19.歩み寄り
今日の聖獣の部屋の当番はハムエッグの騎士だった。
『ん〜。四十点ね!』
「えぇ……」
『まずそのだらしなく出てるシャツ、何とかしなさいよぉ!ファッションの前に清潔感が大事よ。じゃないとシルビアちゃんに振り向いてもらえないんだからね!』
「もうシルビアちゃんはいいんです」
『なんだ。また振られたか?』
『あらやっぱり?』
「ま、まだ振られてませんよ!でもここここ、恋人がいるって噂があって。騎士と一緒に歩いてたって」
ハムエッグの騎士はフルフルと手を震わせた。じんわりと目に涙まで浮かべている。聖獣たちはいつものことながら情けなくてため息をついた。
『しっかりしろ。今回は縁がなかっただけだ』
「お、俺。いつも女性に縁がなくて」
『第一騎士団のみんなだってほぼ独身の彼女なしじゃない』
「みんなは作ろうと思えば作れるんですよ。作る気がないだけなんです。団長だって相手を見つけたし」
『あ!やっぱりエラちゃんね!』
「うぅ。俺にも姉御みたいな彼女欲しい」
「何だお前。エラを狙ってたのか」
ふと後ろからいるはずのないレオンの声が聞こえてきて、ハムエッグの騎士は叫び声を上げた。
「きゃーーー!!だ、団長!!これは比喩です!姉御を狙ってるわけではありません!!」
「そうか。まあお前が相手でもエラを譲る気はないからな」
「はい」
無駄にレオンの牽制を受けてしまい、ハムエッグの騎士は恐怖で震え上がった。シルビアちゃんのショックどころではない。
フィンは不思議そうに水槽から身を乗り出した。
『あらレオンちゃん、どしたの?』
「報告があって参りました」
『なんだ。緊急のようだな』
「はい、実は……」
レオンが口を開いた時、部屋の扉が無造作にバターンと開かれた。
ここは聖獣の部屋。そんな不作法なことをする騎士はいない。敵襲かとレオンとハムエッグの騎士は身構えた。
しかし、そうではなかった。
敵襲とは思えない明るく間の抜けた声が部屋に響き渡った。
『今帰ったぞー!』
小さなネコがふわふわと浮きながら部屋に入ってきた。そしてその後ろには息の乱れたエラがいた。必死に走って来たのだろう。汗だくで疲労困憊の様子だ。
『ぎゃーー!!!ミリウス!?それともお化け!?』
『なんだ。ミリウス。ようやく帰ってきたのか』
グリフは思わず駆け寄った。もともと巨大なので、今はまだ小さなぬいぐるみのミリウスを潰さないよう少し距離をとっていた。フィンももどかしそうに水槽の中でバシャバシャと尾鰭を水に打ち付けている。
そんな二匹の様子にミリウスは満足した様子だった。
『うむ!エラが助けてくれたのだ!』
そう言ってミリウスが後ろを振り向いた。しかし、エラは全力疾走した後のようにぜいはあと息が乱れていて、それどころではない。
『娘』
グリフは眉間に皺を寄せて、なんとも言えない表情を見せた。どうやらまだ匂うようである。
『あららぁ』
フィンも動揺に複雑な表情をしている。
『ミリウス、お前早く本体に戻れ。そしたら娘の魔法の気配も感じられるだろう』
『む?今でもちゃんとわかるぞ。めちゃくちゃ禍々しいのう!気分悪い!』
ミリウスのはっきりした言いように、エラはショックを受けた。ミリウスが平然としていたので気付いていないのかと思っていたがそうではなかったらしい。
気分が悪いとまで言われてしまうとしばらく立ち直れそうにない。
『だがこの気配は我を襲ったものと同じだと思うのじゃ。じゃからエラは違う!エラは良い子じゃ』
今度はミリウスの言葉にじいんと胸を打たれた。
「思い出したのですか?」
レオンが真剣な表情でミリウスを見た。ミリウスはにやりと不敵な笑みを浮かべて頷いた。
『ああ。エラのおかげだ』
「え」
『エラのご飯が美味しかったからな!』
さらに料理まで褒められて、エラは頬が熱くなる。自分の頑張りを認めてもらえるのは嬉しい。ミリウスの言葉にハムエッグの騎士も頷いた。
エラのご飯は騎士達の間でも評判が高い。
美味しいので食べると元気になるのだそうだ。
『しかも裁縫まで上手いぞ!』
『あら。その依代、何だか懐かしい感じするわ』
『そうじゃろう!』
エラが縫っている時、ミリウスもそんな事を言っていた。
『本当に素敵ね。そう思わない?グリフ』
『……ああ。そうだな』
グリフはまだエラを認めているわけではないようだが、疑いは晴れたようだ。
少しずつだが、聖獣たちからも受け入れられているのだと感じると、エラは嬉しくなっていった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
次回は9月22日公開予定です。しばらく時間をいただきますが、どうぞ最後までよろしくお願いします。




