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 賊の一人を切り捨てた後、ガウエンは旁で寝転ぶ騎士の横っ腹を力一杯蹴り上げる。その後も、近くで寝転ぶ騎士達を続けざまに蹴り飛ばしていく。少々乱暴な起こし方だが、春眠香によって眠らされているのだ、致し方無いものだった。

 目を覚ました騎士は横っ腹を擦りながら顔を歪め、訳が分からず辺りをきょろきょろと見回している。

 そこにガウエンの叱声が飛ぶ。


「起きろ! 敵の襲撃だ!」


 その怒鳴り声に、騎士は飛び起き身構えた。


「春眠香だ! 皆を起こせ!」


 ガウエンの短い言葉に、周囲の状況を即座に見極め行動に移す騎士達。さすがは、侯爵家の精鋭騎士団というほかない。

 目を覚ました騎士が横の騎士を起こしてと、次々に目を覚ます者が増え、礼拝堂内は騒然とした騒ぎに包まれた。緩めていた鎧を直し外していた籠手を装着し直し、傍に置いていた剣を手に取り確かめる。


 しかし、敵は騎士達の態勢が整うのを待ってくれる訳も無く――パリン、ガシャン!――表に面した窓々に嵌め込まれていたステンドグラスが、派手な音をたてて一斉に割れる。同時に、黒装束の男達が身を丸めて、その窓から飛び込んで来た。


 人は意外と、大きな音に鋭く反応してしまうものだ。それは太古の昔、知恵持つ生き物として進化する前に、肉食獣等の天敵から身を守るため周囲を警戒して生きていた証。それは種としての本能。

 この時も、ステンドグラスの派手な割れる音に、さすがの騎士達もびくりと体をすくませ動きを止めた。その虚をつき、黒装束の男達が騎士達に襲い掛かる。

 或いは、万全の態勢の元でならば、騎士達も対応できたかも知れない。だが、春眠香で眠らされていた後の夜半の襲撃。しかも、礼拝堂内は女神像の両端にある、燭台の微かな明かり灯るのみ。いかな精強を誇る騎士達でも、恐慌状態に陥るのを責める事は出来ないだろう。


 ――ちっ!


 ガウエンは心の中で舌打ちを洩らす。かつては、師ローエンと月の光さえ差さぬ深夜の闇稽古を繰り返していたのだ。この程度の襲撃に、動揺を見せぬのはさすがである。

 すぐさま、斬り立てられる騎士達の元に向かおうとするのだが――その矢先、今度は先ほどガウエンが賊を切り捨てた入り口の扉から黒装束の一団が再突入して来たのだ。

 窓からの派手な侵入に中にいる者の意識を向けさせ、その隙に入り口からの絶妙なタイミングでの再度の突入。この手慣れた様子の襲撃には、ガウエンも舌を巻くほかなかった。

 たちまち、数人の騎士が賊の凶刃に倒れる。それどころか、薄暗がりでの闘争に慌てふためく騎士達は、同士討ちを始める始末である。

 その様子を、歯噛みする思いで横目で眺めるガウエン。入り口から突入してきた賊の一団の対応に追われ、動くに動けない。というのも、この賊の一団、一流の護衛士にも引けを取らない剽悍ひょうかんさでガウエンに襲い掛かっていたからだ。

 ガウエンの正面に立つ賊が、漆黒の刃を振りかざす。同時に左右からも、別の賊が足下と胴を狙って来る。常に三人で調子を合わせ、上中下と振り分け斬撃を繰り出して来るのだ。

 しかも、この三人は己れの守りを捨て、大きく踏み込み強烈な斬撃を繰り出す。まるで自分の命など最初から捨て、一撃で相手を葬るかのように。この捨て身の三位一体さんみいったいとなった攻撃には、ガウエンも手を焼いてしまう。

 ひとりを切り捨てようとすると、その間隙をついて残りの二人が必殺の一撃を繰り出してくる。ガウエンをしても、三人の斬撃を弾き躱すのに精一杯であったのだ。

 黒い覆面に表情を隠し、無音の気勢と共にひたひたと迫る三人。その様子は、不気味ですらあった。


 ――ちぃぃぃっ……こいつら!


 漆黒の刃、それに闇夜の中での闘争の的確さ。それは、宿に襲撃を掛けて来た集団。ジェイクが語っていた王家に仕える闇の部隊『断罪の剣』と呼ばれる組織だと、ガウエンは確信する。

 宿を襲撃された際はあっさりと引いたので、これほどとは思っていなかった。しかし、かなりの手練れ揃いだと驚き、ガウエンは少し軽視していた事を痛感する。


 正面から漆黒の刃が、ガウエンの頭頂部に向かって降り下ろされる。同時にガウエンも太刀を降り下ろし、太刀の鎬で漆黒の刃を弾く。

 ガウエンが、もっとも得意とする必殺の一撃。相手の斬撃に合わせ繰り出した太刀の鎬で相手の剣を弾き、その勢いのまま相手を、敵を斬り伏せる。まさに攻防一体の必殺剣。

 だが――


 正面の敵が持つ剣を弾いた刹那、ぞくりと悪寒が、ガウエンの背筋を走り抜ける。それは剣士としての直感。咄嗟に体を捻り、強引に足を滑らせ立つ位置をずらす。

 すると、さっきまでガウエンのいた空間を、横から伸びてきた漆黒の刃が突き抜けた。しかし、それだけで終わらない。それと同時に、ガウエンの足首を狙った横薙ぎの一閃も伸びる。


「ちっ!」


 その一閃を、舌打ちと共に飛び退き辛うじて躱す。が、飛び退いた場所が悪かった。

 ここは、村内にある教会の礼拝堂。村民が祈りを捧げる時に座る、木製の背もたれの無い横長の腰掛けが並んでいた。

 ガウエンは、その腰掛けの上に飛び乗ったのだが、間が悪いことに、ちょうど足を置いた箇所の座板の部分が腐っていたのだ。座板を踏み抜き、大きく態勢を崩し転がるガウエン。そのガウエンに迫る、三人の賊が持つ漆黒の刃の切っ先。


 カッカッカッ!――


 暗がりの堂内に、乾いた音が鳴り響く。それは、三本の刃の切っ先が座板に突き刺さる音。

 間一髪、ガウエンはごろごろと腰掛けの上を、横に転がり難を逃れる。その後を追いかけるように漆黒の刃の切っ先が、座板に突き刺さっていくのだ。

 しかし、危難を逃れたものの、こうなると、いかにガウエンといえ攻勢に転ずるのは非常に難しい。防戦一辺倒となり転がるガウエン。直に刃の切っ先が、ガウエンを捉えるのも時間の問題かと思われた。が、そこへ、別の賊に切り立てられた騎士のひとりが、ガウエン達の間を割って転がり込んで来た。予期せぬ状況に、大きく飛び退く三人の賊達。この機を逃さず立ち上がり上段に構え、ようやく態勢を整えるガウエン。

 そして、「ふぅ」と息を吐き出し、ちらりと周囲を見渡す。


 先ほど、ガウエンの危機を救う事となった騎士は、床に転がりその視線は虚空を睨む。既に、喉を掻き斬られ事切れていた。


 ――むぅ……助かったが……。


 物言わぬ骸に心の中で合掌し、他の騎士達にも目を向ける。


 ガウエンが、苦戦を強いられる程の相手。混乱した騎士達が立ち向かえるはずも無く、一方的に斬りたてられ追い詰められていた。

 侵入してきた『断罪の剣』と思われる黒装束の男達は十数人。対する礼拝堂内で休息していたのは、八十人ほどの騎士達。数の上では大きく差があるのだが、闘争の主導権を握るのは堂内に侵入した黒装束の男達。騎士達も、ガウエンと同じく防戦一方となり、もはや攻勢に転ずる余裕が無いのだ。

 闘争の場に於いて、一旦、大きく一方に傾いた流れは、余程の事がなければ覆ることは無い。


 ――くっ、何とかこの流れを断ち切らねば……。


 焦りと共に胸中で呟くガウエンの目の前には、三人の黒装束の男達が感情の隠らぬ瞳を向けてくる。そして、またしても半円状に囲み、ひたひたと迫って来るのだ。


 ――このままでは、いかぬ。


 いかにして、この流れを変え、こちらに取り戻すべきか――ガウエンの目元がすぅと細められる。ならば、こちらも命を捨てて掛からねばと、覚悟を決めたのだ。

 ガウエンの表情から、一切の感情が抜け落ちる。全ての感覚、五感は元より、それを越えた直感までも研ぎ澄まし、剣士としての本能に身を委ねる。それはかつて師ローエンが、「剣士たる者、それを越えた第七感を目覚めさせねばならない」と語っていたが、今のガウエンはそれに近い状態だったのかも知れない。

 そんなガウエンの変化に、今まで感情を表さなかった黒装束の三人が、初めて戸惑いのようなものを見せる。三人がお互いにちらりと視線を走らせ軽く頷く。それは、改めてお互いの覚悟を確かめあったかに見えた。

 ガウエンと黒装束の三人、双方の間で緊張が高まる。

 と、そこに――


「お前達! それでも栄えある侯爵家騎士団の一員かあ!」


 それは、礼拝堂内全てに響き渡る大喝であった。礼拝堂の騒ぎに気付いたジェイクが、奥の部屋から姿を現していたのだ。その後ろには、ユラに肩を支えられたアルベール侯爵の姿さえも見える。


「不甲斐ない! アルベール様の御前である!」


 ジェイクの喝に続いて、侯爵その人が騎士達に声を掛ける。


「王国一と言われる勇猛果敢な騎士達よ、その真価を、日頃の訓練の成果を見せよ!」


 アルベール侯爵の目前で、騎士団長であるジェイクから活を入れられた上に、侯爵本人からも激励の言葉を賜ったのだ、奮い立たぬ騎士などこの場にはいない。


「おおおぉぉぉぉぉぉ……!」


 途端に、騎士達の口中から一斉に、雄々しいときの声がほとばしる。それは、礼拝堂内の空気を、びりびりと震わせる程のものであった。


「敵の数は少ない! 訓練通りに陣形を組み、敵に当たれ! 手のあいた者は灯りを!」


 ジェイクの喝に、さっきまでの混乱振りが嘘のように、一糸乱れぬ動きを見せる騎士達。同僚の騎士に背中を預け、隊列を組み敵に立ち向かう。数人の騎士は、壁沿いに並ぶ燭台の元に走り、蝋燭に火を灯していく。たちまち、礼拝堂内を覆っていた闇が払われ、堂内を蝋燭の揺らめく炎が煌々と照らし出す。


 騎士も鍛練を積み、己れの武を高める。ある意味、ガウエン達護衛士と同じような存在。だが、騎士達が本領を発揮するのは、隊列を組んでの集団戦。黒装束の男達が、その剽悍ひょうかんさで変幻自在に動き敵を翻弄するなら、騎士団はあらゆる死角を消し去る理詰めの戦法。

 こうなると、数は力となり結果はおのずと知れるもの。さっきまでの立場は逆転し、攻守は入れ代わる。逆に追い詰められるのは、黒装束の男達。果敢に攻めるが、あっさりと数人が騎士達に討ち取られた。


 そして、ガウエンもまた……。


 ジェイクの大渇が響き、騎士達の雄叫びが礼拝堂内を震わせた時、ガウエンを囲む黒装束の三人は、その身を僅かに強張らせた。

 感覚を研ぎ澄ましていたガウエンが、その隙を見逃すはずが無い。足下の床に転がる、破壊された腰掛けの木片を蹴り飛ばす。と、その木片が右側に立つ賊に飛んでいく。同時に左に鋭く踏み込むと、左側に立つ男の胸元にガウエンの横薙ぎの太刀が伸びる。

 それは、三人の虚を完全についた斬撃。三人の男は木片に気をとられ、動きに一拍の遅れを見せる。それは、一瞬。しかし、ガウエンにはそれで十分だった。

 何とかガウエンの横薙ぎの太刀を躱そうと、後ろに上体を反らす黒装束の男。だが、ガウエンはこの機を逃すつもりなど無い。途中で柄から左手を離し片手斬りに変化させると、薙ぎの太刀筋を突きへと変える。その切っ先が男の喉元にぐさりと突き刺さり、その勢いのまま横に太刀を振り抜くと――


「くひゅぅ!」


 切り破れた喉元から、血飛沫と共に肺にたまっていた空気が漏れ出る。そして、男はどっと倒れた。ガウエンは、それを最後まで見る事もなく、残りの二人に刃を向ける。三位一体、その完成された連携が崩れた今、残りの男達はもはや、感覚を研ぎ澄ましたガウエンの敵では無かった。

 ガウエンに向かって、同時に突きだされる漆黒の刃。その刃も、蝋燭の炎で明るくなった堂内では、すでにただの目立つ刃でしかない。

 片方の男の刃を半身に体を開いて捌き、もう片方の刃は下段からすり上げた太刀で巻き上げ弾き飛ばし、男を蹴り倒す。と――


「きぇぇぇい!」


 そこで初めて気合いの隠った呼気が、ガウエンの口中から迸る。それは、騎士達の鬨の声にも負けず劣らず、礼拝堂内をびりびりと震わせた。

 そして、存分に気合いの乗った太刀が、正面に立つ男を真っ向から一刀両断にする。


「があぁ……」


 男はくぐもった声で断末魔の叫びを上げると、ごろりと床に転がった。

 そこでガウエンは、先ほど蹴り倒され床に転がる男に、太刀の切っ先を向ける。


「おい、お前達が『断罪の剣』と呼ばれる部隊だな。お前達を指揮する男、マルコムは今どこにいる」


 殺気の隠ったガウエンの声音。その気迫に、通常の者なら卒倒しかねないほどだが、倒れる男はそっぽを向く。

 そこに後ろから、ジェイクの声が聞こえてくる。


「もはや勝敗は決した、武器を捨て投降せよ!」


 どうやら、騎士達の戦いもほぼ決着がついたようだなと、ガウエンはほっと安堵する。が、その時、目の前に倒れる男がちらりと傍らで倒れる仲間を眺め、燃えるような眼差しをガウエンに向けた。


「兄様達の仇……このままでは済まさない」


 その声音は男性とは思われない、良くとおる澄んだ声。しかも、もしやすると十代かもと思わせる若々しい娘の声だった。


 ――この三人は兄妹だったのか……。


 僅かに戸惑うものの、ガウエンも容赦をするつもりなど無い。剣士の心構えとは、例え相手が肉親であろうと、鬼神であろうとも斬り捨てる不動の心構え。師ローエンから厳しい薫陶を受け、この十年はそれを実践してきたガウエンである。

 だが――


 目の前の娘が、剣を握り締め立ち上がる。

 それは気の迷いか……今倒した男達が、兄と聞いたからなのか。ガウエンも今回は、妹ユラのために動いているのだ。だから、かつてのガウエンが侯爵向けていた眼差しを彷彿ほうふつさせる娘に、僅かに怯み反応が鈍った。


 その間に、娘は上に向かって大きく跳躍した。それは、ガウエンでさえ目を見張る跳躍力。娘は屋根の下に張り巡らした梁に手を掛けると、くるりと回転してその梁の上に飛び乗る。そして、礼拝堂の奥に向かって、梁の上を疾走する。向かうのは、奥に陣取るアルベール侯爵。

 それに気付いた、まだ残っていた黒装束の男達。玉砕覚悟で果敢にも、侯爵の前にいる騎士達に突撃した。

 しかしそれは、最後の悪足掻きに過ぎなかった。たちまち、黒装束の男達は騎士達に討ち取られ、梁の上を走る娘も――ガウエンは床に転がる漆黒の剣を手に取ると、娘に向かって投擲する。

 矢のように真っ直ぐ飛ぶ剣が、吸い込まれるように娘の太腿に突き刺さった。途端に、翻筋斗打もんどりうって梁から転がり落ちる娘。

 ガウエンなら別の場所、例えば体を狙っても良かったはずなのだが――敢えて太腿を狙うあたりが、ゴーグが言っていたガウエンの甘さであったのかも知れない。

 落ちた娘に騎士達が群がり、あっという間に拘束される。


 皆の表情が緩み、ようやく終わったかと胸を撫で下ろす。が、それは束の間。


「おい、火が……村が……」


 割れた窓から外を眺めた騎士が、驚きの声を洩らす。

 窓の外に広がる光景。そこには、村の家屋に次々と火の手が上がり炎に包まれる村の姿だった。


 そう、教会での闘争は、これから始まる『断罪の剣』との激戦の、その前哨戦でしかなかったのだ。


 ――ダンは無事であろうか……。


 窓の外に広がる炎を眺め、村の周囲を警戒していた幼馴染みのダンカンの身を案じるガウエンであった。


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