37.胡散臭い騎士達
最近騎士団のみんながおかしい。
エラがいつも通り仕事をしていると、騎士達が胡散臭い笑顔で近付いて来るのだ。
「お。姉御さすが姉御!力持ち!」
「馬鹿!力持ちは褒めてねえよ!」
「やべ。えっと……その……女子力高いね!」
「それ、女子力の意味間違ってるぞ」
とか。
「姉御今日もおしゃれっすね」
「え。いつものエプロンだけど……エプロンっておしゃれなんですか?」
「うっ。うーん……男性は好きっすよ?エプロン」
「はあ」
とか。
「姉御可愛いね」
「ありがとうございます」
「お前、エラに興味あったのか。へぇ?」
「団長!?いつからそこに!?」
「最初から。ちょっと詳しく話聞きたいぜ」
とか。
とにかくやたら褒めてこようとしてくるのだ。しかしなんというか、全てが胡散臭くてしょうがない。
正直あまり褒められた気持ちになれない。ただただ不信感が募るばかりである。
何かしてほしいことでもあるのだろうか、とエラは首を傾げていた。エラの食事を気に入ってくれている彼らのことだ。きっと夕飯のリクエストあたりだろう。エラはそんな事を考えていた。
けれど待てども待てども彼らが夕食のリクエストを言ってくる素振りはない。では何がしたいのだろうか、とエラは首を傾げるばかりである。
「姉御。魔法のことでミリウス様のところに行こうか」
「はい、ノエル様」
ノエルに声をかけられ、エラは考えを中断させた。
ーー考えても仕方ないわね。
そう気持ちを切り替えて、いそいそと出かける準備を整えていく。ノエルはいつもと変わらない様子で、少し安心する。
あれからエラはミリウスから魔法のことを学んでいる。その補佐としてノエルもついてきてくれているのだ。聖獣の部屋でやっているため、フィンやグリフも色々と教えてくれる。いつも賑やかで楽しい時間だ。
エラの魔力が聖女と同じ力らしいと聞き、それならば聖獣様達に見てもらうのが一番だという話になったそうなのだ。
そして妹であるアリアの力の暴走についても検証していくらしい。血縁者は同じ系統の魔力を持つ。そのためエラとアリアの魔力の系統は同じということになる。エラの魔力の系統を知り、アリアの魔力が暴走した経緯を確認するのだそうだ。
そのため、エラは出稼ぎとしてではなく、保護対象として当分この第一騎士団にお世話になることになった。何もせずにいるのは性に合わないので、仕事はそのまま行っている。
正直、エラは残してきたエバンス領の事も気になる。しかし今は叔父に任せておくのが一番だろう。今は自分の魔法のことが最優先である。
エラは聖獣の部屋の扉の前で唇を噛み締めた。ミリウスやフィン、グリフたちと仲良くなったと言っても、三匹を前にするとやはり緊張する。
それに、アリアのようにならないためにと、エラはいつも必死だった。エバンス領民を苦しめ、人を操り、そしてレオンたちを傷つける。もしかしたら、自分もそうなっていたのかもしれないと思うと、いつも怖くなる。
しかし、恐怖に怯えてばかりではいけない。
エラはゆっくりと扉を開けたのだった。
『よく来たな!エラ』
『エラちゃん待ってたわぁ』
扉を開けると、いつも通り神々しい光景が広がっていた。一瞬たじろぐものの、三匹から大歓迎された。ミリウスを害したアリアと同じ系統の魔力だというのに、それでもあたたかく迎えてくれることは本当に嬉しい。
「今日もよろしくお願いします」
『うむ!早速始めるかのぅ!』
「はい!」
今はエラにできる事を精一杯する。エラは己の魔力で他の人を傷付けないため、気合を入れるのであった。
そしてそんなやる気に満ちたエラを、ノエルは優しく見守っていた。
今日もミリウスとフィンに、これでもかと言うほど手厚く扱われながら、エラは魔法について学んでいった。
『ノエルよ』
「グリフ様、いかがされましたか」
『お主の家はどうなっておるのじゃ?』
「私の家……というか聖女に連なる家系はみんなダニエルの後始末に奔走しています。おそらく今後については一族の魔力強化に力を入れざるを得ないでしょう」
『そうか』
「私は姉御の魔力の検証の役割でしょうね」
『確かに適任だな』
ダニエルが残した課題は多い。聖女に連なる家系でありながら魔法に操られてしまったという失態。それに加えて近衛騎士団としての注意散漫による失態。ノエルをはじめとする聖女に連なる家系だけならず、近衛騎士団も今はダニエルの後始末に奔走しているところだ。
全ての元凶がアリアだとしても、ダニエルの失態は見逃せるものではない。
聖女に連なる家系であり騎士であるノエルは、ダニエルの失態に深い溜め息をついた。
それでもまだノエルは良い方であった。
ーー他の奴らが苦労してるところ悪いけど、姉御の魔力検証なんて興味深い役につけて光栄だな。
懸命に頑張るエラの姿を見ながら、ノエルはそう思うのであった。
ーーいや。別の問題があったな。
他人が口を出すと拗れる可能性がある非常に繊細な問題であり、ノエルをはじめ騎士達の専門外の重要課題。それがまだ残っている。
現実から目を背けたいが、これがまた緊急性が高いので困る。
ーーさて。舞踏会はどうしたものか。
笑顔で楽しげなエラが、今は羨ましく見える。
騎士達の悩みなど、エラは気付いてさえいないのだから。
しかも今日がその舞踏会の日だ。騎士達の奮闘虚しく、エラは普段通りに過ごしていた。聖獣達の協力も得て、最後の一押しをしようとここに来たのだが、なかなか上手くいかない。いつでも舞踏会に行けるよう準備をしているのだが、エラにそんな素振りは全く無い。
むしろエラはフィンとの女子トークを楽しんでいた。
「私、女性とのお喋りなんて、久しぶりです。フィン様とは女子トークができて嬉しいです」
昔から家にこもって家事をしてたエラは友人と呼べる存在がいなかった。騎士団にきてからも男性ばかりで、女子との和気あいあいとした会話に飢えていたのだ。そのため、フィンと喋れることがとても嬉しかった。
『あら?私、オスよ』
「え」
しかし、フィンから告げられた言葉は信じられないものだった。
確実にエラよりも女子力が高いフィンが、オス。
イルカの姿では一見して区別が付かないのは事実であるが、エラはすっかりメスだと思い込んでいた。
『言ってなかったかしら?』
「え」
エラはまだ事実が受け入れられないでいた。けれど、フィンにとってそれはどうでも良い事であるようだ。
『そんな小さなこと、どぉでもいいわよ!』
「ち、小さな事……」
『そ、れ、にぃ。女の子とお喋りなんて、これからたぁくさんあるわよ!』
それもそうである。
なんせ、エラはもう出稼ぎ令嬢ではない。
一人の令嬢としてこれから社交界に出るのだ。
ーー社交界なんて面倒ばかりだと思ったけど、友達作りができるなら、いい事もあるのかも。
エラはちょっとだけ、社交界に期待を持つのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もう少しで完結ですが、1週間ほどお時間頂きます。
すみませんが、最後までよろしくお願いします。




