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「ガウエン様、外壁門の辺りは些か物々しい警戒ぶりですが、いかが致しましょうか」


 馬車を操る御者の男が困惑した口調で、隣に座るガウエンに声を掛けた。


「……ん、何?」


 御者に声を掛けられるまで、ガウエンは呆けた様子でそれに気付いていなかったのである。

 馬車が向かう先にある外壁門の周囲には、御者の言う通りに治安局の兵士達が詰めかけ、門から外に向かう人や荷を改めていた。ガウエン達が乗る馬車は、その検閲を受ける人々の列の最後尾に並ぶところであったのだ。


 ――ちっ、俺としたことが……。


 ガウエンは前方を眺め、舌打ちと共に眉をしかめる。

 それは、剣士にあるまじき集中力を欠いた姿。ガウエンにしては、珍しき事だった。

 だがそれは、致し方ない事であったのかも知れない。

 昨夜の出来事が尾を引き、心を乱されていたのだから。

 十年ぶりにユラと再会し、そしてその後に、ジェイクから聞いた十年前の真相。それらの出来事によって、甚だ注意力の欠いた姿を晒していたのだ。


「さすがに、外壁門にまで手が回っていたか」


 誰に言うともなく呟き、ガウエンはどうしたものかと、周囲に視線を走らせる。

 その時、後ろの荷台からジェイクが顔を出した。


「どうした、何か問題か」


「あぁ、大問題がな」


 ガウエンが答えるまでもなく、 ジェイクも外壁門の警戒ぶりに気付き顔をしかめる。


「……いったん戻って、別の脱出方法を考えるか」


 ジェイクが出直そうと提案するが、ガウエンはそれに対して首を振る。


「今、列から離れると怪しまれる」


 ガウエンは周囲に目を向け答えていた。

 外壁門だけでなく、通りのあちらこちらにも兵士達が立ち並び、怪しき者がいないか警戒していたのだ。


「ガウエン殿、危ういのでしょうか」


 後ろの荷台からは、心配そうにユラもガウエンに声を掛ける。


「何があろうとも、ユラ様には指一本触れさせません。ですから、ご安心ください」


 よそよそしい会話に、ガウエンの胸の奥にちくりと痛みが走る。

 ジェイクは勿論だが、ユラ付きの侍女もガウエンとユラの関係をある程度知っている。だが、他の侯爵家の騎士達は知らないのだ。だから、ガウエンの事情は伏せられていた。

 それは、この大変な時期に、騎士達に要らぬ混乱が起きぬようにとの、ジェイクからの要請でもあったのだ。

 ガウエンにしても、それは願っても無いこと。今後も、侯爵家に関わる積りなど無いのだから。


 ――そう、今更なのだ。


 目の前にいるユラはもう、十年前のユラとは違う。俺には手の届かない別の場所に行ってしまった他人なのだと、自分に言い聞かせるガウエンであった。



 そして、ガウエン達が何故、馬車に乗り外壁門に向かっているのか。

 それは昼に、ハンスがある情報をもたらした故にである。

 ハンスは朝早くから商業ギルドの建物に赴き、情報収集を行っていたのだが、そこでとんでもない話を拾ってきた。

 早朝に街へと到着した商人から、このトラッシュの街近くにある農村で侯爵を見掛けたと聞き及んだのだ。しかも、怪我を負い担ぎ込まれたとのこと。

 ハンスはそれを聞くと、慌ててガウエン達の元に戻り、それを伝えたのである。


 話を聞いたジェイクは、「なんと、アルベール様が怪我をなされたと……」と、驚き絶句する。

 それは、当然であろう。

 侯爵から厳命を受け、ユラや若君を護っているが、本来は侯爵家を守護すべき騎士団の団長なのである。侯爵家の事を考えると、ユラや若君を護って逃げ延びるのが先なのだが、ジェイクにとっては敬愛するアルベール侯爵が第一なのだ。だから、ようやく知れた侯爵の消息に、騎士達と共に直ぐに駆け付けねばと色めき立つ。


 そして、赤子を抱くユラも――


「私達も、お連れ下さいませ」


 農村に向かうには当然の如く危険が伴う。だから、ジェイクは難色を示すのだが。


「アルベール様があっての侯爵家。怪我をしたと聞き、どうして私達だけが隠れる事が出来ましょうや。それに……」


 その先を、言い淀むユラ。怪我をしてると聞き、当然ユラも心配をしている。ハンスが聞いてきたのは怪我を負ってるとだけ。怪我がどの程度のものまでかは、その商人も分からないとの事だったのだ。

 だから、万が一を考え言い淀む。もし、命に関わるような重傷ならと。

 この十年、愛する兄トマスを失い傷心のユラを支えてきたのは、誰あろうアルベール侯爵その人なのである。世間では遠くの恋人より近くの親しき人と良く言われるように、ユラもいつしか、アルベール侯爵を愛するようになっていた。

 だから遂に一年前、アルベール侯爵の愛を受け入れたのだ。昨日は突然に現れた兄トマスに動揺を見せたものの、侯爵が怪我をしたと聞くと居ても立っても居られないのだ。

 それにもし瀕死であるならば――我が子にも合わせてやりたいと思うユラなのである。

 アルベール侯爵と兄トマスの狭間で、未だ心が揺れ動き、自分の気持ちに整理が付けきれないユラでもあった。


「たとえ断られようとも、親子共々、二人して侯爵様の元に参ります」


 毅然と顔を上げ、真っ直ぐジェイクを見詰め言い放つユラに、ジェイクは渋々ながら頷くしかなかった。


 アルベール様あっての侯爵家、それはジェイクも、もっともだと思い、ユラのアルベール様を想う心情に嬉しくも思うのである。


 ――ユラ様はアルベール様を……。


 昨日は、突如現れたガウエン(トマス)殿に、心を掻き乱されてようだが、やはりアルベール様をお選びになられたようだと、心の中で安堵するジェイクであった。

 だから、後での叱責覚悟で、ユラと若君をお連れしよう考えたのである。


「分かりました……それでは、直ぐにも皆でアルベール様の元へと参りましょう。アルベール様も、ユラ様や若君の姿をご覧になられると、きっと元気になられるでしょうからな」


 そんなユラとジェイクの会話に慌てたのは、ガウエンとハンスである。二人は顔を見合わせ、皆を押し止めようとする。


「ジェイク殿、我らを炙り出す罠かも知れませぬ。今少し、情報を集めてからでも……」


 ハンスが顔を曇らせジェイクに声を掛け、ガウエンも同じく止めようとする。


「昨日の騒ぎに今日だ。治安局が当てに出来ない今は、軽々しく動く時ではない。ダンが治安局の様子を探ってるので、それからでも」


 昨日は治安局の局長であるダンブルがゴーグに斬られ、そのゴーグをガウエンが倒したばかりである。治安局では、大騒動となっていた。その上、治安局内には敵の手が伸び、このトラッシュの街は侯爵領でありながら、治安局自体が信用出来ない状況。

 ガウエンとしては騒ぎが治まるまで隠れ潜み、折を見ての脱出を考えていたのだ。


 だが、ジェイクは、


「今はこの街も、昨日の騒ぎに混乱してるようだが、直にガウエン殿やハンス殿を辿り我らに辿り着く事だろう。それならば、今の混乱に乗じて街からの脱出を図るのも良いかも知れぬ。なぁに、罠ならば、食い破るのみよ」


 そう言って不敵に笑みを浮かべた。


 ――侯爵の身がそれほど心配か……。


 そこには、如何にしても侯爵様の元に向かうとの決意のほどが窺え、ガウエンも諦めに似たため息を吐き出すしかなかったのだ。

 そして、心配そうに顔を歪めるユラに心を痛めつつも、ユラの幸福のためにも一肌脱ごうとガウエンも覚悟を決めたのである。


 ――ユラに何かあった時は、僕が必ず駆け付け助ける!


 過去に約した言葉を果たすために――



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