21.婚約パーティーへの招待
まるでお姫様のように煌びやかに着飾ったアリアが笑顔で駆け寄って来る。そしてそんなアリアのそばにはダニエルの姿も見えた。
可愛らしいアリアと、見目麗しいダニエルは並んでいるだけで絵になる。
けれどエラには二人が地獄からの使者のように見えていた。顔を青くしてどうしようかと頭をぐるぐると回した。
ーー何でここに?
そもそもここは王城の一角。そうそうアリアが入れる場所ではない。この前だって門番を困らせていたというのに。
基本的に王宮には、そこに仕える者か王族に呼ばれた者しか入れない。王族を守るためには必要な事だ。そのため、アリアがどんなにダニエルに会いに来たと言っても王宮に入れる訳がないのだ。
しかもダニエルは近衛騎士団の一人。
婚約者としてはその意味でも呼ばれない限り王宮に来るべきではない。
そしてそのダニエルはアリアにうっとりしている。この前アリアではない別の女性と一緒にいたはずなのに、今はアリアしか見えていない。
アリアは本当に何も考えいないのか、前と同じように無邪気にエラに近寄って来た。
「お姉様!今日はね。お姉様にこれを届けに来ましたの」
そう言って一枚の封筒を渡された。エラはアリアとダニエルに怯えながらその封筒を受け取った。二人とも笑顔だが、それがとても怖く感じる。
恐る恐る封筒を見ると、ピンク色の可愛らしい封筒だ。
「こ、これは?」
「婚約パーティーの招待状ですわ!」
エラは絶句した。
ーー婚約、パーティー?その招待状?私に?
アリアは嬉しそうにダニエルに寄り添った。ダニエルも蕩けた瞳でアリアを見守っている。
エラには意味が分からなかった。
困惑した表情をしていたエラに、ダニエルが高らかに話しかけた。
「ぜひエラにも出て欲しいんだ」
「私に?」
婚約破棄した相手を、婚約パーティーに呼ぶなんて、エラには二人の気持ちが分からなかった。
残念なことにダニエルも以前と何も変わったところはない。元婚約者にどうしてそんなに平然としていられるのか、エラには信じられなかった。
「ね?ね?お姉様。来てくださるでしょう?」
くると信じて疑わないアリアの視線に、エラは目眩を覚えた。
何故、エラがここで働いているのか。
アリアには全く理解できていないのだろう。
「ごめんなさい。私は参加できないわ」
「え。なんで?」
アリアの雰囲気がガラリと一変した。笑顔が消え、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。そのアリアの様子に、エラは肩を震わせた。
「お姉様が私の誘いを断る?おかしいでしょ」
アリアに凄まれると、エラの頭の中が霞がかって考えが曖昧になっていく。
目の前が真っ暗になる気持ちだった。そうして次第にアリアの誘いを何故断ろうとしているのか、エラは考えても何故か分からなくなっていく。
「アリア。しょうがないよ」
「ダニエル様まで」
アリアはダニエルにも睨みを効かせた。しかしダニエルは気にしていないようだ。
「なんせこんな汚い場所で働いているのだから、恥ずかしいのだろうさ。アリアの婚約パーティーに出るなんておこがましいと思っているんだろう。なあ?エラ」
「ま。ダニエル様ったら」
ダニエルの言葉にアリアは満足したようだった。ダニエルと一緒にエラを嘲笑する。
ーーこんな、汚い場所ですって?
エラは自分が馬鹿にされた事よりも第一騎士団を馬鹿にされた事に頭にきていた。婚約者がいるのに女遊びしているような不誠実な男に貶められる謂れはない。
アリアへの恐怖心なんてどこかへいってしまって、今は怒りしかない。
「あー。あ?あれ、姉御じゃね?」
「ん?何してるんだ?」
「げえ。あれってダニエルじゃねえか」
その時、訓練から戻って来た騎士達がこちらに来るのが見えた。
みんな汗だくになって、上着を脱いでいる者もいる。それはエラにとっては普通の光景なのだがアリアにとっては異常だったのだろう。
「きゃ!」
顔を赤くしてダニエルの後ろに隠れた。顔は赤いが眉間には皺が寄っていて、汚い物を見るかのような目をしている。
騎士達は何が起きたのかよくわかっておらず、近付いてきた。アリアは嫌そうだったが、エラは正直とても安心した。
「ふっ。上半身裸なんて。露出狂かい?」
ダニエルは騎士達を明らかに馬鹿にしていた。それに頭に来た騎士達は、ダニエルに突っかかるように睨みつけた。
「はあ!?」
「きゃー!来ないでえ!」
しかしアリアの叫びに思わず怯んでしまった。女子にあまり関わりのない男性達はどうして良いか分からずに狼狽えてしまった。
ダニエルはそれを見て、ニヤリとほくそ笑んだ。
そしてここぞとばかりに嫌味を言い始めた。
「おいおい、私の婚約者を怖がらせないでくれよ」
アリアの頭を撫でながら優しく抱きしめる。その様子を、騎士達は羨ましさ半分、悔しさ半分で睨みつけた。その表情を見ていると、今にも血の涙を流しそうだった。
「くっそお」
エラはそんな騎士達になんと言葉をかけたらいいのか分からなかった。
「お姉様、こんなところで働いていますの!?」
アリアがそう叫ぶと、騎士達はビクッと肩を震わせた。そのおどおどとした様子がなんとも言えない。鍛えられた筋肉ムキムキの上半身を、恥ずかしそうに隠している。
エラはそんな彼らがとても可愛らしく思えた。
「みんな、いい人よ」
「お姉様、おかしいわ!」
アリアが怒鳴った瞬間、エラの頭の中が再び霞がかった。目眩を覚え、アリアの表情がよく見えない。
「いつもそうだったわ。お姉様はおかしいの。だから私の言う事を聞いていればいいのよ。ねえ、ダニエル様?」
「ああ、アリアの言う通りだ」
アリアは頭の中の霞を必死で取り払おうと叫んだ。
「違うわ!アリア!」
アリアは目を丸くして、空いた口が塞がらなかった。エラが反論するとは思ってもいなかったようである。
「私はあなたのところには戻らない。この第一騎士団の人たちといる!」
それはエラの決意だ。
アリアの持参金のためにここにいるのではない。
エラがいたいからここにいる。
「姉御」
騎士達は目に涙を浮かべている。
エラは騎士達が好きだ。
騎士達がいるこの場所が好きだ。
アリアのところになんて戻らない。
ーー私は、私のために私の人生を生きるの。
エラはまっすぐアリアを見つめた。そんなまっすぐなエラの目が、アリアは気に入らなかった。
「何で……私に逆らうの?」
手を震わせて、殺気だっている。令嬢とは思えない様子に、エラは息を呑んだ。
「アリアに逆らうなんて、君はどうかしている!」
そう言った後もダニエルはギャアギャアとエラを責め立てた。
しかしダニエルの声はほとんど聞こえてこない。
アリアの睨みに対抗するように、エラもアリアと向き合った。
それがアリアの機嫌をさらに悪くした。
「私に逆らうなんて、許さないから」
地を這うようなドスの効いた声にエラは怯んだ。今まで怒鳴られたことはあっても、こんな憎しみのこもったアリアの声は聞いたことがない。
「ア、アリア?」
気のせいか、アリアから黒い靄のようなものが見える。そして、アリアはゆっくりとエラに手を伸ばした。
その様があまりにも不気味で、エラは後ずさった。
「そこまでだ」




