ブルンベルヘン工房
2020/8/28 改稿
翌朝早く俺とスギミヤさんは鞄に装備を詰めてブルンベルヘン工房を目指していた。
大通りをギルドへ向かい、手前で路地を一本入る。するとちょうどギルドの裏、昨日来た解体場の脇に通りかかった。どうやらウィーレストと同じようにギルドの裏に工房が集中しているようだ。近付くにつれて“カンッカンッ”という金槌で金属を叩く音が聞こえてきた。
そのまま解体場の脇を抜け道なりに路地を進んでいくと、やがて目の前に壁が現われた。どうやら街の外壁にぶつかったらしい。
「ここ、ですかね?」
目の前には周囲と特に変わらない石造りの小さな建物があり、“ブルンベルヘン工房”という薄汚れた看板が掛かっていた。
「とりあえず入ってみよう」
俺の呟きにそう返すと先にスギミヤさんが中へと入っていく。俺も後に続く。
中は「本当に工房か?」と思うほどに簡素な造りだった。狭い室内には正面にカウンターがあり、後ろに奥へ続く扉があるだけだった。
「すいませーん!どなたかいらっしゃいませんかー!」
「おおーっ!ちょっと待ってなーっ!」
「「……」」
奥から少女の様な声がして俺たち顔を見合わせる。以前にも同じようなことがあったような気がする。
俺が「スギミヤさん…」と話し掛けると、スギミヤさんも「分かってる…」と言ってそのまま黙ってしまった。
暫く待っているとカウンターの奥の扉が勢いよく開いて、そこから少女が現われた。
身長はレオナールさんと同じくらいなので恐らく140cmくらい、青み掛かった灰色の髪を短く切り揃えている。眉はやや太くキリッとした印象で、その下の目はやや目尻がつり上がっているだろうか。瞳は明るい茶色をしている。
服はところどころ薄汚れた厚手のツナギの様なものを着ている。格好だけ見れば工房の職人なのだと思われるが…
「悪ぃ!待たせたなっ!」
「い、いえ。えっとギルドの紹介で装備の修理をお願いしたいんですけど…」
どう考えても見た目は子供なのだが、レオナールさんの件もある。さすがに俺もいきなり子供扱いはしないでやんわりと用件を伝える。
「修理の依頼?とりあえず物を見せてくれっか?」
「ええと…、失礼ですがあなたは?」
いきなり装備品を見せろと言うので、まずは相手が誰なのか尋ねてみる。
「ん?あたし?あたしはここの主人でカトリナ・ブルンベルヘンだよっ!」
少女がそう名乗ったので俺たちは「やっぱり」と顔を見合わせた。そりゃレオナールさんが意味ありげな顔をする訳である。恐らく彼女もレオナールさんと同じように見た目通りの年齢ではないのだろう。
「し、失礼しました。俺は冒険者のノブヒト・ニシダと言います。こっちはレイジ・スギミヤさんです」
俺は自分の自己紹介をしてから合わせてスギミヤさんも紹介する。スギミヤさんは「どうも」と言って軽く頭を下げた。
「冒険者?見ない顔だねぇ。まあいいや。それで修理する品は?」
少女、カトリナさんが急かすので俺たちは合わせて鞄から装備を取り出してカウンターの上に置いた。置いてから「届くのかな?」と思ったが、どうやらカウンターの裏には踏み台があるらしく彼女はそれに飛び乗ったようだ。
「革鎧に全身鎧か」
彼女はそう呟くと早速チェックを始めた。最初に俺の革鎧を手に取って、傷の具合を調べたり軽く叩いてみたりした後、今度はスギミヤさんの黒い全身鎧を同じように調べている。
「ふんふん…そっちの坊主!この革鎧の素材は何か分かるか?」
「蜥蜴亀だと聞いてます」
そうして俺たちの装備をチェックしていたカトリナさんは少し考えた後に俺に聞いてきた。俺はウィーレストにあるローダン工房のオグズ親方から聞いた通りに答える。
それを聞くとカトリナさんは「なるほど…」と呟いて、また何か考え込んでしまった。
「ふー。だいたい分かった。まずそっちの坊主。おめぇさんの装備をこの工房で直すのは無理だな」
「えーっ!?何でですかっ!?」
考えがまとまったらしきカトリナさんの一言に、俺は思わず大声を上げた。そんな俺に「まあ落ち着け。ちゃんと説明してやっから」というとカトリナさんが詳しく説明してくれた。
「先に破損箇所を説明するぞ?まずはこの胸に付いた大きな引っ掻き傷、それから細かな傷も結構付いてるな。それから固定ベルトの一部が切れ掛かってるから、これも交換が必要だな。ここまではいいか?」
カトリナさんの説明に頷く。
「よし!じゃあ次は修理出来ない理由だが、単純な話だ。素材が手に入らん」
何とも単純な話だが、そもそもアーリシア大陸には蜥蜴亀が生息していないそうだ。
「そんな…」
この鎧はローダン工房の見習い職人さんが作ったらしいが、軽くて動きやすく、その上丈夫だったので愛着があるだけにショックだ。
「なあ、あんた、物は相談なんだが…」
「……なんでしょう?」
ショックを受けてる俺にカトリナさんが控えめに言ってきた。
「いや、なに、少しこの鎧をうちに預けてみないか?」
「えっ!?修理は出来ないんですよね?」
カトリナさんの提案に驚いて聞き返す。
「ああ、修理は無理だが、この鎧の作りがちょっと変わってると思ってな。同じ物は無理だが似たような物なら作れるかもしれない」
「本当ですかっ!?」
「あ、ああ。で、どうだ?」
俺の勢いにカトリナさんが若干身を引くが、今はそんなことより装備だ。
「もちろん構いません!あっ!でも、分解とかはしないでくださいね?」
「しねぇーよっ!たぶん2、3日で出来るからその頃にまた来な」
「分かりましたっ!」
俺の心配を全力で否定しながら、彼女は俺の装備一式を脇へと寄せた。
「さて、次はそっちの兄ちゃんの装備だが…これドワーフ製か?」
「そうだが…?」
次にスギミヤさんの装備に移ったのだが、説明の前にカトリナさんがそんなことを聞くのでスギミヤさんも戸惑いながら肯定の返事をする。その返事にまた「そうか…」と今度は何やら深刻そうに少し考え込んだ後、自分を不思議そうに見ている俺たちの視線に気付いたのか「悪ぃ」と頭を掻くと改めて説明を始めた。
「まず全身鎧のほうだが、こっちは細かい傷だけだからそれほど時間は掛からないな。そっちの坊主の鎧と同じで2、3日待ってもらえば補修出来る。問題は盾なんだが…」
「難しいのか?」
「……そうだな。まず使われてるのが黒ウーツ鋼だろ?コイツが手に入らない。まあ手に入ってもあたしじゃ扱い切れんがね…」
そういうとカトリナさんは自嘲気味に笑った。
「……失礼を承知で聞くが、あなたはドワーフではないのか?」
「っ!?」
そんなカトリナさんにスギミヤさんがそう言うと、彼女は驚いた様に目を見開いた。
「いや、違っていたり隠していたりしたなら申し訳ない。あなたの容姿が彼らに似ていたのでそうじゃないかと思っただけなんだが…」
スギミヤさんはその様子に少し戸惑ったように付け足した。
「そうか…あんた、ドワーフに会ったことがあるのかい?」
「俺は元々クロギア大陸の方にいたのでそのときに少し、な」
彼女はスギミヤさんの返答にもう一度「そうか…」と呟くとまた何事か考え込んでしまったようだ。俺とスギミヤさんは顔を見合わせるが、とりあえず彼女が何かアクションを起こすまで待つことにした。
「いや、すまなかった。ちょっといろいろ思い出してね…。まず、あんたの問いに答えるけど、あたしは正確言えばドワーフではないよ」
再起動した彼女はそう言うと一度俯いたが、すぐに顔を上げて言った。
「あたしの両親はドワーフと魔族なのさ」




