激情
2020/8/31 改稿
ハルヴォニの森の中央付近、“セトラデウズの巨木”の根元が見えるところへ漸く辿り着いた俺たちの目の前に広がっていたのは、大量のクリーチャーとその残骸、そして、血の海だった。俺たちは近くの茂みへ身体を滑り込ませた。
「これは…どういう状況、なんだ…?あれは…人喰い蜥蜴、なのか?」
アルバンさんが搾り出す様に呟いたその言葉の通り、そこには見たことがない光景が繰り広げられていた。
クリーチャーたちは多くが四方八方へと逃げ惑っており、その後ろを大量の人喰い蜥蜴が追い掛けている。中には仕留めた獲物を捕食しているモノもいる。果敢に人喰い蜥蜴に挑むモノもいるのだが、あっという間に囲まれてしまいその物量に押し潰されている。
「お、おいっ!あれ、あれは何だっ!?」
突然そう叫んだジルベールさんが指差す方を見ると、そこには周りのクリーチャーと比べて一回り以上は大きいであろう3匹のクリーチャーが悠然と殺戮の様子を眺めていた。
「人喰い蜥蜴…なの……?」
それはカーリンさんが言うように確かに大きさ以外のパッと見は人喰い蜥蜴に似ていた。
人喰い蜥蜴は二足歩行であちらの世界で子供の頃に見た“キンデサウルス”という恐竜に近い見た目をしている。対してその3匹のクリーチャーは口の左右から大きな牙が伸び、額からは大きな一本の角が生えていた。身体のところどころには赤い血管の様な筋が浮き出ており、異様な雰囲気を漂わせていた。
「誰かあのクリーチャーを見たことがある奴はいるか?」
アルバンさんの問いに誰も答えなかった。
「まさか…変異種っ!?」
「おいっ!それじゃあいつが大移動の原因だって言うのかっ!?」
ヴェロニカさんの声に普段は口数が少なく、ボソッと話すことの多いドグラスさんも大きな声を上げ、他のメンバーも目を見開き驚愕の表情を浮かべ絶句する。
「ちょっと待て!――おいっ!あそこ見ろっ!!」
そんな俺たちに今度はエルネストさんが叫ぶ。言われた方を見ると動き回るクリーチャーたちの間に人影らしきものがいくつか見え隠れしている。
「おい、あれってヘルゲじゃないか?」
「なんだとっ!!」
「なんでこんなところにっ!!」
エルネストさんの出した名前に珍しくアルバンさんが怒気を含んだ声を上げ、いつも落ち着いているランヴァルトさんさえも焦った様な声を出した。
「誰なんですか?そのヘルゲって?」
「ヘルゲ、ヘルゲ・ボクルンド。ハルヴォニで最近勢いのあると言われているパール級の冒険者だ」
俺の問い掛けにジルベールさんも信じられない様子で答える。
「なっ!?なんでパールの冒険者が森にいるんですかっ!?」
「分からんが奴はプライドが高い。常々次にエメラルドに昇格するのは自分だと周囲に公言していた男だ。恐らくは自分の実力を過信してギルドの通達を無視したんだろう」
驚きに声が大きくなるのも構わず声を上げた俺にジルベールさんが小さな声で説明してくれた。
「チッ!なんてバカなことをっ!しかもパーティーメンバー全員連れてきてるだとっ!」
アルバンさんが怒りの声を上げる。確かにヘルゲという冒険者と思しき人影がいる付近には他にも数人の人影がった。そして…
「あいつの周りに転がってるのって…まさかっ!!」
「っ!?」
彼らの様子を見ていたエルネストさんが更に声を上げた。その指差す方を見た俺たちはあまりの光景に声を失った。
そこに転がっていたのは人と思わしき残骸、無残に噛み千切られたと思われる足や腕、内臓の一部だった。
「そんな…」「ウッ!!」「ウォッゲェェェェェ」
その光景にランヴァルトさんは声を失い、リースベットは口元を押さえ、俺は堪らずその場に嘔吐した。
「お、おいっ!まずいぞっ!!」
ジルベールさんの焦った声に込み上げる胃の内容物を必死に抑えそちらに目を向ける。
「ぎゃぁぁぁぁッ!嫌だぁぁッ!死にたくないッ!!食われたくないッ!!!止めろォォォォォォッ!」
そこではなんとか人喰い蜥蜴の攻撃を防いでいた戦士らしき鎧の男が、肩に喰いつかれたと同時に奴らの群れに引き込まれ貪り食われようとしているところだった。
ドキドキと心臓の鼓動がスピードを上げる。
「…け…しょう…」
身体の奥底から何か熱いものが噴き出して、拳を握る手に力が入る。
「どうした?…ニシダ?」
隣でスギミヤさんの声が聞こえるが何を言っているかよく分からない。
「た…けま…う、助…ま、しょ…、アルバンさんッ!!今ならまだ助けられる人がいるかもしれないッ!助けに行くべきですッ!!」
「ニシダ…お前…」
スギミヤさんが目を見開いているが今そんなことはどうでもいい。目の前で襲われている人がいるのだ。今ならまだ助けれるかもしれない。俺はアルバンさんへと詰め寄る。
「アルバンさんッ!」
「落ち着けノブヒト!クッ!なんて力してやがる!」
アルバンさんに詰め寄る俺をジルベールさんが後ろから羽交い絞めにする。それを引き摺る様にして俺は尚もアルバンさんへと詰め寄っていく。
「……パーティーリーダーとしてメンバーを危険にさらす訳にはいかない。俺たちにはこの状況をギルドへ知らせる義務もある。ここは撤退だ」
「なッ!?アルバンさんッ!!」
アルバンさんが厳しい口調で撤退を宣言するが、俺は納得出来ず尚も食い下がる。
「撤退だッ!」
「アルバーンッ!!!」
「うぐッ!」
「ちょっとノブヒトっ!?」「落ち着けっ!なっ!落ち着けっ!!」「ここはリーダーに従おう!」
俺はジルベールさんを振り解くと右手で思いっきりアルバンさんを殴りつけた。左頬を殴られた彼は身体をよろめかせる。他のメンバーも口々に俺に落ち着くようにと言うが俺は両腰の鞘から剣を引き抜いた。
「ペッ!それならあんたらは帰ればいいッ!俺は彼らを助けるッ!!」
俺はそう吐き捨てる。驚愕に目を見開く面々を無視して隠れていた茂みから飛び出すとクリーチャーへと駆け出した。
後ろからは「戻れッ!」とか「落ち着けッ!」といった声が聞こえてきたが全て無視する。狂乱状態のクリーチャーたちは突然現われた俺に驚き、次の瞬間にはこちらへ向かって突っ込んでくる。
赤棘刀が赤く輝き、正面の1匹を右の剣で袈裟斬りにする。血飛沫が舞い俺の頬や体を濡らす。そのまま左から飛び込んできた2匹目を左の剣を内側から横薙ぎにし切り裂く。視界が赤く染まる。
続けて正面からの3匹目を逆袈裟で切り払い、勢いそのままに今度は右から来た4匹目に上段からの一撃を加える。
四方八方からクリーチャーが押し寄せる。俺は爪や噛み付き攻撃を時に剣で、時に鎧で、時には強引に篭手を着けた手を噛ませることで防ぎ、殴り、蹴り、切り裂いていく。
死角からタックルを食らい地面に転がる。迫る口に剣を捻じ込み、そのまま頭部へと押し込む様にしながら身体を起こす。剣を引き抜くと次の獲物の頭部へと刃を突き立てる。
周囲には夥しい数の死骸が転がり、次第に周りを囲むクリーチャーも人喰い蜥蜴が多くなってきた。
「はぁはぁはぁはぁ」
身体のあちこちがドクンッドクンッと脈を打っているが、そんなことより剣に更に魔力を込める。赤棘刀の輝きが強くなる。
正面から振るわれた爪を腕ごと斬り飛ばし、そう片方の刀を一直線に喉元へと突き刺す。ビクンッビクンッと痙攣している獲物を蹴る様にして喉から刀を引き抜き、次の獲物の懐へと飛び込む。
あちこちから聞こえる「ギャァァァ!ギャァァァァ!」と喚く声が頭に響く。
「うるせぇんだよッ!」
苛立ちがつい声に出たがそれが自分の声なのかも分からない。
「来るなッ!来るなッ!ぎゃァァァァァァッ!」
そんな声が聞こえてた。また1人冒険者が群れに引き摺り込まれていた。
「きィィさァァァまァァァらァァァァァァッ!!!!」
頭に血が上るのを感じる。どこか冷静な部分では(ダメだッ!)という自分の声が聞こえるが、止まらない。止められない。剣へ込める魔力を更に増やし、赤棘刀が今までに見たことがない様な光を放つ。
(もっと速く!もっと!もっとッ!!)
剣を振る速度はどんどん加速していく。周囲には細切れになったクリーチャーの血と肉片が飛び散った。
「グギャァァァォォォォォッ!!!」
「ッ!?なんだッ!?」
突然周囲の空気を振るわせる程の咆哮が響いて、それまで絶えず攻撃を仕掛けてきていた人喰い蜥蜴の動きがぴたりっと止まった。
「なッ!?」
慌てて周囲を見渡すと、セトラデウズの巨木の陰から変異種たちが動き出すのが見えた。




