20.過保護
それからエラは聖獣の部屋の掃除を任された。
だがまだ魔法の匂いは取れていないらしく、グリフは妙な顔をする。ミリウスも正直に『今日も匂うな!』と言ってくるので、エラは毎日ちょっとずつ傷ついていた。魔法を使える人にしかわからないので、自分ではどうしようもないのだ。
そして今日も聖獣の部屋の掃除へと向かおうとしていた。
「エラ、だいぶ慣れて来たな」
「レオン団長」
出て行く直前、騎士の正装に身を包んだレオンが話しかけてきた。いつもは少し着崩した動きやすさ重視の服装をしているが、今日はきっちりと着込んでいる。普段とのギャップに、エラは思わず見惚れてしまった。少し怖い印象はあるものの、もともと綺麗な顔立ちをしているレオンは、正装するとより王子様のように見える。
「なかなか個性的だろ、聖獣様たちは」
しかし、レオンがいつもと変わるわけではない。ヤンチャっ子のような不敵な笑みを浮かべてそんな他愛ない話をしてきた。
つい見惚れていたエラは、レオンの言葉で我に帰った。そして熱くほてった顔を慌てて逸らした。
レオンはいつもエラを心配してくれる。不敵な笑顔でもエラを見つめる視線は優しい。それがまた、エラの体温を上昇させていく。
「そうですね。でも楽しいです」
「そりゃよかった」
今まで優しさとは縁遠かったエラには、レオンの優しさがくすぐったい。
ーーもうもう!何でレオン団長は優しくしてくれるの?
顔を赤くして慌てているエラを、レオンは楽しそうに見守っていた。何も言わず、じっとエラが落ち着くのを待っている。その時間さえも楽しいと言わんばかりの優しい笑顔だった。
しかし、そんな時間も長く残ってはいなかった。
「団長、そろそろ行くよ」
「あんまり遅いと副団ちょーが怒るよぉ」
少し離れたところからノエルとギルが声をかけてきた。そして二人とも正装に身を包んでいる。
「ノエル、ギル。わかった」
ノエルは普段から綺麗な服を着ているので、正装しても代わりなく美しい。ギルは逆に正装姿に驚いてしまう。ちゃんとした格好をすれば、貴族らしく見える。
そして正装した二人を見て、やはりイケメンだと再確認できた。
ーー第一騎士団のみんなって、本当イケメンだなぁ。
なのに恋人や婚約者がいないというのだから不思議だ。ご令嬢が放っておかなさそうな優良物件だというのに。
普段は動きやすい格好ばかりしているが、正装するとそれを余計に感じる。
「レオン団長、今日は城に行くんですよね」
「ああ。面倒くせえけど、ミリウス様のこと、城に報告しなくちゃいけなくてな」
レオンは面倒くさそうにため息をついた。しかしギルとノエルは逃すまいと両脇をしっかりと固めている。
ミリウスが行方不明になっていた事は、王家の者と第一騎士団だけが知っていた。事を大きくしないために公表していなかったのだ。だが今回ミリウスを無事見つけ出せた事で、第一騎士団の団長として王家に報告に行くのだ。
「ふふ。じゃあ今日はレオン団長の好きなもの作りますよ。何がいいですか?」
「ん。じゃあオムライス食べたい」
「わかりました」
「クリームソースのヤツな」
「はぁい」
エラは思わず笑顔が溢れる。そんなエラの頭をレオンは思わずポンポンと撫でた。
エラは驚いた表情でレオンを上目遣いで見た。
頭を撫でられる事なんて、ほとんどないのだ。子どもをあやすような。けれど子供にするのとは違ったもっと甘い感覚だ。エラは何だかむず痒くて、顔を赤くして俯いた。
この気持ちを何と表現していいのか分からない。
そして、レオンはそんな戸惑うエラが可愛くて仕方なかった。抱きしめたい衝動に駆られたが、グッと堪えて、拳を握りしめた。
自分の中に渦巻く欲望を押し込めて、その感情を隠すように思いっきり優しい笑顔を見せた。
「無理すんな。なんかあったらすぐ言え」
その言葉に、エラは戸惑った。そんな事を言われたことはない。我慢するのが当然で、頑張るのも当然。エラは慣れているのだから。
ーーもう。レオン団長はちょっと心配しすぎだわ。
今までこんなことをされたことはない。どうしたらいいのか分からない。心の奥の方をくすぐられるような、もどかしい気持ちだ。
「さ。レオン団長、イチャイチャタイムは終わりですよ」
「副団ちょー絶対ピリピリしてるや。はは」
二人から急かされて、レオンは不機嫌そうに口をへの字に曲げた。
「じゃ行ってくる」
「いってらっしゃい」
エラは微笑ましく三人を見送った。
ーーさあ。私も早く聖獣様たちのところへ行かなきゃね。
みんなが仕事に行ったのを確認して、エラも基地を出た。
「お姉様〜」
全身の毛がよだつような声が聞こえて来た。
聞き間違えなんかじゃない。
「よかったぁ。会えましたわあ」
「やあ、エラ。久しぶりだね」
二度と会いたくなかった二人だった。
お待たせいたしました。
これからまたよろしくお願いします。




