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23.魔法使い


 第一騎士団は訓練を中断して食堂に集められていた。

 そこには、レオンの邪魔をしてボロボロになった騎士達の姿もあった。彼らはその後レオンからこっ酷く怒られていた。そしてその無惨な姿は、他の騎士達に『レオン団長の恋路に茶々を入れてはならない』と思わせるに充分なのものであった。

 騎士達には心から同情しても、誰も労ったり手を差し伸べたりすることはしなかった。

 結局みな、我が身が可愛いものである。


「さて。先程殿下から一つ指令が出た」


みんながいる事を確認したレオンが口を開いた。


「ミリウス様は無事発見された。本日その事を殿下に報告に行った。すると殿下よりミリウス様に危害を加えた犯人を捕らえるようにと命じられた」


騎士達の顔つきはすぐに一変した。その様子を厨房からこっそり見ていたエラはさすが騎士団だなと感心した。

 その時パタンと静かに入口が開く音が聞こえて来て、みんなの視線がそちらを向いた。

 ノエルである。そしてノエルはミリウスを抱き抱えていた。


「レオン団長、ミリウス様を連れて来ましたよ」

「ありがとう、ノエル」

『むははは!参上したぞ!』


ノエルの腕の中でもふもふの体をパタパタと元気に動かしているミリウスは可愛くてたまらない。エラはミリウスを見ているだけで癒されていった。


『聞きたいこととは何だ?何でも聞くがよい!』

「ではミリウス様」


レオンが口を開いた。騎士達は息を飲んで様子を見守った。


「あの日。ミリウス様が行方不明になられた日のことを教えて下さい」

『ふむ。あの日のことか』


ミリウスは短い腕を組んで唸った。グルグルと唸る声も可愛い。


『あの日のことは何故か記憶に靄がかかって思い出せん』

「え?」


思わずみんなざわめいた。

 靄がかかったような感覚とは、魔法による記憶操作の代表的な症状であった。

 しかしミリウスは聖獣である。そのミリウスの記憶操作が出来る魔法使いとなると、騎士団だけでなく、国にとっても脅威である。


「それは、ミリウス様の相手が魔法使いということですか?」


リアムは緊張した面持ちでそう尋ねた。

 勘違いであってほしい、そんな淡い期待であった。

 しかしリアムの質問に、ミリウスはゆっくりと頷いた。

 記憶に靄がかかった感覚にはエラも覚えがあった。つい最近も記憶に靄がかかる感覚があったと思う。けれど思い出そうとしても思い出せないのだ。

 忘れてはいけない記憶を、忘れているような。

 そんな感覚に、エラは何故か焦りを感じた。


ーーあれ?何か、忘れちゃいけないことを忘れてる気がする。


「団長」


ノエルの声にエラはハッと我に帰った。


「どうしたノエル」

「実はですね、姉御の魔法の気配なんですけど、先ほど二人がいらっしゃってようやく分かりましたよ」

「本当か。誰だ?」


ノエルはエラをチラリと見た。その視線に、エラも緊張した。

 聖獣達から禍々しいと言われるエラの魔法の気配。もしかしたらミリウスに記憶操作をした者と関わりがあるかもしれないのだ。

 エラはノエルの言葉を待った。

 しかしノエルは一瞬口をつぐみ、覚悟を決めたような表情を見せた。


「アリア嬢です」


レオンは「やはりか」と呟いた。

 エラには信じられなかった。

 いや、聞き間違いだったかもしれない、と思えた。

 しかしノエルは続けて話した。


「そしてダニエルも操られていますね」


ノエルの話だと、アリアは魔法使いで長年エラに魔法をかけ、そしてダニエルにまで魔法をかけているのだと言う。


ーーアリアが魔法使い?


生まれた時から知っているアリアが魔法使いだと言われても信じられない。聖獣達からエラの周りに魔法使いがいるだろうとは聞かされていたが、それがまさかアリアだったとは考えもしなかった。


「えぇ?でもぉ、ダニエルもノエルと同じ聖女様に連なる家系の末裔でしょぉ?なぁんで気がつかないのかなぁ?」

「え?ダニエル様が……ノエル様と一緒?」

「ああ。そうなんだよ。私はダニエルのウォーカー家とは親戚なんだ。ダニエルも私と同じくらいの魔法は使えるはずだね」


エラは驚愕した。アリアのそうだが、ダニエルのことも動揺を隠せない。


ーー私、婚約者なのに、そんな事も知らなかったのね。


改めて、ダニエルとの婚約がとてつもなく薄っぺらいものだと思い知らされた。しかし、アリアの時のような動揺はない。

 エラの中でダニエルの存在はそれほど大きなものではなくなっていたのだった。


「相手は聖獣様さえ手玉に取る魔法使いだからね。ダニエルも簡単に操られただろう。まあ、気付けなかったのは彼の落ち度だけど」

「彼の自業自得だよ」


リアムの意見にエラも同意だった。しかし、ふと町でダニエルを見かけた時のことを思い出した。

 確かにアリアと一緒にいる時は目も虚でアリアの言いなりに見えたが、町で見かけた時はアリアのことも小馬鹿にするような話をしていた。


「あ、あの」


エラはおずおずと手を挙げた。


「どうした?エラ」

「じ、実は……その。町に買い物に行った時、ダニエル様が女性と二人で仲睦まじく歩いている姿を見かけまして」

「はあ!?ダニエルは婚約者を乗り換えたばかりだろう!?どうしてすぐに別の女性とそんなことができるんだい!?」


リアムは怒り心頭であった。その怒りにはエラも全くの同意見で何も言えない。


「えっと。その時のダニエル様の様子はさっきとは全く違って、むしろアリアを手玉にとって遊びまくろうとしている様子でした。とても操られているとは思えません」

「うっわ。クズじゃん」


ギルもドン引きである。騎士達もさすがのダニエルの行動にざわめいていた。


「だがそれがいつものダニエルだ。話を聞くと確かにダニエルが操られている感じはないな。先ほどは異常な感じだったがな」

「そうなると、ダニエルは姉御ほど魔法がかかりきっていないのでしょうね。腐ってもクズでも聖女様に連なる家系の末裔ということだね」


ノエルの意見にみなが頷いた。


ーーアリアはやっぱり魔法使いなのね。そして、私はアリアに操られてた……。


エラは複雑な気持ちだった。血のつながった妹のアリアがエラに魔法をかけて、何をしたかったのだろうか。

 ずっと一緒にいたはずなのに分からない。


『エラ、お願いがある』

「はい!」


突然ミリウスに声をかけられ、エラの体はビクッと跳ねた。


『ご飯を作ってくれ』

「は、はい。???」


しかしミリウスの口から出て来たのは予想外の内容だった。




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