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39.母


『良いか、エラ。しっかりと母君の姿を思い浮かべるのじゃ』


エラは瞳をつぶり、懐かしい母の姿を思い浮かべた。優しかった母は、アリアと似た美しい人だった。優しいけれど、躾に厳しく、エラもアリアもよく怒られた。けれど最後は決まって笑顔で抱きしめてくれるのだ。


ーーお母さん。


エラは一生懸命母の姿を、優しかった母の事を思い浮かべた。


「これは……」


ノエルが目を丸くして、エラの様子を見た。エラの周囲に光り輝く魔力が飛び交い、ゆっくりとゆっくりと、一つに固まっていく。

 そうして人間の形となり、エラの記憶の中の母になった。

 母がゆっくりと目を開け、エラを見ると嬉しそうな笑顔を見せた。その笑顔は、エラの記憶の中と何一つ変わっていなかった。


『可愛い私のエラ』


懐かしい母の姿に、エラは堪えきれず大粒の涙をぼろぼろとこぼした。


「お母様!ごめんなさい!」

『何も悪くないわ。エラも、そしてアリアも』


アリアの魔法の暴走で母は消えてしまった。そんなアリアをエラは止められなかった。しかもアリアの魔法にかかって母の存在さえも忘れてしまっていた。

 たくさんのことを謝りたかった。

 どんなに言葉にしても足りないくらい、たくさんのことが、溢れ出る涙と同じように思い出される。

 魔力のカケラの集合体である母に抱きつけないエラはただただ泣きじゃくった。

 そんなエラを母は優しく見守っていた。


『ねえエラ。あなた好きな人いるでしょ』

「え!?」


突然の母の言葉に、ぼろぼろと溢れていた涙が嘘のように引っ込んでしまった。


『お母さん、ちゃあんと貴方の近くで見てたんだからね!』


そう言われると、エラは顔を真っ赤にさせた。頭に思い浮かぶのはただ一人。

 いつもエラのそばにいてくれて、優しく支えてくれる騎士団長の姿だ。


『貴方のことを甘やかしてくれる人、貴方のことを大切にしてくれる人、貴方の味方になってくれる人。そんな人逃しちゃダメよ』

「でも、私ダニエル様のこともあって……」


エラは俯きがちにそう告げた。


『お母様は最初から反対だったのよ。公爵ってことで断れなかったけどね』

「そ、そうなの?」

『そうなんですぅ』

「ふふっ」


母の冗談めいた言い方に、つい笑いが溢れてしまう。


『前を向きなさい。アリアも前を向き始めてるのに、貴方だけいつまでうじうじしているのですか。アリアを待つと決めたのでしょう?』


そうだ。エラはアリアを待っていようと決めたのだ。罪を償ったアリアを支えられるように、エラも強くならなければならない。


『アリアはきっと罪を償い成長して戻って来ます。うんといい女になってね』


エラは母の言葉に頷いた。

 あのアリアのことだ。

 きっと大丈夫だ。アリアの心配なんてきっと余計なお世話だ。もしアリアが大丈夫じゃなければ、アリアを迎える時、エラが支えればいいのだ。

 そのためにも、エラは前を向いて、進まなければならない。


『仕事とか失恋とか理由にしちゃダメ。貴方はいい女です!一回の失恋くらいなんですか』


エラは図星を突かれてしまった。

 レオンへの想いを自覚しても、行動に移せないのは結局自分が臆病なだけなのだ。ダニエルのことも、言い訳に過ぎない。確かにダニエルのことがよぎることはあるのだが、レオンはそんな事する人ではないということだってわかっている。

 アリアがいるから、という事を理由にダニエルから離れた。

 誰かを言い訳にして、何かに原因を押し付けて、行動できていなかっただけなのだ。


「うん」


エラを縛るものはもう何もない。

何かを言い訳になんて、出来ない。

エラは力強く頷いた。

覚悟はできた。

もうあとは、彼の待つ場所に行くだけ。


『さ。早く行きなさい』


レオンの待つ舞踏会に行くと決めたエラだったが、ふと自分の服装に視線を落とした。


「あ……私、ドレス……」

『任せるのじゃ!エラよ!』

「ミリウス様」


今まで様子を見守ってくれていたミリウスが一歩前に出た。ふんぞりかえった様子で、前足を力強く踏み締めると、エラはミリウスの魔力に包まれた。


『聖獣印の特注品じゃ!』


一瞬のうちにエラは美しいドレスを身に纏っていた。淡い水色のマーメイドドレスが波のように揺れ動いて、エラのスタイルの良さを強調している。

 ふわふわフリルが似合うアリアとは逆の、スタイリッシュで綺麗な姿だ。


「ありがとうございます!」


けれど、エラは自分が美しくなったことよりも、これでレオンのもとへ行ける事の方が嬉しかった。レオンは普段のエラの姿を知っているのだ。

 美しく着飾ろうと、普段通りだろうと、きっとレオンは変わらない。

 覚悟を決めたエラは、踵を返して舞踏会の会場へと急ぐのだった。


『エラ。行ってらっしゃい』


娘の姿を、母は優しく見送って、そうして再び姿を消したのだった。




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