここにいるフィロソフィアです」
「あっ、ずるいですわ。私は名前を聞いてないのに」
(馬鹿正直に名乗りを挙げる方が、悪いのですよ)
命は誰にでも親切を心がけているが、それにだって限度がある。那須に怪我を負わせ、根木には風の魔法を向ける。そんな仕打ちをする人に、親切にする義理はなかった。
「この野犬もですわ、先生。というより、全ての元凶はこの野犬ですわ!」
「あら、フィロソフィアさん。一体どこに野犬がいるのですか。目が悪いのですね、可哀想に。道中で眼鏡でもパリーンしましたか?」
「言わせておけば、この野犬が――ッ!」
食ってかかるフィロソフィアの頭に二度目の竹刀が落ちる。直撃は堪えたのか、お嬢さまはしゅんとなった。
(ああ、なんて小気味良い音でしょう)
少し溜飲が下がって油断していると、命の頭も平等に叩かれた。
「最初に馬鹿は二人だと言ったはずだ。お前も例外じゃないからな、八坂」
「あら、先生は私の名前をご存知でしたか」
「引率する生徒の名前ぐらい覚えてるさ」
(参ったな。もしかすると担任では)
「八坂ざまあみろですわ。八坂、やーいやーいですわ」
命の苗字をインコのように繰り返していると、フィロソフィアはさらにもう一発叩かれた。これにはさすがのお嬢さまも口を閉ざした。彼女は学習する馬鹿である。
(にしても、酷い見せしめだ)
命がそう思うのも無理からぬ話である。命たちを除く外部入学生はすでにセントフィリア女学院行きのバスに乗り込み、高みの見物を決め込んでいた。
二人を見下ろす彼女たちの視線に、先ほどまでの恐れはない。その視線はどこか生暖かく、なかには笑みを浮かべる者もいた。
どうやら命たちを話のキッカケにして、仲良くなった女生徒も複数見られた。私の犠牲が同級生の仲を取り持ったなどとは、さすがにお人好しの命でも言えなかった。
当然、その様な真似はフィロソフィアにはもっと無理だった。お嬢さまは念入りに殺意を込めた視線を飛ばし、バスの乗客を威嚇していた。
(はあ。どちらが野犬なのやら)
心のなかでため息をつく命にも、一つだけ朗報があった。
それは、那須にしかるべき処置が施されたことである。
那須同様に体調を崩した女生徒は数名いたが、女学院側の対応は慣れたものであった。彼女たちを一箇所に集めると、医療品を備えたバスに乗せて先行して送り出した。
(あの転移魔法には、乗り物酔いに近い症状があるのかもしれませんね)
と命は推測したが、深くは考えなかった。今考えるべき最大の問題はそこではない。いかにして目の前の教師の怒りを和らげるかであった。
(助けを求められる相手はいないし、隣にいるのがこれでは)
チラリと横に目を遣ると、フィロソフィアが不機嫌を露わにして睨み返してきた。とてもじゃないが協力プレイは期待できる相手ではなかった。彼女と手を組むぐらいなら、チンパンジーと手を組む方がマシだとさえ思える。
(あのお嬢さまを吊るしあげて、私の罪を軽減するのがベストなのですが)
それも悪手であろう。命は小さくため息をついた。
何より下手に刺激を与えて、フィロソフィアが暴れることが恐い。あのお嬢さまの道連れで評判が落ちた場合、命が背負うリスクは計り知れない。
教員からの不評を買って監視の目が強まることは、そのまま命の死亡リスクがグンと跳ね上がることに他ならなかった。
(死亡リスク上昇中☆ なんて、言っている場合じゃないですよねえ)
隣のフィロソフィアはといえば、ガルルルと唸るだけで毛ほども役立ちそうもない。
金髪のお嬢さまは魔法の腕前を抜きにすると、人に噛み付くばかりで思考が浅い。おまけに重要なところで臆病者が顔を出すときた。正座でプルプル、竹刀にブルブルのありさまである。
(……どうしたものか)
打開策も浮かばないし、このまま正座タイムが続くかと考えた矢先のことだった。二人の女生徒がこちらに駆け寄って来た。
「八坂さん」
一人は命のことを友達と言ってくれた、根木。あの酷い仕打ちを受けてなお、彼女は命の身を案じてくれていた。命はそろそろ土下座も辞さない気分になっていた。
「お嬢さま」
続くもう一人はフィロソフィアの従者、エメロット。根木から「バカ二号」と称された銀髪ショートヘアの少女である。西洋人形めいた顔の彼女は相変わらず冷めていた。
「先生、悪いのは八坂さんじゃなくて私なんです」
「先生、悪いのは先ほどの発言通り、隣のこの子なんです」
「うそーっ! 全部私のせいなの!?」
エメロットが流れるように責任を被せると、根木が驚きの声を上げた。さらりと被せるものだから、危うく根木は全責任を負うところだった。
命の分ならともかく、フィロソフィアの分まで背負う気はない。根木は手を左右にブンブンと振って、慌てて訂正した。
「ち、違います。さっきは八坂さんを庇うために私が悪いと言ったけど、元を辿ればこのフィロ……フィロちゃんが極悪非道の真似をした系!」
「そうです。全ての元凶はこのフィロちゃんです」
よいしょ、と今度もエメロットが華麗に乗っかった。名家の従者ともなれば、乗馬が上手なものである。
「ちょっと待ちなさい。誰がフィロちゃんですか! それにエメロットも、なに私に罪を被せてるのよ!」
「いや、全員罪に問われるぐらいなら、一人吊し上げた方がいいと思いまして」
「なにさらっと怖いこと言ってるのよ! というかまず助けるのであれば、主人である私を助けなさい!」
「一回やって失敗したし、何かもういいかなって」
「何かって何よ――ッ!?」
哀れ。従者にも裏切られたフィロソフィアに味方はいなかった。喚き立てる主人の姿を、エメロットは虫でも見るような目で見ていた。
(それにしてもこの銀髪の子、かなり掴みどころがない)
一言で表現するなら、エメロットは雲のような少女だった。
自由気ままにフワフワ動く従者は、常に相手の思考を先読みしようとする命にとって、苦手なタイプだった。
魔法の腕前を抜きにして、純粋に人として恐ろしさを覚える。命はエメロットを要注意人物リストに書き加えた。下手をすれば名家の魔法少女より余ほど質が悪い。
「あー、はいはい。わかったわかった。お前らの心遣いは強く先生の胸を打ったから、バスに戻れ。早くしねーと入学式に間に合わなくなる」
かしましい少女四人にうんざりしたのか、マグナが手を払った。「部外者はあっち行け」のハンドサインである。だが追い払いに怯むことなく、エメロットが一歩前に出た。
「先生。一応ご存知かと思いますが、忠告いたします。ここに御座します方は、フィロソフィア家のお嬢さまだということをお忘れなきよう」
「はっ、面白いこと言うじゃねえか。名家の名前を出せばあたしが怯むとでも? 『フィロソフィア家』でも『ヴァイオリッヒ家』でも『ハイルフォン家』でも『セントフィリア女王』でも連れて来いよ。全員横に並べて殴り飛ばしてやるよ」
マグナは売られた喧嘩を真っ向から、大人気なく買い取った。
(やばい。この人、目がマジじゃないですか)
名家の名前など知らなくても、さすがに命も最後の名前はわかる。
王国の頂点に立つ女王さまさえ殴り飛ばすと、マグナの眼差しは訴えていた。とても国からお金をいただいて生計を立てている人種の目とは思えない。彼女は反骨精神あふれる、ならず者の目をしていた。
「そうですか。お嬢さまには、手を出さない方が良いと思いますがね」
「ほう。殴ったらどうなるか教えて欲しいもんだな」
「間違いなく言えることはただ一つ、私の給金に響きます」
「……一応考慮しといてやるよ」
「助かります。私も生活が懸かっているもので」
なんとも同情誘う言葉に、マグナはやる気を削がれたようだった。彼女が発していた怒気はどんどんと熱を失っていく。過程はどうあれ、エメロットが一応は仕事を全うした形となった。
「はいはい、先生!」
エメロットに負けてなるものかと、手を挙げて根木が続いた。
この茶番はまだ続くのか、とマグナは呆れ顔だった。
「先生! 私はどこの家の子だと思いますか」
「名家でも許さないが、一応聞いといてやるよ」
「私は根木家の長女です!」
「はあ? どこだよそれ。知らねぇから、さっさと戻れ」
残念ながら、これが根木家のネームバリューである。大方周囲の予想通りの反応であったが、根木だけは大きな衝撃を受けていた。彼女の目元に浮かんだ大粒の珠は、今にも零れ落ちそうだった。
「私のお父さんは、働き者です。ひっく……それに、お母さんもとても良い人です」
「わかった、先生が悪かった。あめ玉あげるから、ほら元気出せ」
「八坂さんのことも、怒らないでくれますか?」
「うんうん、先生は前向きに検討するぞ」
どうやら鬼教師も泣く子には勝てなかったようだ。根木の意見を尊重すると、エメロットと一緒に今度こそバスに帰そうとした。
「ちょっと待ちなさい、エメロット」
フィロソフィアが、遠ざかる従者の背中を呼び止めた。あの殺人幇助まがいの援護射撃がお気に召さなかったようだ。
「あれだけ主人に無礼を働いておいて、何か言うことはないの」
「そうですね。一言で良ければ」
「それは、どんな謝罪の言葉なのかしら」
「ざまぁ」
最悪の捨て台詞を残し、エメロットは堂々と去っていく。
彼女は主人に悪態を吐いた口で、今度は根木に励ましの言葉もかけていた。大切なのは家柄ではありません、と。
「…………」
不思議な援軍二人の退場を眺めていると、マグナたちに向けてバスのクラクションが鳴らされた。顔を向けると、運転手が窓から顔を出していた。
「マグナ先生、どうします?」
「先に行っちゃって下さい。こっちは切りの良いとこで送るんで。なあに必ず入学式には間に合わせますよ」
その言葉を契機に、バスが発車する。バスが遠ざかる姿を、命とフィロソフィアは正座をしたまま見送るしかなかった。
◆
バスが発車してから五分が過ぎたが、その間マグナは終始無言だった。問題児二人は気味の悪さを覚えて、彼女に倣うようにして口を閉ざす。二人とも、下手に藪をつついて蛇を出すのは御免であった。
「そろそろ良いか」
マグナは腕時計を見ると、二人に視線を向けた。
「お前ら立っていいぞ」
素直に従っていいものか半信半疑ではあったが、命が立ち上がってもお咎めはなかった。特に気にした風もなく、マグナは空を見上げていた。竹刀を振るっていたときより、その顔つきは穏やかである。
この人は何を考えているのか……、命にはマグナの意図が読めない。
バスを発車してから五分で罰を打ち切るのは非効率だ。同じ五分なら、同乗させて説教した方がマグナの負担も少なかったに違いない。
(それに、あまりにも罰が軽すぎる)
教師の目から見れば、命もフィロソフィアも素人同然の魔法少女だろう。
二人は本質も理解しないまま、感覚で魔法を行使している。いわば魔法という名の劇薬をラベルも読めぬまま使っているのだ。
先ほどの魔法合戦だって下手をすれば死傷者が出てもおかしくない、危険極まりない行為だ。だというのにその罰が正座というのは、あまりにも軽すぎた。
(もっとも、効果てきめんの方もいるようですが)
生まれたての子鹿のように足を震わせる少女が一人、命の横にいた。後ろから軽く突けば、崩れかけのジェンガよりも簡単に崩れそうである。
「何かしら。用がないなら、汚い視線で舐め回すのを止めてちょうだい」
不遜な態度をとるフィロソフィアだが、下半身はバンビ状態である。
正座愛好家の命は、物珍しい金色のバンビからマグナへ視線を移した。脅威度の観点からすれば、優先すべきなのは彼女である。後々のためにもこの場は穏便に済ませ、禍根を残さない必要があった。
しかし、まず何から話すべきか。先ほどからマグナの様子はおかしい。竹刀を振るうこともなければ、二人に説教はおろか小言の一つも言う気配がなかった。
(沈黙のなかで察しろという、理不尽な説教の可能性もありますが)
迷った末、命は自分から話かけることにした。
「あの、説教とかはしないのでしょうか」
「しねえよ。あんなかったるいこと」
説教は、かったるいことである。マグナは生徒を前にして、はっきりとそれを口にした。二人の想像以上に、マグナという人物は教師らしくなかった。
この言葉に矛盾を覚えたのか、フィロソフィアも会話に加わってきた。
「先ほどは説教していたじゃない」
「バーカ、さっきのは他に先公がいたからだ。一応ポーズが大事な」
不良だが、決して教員の前ではタバコは吹かさない。マグナからは、頭の良さそうな不良の匂いが嗅ぎとれた。直情的なならず者だが、決して考えなしの馬鹿ではなかった。
「あたし、説教とか嫌いなんだよ。あれがダメとかこれがダメとか、否定するばかりじゃ可能性は広がらねぇだろ」
そう言われると命にも思い当たる節があった。マグナの説教は噛み砕くとただ一言、馬鹿という単語に集約された。彼女は最初からロクに説教する気がなかったのだ。
(竹刀も単なる脅し道具でしたしねえ)
叩かれた命はよくわかる。あれはそもそも竹刀ですらない。中抜きされたそれは、打撃音の派手さの割に痛くない物だった。
(この人、全く説教する気がないのですか)
喧嘩を始めた生徒がいれば、先生とはそこに至るまでの経緯を根掘り葉掘り聞き「この様な真似をしてはいけない」と、クドクド語る生き物。それが命の知る教師であったが、どうやらマグナはその枠には当て嵌まらないようだった。
「お前たちぐらいの年ごろは跳ねっ返りだから、自由にさせときゃ良いんだよ。どうせ言っても聞きやしねぇんだから」
「ええ、私は説教なんて聞かない自信がありますわ」
「ははは。馬鹿だ、ここに馬鹿がいるぞ」
自信満々に胸を張るフィロソフィアが、竹刀で叩かれることはない。目の前の馬鹿を歓迎するように、マグナはからからと笑っていた。
「どうした、やけに大人しいな八坂。別にもう馬鹿しても構わねーぞ」
「うーん。生徒に馬鹿しろと強要する教師はいかがなものかと」
「いかがもクソもあるかよ。馬鹿は自由で最強だ。人類は馬鹿をするために生まれてきて、馬鹿をして死ぬのさ」
(うーん。深い言葉なのか、浅い言葉なのかさっぱりわからない)
少なくとも誰かの受け売りではない。マグナの生き様を表す言葉であることは確かだ。
彼女は、海に影を落とす鳥よりも自由である。今だって入学式前にもかかわらず、フライングで講義を始めようとしていた。
「さて、ここであたしの記念すべき第一回目の講義を始めようか。成長期の活発な脳みそをフルに活用して考えろよ。まずは問題だ、あたしがどうして五分も時間を空けてから講義を始めたと思う?」
「そんなの、バスが見えなくなるのを待っていたのでしょう」
「赤点回答だ、フィロソフィア。もっと自由に発想しろ」
お嬢さまの回答を鼻で笑うも、命も以外と乗り気であった。命は考えることが嫌いではない。座学もそうだが、何より自由な発想が求められるこの手の問題が好きだった。
(バスが遠ざかるのを待っていた……それは前提でしょう)
ならば答えはその先にあるはずだ、と命は思考を深めていく。マグナの担当科目が体育であることを合わせて考えれば、この先彼女が行う講義は十中八九体育だろう。
(いや、体育だけでは範囲が広すぎる)
命は脳内のフィルムを巻き戻し、マグナの情報を洗い出す。彼女は、命の知る教師とは違う生き物だ。あれは駄目、これは駄目と可能性を潰すような真似をしない。
良く言えば、生徒の自由を尊重する教育者。
悪く言えば、行き過ぎた放任主義者である。
何かが、見えてきた。
初め命のなかで形を成していなかったそれは、どんどん具体的な形を持ちだした。
(もう少し、後一つ情報があれば……)
――先に行っちゃって下さい。こっちは切りの良いとこで送るんで。なあに必ず入学式には間に合わせますよ。
マグナの言葉を思い出し、命は最後のピースを掴みとる。バラバラだったパズルの絵が組み上がり、命のなかで一つの答えとなった。
「先生……貴方まさかこの状況で、生徒に喧嘩を続けさせるつもりですか」
「やるな問題児2号。良い答えだ」
「えっ、喧嘩の続きをさせてくれるのですか」
喧嘩の再開ともとれる言葉に、フィロソフィアは痺れを切らした。周囲に風を吹かせ、直ぐさま臨戦態勢へと移った。
「それじゃあ白黒つけましょうか、野犬――ッ!」
「教師が殴り合いを推奨するわけないでしょう。この人も最低限は教師ですよ」
「最低限ってお前な。まあ確かに、教師という立場上暴力は推奨できん。殴って良いのはあたしだけだ」
(最低限どころか、この人は最低辺の教員かもしれません)
「まどろっこしいわね。何が言いたいの!」
遠回し会話をする二人に、フィロソフィアは憤る。この気が短いお嬢さまに、マグナはヒントとなるような言葉を送った。
「いいか、ここには喧嘩は出来ないが白黒つけたい生徒。それと遅刻せずに生徒を送り届けると約束したは良いが、時間が厳しくて困っている教師がいる。この二つの問題は、あたしは一遍に解決しようとしているってわけだ」
「……なるほど、そうきますの。本当にこの教師は馬鹿ですわ」
ここまでヒントを並べた段階で、フィロソフィアも答えに行き着いた。マグナに文句を付けながらも、お嬢さまは好戦的な笑みを浮かべている。
「あたしが許可する。攻撃魔法以外ならどんな手を使っても構わない。時間内にセントフィリア女学院の校門から敷地に足を踏み入れろ」
与えられた課題は、手段を問わぬ競争。だが手段は問わないとはいえ、最速を目指す以上、少なくとも移動手段だけは限られてくる。
「当然、移動手段は言わずもがなだ」
命が右手に握った箒を見つめると、マグナがにっと笑った。
「勝負は空中レースだ。言い訳は聞かねぇし辞退も認めねぇ。ここは魔法国家セントフィリアだ。口で言ってもわからない相手にもの言いたきゃ、魔法で語れ」
この国の掟を叩き込む講義が始まる。




