書籍化お礼SS あなたとお茶を
あれから五日。
事件から今日までの間に、王宮からは、正式にフェルナン王子を王太子から降ろすという連絡が来た。それを聞いたラウルが、騎士たちに素早く指示をし、王からの返事を待つまでもなく武門派が手配していた神殿へ、レヒーナを護送していくことになった。フェルナン王子は、国境近くの城へ送られることになったから、当分はそこで監視される生活になるだろう。国境近くならば、文官派よりも武門派の貴族のほうが多い。ここでもラウルの意向が働いたのだろう。
春が終わり、初夏になっていく風を感じながら、エリシアは窓辺で外を見続けていた。
今さら、彼らになにかを感じることはない。ただ、彼らにとっては、都の風を肌に受けるのが今日が最後になるかもしれないというだけで――。
初夏になっていく青い空を見ていると、後ろから声がした。
「エリシア」
「あら? ラウル」
振り返ると、先ほどまでアルバのところに行っていたはずのラウルが立っているではないか。
「一緒にお茶をしないか?」
珍しい。この時間にラウルが屋敷に帰ってきているのもそうだが、さらにエリシアをお茶に誘ってくるなんて。
「ええ、いいわよ」
だから、明るく返した。ひょっとしたら、なにか相談ごとでもあるのだろうか。
そのために早く帰ってきたのかもしれない――そう思いながら、案内された部屋に入ると、着いたテーブルに運ばれてきたのは、エリシアの大好きな揚げ菓子のロゼットだった。
「え、どうして、これを……」
レオディネロ家に来てから、話した覚えはないのに。
「ロラに聞いた。揚げ物で菓子を作るのは初めてだが……食べてみないか?」
「ラウルが作ってくれたの!?」
予想外のことに、思わず大きな声になってしまう。その前で、ラウルはなにを驚いているのかというような顔をしている。
「初陣の頃は、戦場で兵糧の調理もやっていたのだぞ。料理ができるように、初陣前に俺も厨房で叩き込まれた。今では、油釜ゆで担当官免許皆伝の腕前だ」
「そ、それはすごいけれど……」
やはり拷問係にしか聞こえない役職名に、どう反応を返したらいいのか悩んでしまう。
「なんというのか……ラウルが料理をできるというのが意外で……」
思わず言葉に迷いながら答えると、ラウルは少し首を傾げている。
「そうか? 戦場で食べ物が少ないときなどは、みんなで森の動物を狩って食べたからな。おかげで俺も、皮肉剥ぎ担当官としては、名人クラスだと言われるようになった」
「ごめんなさい、やはり拷問係にしか聞こえない役職名なんだけれど……」
もし、戦場でこの役職名で呼ばれれば、相手はこれから拷問が行われるのかと思ってしまうだろう。たとえ、調理の手伝いに呼ばれたのであっても。
(あら、でも――どうして、今このお菓子を作ってくれたのかしら?)
しかも、ロラに聞いてまでわざわざ。
ラウルは、連日帰るのが遅くなるほど忙しいはずなのに。
軍の仕事を早くに切り上げてまで、エリシアの好きなお菓子を作ってくれた。
(ひょっとして……)
親友だったレヒーナが護送されていく日だから、心配で帰ってきてくれたのだろうか。
「ラウル……」
よく見ると、ラウルはエリシアが辛い顔をしていないか気がかりなように見つめている。
そして、親友に裏切られたことをどうしても思い出すこの日に、エリシアが好きなものを作ってくれた――。
「ありがとう」
だから、素直にお礼が言えた。
「とてもおいしいわ」
「そうか、ロゼッタというお菓子は初めてだったから、気に入る味にできていたらよかった」
「お礼に――いつか、私もラウルの好きなお菓子を作ってあげられるように頑張るわね」
これまでは、厨房統括官のメニューに従って作ってきた。最初は、良い奥様に思われるために始めた料理だったが、そのうちラウルがエリシアの作った料理をおいしく食べてくれるのが嬉しくなった。苦手な食材も、当初の理由はともかく、今では栄養のためにラウルに少しでもおいしく食べてもらいたくて、細かく刻んでいる。どうすれば、ラウルがより料理を楽しんでくれるのか――。仕事で疲れて帰ってくるのだ。少しでも、心地よい時間に感じてもらいたい。食べるたびにおいしいと言ってくれるのが嬉しくて、ラウルのために料理をするのが、どんどん楽しくなってきていたのだ。
今日はそれに新しい目標ができた。
――いつか、ラウルの好きなお菓子を、エリシアだけの手で作ってあげたい。
もし、好きなお菓子をエリシアが作って、喜んでくれたら、どれだけ嬉しいか。
ラウルが疲れた時に、同じように出してあげたい。
きっと食べて喜んでくれる顔を見るだけで、自分もホッとする。
そんな夫婦になっていけるような気がする。
だから、幸せな思いで言葉がこぼれた。
「私――あなたと結婚してよかったわ」
そう言うと、ラウルが微笑む。
「そうか、実は最近、俺もずっとそう思っていたから、やはり俺たちは似合いの夫婦だな」
毎日を同じものを食べて一緒に笑い合っていく。そう願える相手といられるのが、とても幸せだとエリシアは笑った。




