40.一緒にダンスを
その頃、レオンは黙って壁に寄りかかり、エラを待っていた。レオンの婚約者を決めるために開かれた舞踏会だと言うのに、周りにいるご令嬢とは一言も喋っていない。
ご令嬢たちもかなり粘っていたが、さすがに諦めてしまい、レオンの周りには誰一人いなかった。今晩の主役であるはずなのに、近寄るなという無言の圧力がひしひしと伝わってくる。
「レオン。そんなんじゃあ運命の乙女にも怖がられて近寄ってこないんじゃないかな」
「殿下」
そんなレオンに声をかけたのは、殿下であった。殿下はクスクスと面白そうに笑っていた。
「それともお目当ての令嬢はまだなのかな?」
全てを見透かしたような殿下の物言いに、レオンは口をへの字に曲げた。
「彼女がいないならここにいる意味がありません」
「かなりご執心だね」
「ええ」
レオンは素直に頷いた。あまりにあっさりと認めたので、殿下は目を丸くした。
「君がそんなにあっさり頷くなんて意外だな」
「当然です。なんせ一度は手に入らないと諦めた乙女なのですから」
レオンが想う乙女・エラは、ダニエルの婚約者だった。エラが自分では無い他の男性と婚約した時、レオンは諦めた。けれど諦めきれなかった。ずっとずっと彼女を想い続けて、他の女性なんて目が向かない。他の女性が皆同じに見えてしまうのだ。
エラだけが欲しい。
ずっとエラの隣にいたい。あの頑張りすぎて甘え下手なエラをとことん甘やかして支えて、そうしていつまでも笑っていて欲しい。エラを甘やかすのは自分だけでありたい。
そう願っている。
いや。それを実現させてみせる。
たとえこの場にエラが来なくても、レオンは絶対にエラを逃さない。
「そうか。どうやら君の一途さを見誤っていたようだ」
「そうですね。しつこいですよ、俺は」
「ああ。まるで獲物を狙うライオンみたいだ」
殿下はふと窓の外を見た。そして楽しそうに笑みを浮かべた。
「よかったね。どうやら獲物が飛び込んで来たようだよ」
殿下の言葉にレオンは目を見開いた。そして慌てて窓の外を見た。
まだ少し遠いが、第一騎士団の馬車がこちらに走って来ている。そこに誰が乗っているかなんてわからない。だが、レオンは会場から駆け出した。
そんなレオンの後ろ姿を殿下はクスクス笑いながら見送った。
「まさか君のそんな姿が見れるなんてね」
レオンは恋愛なんて興味ないと思っていた。だがそうではなかった。
ーーレオンが女性に見向きもしなかったのも当然だね。なんせ彼女にずっと恋焦がれていたんだから。
願わくは、レオンの恋路が明るいものでありますように。
殿下はそっと窓の外へと視線を戻した。
◆◆◆
「姉御ぉ、頑張ってねぇ」
「ありがとうございます!ギル様!」
馬車はものすごいスピードで舞踏会の会場にたどり着いた。おかげで舞踏会はまだまだ賑やかだ。
それでもエラは走っていた。
ギルとリアムに見守られながらも、振り返ることなく走った。
ーー早く。早く会いたい。
エラの頭の中はレオンの事でいっぱいだった。
もしかしたら、他の令嬢と楽しく踊っているかもしれない。
もしかしたら、他の令嬢と婚約を決めたかもしれない。
だがそれでもエラは一刻も早くレオンに会いたかった。嫌な想像は何度もした。諦めようと何度も思った。それでも諦めきれなかった。
だからエラは走るのだ。
そうしてエラは目を大きく見開いた。
「エラ」
エラと同じように走ってこちらにやって来る男性がいた。いつものように優しくエラの名前を呼ぶ。その声を聞くだけで、エラは心が温かくなる。
「レオン様」
会いたかった。一刻も早くレオンのそばに行きたかった。何度も悩んで諦めて、それでもやっぱりレオンの隣にいたいと思った。
レオンの顔を見たエラは、悩んでいた事が馬鹿馬鹿しく感じてしまった。
早くレオンの顔を見て、レオンのそばにいっていればよかった。そうしたら、こんなにもレオンの隣を離れ難いと思っていることに気がつけただろうに。
レオンの視線が真っ直ぐエラを見つめてくる。
エラもレオンから目が離せない。
二人はまるで吸い寄せられているかのようにゆっくりと近付いていく。
そうしてレオンは優しく、そして力強くエラを抱きしめた。
「レ、レオン様?」
今まで優しくされた事はたくさんあったが、抱きしめられた事は一度もない。突然の出来事に、エラは顔が熱くなった。しかし嫌ではないので拒否することもなかった。
ただただ、居心地の良いレオンの腕の中でドキドキしていた。
「良かった」
レオンがエラの耳元でそう呟いた。レオンの腕は少し震えていた。
「来ないかと、思った」
少し涙ぐんだ声でそう言われてしまい、エラは胸がぎゅっと掴まれるような気持ちになった。
本当は、来ないつもりだった。
ーー来て良かった……。
エラはゆっくりとレオンの背中に腕を回した。
本当に、何を悩んでいたというのだろうか。
あんなに優しくエラを受け止めてくれたレオンを信じていればいいだけだったのに。
ーー私、本当馬鹿だったわ。
こんなにもレオンを不安にさせてしまうなんて、と思うのに、こんなにも不安に感じてくれるのが嬉しい。
そんなことを思っていると、レオンはゆっくりとエラから離れていった。そうして膝をついてエラの手を取る。
「俺と、踊ってくれますか?」
レオンの目にはエラしか映っていない。そしてそれはエラも同じだった。
「はい」
もう、躊躇うことも迷うこともない。
「喜んで」
エラは笑顔で頷いた。




