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33.トラウマ


 招待状が届いた貴族令嬢達は、色めき立っていた。


「聞きまして?第一騎士団のレオン団長様の功績を讃える舞踏会だそうよ」

「でもそれってレオン様の婚約者を決める舞踏会なんでしょう?」

「気合いれなくては!」

「ええ!あの女性に興味なさそうなレオン団長が婚約者を決めるとなれば、黙っていられませんわ!」


町で見かける令嬢達の話題はこのレオンのための舞踏会で持ちきりだった。騎士団の中でも若手のエースが集まる第一騎士団は、令嬢達に人気がある。

 その中の隊長を務めるレオンが婚約者を見つけようとしていると聞けば、みんなが目を光らせるのも無理はない。


ーーすごい熱気だぁ。


しかしエラはそんな熱気について行けなかった。アリアの影でひっそりと地味に生きてきた弊害か、目立つことは苦手であった。


ーーそりゃそうよね。あんなに優しくてかっこいいんだもん。


レオンはいつだってエラに優しい。少し過保護かな、と思うこともあるが、エラは自分が優しくされるのに慣れていないだけなのだろうと思っていた。

 悲しいかな。レオンのアプローチはエラには通じていなかった。


 ふと、エラの脳裏にダニエルが思い浮かんだ。


ーー私、きっと恋愛向いてない。


あの時だってダニエルと幸せな家庭を築くのだと勘違いしていた。けれど結局そんな事はなかった。

 もうあんな勘違いはしたくない。そう思うと、恋をすることに抵抗を感じるのだ。

 レオンのことは好きだ。

 けれどこの想いをレオンに伝える努力をする事が怖い。

 ダニエルの時のようになってしまうと思うと、じんわりと目頭が熱くなる。

 だからエラはひっそりとレオンのことを想うだけでいいと思った。


 はしゃぐ令嬢達を見送って、エラは頬をペチペチと叩いた。


「よしっ!掃除に行かなきゃ」


彼女達の中に、将来のレオンの奥様がいるかもしれない。そう思うと胸がざわつく。

 けれどエラには自分から動く勇気はない。

 ダニエルとの婚約破棄は、エラの心に想像以上に深い傷をつけていたのだった。


◆◆◆


『聞・い・た・わ・よ〜!エラちゃん!!今度舞踏会があるんですってね!』

『レオン坊の婚約者を決めるのだろう?』


聖獣の部屋に入るや否やフィンとグリフからニヤニヤした笑みを向けられた。人の恋路は聖獣にとっても面白いネタになるようである。


『エラちゃんも行くんでしょ?』

『出来レースだな』


フィンとグリフは互いに頷き合っている。二人は当然、レオンがエラを想っている事を知っていた。

 なのでレオンの婚約者を決める舞踏会の真意にも気付いていた。


「行きません」


なのでエラの答えに二匹は耳を疑った。


『え?』

『む?』


そして互いに目をあせて、目をパチクリさせた。


『む?聞き間違いか?』

『まさかぁ〜。エラちゃんも参加するでしょぅ?』

「行きませんよ」


聞き間違いではなかった。二人は何故そうなってしまうのか分からなかった。グリフは困ったような表情をして口をつぐんだ。

 しかしフィンは黙ってはおれなかった。


『ちょいちょい!どうしてそうなるのよ!?』

「私、恋愛に向いてないと思うんです。ダニエル様のことだってそうだし」


掃除する手を休める事なく、そう答えた。表情を見られると、自分の気持ちに気付かれてしまいそうで、エラはあえて二匹の顔を見ないようにした。


『ちょちょちょおっと待って?ダニエルがなんででてくるの?』

「え」


エラはつい掃除の手を止めてフィンを見た。


「すみません。ご存知なのかと思っていました」

『むははは!我は知っておるぞ!元婚約者なのだったな!』

「はい。そうです。十歳の頃から婚約者でした。けど、妹のアリアと婚約するからと婚約破棄されたのです。それで私はアリアの持参金を稼ぐためにここに出稼ぎに来たんです」

『何そのクソみたいな出来事』


フィンは愕然とした。


「まあもう過ぎた事ですから。でも正直ちょっと今は恋愛する勇気がなくて」


エラは力無く笑った。

その笑顔があまりにも痛々し過ぎて、フィンもグリフも何も言えなくなってしまった。




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