13.禍々しい魔法の匂い
「え。姉御、拒否されたの?」
思った以上に早く戻ってきたレオン団長とエラを見た騎士達は目を丸くした。
「へぇーマジでぇ?」
「どういう事だい!?」
「姉御!元気だして!」
聖獣達から掃除を断られたことを話すと、騎士達は一斉にエラの周りに集まってきた。ギルは面白そうに笑い、リアムは驚き、そして他の騎士達も次々と声をかけてくる。
「なんで!?」「姉御、聖獣様怒鳴りつけちゃった!?」「もしかして餌抜きよ、とか言っちゃったんじゃないのか?」「餌抜きはやりすぎだよ」などなど。
畳み掛けるように一斉に声をかけてくるので、エラは机を叩いて黙らせた。
「みんな落ち着いて」
エラの鶴の一声で、みなぴたりと話すのをやめた。あまりに見事な統制にレオンは複雑を表情を浮かべつつ、口を開いた。
「エラから魔法の気配がするらしい」
「魔法?え?魔法が使えたのかい?」
リアムが目を丸くしてエラを見た。エラはリアムの問いかけに、首を横に振った。
「いえ。魔法は使えません。でも魔法の匂い?がするそうなんです」
「それも物凄い黒い魔法らしい」
騎士団は驚きを隠せなかった。
「団ちょー。それってさぁ、ミリウス様に関係あんの?」
ピリっとした空気が流れ、エラは口を結んだ。ギルがいつもの雰囲気と少し違う気がしたのだ。いつも飄々とした態度だったのに、尋問されているかのような鋭い視線を向けられている。
「分からない。だがノエルも感じ取れるほど強い魔法の匂いなんだそうだ」
「へぇーノエルがねぇ」
ノエルの名前を出すと、ギルの雰囲気ほ少し和らいだ。
「んじゃノエルが何もしてないって事はぁ、姉御はミリウス様とは無関係でしょ」
「けれど、姉御が無関係でも姉御の周りにいた者は無関係とは言い切れないよ」
リアムの言葉に、ギルは目を丸くした。そして何か感じ取ったようで深い溜め息をついた。
「あーそゆことねぇ」
騎士達のやりとりを見守っていたエラは、何が何だかさっぱりわからない。ちんぷんかんだった。
「すまない、エラ。今から説明する」
「は、はい」
事の始まりは、数ヶ月前に遡る。
国を守護する三匹の聖獣の一匹である黄金獅子のミリウスが行方不明になったのだ。
「行方不明?!な、どうしてですか?」
「聖獣様達は季節の節目ごとに、依代を使って国中を巡回している。だが今年の夏の巡回で、突然姿を消されたのだ」
「レオン団長は一緒ではなかったのですか?」
レオンは首を横に振った。
「今年の夏は殿下の視察も兼ねていたんだ。それでミリウス様の護衛は近衛騎士団と合同だった。第一騎士団はグリフ様とフィン様に付き従う人数を増やして、ミリウス様の護衛は手薄になっていたんだ。その時の護衛がギルとノエルだ。ミリウス様は三匹の中でも大人しい方だし、殿下とも仲が良い。それなのに朝起きたら突然依代ごと居なくなってしまったのだ」
「ゆ、誘拐ですか?」
「分からない。それならば犯人から何かしらの要求があるはずだが、そんな音沙汰もないんだ。ミリウス様を殺そうとすることも、不可能だろう。そんな魔力を持ったものはいないからな。依代を壊されていれば意識が戻ってくることもできるのだが。あのように意識が戻られていないところを見ると、まだどこかに囚われているか、迷われているかだと思っている。今内密に第一騎士団が探し回っているがなかなか見つけられないでいるんだ」
「そんな……」
「そのせいで今この国の守護はあの二匹で行われているんだ。ミリウス様が行方不明になるというのは余程のことだ。だから禍々しい魔法の匂いに敏感になってしまわれたんだ」
それは警戒されてもしょうがない。
「今回のことは第一騎士団の失態だ。エラは何も悪くない」
「で、でも私の周りに禍々しい魔法の使い手がいるんですよね。その人が私を洗脳して悪いことしようとしていると疑うのは当然です」
「だが魔法の気配を感じ取っていたノエルが監視をしていたようだし、エラは洗脳されていないのだと思う」
その言葉に、エラは胸を撫で下ろした。エラが無意識のうちに洗脳されて、何か第一騎士団の不利益になる事をしていたらと考えるとゾッとする。
「姉御大丈夫だよぉ。多分犯人に目星ついてるしぃ」
「え?」
「ギルにはここ最近ミリウス様捜索のために色々と動いてもらっていたからな。今回の魔法の件とギルの報告を照らし合わせれば犯人は絞られる」
「じゃあミリウス様ももうすぐ助かるんですね」
騎士達の笑顔を見ると、エラは何も心配はいらないと思えた。
たまたまタイミングが悪かっただけ。
きっと、時が過ぎればミリウスも戻って来て、平和な日常になるのだと、エラは思っていた。
◆◆◆
エラを安心させるために「犯人は目星がついている」と話したレオンだったが、正直少し焦りすぎたと思っていた。
エラに言ったことは嘘ではない。
だがその犯人が厄介なのだ。
早々上手くいくとも思えない。
「戻りました、レオン団長」
するとノエルが戻って来た。騎士達は各々の仕事に向かい、エラも掃除のために基地内を動き回っている。
「手間をかけたな、ノエル」
ノエルは笑顔を見せた。
「このくらいなら何ともありませんよ。それと、姉御の魔法の匂いですけど。彼女の妹アリアか、元婚約者のダニエルのどちらかだと考えています」
「どっちだと思う?」
「ダニエルですね。ウォーカー家は聖女に連なる家系の一つですから」
レオンは深いため息をついた。
そう。
ダニエル=ウォーカーはノエルと同じ魔法が使える一族なのだ。
「おそらくダニエルは姉御に洗脳魔法をかけていたと思います。婚約破棄されて、要らなくなった彼女に魔法をかけるのを止めた。だから姉御は洗脳がかかっておらず、匂いだけが残っているのだと思います」
「聖獣様たちは?」
「おおむね私の見解に賛同しています」
ということはほぼ間違いないのだろう。レオンは深い溜め息をついた。まさか元婚約者に魔法をかけられていたとはエラは思うまい。
この事実を知ってしまったらエラは酷く落ち込んでしまうだろう。
それを思うと、レオンは胸が痛くなった。
「それと」
「何だ」
「これはギルから聞いたのですか、最近ダニエルがこの辺りをウロウロしているようです」
「ダニエルが?」
エラのためを考えると、ダニエルとは合わせない方がいいだろう。
それにダニエルがエラに魔法をかけた犯人だとしても、近衛騎士団の彼がミリウスを誘拐する意図が分からない。ミリウスを誘拐したところで、ダニエルには何のメリットもない。むしろ、ミリウスの行方不明が公になれば、彼と共に行動していた近衛騎士団だって批難されることは間違いないのだ。
そして何故この辺りをうろうろしているのかも見当が付かない。
「忙しくなりそうだ」
レオンの呟きに、ノエルも頷いた。
ミリウスの行方不明事件。それと入れ替わりでやってきたエラの、異様なほど禍々しい魔法の気配。しかもエラはミリウスが行方不明になった頃にダニエルから婚約破棄されている。
全てが繋がっているようで、まだ何も繋がっていないのだ。




