揺らぐ想い
2020/9/5 改稿
「………」
「………」
俺は今、何故か少女と隣り合って座っていた。
割り当てられた天幕に戻ろうとしたところを偶然会った彼女、転移者で勇者候補のクノウ・ユキに誘われ野営地の外れにやってきたのだが、そこにあった石に腰掛けたところで彼女は黙り込んでしまい場に微妙な沈黙が流れる。
(どういう状況なんだ!?)
誘われたので付いてきたものの状況が飲み込めず心の中で焦る。先ほどのミアとの会話も良くない。そんなつもりがないのは分かっているが、こうして2人きりの状況になってしまうと意識してしまう。
「あ、あの!」
「は、はい!」
ついに沈黙に耐え切れず俺から話し掛けたのだが、変に意識してしまい思ったよりも大きな声が出てしまった。彼女も驚いてビクッと体を震わせる。
「す、すいません。ちゃんとお礼が言えてなかったと思いまして…。昨日は危ないところを助けていただいたそうで、ありがとうございました」
俺はそう言って頭を下げた。顔を上げて彼女を見ると、呆気に取られた顔をしていたが、やがて「ほっ」と息を一つ吐いてから表情が緩んだ。
「いえ、たまたまタイミングが良かったんです。それに当然のことをしただけですから」
彼女は特に気負った風もなく言った。
「それでも俺は命を救われました。もう一度言わせてください。ありがとうございました」
俺は立ち上がると彼女の方を向いて改めて深々と頭を下げた。
「顔を上げてください!もう大丈夫です!十分伝わりましたから!!」
なかなか顔を上げない俺に彼女は慌てた様子であたふたしている。俺が顔を上げると彼女は顔を赤くしながらあわあわと両手を振っていた。
「分かりました。それで俺をここに誘ったのはどういったお話なんでしょうか?」
俺は改めて石に腰を下ろしながら彼女へ聞いた。今の会話から少なくとも彼女は誠実な人物なのだと思うのだが、今までの経験上やはり多少なりとも勇者候補に警戒する必要がある。いきなりここで襲われるようなことはないと思うのだが…
俺の質問に対して、彼女は「そうですね…」と言ったまま再び黙り込んだ。
「ええと、ニシダさんは、あっ、ニシダさんとお呼びしても?」
漸く話し始めた彼女に頷いて先を促す。
「じゃあニシダさんで。ニシダさんは何故この世界に来たんですか?」
話を再開した彼女はやや探るように聞いてきた。
「何故と言われましても…俺は気付いたら真っ暗な空間にいて、ほぼ強制的に連れてこられたとしか言えません」
俺はどう話したものかと迷ったが、別に隠すことでもないためここは正直に話すことにした。
「それじゃあ願いは?」
「ないですよ。そもそも俺はこんな戦いに意味なんてないと思ってます。他の人を不幸にして叶えた願いに価値があるなんて思えないんです!」
願いの話ということもあって最後の方法はやや語気が強くなってしまった。そんな俺の様子を静かに見ていた彼女は小さく「そうですね。そうかもしれません」と小さな声で呟いた。
「それじゃ「ですが、私にはそんな人たちの願いを否定することも出来ません」えっ?」
彼女の言葉に戦いを止めるための協力をお願いしようとしたタイミングで意外なことを言われた俺は言葉が詰まる。
「それはどういう…?」
俺は彼女の言葉の意味が分からず戸惑った。
「確かに人を殺して願いを叶えるなんて間違っているのかもしれません。でも、私にはそんな強い想いを抱いたことがないんです。そんな私が人の願いを、想いを否定してもいいでしょうか?」
「当然です!どんな願いであっても間違った叶え方をして幸せになれるなんて思えません!まして人の命を奪うなんておかしいです!!」
俺は彼女の言葉を更に語気を強めて否定する。彼女はそんな俺に静かな瞳を向けながら「ニシダさんは正義感が強い人なんですね」と静かに言った後、すぐに「でも」と続けた。
「例えば目の前でニシダさんの大切な人と全く知らない人、どちらかしか助けられないとき、ニシダさんはどうされるんですか?」
「両方助けます!」
俺は即答した。よく議論されることだけど、知り合いであろうとなかろうと命の価値は同じはずだ。それを「知り合いじゃないから」と切り捨てられる人がいることが俺には信じられない。どうしてどちらも救う方法を考えないのかといつも思うのだ。
「うん、そう出来れば理想的ですね。でも、あと数秒でどちらも命を落としてしまう、その場にはニシダさん以外に誰もいないし2人を助けようとすればニシダさんを含めて3人ともが助からない可能性がある、悩んでいる時間も助けも呼ぶ余裕もない、そんな状況だったらどうしますか?」
しかし、彼女は俺の答えを許さない。更に厳しい状況へ俺を追い込む。
「そんな状況―」
「普通はない」と続けようとした俺に、彼女は「この世界ならありえますよね?」と言葉を重ねた。
「それは……」
そして、俺は何も言えなくなる。確かにそうなのだ。俺自身が昨日死にかけたし、何より俺は昨日あの冒険者パーティーを救えなかった。
もし、あのときあの冒険者パーティーとは別の場所でイリスやエリーゼちゃんが襲われていたら?果たして俺はどちらも救えたのだろうか?いや、そもそも見ず知らずの冒険者を救おうとしただろうか?
彼女の質問は今ままでの俺の甘さを、いや、本当は心のどこかで分かっていて目を逸らしていた現実を、実感とともに突き付けてくる様なものだった。
「少し意地悪でしたね」
「い、いえ…」
固まってしまった俺の様子を見かねてか、彼女は少し表情を緩めて言った。俺はそれに上手く答えられない。
「ニシダさんが他の人と戦いたくないのは分かりました。でも、それじゃニシダさんの目的ってなんですか?」
「それは…俺は勇者候補たちが殺し合うのを止めたいんです。殺し合う以外の解決方法があるならそれを選びたい、そして、元の世界に帰りたいんです。だから、その…良ければこの戦いを止めるのを手伝ってもらえませんか?」
「えっ…」
俺は自分の中で揺らいだ想いを搾り出す様に言った。彼女は少し驚いた表情をした。が、その後、
「それは出来ません。ごめんさない」
そう言って俺に向かって頭を下げた。
「そう、ですか…。それは君の願いを叶えるため…ですか?」
「えっと、そうだとも言えますし違うとも言えるんですけど…曖昧な言い方ですいません」
ショックを受けなけったかと言えば嘘になる。話をしてみて彼女は年齢からは想像出来ないほど冷静に現在の状況を受け止めている印象を受けた。そんな彼女ならば、と思っただけにその答えは意外で、理由が知りたかった俺に彼女はそう言ってもう一度頭を下げた。
「理由を聞いてもいいですか?」
どうしても理由を聞いておきたかった俺に彼女は小さく頷く。
「私は大切な人たちを私の剣で護りたい。それが私の願いです」
そう言って彼女はこれまでのことを話し始めた。




