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34.第一騎士団緊急招集


「姉御、こっちの掃除は終わったよ」

「ノエル様、ありがとうございます」


奥の部屋を掃除していたノエルが戻って来た。エラの方もあとは道具を片付けるだけである。


「私もあとは道具を片付けるだけですので、ちょっと行って来ますね」


そう言ってバケツと雑巾、箒を持って小走りで出て行った。

 それを見計らったようにグリフがノエルに駆け寄って来た。正直、巨大な鷲が羽ばたいてこちらに向かって来られると怖い。フィンもバシャバシャと水面を叩いているが、その巨体でされると波のようにノエルに水が降りかかる。


『ノエル坊!どういう事だ!』

「はい?」


しかもグリフはいつもの落ち着いた様子と違い、必死な形相をしている。


『ノエルちゃあぁーーーんん!!やばやばよぉ!』

「フィン様まで。どうされましたか?」


狼狽える二匹をどうしようもなく首を傾げるしかなかった。

 のんびりした空気が流れていたと思ったが、一体何が起こったというのか。この時のノエルは想像もできなかった。


「すみません。何が起きたのですか?姉御に何かあったのですか?」

『一大事だぞ!』

『エラちゃんってば!ダニエルの元婚約者だったのね!』

「え?はい。そうですね」

『そのことがトラウマで恋愛する気にならんと言っておったぞ』

「え」


ここまできてノエルにもようやく嫌な予感がした。


『だからね!レオンちゃんの婚約者を決める舞踏会にも行かないんだってぇ!』


ノエルは目眩を覚えた。

 ようやくミリウスが見つかり、行方不明になった原因のダニエルとアリアの事も片付いたというのに。あとは殿下がお膳立てしてくれた舞踏会で、レオンがエラに婚約を申し込めばそれで大団円。

 そういう筋書きだったはずなのに。


「それは……一大事ですね」


もしもエラが舞踏会に来なかったとしたら。

凹みまくって使い物にならないレオンの姿が容易に思い浮かぶ。おそらく空気を読めないハムエッグの騎士あたりが、余計な事を言って第一騎士団が地獄と化すのだろう。

 それは何としても阻止したい。


『ようやくレオンちゃんにも春が来たって言うのに。これじゃあ可哀想だわ』


確かに。

あれだけアピールしているというのに、それに気付かれていないだけでも可哀想なのに。絶好の機会である舞踏会にも欠席されては、同じ男として同情する。


『ノエル坊よ。レオン坊のためにもよろしく頼むぞ』


グリフの言葉に、ノエルは深くしっかりと頷いた。


ーー第一騎士団のためにも。


何としてでもエラを舞踏会に行かせなければ。

こうして、新たな第一騎士団の戦いが始まるのであった。


 一方。

 そんな事など知らない第一騎士団の食堂はいつも通り平和そのものであった。

 レオンとエラが結ばれる。あとはもう秒読み段階で、温かく見守るだけ。むしろお祝いはどうするか、サプライズパーティーを開こうかなど、騎士達はウキウキしていた。

 リアムはそんな騎士達をコーヒーを飲みながら温かく見守っていた。


「副団ちょー、レオン団ちょーはぁ?」


仕事を終えたギルが周囲を見渡しながらリアムに声をかけた。


「どうやら殿下に呼び出されているようだね」

「まじぃ?殿下と何してんのぉ?」

「舞踏会の仕込みだと思うよ」

「そこまでするぅ?」


そう言いながらもギルも楽しそうな表情をしている。ミリウスが行方不明になった時はピリピリしていたが、それもひと段落してギルも安心しているのだろう。

 いつも飄々としているくせに、情報収集のために日々駆け回っていたのを知っているリアムはふっと笑みをこぼした。


「姉御は魔法が使えるからね。国としてもレオン団長といい感じならそのままレオン団長とくっついてくれればいいと思っているんだろう」

「ま。それは俺たちもおんなじだけどぉ」


レオンがエラに甘く、必死にアプローチかけていた姿を見てきたのだ。ちゃんと収まるところに収まってほしい。


「あ。皆さん今日は早いんですね」

「あーおかえりぃ。姉御ぉ」


掃除を終えたエラとノエルが戻って来た。


「まあね。ミリウス様の事が片付いたから少し休憩さ」


ミリウスの件で慌しかった第一騎士団は、最低限の任務や訓練以外はおやすみとなっていた。これまでが忙し過ぎたのだ。ほとんどの騎士が午前中で仕事を終えてゆったりとした時間を過ごしている。

 平和が戻って来た証拠である。


「そうだ。昨日の夜、プリンを作ったんです。おやつにいかがですか?」

「やったぁ。食べるぅ」

「うん。僕ももらおうかな」


いつもの笑顔でエラは厨房の方へと走って行った。その姿を見送って、リアムとギルは平和な時間を噛み締めている。


「レオン団長と早く上手くいってほしいものだね」

「だねぇ」

「そのことなんですが」


ノエルがどんよりとした雰囲気で二人に耳打ちした。


「うわ、ノエル、どしたのぉ?」

「ノエルらしくないね」


あまりにノエルが暗いので二人は目を丸くした。


「落ち着いて聞いてほしいんだけど、姉御は舞踏会欠席するらしい」


二人は一瞬ノエルが何を言っているのか分からなかった。

 姉御が?

 舞踏会を欠席?


「「なんだってぇえーーー!?!?」」


二人の思いは一つとなり、大声が食堂に響き渡った。


「どうされましたか?」

「いや!?いやいや、な、何でもないよ?ちょっと驚いただけだから」

「そう!そう!姉御ぉ、俺プリンの他にココアが飲みたいなぁ」

「ココアですか?分かりました。それも作りますね」

「よ、よろしくぅ」


これでしばらく姉御は厨房から出てこない。

 ギルとリアムはノエルに詰め寄った。


「どどどど、どうしたらいいのかい?」

「副団長落ち着いて。とにかく姉御には参加してもらわないと」

「最悪、殿下から命じてもらえばぁ?」

「それは最終手段だろう。どうやらダニエルとの婚約破棄がトラウマらしいんだ」

「マジ害虫だよねぇ。アイツ」

「最後の最後まで」


リアムもギルも忌々しそうに顔を歪めた。その気持ちはノエルも充分よく分かる。


「姉御は今自信喪失しているから、自分でモチベーション上げないと。姉御だって団長のこと嫌ってるわけではないのだから、希望はある!」

「そそそそうだね」


リアムも頷いた。二人の様子を間近で見て来て、少なからずエラもレオンに好意を抱いているとわかるのだから希望は捨ててはいけない。


「とにかく」


リアムは咳払いして真剣な眼差しでギルとノエルを見た。


「第一騎士団緊急招集だよ」




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