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31.罪


 アリアが座り込んだところをリアムとノエルが素早く駆け寄り、縛り上げた。

 縄で縛られる時も声一つ出さず、アリアはしばらく放心状態になっていた。隣にいたダニエルは気を失っているのでノエルがすぐに縛り上げ、椅子代わりに座り込んでいる。


「全く。一族の名折れだよ、ダニエル」


ノエルはため息をついた。相手がいくら強大な魔力を持っていたとしても、まさかここまで酷いとは。もはやフォローのしようがない。

 さらに洗脳関係なく守秘義務まで破ってしまっているのだから始末が悪い。

 彼を待つ未来は、とても明るいとは言えない。魔力があるが故に追放する事はしないだろうが、何せ前例がない程の失態である。

 一族の一員として、ノエルは頭を痛くするのだった。


「ノエル、座ってないで行くよ」

「そうですね、副団長」


リアムは優しくアリアを立たせていたが、ノエルはそんな事をするつもりは全く無い。ダニエルの片足を持って引きずりながらレオン達の元へと戻って行った。


 そして二人が捕えられるのを、エラはポカンと口を開けて見ていた。

 自分でも何をしたのか全くわからない。

 何が起こったのかもよくわからなかった。

 しかし、隣で支えていてくれたレオンが力強く抱きしめてきた。


「よくやった!エラ!」


そして頭をぐしゃぐしゃと撫で回された。いつもは優しく髪が乱れないように撫でてくれるが、今は喜びでいっぱいで加減ができていない。

 あまりの勢いに、エラは頭をもクラクラと動いてしまい、目が回ってしまった。


『本当によくやったぞ!エラ!』

「ミリウス様まで」


今度はミリウスがじゃれつくように擦り寄って来た。しかし今のミリウスは巨大なライオン。

 すりすりされるだけでエラは体をバランスを崩し倒れそうになった。


「きゃ」

「おっと」


しかしもちろん、レオンが優しく抱きとめてくれた。


「大丈夫か?」

「は、はい」


先程レオンのことが好きだと自覚してしまったエラは、恥ずかしくてレオンの顔を見れない。顔を真っ赤に染めて俯いた。


「な、なんで」


そんな楽しそうなエラとレオンの様子を見て、アリアは再び暗い感情を抱いた。


『無駄じゃ』

「えっ!」


また、エラから奪えばいい。そう思ってレオンに洗脳魔法をかけようとしたが、阻まれてしまった。今までこんなにもあっさりと魔法を阻まれたことなどなかった。

 それをやってのけたのが聖獣だと分かり、アリアは顔を真っ青にした。


『我はお前よりも強い!こんな魔法、不意を突かれなければ簡単なものじゃ!ふははは!!』


ミリウスはふんぞり帰った。それを忌々しく睨みつけると、縄を強く引っ張られた。

 そしてその拍子にアリアは倒れた。


「きゃあ!」


悲鳴を上げても、誰もがアリアを責めるように睨んでいる。

 こんな経験、アリアにはなかった。

 誰もアリアを認めてくれない。

 誰にもアリアの美貌が通用しない。

 そして、魔法さえも使えない。

 アリアに残されたもの等何もないと言わんばかりの、虫を見るかのような視線に、アリアは目に涙を溜めた。


「アリア」

「お姉様」


エラはアリアを憐れむような目をしている。


「お姉様は狡いわ。私が持ってないもの、ぜんぶ持ってる。私には何もないのに。愛情が欲しかっただけなのに」

「アリア、貴方は魔法を使って手に入れたんじゃないの?」

「全然違うもん!」


見た目ばかりにこだわって、中身を磨く事をしなかったアリアは、いつも自信がなかった。見た目なんて、自分より若い子が出てくれば、価値は下がっていく。

 そんな事、アリアにだって分かっていた。

 見た目じゃない価値を持つエラが羨ましかった。

 エラに勝ちたかった。

 でもアリアがエラに勝つなんて、可愛いしかなかった。

 だから可愛いを求めた。


 でも本当は、欲しかったのだ。

 可愛くないエラがダニエルと婚約した時、アリアはエラという人間を愛してくれる人がいる事を心から羨んだ。

 それが自分も欲しいと思った。

 アリアの可愛い見た目ではなく、アリアを愛してくれる人が。


 魔法を使ってダニエルを奪っても、いくら自分の思い通りにしようとも、そんなものはまがいものだ。


「そうよね。そんなものまやかしだもの」


でもそれに気付くには遅すぎた。膨れ上がった傲慢な気持ちは、アリアには制御できなかった。

 魔力があったから、他の人もアリアに逆らえなかった。


「お姉様……」

「アリア」

「ねえ、助けてお姉様」


エラの気持ちは揺らいだ。アリアがした事はとても許されない事だ。罪を償わなければならない。

 けれど、アリアだけが悪かったのだろうか。

 エラがもっと、もっとしっかりしていれば。

 アリアをこんな風に追い詰めなくて済んだのでは無いだろうか。


「それはダメだ」


レオンの言葉で、エラは我に帰った。


「私、私、認められたかっただけよ!!みんなに私を!私だけをみて欲しかっただけ!!何も悪くないじゃない!!ねえ?そうでしょ?」

「そのためにお前がしたことはなんだ?エラを傷つけ、殿下に不敬を働き、魔法を使って人の心を操る。そんな事をして、誰がお前を認めると言うのだ」

「仕方ないじゃない!私は悪くない!」

「そんな事されたら、お前はそいつを認めるのか」


アリアは泣き叫んで訴えた。ポロポロと涙を流しながら、レオンの言葉を噛み締めるように考えた。


「……っ。……ゆ、許せません……」


アリアはこの時、ようやく傲慢な自分に、区切りをつけることができたのだった。


 ただ静かにリアムに連れて行かれるアリアを見て、エラはレオンの方を見た。

 アリアの罪を理解した上で、何とかならないのか、縋るような目でレオンを見つめた。

 しかし、レオンは首を横に振った。


「エラ、ここで我慢する必要はない。アリアの罪はアリアの物だ。エラは関係ない」

「でも私はあの子の姉です」

「なら待っていてやれ。彼女が罪を償って出てきた時、支えてあげればいい。ここで手を差し出しても、彼女のためにはならない」


その通りだ。アリアの罪は、アリアが償わなければ、何の意味もない。

 エラには待つ事しかできないのだ。


「そうですね」

「エラ、辛い時はオレが支える」

「ありがとうございます」


レオンがエラを優しく抱き寄せた。

 レオンの温かな胸の中で、エラはそっと涙を流したのだった。




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