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30.聖女の力


『そこまでじゃ!魔女め!』


可愛らしい声が頭の中に響いた。その声を聞くだけで自然と安心感が広がっていく。

 レオンとノエルは目を合わせて頷いた。


「ミリウス様!」

「お待ちしていましたよ」


エラはレオン達と同じ方向を向いた。そこには大きな獅子がこちらに駆け込んで来ていた。走りながらミリウスが咆哮すると、辺りを暗く覆っていた靄が霧散していった。

 それだけで、エラやレオン、ノエルは希望を感じる事が出来た。

 黄金のたてがみが太陽の光を浴びて美しく輝いている。

 まさに聖獣。

 大陸の王者・黄金獅子の名に相応しかった。


「すまない。遅くなった」

「いいや、リアム助かった」


ミリウスの背中に乗っていたリアムが急いでレオン達の元に駆け寄って来た。

 エラはレオンの腕から抜け出して、ミリウスのそばに寄って行った。


『エラ、大丈夫か?』

「はい、ミリウス様」


ミリウスはエラに頬擦りしてきた。ミリウスのたてがみは想像以上にふわふわで、黄金の綿毛のような感触だった。太陽の香りがして、とても温かい。

 その様子を見ていたアリアは、悔しそうに顔を歪め睨みつけて来た。


「な、なんでそのライオンがここにいるのよ」

「アリア?」

「そのライオン!私が追い払ったのに!本っ当に邪魔な獣ね!!」


アリアの言葉に騎士達は剣を構えた。


「アリア=エバンス。どういう事だ。」

「何よ」

「ミリウス様を追い払うとはどういう事だと聞いている」

「あら。そのライオン、まだ思い出せてないの?ダニエル様が連れて来た時も、追い払ってやったのに。まさかこの王宮にまで来てるなんて思いもしなかったわ。だから見かけた時にすぐ同じように追い払ったのよ」

「貴様!」


リアムが顔を真っ赤にさせている。ノエルも普段の穏やかな雰囲気からは考えられないほど静かに怒っていた。


『そうじゃ。あの娘じゃ』

「ミリウス様?」


突然ミリウスが威嚇するような唸り声を上げた。そんなミリウスが怖くも感じる。エラは思わず体をこわばらせた。

 しかし、そんなエラを守るようにレオンが肩を抱き寄せてくれた。


『ダニエルの婚約者を見に行った時じゃ。あの娘、我の気配に気付いて攻撃してきたのじゃ。ダニエルを操って攻撃し、そしてダニエルの記憶も操作したわけじゃな』

「そうよ。なぁんか邪魔になりそうだったんだもん」

『何とか王宮に着いた時もお主が門におった。その時じゃな』

「そうそう。門番がなかなか私を中に入れてくれなくて、むしゃくしゃしてた時に現れるんだもん。いい加減にしてほしかったわ」


アリアの言葉にリアムは愕然とした。この国を守護する聖獣にそんなことをする貴族がいようとは想像もしていなかった。

 しかも国家反逆や陰謀もない、ただの傲慢さゆえの行動だ。


「それが聖獣だからダメって顔してるわね」


リアムの表情を見たアリアが忌々しそうに睨みつけてきた。


「じゃあ教えてよ。私の方が強いのになぁんで私の邪魔するその獣を敬わなきゃいけないわけ?」

「アリア!やめなさい!」

「何言ってるの?お姉様こそやめてよね。魔法さえ使えないくせに」

『甘く見るなよ、小娘』

「はぁ?」


ミリウスはアリアに向かって吠えた。しかしアリアには何も通じていない。そよ風を感じるような気持ちよさそうに恍惚の笑みさえ浮かべている。


「ほぉらきかない」


アリアが傲慢な態度を取れば取るほど、あたりは次第に暗くなっていく。


『エラよ、お主なら何とかできるはずじゃ』

「え?」

『お主もアリアの姉。聖女に連なる血筋のはずじゃ。魔法が使える。しかもアリアに対抗できる聖女の力じゃ』

「聖女様の?」

『祈るのじゃ。エラの望む事を、ただ一心に』


ミリウスの言葉に、エラは戸惑った。

 みんなの事を考えてご飯を作るくらいなら、いつものようにすればいい。

 けれど、祈れと言われてもエラにはどうして良いのかわからない。


「エラ、オレがついてる」

「レオン団長……」

「な?」


こんな状況でもレオンは優しく微笑んで、エラを安心させてくれようとしている。


ーー私、レオン団長のことが、好きだわ。


 レオンのそばにいたい。

 レオンの力になりたい。


 レオンに寄り添われ、支えられながら、エラは祈りのポーズを取った。


ーー私は……私が望むのは……。


 心に思い浮かんだのは第一騎士団での日々だった。

 あの穏やかな日常を取り戻したい。


 エラの願いは小さな光となり、そばにいたレオンを温かく包み込んでいった。


「あたたかい……」


そして光の中は何とも心地よい。幸せな気持ちに包まれていく。


 そしてもう一つ。

 

 エラの心の中には幼い頃に家族四人で楽しく過ごした平和な日々が思い浮かんでいた。

 忘れてしまっていた大切な時間。


ーーアリア、あの頃に戻りましょう。もう遅いかもしれないけど。でも、それでも……。


 エラは祈った。

 第一騎士団と平和な日々を送る事を。

 そして、エバンス家の家族四人の幸せな日々が戻ってくる事を。

 

 その思いは、アリアの傲慢な闇を打ち払い、その場にいたアリアをも包み込んだ。

 温かな光の中、アリアの魔力は削がれていき、気力を失うかのように、アリアはその場に座り込んでしまった。




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