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10.お仕置き


「なるほど。それでギルはご飯だけなのか」

「大盛りにしただけ慈悲があると思ってほしいです」


夕食の時間、食堂の片隅でしょんぼりと項垂れているギルに、騎士たちは皆首を傾げていた。何があったのか尋ねてもギルは何も答えず黙々と山盛りの白飯を食べているのだ。

 いつも飄々としているギルの珍しい姿に、騎士一同動揺を隠せなかった。


「ふふ。あのギルにこんなことするなんて、さすが姉御だね」

「ノエル様もやめてください」


ノエルは楽しそうに笑っていた。他人事だと思って楽しんでいるようだが、エラにとっては本当に良い迷惑だ。大嫌いなゴキブリで揶揄われただけでなく、免疫のないエロ本まで見る羽目になったのだから。

 今思い出しても、恥ずかしくて顔が熱くなる。

 気を紛らわすように、エラは食器洗いを始めた。


「いや、本当。ギルもそれだけ姉御のこと認めてるんだよ」

「認めてるんですか?」


今日の悪戯を思い出すと、とてもそうは思えない。おもちゃだと言われた方が納得する。


「姉御、仕事も丁寧だし、私たちに色目とか使わず仕事に一生懸命真摯に向き合ってるからさ」

「そ、そうですか?」


そう言ってもらえると、嬉しくなってしまう。ついついギルの悪戯も許してしまいそうだ。


「そうそう。こんなんでも身分があるエリート集団だからね。ご令嬢たちは放っておかないのさ」


 それはよくわかる。

 第一騎士団の人たちは皆優しくて気さくでいい人たちばかりだ。ダニエルから聞いていた噂とは全く違う。


「姉御が来る前にさ、何人かいたんだ。仕事ほったらかしで騎士たちにアプローチかけてくる家政婦さん。リアム副団長がすぐにクビにしたけどね。そういうことがあってから、家政婦は仕事が一人前になってから騎士たちと顔合わせするようにしたんだ。そしたら来る人みんな仕事が出来なかった」

「え。出来なかったんですか」

「そ。彼女たちは仕事するために来た訳じゃなかったんだろうね。まあ普通貴族の令嬢は家事全般は使用人がするから、ほとんど出来ないのも分かるけど」


ノエルは過去を思い出して、ため息をついた。


「だからみんな姉御の事、好きなんだよ。仕事は丁寧だし優しいし」

「ありがとうございます」

「みんな信頼してるよ」

「照れます」


ノエルから褒められるとすごく嬉しい。今までの苦労が報われていくような、そんな気分になるのだ。

 少し気分が良いので、ギルにおかずを一個だけ追加してあげようかな、という気持ちになってしまう。

 その時。


「姉御おぉーー!!」

「うわ!」


騎士の一人が飛びついてきた。「ハムエッグの騎士」だ。彼の目にはうっすらと涙が溜まっている。


「またダメだったぁーー!!」

「な、何がですか?」

「彼女だよ!彼女!」

「彼女?」

「そ。猛アタックしてるのに、何でダメなんだよぉおーー!!」

「はあ……」


 そういえば、彼には気になるご令嬢がいて、その子に猛アタックかけていると楽しげに話しているのを聞いた。どうやらそれがうまくいかなかったらしい。

 わんわんと泣く騎士を放っておくこともできず、エラはため息をついた。


「ほらね、信頼されてる」

「ははは……」


何故だか嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ちである。「何がいけなかったんだ。」とブツブツ呟く様子がとても鬱陶しい。


「ちょっと姉御、色々アドバイスくれよ」

「え!?」


 それはとても面倒だ。エラは眉根を下げて困ってしまった。

 しかもノエルはちゃっかり距離をとっていて、にこやかに見守っている。完全に傍観するつもりだ。

 エラは騎士に促されるまま、席に着いた。


「えっと、確かシルビア様……が気になっていたんですよね」

「そう!シルビア=ヒューストン伯爵令嬢!俺も伯爵家だから身分も問題ないし、何より美人なんだ!ノエルみたいなキレイ系」


ーーノエル様は男性なんだけど。まあ確かに綺麗だけど。


ツッコミを入れるべきか迷って、そっと心の中で止めることにした。


「お前、キレイ系好きだよな。でもキレイ系ってお前のこと好きにならないんだよな」

「うるさい!婚約者持ちめ!」

「姉御、聞いてよ。コイツ、最初ノエルのこと女だと思ってアプローチかけようとしてたんだぜ」

「馬鹿野郎!俺の黒歴史をバラすなよ!それより今はシルビアちゃんだから!」


ハムエッグの騎士がこほんと咳払いした。ノエルにアプローチをかけていた話をもう少し詳しく聞いてみたい気持ちもあったが、今は静かにハムエッグの騎士の言葉に耳を傾けた。


「ねえ、姉御!オレのどこがダメだと思う!?」


そんなこと聞かれても困る。エラだって、ダニエルと婚約していたので碌な恋愛経験はない。婚約者だったダニエルともそんな甘いやりとりは全く無かったのだ。

 恋愛の話なんて、エラはどう答えればいいか全く分からない。


「えっと、どんな事をしたんですか?」

「毎日こっそり後を付いて行って見守ったり、毎日手紙を送ったり、そして週末には必ず贈り物をした。」


 エラは恋愛経験が乏しい。

 けれどそんなエラにもわかる。


ーーストーカー、じゃないかしら。


これではシルビアに振り向いてもらえる未来は来ないだろう。むしろ通報されて捕まるかもしれない。


「重いです」


エラは一言、感想を述べた。ここは正直に教えないと、道を外してしまう。


「ダ、ダメなのか!?」

「恋人じゃないんですよね?」

「未来の恋人だけどな!」

「私だったらあまり知らない男性から贈り物されたら怖いです。あとこっそり後をつけられるのはもっと怖いです」

「え。そそそそそそうなのか?」

「動揺しすぎだろ、お前」

「正直、逆効果だと思います」


ハムエッグの騎士はショックを受けて呆然としていた。


「えっと、とりあえず話しかけてみるのが大事だと思います。相手のことが分かれば、贈り物も嬉しいですよ?」

「…………ありがとう。姉御」


打ちひしがれる彼には申し訳ないが、これで彼が真っ当なアプローチをしてくれればとエラは思った。


そんなエラと騎士達のやりとりを、レオンとリアムは遠くから見守っていた。


「……だそうですよ、レオン団長」

「うるさい」

「そうですよぉ、しつこい男は嫌われますよぉ」


そしてその近くで白飯を食べていたギルもニヤニヤと楽しそうに話した。


「ギル?」

「すみません」


けれど今のギルはとてもレオンに逆らえないし、揶揄うこともできない。大人しく白飯を食べるしかないのだった。


「姉御、人気ですね」


そんなノエルの言葉に、レオンは眉間に皺を寄せた。嫉妬しているとすぐわかる様子に、ノエルは楽しそうに笑った。


「で。どうするんですか」


リアムはレオンの様子を伺う。レオンは眉間にいくつも皺を寄せ、悩んでいたが、大きくため息をつい。


「……気がひけるが、そろそろ任せてみようと思う。」


和気あいあいと騎士たちと話すエラの様子を、レオンは複雑な気持ちで見守るのだった。




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