その三十六
どうやら隣にいるようで返事が聞こえた。
存在が分かるだけでもホッとする。
ほかにできるのは通訳魔法くらいだ。
……もしかして、言葉が通じる相手でも通訳魔法で話せるかもしれない。
ディアナ様もたぶん隣にいるはず。
通訳魔法を発動して、樽越しの会話を試みる。
『ディアナ様、ディアナ様。聞こえますか?』
『え? え? 何これ、シャルロッテ様⁉』
『わたくしの通訳魔法で会話しています』
『あ、あれ? シャルロッテ様の魔法って言葉を通訳できるんですよね?』
『たぶんですけど、ディアナ様の口布の声は、通訳魔法で変換されて普通の言葉として理解できるみたいです』
『それで、私が口布でうなったのを理解できるのですね!』
『わたくしの口布の声は、通訳魔法で変換されて普通の言葉として発声されているのだと思います』
『だからネズミと会話されているときも、口布をしているのにチュウチュウ鳴けたんですね!』
わたくしってチュウチュウ鳴いていたのだ。
……恥ずかしい。
お馬との会話で、もう人に聞かれないようにしようと決めましたのに。
いえ、ディアナ様を元気づけられるならいいにしよう。
『ディアナ様、気を確かに持ってください。きっと、お義兄様が助けてくれます』
『無理ですよ。私たちを探しようがないですもの』
『お義兄様を呼びに行って欲しいと、お父様にお願いしましたから』
『シャルロッテ様のお父様は亡くなられたんですよ。ああ、あまりのことで、混乱されているのですね』
お義兄様との想い出の品を託した幽霊が、わたくしのお父様だと伝わっていなかったらしい。
どうも誤解があるようだけど、人を心配するくらいの方が気を確かに持てるから訂正しないでおこう。
お互いを励まし合いながら過ごしていると、しばらくして荷馬車が止まった。
時間経過を考えると国境の検問所だと思う。
検問所には税関があり、自国への輸入の品を両国の領主が派遣した役人が検査する。
大丈夫よ、ここで絶対に見つけてもらえる!
ヘルメア公国の税関もチェックは厳しい。
輸入品への関税は貴重な税収だからだ。
わたくしは自信を持って発見を期待した。
だがしかし、わたくしたちの入った樽は確認されなかった。
ヘルメア公国の税関法では『輸入物は全量検査する』と定められていたはず。
でもなぜか、荷馬車の荷物は一部だけしか検査されなかったようなのだ。
ちょっと!
ちょっと待って!
どうして⁉
なぜすべてを開封して中身を確かめないの⁉
樽の中で仰天するわたくしをよそに、馬車が再び動き出した。
万事休す。
このまま荷馬車が隣国へ入ってしまえば、もう助からない。
ユーリアスお義兄様が他国でわたくしたちを探すにしても、貴族の地位が使えなくてはできることも減る。
入国はできても、言葉の違う他国で地下組織の捜索など困難を極めるだろう。
奴隷業者は証拠を残さないために、急いでわたくしたちの買い手を見つけて、隣国のどこか遠くへ売り飛ばすはず。
そのまま誰にも見つけてもらえずに、奴隷として恥辱にまみれて生きていくのだろう。
さようなら、ユーリアスお義兄様。
シャルロッテは、あなたを愛しています。どうか……お元気で。
涙が流れた。
手足を縛られ、口布をされ、樽に閉じ込められたこんな惨めな姿で、ついにお義兄様と逢える最後の希望も失った。
もう終わりだと、口布を外されたら舌を噛んで死のうと、そう絶望しかけたときだった。
「その荷馬車! 止まれ!」
急に大きな声が聞こえた。
木の樽に閉じ込められていても、わたくしの耳にはハッキリと聞こえた。
それは、わたくしがずっと待ち望んだ声。
大好きなこの声をまた聞きたかった。
この声が聞けるのをひたすら願って。
つらくてもじっと耐えられたのは信じていたから。
お義兄様!
お義兄様が……来てくれましたっ!
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