願いの形
今回『剣士』にルビを振っていないのはわざとです。普通に「けんし」とお読みください。
2020/9/5 改稿
「私の家は祖父が小さな剣術道場をしています。家族もみんな剣術をしていて、私も何の疑問も持たずに当たり前の様に小さい頃から剣を握っていました。もちろん小学校に上がった頃には周りでそんなことをしてる子はいなくて、普通はそんなことはしないんだって分かったんですけどなんとなく辞めるきっかけもなくて続けてきました」
彼女は特に表情を変えることなく、淡々と自分のことを話し始めた。俺は口を挟まず話に耳を傾ける。
「中学に上がってなんとなく流れで剣道部に入りました。それまで周りに剣術をやってる子がいなくて、大会とかにも出たことがなかったので同年代でこんなに剣術をしてる子がいると知ってびっくりしたんです。
中学2年のとき、初めて大会に出ました。私、その大会で優勝しちゃったんです」
「それは凄いですね」
相槌を打つつもりで言った俺の言葉に彼女は首を横に振った。
「凄くなんかないです。だって、私は皆より早く剣術を始めていたんですから。それがなければ私が優勝なんてありえませんでした。でも、なんだか周りはすごく盛り上がって…。だんだん自分がこのまま剣術を続けてもいいのか迷う様になったんです。そんなときこの世界に呼ばれました」
自嘲気味な笑顔を浮かべながら話す彼女に、俺はなんと言えばいいのか分からない。そんな俺をよそに彼女の話は続く。
「最初は戸惑いました。私もニシダさんと同じなんです。人を殺してでも叶えたい願い、そんな強い想いは持ってないです。そんな私が他の勇者候補の人たちと戦うなんて絶対に無理だと思ってました。そんな私を助けてくれたのがミアたちです」
彼女の瞳に強い光が灯った気がした。
「この世界で右も左も分からない私に猫耳族の皆は家族の様に接してくれました。私もそんなミアたちを護りたいんです。だから私はここを離れられません」
彼女は静かに言った。しかし、その目には今までは違う強い意志が感じられた。
「……元の世界に帰りたいとは思わないんですか?」
こんな言い方をするのは卑怯なのかもしれない。そう気付いたのは口に出した後だった。
「……祖父が言ってました。『どんな綺麗事を言っても剣は傷付けるための道具だ。だから剣士は自分で考えて剣を抜け。責任を人に委ねるな』って」
「えっと…?」
俺は彼女から質問の答えとは違う言葉が返ってきたことに戸惑う。
「私はずっとその意味が分かりませんでした。だけど、この世界に来て分かったんです。私は大切な誰かを護るためなら、たとえ誰かを傷付けることになったとしても剣を抜きます。もし、私の大切な人と知らない誰か、どちらかしか助けられないなら私は大切な人を助けます。その覚悟と責任は自分が背負わなくちゃいけないんです。私は剣士だから、自分の剣が届く範囲の人しか護れません。でも、私の剣が届くなら絶対に助けてみせます!」
だんだんと彼女の声が熱を帯びる。その言葉に強さを感じる。
「元の世界に帰りたいとは思います。でも、私はこの世界で本当の剣士になれました。大切な人たちが出来ました。帰れなかったとしても後悔はありません」
「じゃあこの戦いには?」
「私の願いは神様に願うようなものではないので参加する意志はありません。それに私には他の人の願いを否定する様な権利もありません」
俺の質問に彼女は明確に参加の意志がないことを告げる。
「それじゃあ“勇者の欠片”はどうするんですか?」
彼女の中に“勇者の欠片”がある以上、彼女の意志とは関係なく戦いに巻き込まれる可能性がある。俺がその点を聞いてみると、
「それについても考えてることはあるんですが…いえ、今はまだ止めておきます」
彼女はそう言って言葉を濁した。
「長くなってしまいましたね。すいません」
なんとなくそれ以上は聞きづらい雰囲気になったところで彼女はこちらに頭を下げてきた。
「い、いえ」
俺もまだ頭の中が整理出来ておらず、どう反応していいか分からないままつられて頭を下げる。
「そろそろお昼の用意も出来ると思いますので出来たら呼びに行きますね」
そう言うと彼女は立ち上がって天幕の方へ歩き出した。俺はそれをどこか呆然と見送る。すると彼女はすぐに足を止め、こちらを振り返らずに言った。
「ニシダさん、きっとニシダさんにもこの世界に来た意味が、願いが見つけられるはずです。私でも見つけられたんです。大丈夫ですよ」
最後に今までとは違った柔らかい口調で言うと彼女は改めて歩き始めた。彼女の背中が見えなくなっても俺は暫くその場を動けなかった。
年下の女の子、その内側にある強さと覚悟に気圧されていた。彼女の言葉に俺が今まで持っていたものが揺らいだのを感じた。
(この世界に来た意味、俺の願い、か)
彼女の最後の言葉がいつまでの俺の中をぐるぐると回っていた。
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「よし!大丈夫そうだな」
クノウ・ユキとの会話に衝撃を受けた翌朝、俺は借りている天幕の中で軽く身体を動かしていた。胸の痛みは完全になくなった。違和感もない。
「おっ、もう大丈夫なのか?」
そんな俺に入り口の布から顔を覗かせたスギミヤさんが声を掛けてきた。
「ご迷惑をお掛けしました。このとおり、もう大丈夫です!」
そう言いながら俺は軽く飛び跳ねて回復したことをアピールする。
「分かった、分かった」
スギミヤさんが苦笑する。
「それでどうしたんですか?」
わざわざ様子を見に来たスギミヤさんに訊ねると、「朝食の用意が出来たそうだから呼びにきたんだ」と告げられた。
「ああ、もうそんな時間なんですね。すぐに行きます!」
「分かった。食べ終わったらこれからの予定を相談しよう」
そう言うとスギミヤさんはそのまま天幕を出て行った。
(これからのことか…)
スギミヤさんに言われたことでこれからについて考える。
昨日のユキとの会話は俺にとって衝撃的だった。いや、確かに以前にもスギミヤさんに「覚悟がない」と言われたことはあった。ただ、そのときは本当の意味でその言葉の意味が分かってなかったのだ。それが目の前で人が死に、自分も死にかけたことで急速に実感を伴って自分へ圧し掛かってきた。
(独り善がり、か)
これも以前スギミヤさんに言われた言葉だ。俺はあちらの世界の常識や正義感を正しいものだと思ってきた。今でももちろんそう思う気持ちはある。でも…
(正しいことってなんだんだ?)
「おーいっ!ニシダっ!」
「あっ!やべぇっ!朝食っ!!」
深く沈んだ思考を外から聞こえたスギミヤさんの声が呼び戻す。俺は慌てて天幕を飛び出した。
「ニシダさん、スギミヤさん」
「どうかしたか?」
朝食後、天幕へ戻ろうとした俺たちにユキが声を掛けてきた。俺より先にスギミヤさんが返事をする。
「この後、少しお時間はありますか?」
そう言われて俺とスギミヤさんは顔を見合わせる。この後は朝食前に話していたとおり、これからどうするかを話し合うだけなので時間はある。
「大丈夫だが、何かあるのか?」
俺が頷くを確認してスギミヤさんが返事をすると、彼女は少し厳しい表情をして言った。
「それじゃあ私と少し手合わせしませんか?」
彼女の言葉に俺たちは再度顔を見合わせた。




