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32.後処理


「レオン、お疲れ様」

「殿下」


レオンの腕の中ですっかり安心しきっていたエラは、「殿下」という言葉で、ハッと我に帰った。そして慌ててレオンの腕の中から飛び出し、身なりを整えた。


ーー本当に殿下だ。恥ずかしい……。


幼い頃にお茶会で会った時は女の子顔負けの可愛らしい顔立ちをしていたが、今は全く違う。金髪碧眼に整った顔立ちで、背も大きく、体も鍛えている。本当に童話の中の王子様のようなイケメンに成長していた。


「苦労かけたね」

「いえ。そもそもミリウス様の件は第一騎士団の失態でもありますから」

「ノエル。このパーティーの参加者は駆けつけた君の一族が記憶を書き換える魔法をかけたようだよ。婚約パーティーじゃなくて、王家のお茶会ということになってる。彼らは今頃王宮の庭園でのんびりしているところだよ」

「ありがとうございます。聖女に連なる家系としても、今回の失態を踏まえ、今後を考えていくつもりです」


ダニエルとノエルは親戚だ。魔法が使える者が少ないこの国では重宝される魔法使いの一族から、まさかの犯罪者がでてしまったのだから大問題だ。

 ダニエルの追放だけでは事済まない。


「そうだね。君たち一族にはこれからも期待しているよ。今回のことは残念だけど、部下を管理できていなかった私の責任もあるだろうから公爵には言っておくよ」

「申し訳ございません」


殿下は笑顔のままだった。その笑顔からは感情や考えはとても読み取れない。エラはレオンの後ろにこっそりと隠れながら成り行きを見守っていた。


「そうだ!レオン」


殿下は手をポンと叩いてレオンの方に向き直った。


「父上に報告したら、ぜひレオンの功績を称えようという話になったよ」

「勿体無いです」


そう言ってレオンは深々と頭を下げた。それを真似してエラも頭を下げた。


「ついでに婚約者のいない君が婚約者を選べるよう、たくさんのご令嬢を呼ぶそうだよ」

「え」


殿下の言葉にレオンは動きを止めた。ノエルも目を丸くしている。

 そして、エラはこの世の終わりのような表情でレオンの背中を見つめた。後ろにいてはレオンがどんな表情をしているのかはわからない。

 見たいようで、見たく無い。


「楽しみだね」

「え、ええ。そ、う、ですね」


殿下に合わせるようにレオンは歯切れ悪く頷いた。

 しかしそれがエラにはショックだった。


ーーレオン団長が……婚約者を作る……


ようやく恋心を自覚したというのに、何という事だろうか。


 残念なことに、この時のエラは自分がレオンの婚約者になるという考えは全く無かった。


 エラはひっそりとレオンを想うだけで良かったのだ。その時間が永遠に続くとは思っていないが、少しでも長く続いてくれればいいと思っていた。片思いを堪能できるだけでよかったのだ。

 だと言うのに、レオンが婚約者を選ぼうとしている。

 エラは片思いすることさえ許されないのだと、思い込んでしまった。


「あ、あの殿下」

「まあまあ。ちょっとこっちにおいで」


レオンが何か言おうとして、殿下は楽しそうに手招きした。レオンは複雑な表情のまま殿下のそばに近寄った。

 殿下は面白いおもちゃを見つけた子供のような表情をしている。そうして楽しそうにレオンに耳打ちした。


「レオン、君の意中の君も来るんだよ?絶好の口説きチャンスじゃないか」

「!!」


レオンは思わずエラの方を見た。呆然としているエラには何も聴こえていないようだった。


 これまでもエラをことあるごとに甘やかしてきた。

 しかしそれは団長という地位を利用しているだけの職権濫用だ。

 今回の件で、貴族達のエラへの認識は変わってくるだろう。婚約者を奪われた令嬢のエラだが、その婚約者達が犯罪者となったのだ。ここぞとばかりにエラに求婚してくる男が出てくるはずだ。

 今まで社交界にほとんど出てこれなかったエラだが、彼女も綺麗な顔立ちをしていた。アリアのように目立つドレスを着ないので目立たないだけなのだ。

 しかし、これからは違う。

 エラも社交界に出て多くの男性と出会う。その中でエラの美しさに気付く男性も必ずいる。

 そんなぽっと出の輩にエラを取られるなんて、レオンには我慢できそうにない。


「頑張ってね」


殿下の含み笑いに、レオンは何も言えなかった。誰にも話したことはないし、殿下の前でエラを甘やかした事もない。けれど殿下には何でもお見通しだというわけである。


 ようやくチャンスが巡ってきたのだ。

 今度こそ誰にも渡さない。


 そんなレオンの決意とは裏腹に、エラは凹みまくっていた。


ーーレオン団長の、婚約者を決める舞踏会かぁ。あんなに素敵な方なんだもん。


いつ舞踏会が行われるかは分からないが、エラの片思いも残りわずか。レオンに婚約者が出来たら、エラの片思いなんて邪魔にしかならない。

 その時はこの恋心はすっかり捨ててしまわねば。


 エラはようやく芽生えた恋心を捨てる準備を始めていたのだった。


「そうだ。エラ嬢」

「は、はい」


心なしかエラの返事には元気がない。


「エバンス伯爵だけどね。確認したらかなり洗脳が酷かったから、今は療養中だよ。エバンス領は伯爵が立ち直るまで彼の弟君が取り仕切ってくれるらしいよ」

「おじさまが?」

「うん。なんたって彼はこの王宮で財務を担当してくれていたからね。人材も王宮から派遣するよ」

「ありがとうございます」

「その代わり、アリア嬢の魔法のことは他言無用だ」

「はい。勿論です」


エラはしっかりと頷いた。

 エバンス領のために王家がここまでしてくれるなんて、勿体ないくらいである。


「それとエラ嬢にも魔法について後日確認をする。今はノエルも近くにいるし、第一騎士団もいるから何か起こるとは思えないけど」

「はい」


エラにも魔法が使えたのだ。アリアのようになる可能性は低くても、その力を制御する方法は知っておきたい。

 エラは力強く頷いた。




いつも読んでいただきありがとうございます。

次回の更新は10月6日予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 意中の相手がわかっているのに他の令嬢も呼ぶ必要性が、ちょっと良くわかりません。悪手過ぎます。 呼ばれる他の令嬢にも失礼だと思いました。
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