24.レオンの過去
話に夢中になっていたが、時刻はもう昼近い。なのにエラは昼食の準備を全くしていなかった。
「すみません、皆さんのお腹減りましたよね。すぐ作ります」
エラは慌てて食事を作る準備を始めた。
『いや。腹が減っているわけではない。』
「え?」
『以前エラに拾われて、エラが作ったご飯を食べたら魔力が戻った。アリアが魔法使いだと分かればエラにも魔法の力があってもおかしくはない』
エラは目を丸くした。自分にも魔法が使えるなんて、想像もした事がない。
「それは確かに可能性ありますね」
ノエルも頷いた。みんなの視線が集中して、エラは思わず怯んだ。
魔法が使える可能性があると急に言われても、ピンとこない。
「エラ、何でもいい。ミリウス様にご飯を作ってみてくれ」
レオンの言葉にエラは少し考えこんだ。
エラには、自分に魔法があるとは思えない。
もしここでご飯を作って結局魔法は使えないとわかってしまったら……。
ーー『俺たちはエラと一緒にいたい』
動揺する頭の中に、レオンに言われた言葉が蘇った。
ーーそうよ。私が魔法を使えないって分かっても、レオン団長は受け入れてくれる。
エラはしっかりと前を向き、レオンに笑顔を見せた。
「はい!分かりました!」
そう言ってエラは食事作りを始めた。
そんなエラの姿をレオンは優しく見守っていた。
あんなに頑張り屋で、むしろ頑張りすぎてしまうエラ。それを見守り甘やかしてやりたいと、レオンは心から思っていた。
エラがアリアの魔法にかけられていて、さらに元婚約者だったダニエルまで魔法にかかりかけていたのだ。それがミリウスの行方不明とどう関係するかはまだわからないが、どちらにせよ、エラには衝撃的だっただろう。
落ち着いたらエラが困るくらい思いっきり甘やかしてやろうとレオンは思っていた。
ーーまさかダニエル、魔法が解けてエラとヨリを戻したいとか言わないよな。
そんなこと、レオンがさせない。けれど、エラがそれを望むのであれば、レオンは口を出せない。先ほどもダニエルが魔法にかかっている素振りはないと彼を庇うような事を言っていた。
それに優しいエラは、ダニエルから泣きつかれたら、きっとヨリを戻してしまうだろう。
「ダニエルのヤツ……ややこしい事しやがって」
レオンの言い方にリアムは少し首を傾げた。
「レオン団長はダニエルとどういう因縁があるのかい?昔からダニエルはちょくちょくレオン団長にちょっかいをかけてきていたけど」
リアムに指摘され、レオンは黙り込んだ。そんなレオンの様子に、リアムはますます首を傾げた。
しかしレオンが口を開く素振りがないので、肩をすくめて問いかけるのをやめた。
レオンは秘密にしておくつもりだった。
なんせ、エラがダニエルと婚約を結んだのは、レオンがきっかけかもしれないのだから。
◆◆◆
あれは、王家主催のお茶会の時だった。
レオンはダニエルと同じ公爵家令息である。殿下とも年が近いことから、護衛としてそのお茶会に参加することになった。レオンと殿下は小さい頃から一緒にいることが多く、周囲からは近衛騎士団に入るのだろうと言われていた。
けれどレオンにはそのつもりはなかった。
「え?レオンは近衛騎士団に入らないの?」
「はい。オレは近衛騎士団には入らないです」
殿下に尋ねられた時も、レオンは素直にそう答えた。レオンは魔物を退治する騎士団に所属する父を尊敬していた。
いつか自分も魔物を退治して国を守りたい。
そう考えていたのだ。
「それは残念」
殿下もその事を知っていて、何となくレオンが騎士にはなっても近衛騎士団にはならないのだろうと勘づいていた。
「まあ、これからも会えるしね。その時もあんまり畏まらないでくれよ」
「はは。善処する」
殿下にとってもレオンにとっても、互いに気兼ねなく話せる友人のような感覚だった。
しかし、ダニエルにはそれが気に入らなかった。
「殿下!」
「ああ、ダニエルか」
「探しましたよ。……なんだレオン。君も来てたのか」
「まあな」
ダニエルはレオンや殿下よりも少し年上で、近衛騎士団を目指していた。近衛騎士団間違いなしと噂されるレオンを目の敵にして、この頃からレオンは何かとライバル視されていた。
「ダニエル、聞いた?レオンは近衛騎士団には入らないんだって」
「なんだって?」
「そ。騎士にはなるけどオレが目指すのは近衛騎士団じゃないんですよ」
「レオン!それは失礼だぞ!」
ダニエルはレオンが何をしても気に入らないようでら眉間に皺を寄せて睨みつけて来た。もうライバルではなくなったのだから、絡んでこないでほしかったが、そうとはいかないらしい。
「では殿下。オレは少し周囲を見て来ます」
「ああ。頼むよ」
「こら!待て!」
レオンはダニエルから逃げるようにその場を離れた。
ーーなーんでアイツはオレに突っかかるんだ?
レオンは大きなため息をついた。
しかし考えても仕方ない。
レオンは周囲を見渡した。
今日は殿下の婚約者を決めるお茶会だ。
幼い令嬢達が可愛らしく着飾って和気あいあいとおしゃべりしている。しかし、その裏では腹の探り合いをしているのだ。
レオンはそんな煩わしいやり取りは、ダニエルでお腹いっぱいだった。
そんな中で一人だけ、誰とも喋らずのんびりと庭を眺めている令嬢がいた。
それがエラ=エバンスだった。
最初は変わり者の令嬢だなと思って目を引いた。けれど、みな腹に一物抱えた連中の中で、エラはとても可憐で清らかな存在に見えた。令嬢の褒め言葉には相応しくないかもしれないが、人工的に作られた煌びやかな造花の中に慎ましく咲く一輪の生花のようだった。
レオンはいつの間にかエラから目を離せなくなっていた。
けれどここにいる令嬢は、殿下の婚約者候補達である。たかが騎士であるレオンが声をかける訳にはいかない。
レオンはただただ見つめるしか出来なかったのだ。
「おい!レオン!」
不機嫌な表情をしたダニエルがレオンを追いかけて来た。しかしダニエルの声かけにレオンは気が付かなかった。
「何してるんだよ、レオン」
「え。ああ、ダニエルか」
近くに来て肩を揺さぶられ、ようやくダニエルの存在に気がついた。
「君、仕事をサボって何してるんだ?」
「すまねえ。少しぼうっとしてた」
レオンはバツが悪そうにエラから視線を逸らした。そんなレオンの様子を訝しんだダニエルは、レオンが見ていた先にエラを見つけた。
「……彼女はエバンス伯爵家の長女だね。妹君は積極的のようだけど、彼女はだいぶ控えめだな」
「あ、ああ。そうだな」
この時、ダニエルは不敵な笑みを浮かべた。
「話しかけないのか?」
「別に」
ダニエルに悟られたくないレオンは素っ気ないふりをした。しかし、それが逆にダニエルに確信されてしまうのだった。
「そうか。可愛いご令嬢が一人ではつまらないだろうし、私が行ってくるよ」
「は?お、おいダニエル!」
そうして、ダニエルとエラは婚約を結ぶことになったのだった。




