22. 三年前の罪
嘘を吐くのは得意じゃありません。一つ嘘を吐いたら、その嘘を守るためにたくさんの嘘を吐かなきゃいけない。そうして、相手も自分もたくさん傷ついてしまう。だから、嘘を吐いてはいけない。
小さいころに、大人たちから、誰もが教わることです。だから「お前の誕生日は、十月七日じゃないよな」と先生に言われた瞬間、わたしは思わず、膝の上に乗せたジュースの缶を落っことしてしまいそうになりました。
そう、わたしの誕生日は「十月七日」ではありません。わたしは、三ヶ月前に十八歳になっています。別にサバを読むつもりではありませんでした。ただ、「計画」のことを知られたくないばっかりに、とっさに嘘をついたのです。
でも、嘘を吐くのが苦手なわたしの嘘なんて、とっくの昔に先生の知るところとなっていたのです。なぜなら、生徒の名簿を見れば、わたしの誕生日がきちんと記されています。現に、先生は名簿を見て、わたしの嘘に気づいたのです。
それは夏ごろのこと。先生はわたしの嘘に気づいていながら、ずっとわたしを咎めないでくれました。そして、今も決してわたしの嘘を頭ごなしに叱るわけでも、怒鳴りつけるわけでもなく、優しい口調で問いかけてくれます。
「別に咎めるつもりはないんだけどさ、どうしてそんな詰まらない嘘を吐いたんだ? 」
「それは……」
わたしは悪戯を叱られた子みたいに、俯いて固まってしまいました。嘘を吐いたことを話せば、同時に計画のことも話すことになってしまいます。わたしの下らないかもしれない計画を聞いた先生に、笑われたくはありません。
「笑ったりなんかしないよ。ただ、知りたいんだ。どうして嘘を吐いてまで、エリカの花にこだわったのか。いつか、すべてが終わったときに話してくれればいいって、お前に言ったけれど、もう花壇はないし、エリカの花もない。だから、今知りたい。だめか?」
先生は何もかもお見通しです。そして、「だめか?」などと言われれば、話さないわけには行きません。先生の優しさに甘えて、計画を実行するためにわがまま放題だったわたしには、先生にすべてをお話しなければならない義務があるのです。
「十月七日はお誕生日です。でも、わたしの誕生日じゃなくて、友達の……ううん、友達だった人のお誕生日なんです」
わたしは、遠い日を思い出すように、穏やかな海原を見つめて、口火を切りました。
三年前……。
まだ中学生だったわたしは、水泳部のエースでした。よく笑い、よく喋り、よく怒る、どこにでもいる明るい女の子で、友達もたくさんいましたし、弟と喧嘩したって、いつも勝つのはわたしでした。それは、自分でも信じられないくらい、今とは別人の宮野美咲です。
そんなわたしとは対照的に、菅野衣里果は無口で大人しくて、絵に描いたような、眼鏡のよく似合う文学少女でした。だけど、衣里果はお世辞にも社交的とは言えず、クラスにも馴染めず、いつも一人ぼっちでいることが多く、そのころのわたしは衣里果のことを、自分とは一番無関係な人間だと思っていました。
ある日のことです、部活帰りに、校庭の隅でうずくまる衣里果を見かけました。何をしているんだろう? わたしは、衣里果が体調でも悪いのかと勘違いして、思わず衣里果に声をかけました。クラスメイトとして放っておくわけには行かなかったのです。
「菅野さん、どうしたの? 大丈夫?」
だけど、衣里果は体調が悪いのではなくて、校庭の隅にある花壇の花をじっと見詰めていたのです。ちょっとバツが悪くて、苦笑いしてしまったことをよく覚えています。そして、花壇に目をやると、そこにはヒースがたくさん植えられていました。
「ヒースの花、綺麗だね」
わたしが言うと、衣里果は少しだけ驚いた顔をしました。ヒースというのは、外国での呼び名で、日本ではエリカという名前で親しまれています。何気ない一言だったけど、それはわたしが「花好き」であることの、ちょっとした証でもありました。
「あっ、菅野衣里果。ヒースと同じ名前なんだね。ひょっとして、だから花壇なんか見てたの?」
衣里果はこくりと頷きました。
それが、わたしと衣里果の出会いです。衣里果も花が好きで、特に自分と同じ名前を持つ、ヒースをこよなく愛していました。お互いに「花が好き」という共通の趣味をもつわたしたちは、それまで一番遠い存在だと思っていたのが嘘のように、意気投合しあっと言う間に、親友と呼べる間柄となっていました。
衣里果は無口なりに、いつもわたしの話に耳を傾けてくれました。わたしは、毎日一方的に色々な話をしました。昨日見たテレビの話にはじまって、先生たちへの悪口とか、部活の話とか、恋愛の話。果ては、美味しい食べ物の話まで。そして時折、文学少女の衣里果が薦めてくれた本を貸し借りしたりするような、どうでもいいくらい下らない毎日でも、二人でいる時間が一番楽しくて、それはお互いに感じていることでした。
ずっと、この友情は変わらない。大人になっても、「美咲」「衣里果」と呼び合える、気兼ねない友人を手に入れられたと、わたしは信じていました。でも、永遠なんて、この世界に存在していないなんて、ヒット曲の歌詞にもよくあるように、当たり前のことだったのです。
無口で大人しい衣里果。クラスに馴染めない衣里果。高校受験でストレスの貯まっていたクラスメイトたちにとって、そんな衣里果はストレス解消のための、恰好の餌食でした。
ある日突然に始まった、衣里果へのイジメ。
最初のうちは、軽い悪戯程度でした。ところが日を負うごとに、イジメはどんどんエスカレートして行き、ついには目も当てられないくらいに、酷いものとなっていきました。
衣里果の机は、いつも落書きに汚れていました。「死ね」「根暗」ものすごく幼稚で悪意だけに彩られた言葉が、消えない油性ペンで描かれて、時折、誰かが持ってきた花が机の上に飾られている、と言うこともありました。つまり、死者への献花です。
体操服を隠す。上履きの中に、ガラス片を仕込む。鞄を捨てる。ごみやバケツの水をひっかける。根も葉もない噂を作る。女の子のイジメは、直接的な暴力に訴えないだけに、陰湿極まりないものでした。
きっと、衣里果にとって苦しい毎日だったのは間違いありません。それでも、まじめな性格だから、学校を休むことなく、毎日のイジメを必死耐える衣里果は、見も心もボロボロでした。先生たちは、事なかれ主義の権化で、衣里果に対するイジメを見て見ぬ振りを決め込んでいました。
わたしが十八年でであった大人の中で、もっとも最低な人たちです。だけど、わたしもそんな最低な人たちと、何も変わらない……。
衣里果は、親友のわたしに迷惑をかけたくなかったのでしょう。一度も、イジメについて相談されたことはありません。わたしの前では、いつもと変わらない顔をして、いつもと同じように振舞っていました。
わたしは、それをいいことに、なるべく衣里果のイジメに関わらないようにしました。それは、裏を返せば、わたし自身がイジメられたくないということです。
巻き添えを食うのはゴメンだ。どうせ他人事だ。そんな風に考えていたことは、否定できません。親友はわたしを気遣ってくれていると言うのに、わたしは親友を気遣うどころか、自分がイジメの被害者にならないように、少しずつ彼女と距離を置くようになって行きました。
話しかけられても無視したり、困った顔を見かけても気づいていないフリをして、あからさまに彼女を避けるうちに、わたしは加害者の立場に回っていることに全然気づきもしませんでした。それが、一つの事件を引き起こすなんて、思いもせずに……。
だんだんと元気をなくし、まるで抜け殻のようになっていった衣里果は、ある夜、家族が寝静まったころを見計らって、お風呂場で自分の手首を切りました。だくだくと流れる血を湯船につけ、ひっそりと死のうとしたのです。
幸い、衣里果のご両親がすぐに気づいて助けたため、一命は取り留めたものの、それを知ったわたしはショックでした。そのときになって、わたしは初めて自分の罪に気づいたのです。
わたしはとるものもとりあえず、すぐに病院へ走りました。だけど、衣里果は会ってくれませんでした。「美咲にだけは会いたくない」と言ったそうです。お互いを親友だと認め合っていた衣里果にとって、わたしは薄情者の裏切り者です。ヒドイやつです。最低の人間です。そんなやつに会いたいわけがありません。
衣里果は退院後、家族と共に遠い街へ引越していきました。
時間の流れに「もしも」なんて存在しなくても、もしもわたしが衣里果の最後の友達で居続けたなら、きっと彼女は自殺を思いとどまったかもしれません。でも時間は戻せず、わたしは彼女の心と、白い手首に、深い傷跡をつけてしまったのです。
もちろん、わたしだけが悪いわけではありません。だからと言って、わたしは罪から逃げ出すことなんて出来ませんでした。結果として、わたしは「ごめんなさい」を言うことも出来ないまま、趣味だった押し花作りを止め、水泳部の友達やクラスメイトの輪からも外れ、明るかった自分の性格と共に笑顔を封印することにしました。
それが、わたしにとっての唯一の罪滅ぼしのつもりだったのかもしれません。親友を傷つけて、その命を奪おうとした罪人は、笑ったりしてはいけないと思ったのです。衣里果がどれだけ苦しい思いをして、自らの命を絶とうとしたのかを考えたら、楽しいこと嬉しいことに甘んじていてはいけない。
でも、そうやって長い人生を生きていく勇気は、わたしにはありませんでした。
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