後始末と解体場
2020/8/27 改稿
「そちらはどうですか?」
「もうすぐ終わる。そっちは?」
「こちらもそろそろ片付くと思います」
俺たちは周りに散乱する熊と蜂の死骸を片付けていた。血の臭いにつられた他の獣やクリーチャーが寄ってこないようにするため、狩った獲物は素材を剥ぎ取ったら埋めるか燃やしてしまう必要がある。
熊はアイテムボックスをあまり大っぴらにしたくないこともあり、ギルドで借りた魔法の袋へ放り込んだ。魔法の袋の容量では、この大鬼熊ほどの大物を入れてしまうと他の物が入らなくなってしまうのだが致し方ない。
吸血蜂の死骸はこの場で必要な素材の剥ぎ取りをした。剥ぎ取り箇所は羽と麻痺毒を作る器官である痺臓と呼ばれる部分、そして、俺が武器に使った針である。
そう、あの針は実は素材、それも結構高級な素材だったりする。痺臓もそうだが主に麻痺回復用の薬の材料になる他、闇では武器へ加工されて売られているそうだ。その買取価格は驚きの銅貨8枚、あちらの金額に直すと約8千円である!仕方なかったとはいえ2万4千円を無駄にしてしまった…
閑話休題。
話が逸れてしまったが、俺たちは仕留めた20匹から素材を剥ぎ取る。熊もさすがに針は食べない様で、奴が食い散らかした残骸からも7本ほど回収出来た。
素材の回収が終わった残りは地面に小さなくぼみを作って放り込み、アイテムボックスから瓶を取り出すと中身をその上へ掛けていく。瓶の中身は油で、これに火を点けて残骸を燃やしてしまう。
「これで一通り終わりですね」
「そうだな。それにしても―」
揺らめく炎を見ながらスギミヤさんに話し掛けると、彼は俺のことを頭の上からつま先まで見た後、自分のことも同じように見た。
「???」
「いや、何、お互いひどい格好だと思ってな」
スギミヤさんが苦笑するので、俺も自分の格好を見る。
胸には熊の爪痕が4本、左から右へ斜めに付いていた。腹回りには蜂の黄色い体液がこべり付き、鼻が麻痺してしまって分からないが恐らくひどい刺激臭を放っていると思われる。
そういえば熊の攻撃が胸元を掠めたとき、「ぶちっ」という嫌な音もしていた。それ以外にも無数に小さな傷が付いていて、街に戻ったらどこかの工房で本格的なメンテナンスをしてもらう必要がありそうだ。
視線をスギミヤさんへ移す。
彼の黒い全身鎧も至る所に無数の傷が付いていた。とくに左腕に装備していたラウンドシールドは所々に凹みや大きな傷が出来ている。こちらもやはり一度工房などで見てもらったほうがいいだろう。
「全くです…はぁー、ハルヴォニにいい工房ありますかね…」
「戻ったらギルドかレオナールさんにでも聞いてみよう。さて、とりあえずさっさとこの辺りで取れる採集を終わらせて街に戻ろう」
「そうですね」
そう言うとスギミヤさんは火の側から離れてく。俺も手近な薬草の採集を再開した。
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俺たちが街に着く頃には日がだいぶ傾いていた。大移動の噂で街を訪れる人は減ったと聞いていたが、それでも門の近くには数十人の人が入場待ちをしている。服装からすると依頼を終えた冒険者が多いようだ。
「どうしたんですかっ!?」
俺たちの番がきてその姿を見た衛兵が目を丸くする。しっかりと鼻を摘んでるあたりやはり臭うのか…
「いや、ちょっと厄介なクリーチャーに遭遇しまして…」
ただでさえ悪臭を撒き散らして注目されているところに、衛兵の反応で更に視線が集まってばつが悪い。俺たちはさっさと入場税を支払ってそそくさとその場を立ち去った。
「勘弁してほしいんですけど…」
「気にするな」
街に入ってからもすれ違う人たちが俺たちの姿に目を丸くしたり、露骨に鼻を摘んで眉を顰めたりして居心地が悪い。泣き言を言う俺の隣でスギミヤさんはクツクツと笑っている。
「はあー」
ため息を吐きながら足早へギルドへと急いだ。
ギルドに入ると中にいた人たちがこちらを見て一斉にギョッとした顔をする。幾分外よりはマシとはいえ、ここでも眉を顰めたり鼻を摘んだ人がいた。
「はぁー」
もう一度ため息を吐いて足早に受付へと向かう。
「お待たせいたしました。本日は――ってなんか臭っ、てどうされたんですかっ!?」
完了受付でも対応に出てきたおばさんが目を丸くした。
「そ、それが実はですね―」
俺は内心で「またか…」と溜息を吐きつつ、掻い摘んで何があったかを説明した。
「あんな浅いところで大鬼熊がっ!?わ、分かりました。私は上に報告してきますので、あなた方はとりあえず先に裏の解体場へ買取品を運んでください!その他の買取品や達成報告は後ほど受け付けますので!!」
「は、はい!」
そう言うとおばさんはこちらの返事も聞かずに奥へと駆け出していった。
「と、とりあえず言われた通り解体場へ行きましょうか?」
「そ、そうだな」
おばさんの勢いに呆気に取られながら、とりあえず俺たちは裏の解体場へと向かうことにした。
「混んでますねぇ…」
解体場は非常に混雑していた。何せ大移動であちこちにクリーチャーが出現するので、平時に比べ多くのクリーチャーが狩られている。普段は森の奥でなければ出会わないようなクリーチャーも多いため、素材となる部位が多いクリーチャーをそのまま持ち込むことが増えているのだろう。
「おいっ!邪魔だっ!」
「す、すいませんっ!」
「ったく入り口でつっ立ってんじゃねぇよ!」
入り口で呆気に取られてしまったため、後ろから来た大柄な冒険者に怒鳴られてしまった。慌てて横に避けると、相手は睨むように吐き捨てて解体場へと入っていった。
「と、とりあえず誰か…あっ、あそこの人に聞いてみましょう!」
「そうだな」
混雑する解体場でちょうど手が空いてそうな男性を見つけてそちらへと足を向けた。
「すいません。受付で先にこちらに行くように言われたんですが…?」
「ああん?先にこっちにって急ぎか?ったくこの忙しいのに簡単に仕事回しやがってっ!」
話し掛けた男性が苛立たしげにガシガシと頭を掻いた。
「あの、その、なんかすいません…」
「ああん?いや、悪ぃ。兄ちゃんが悪い訳じゃないんだよな。で、獲物はなんだ?」
俺が頭を下げると男性もばつの悪そうな顔してから言った。
「大鬼熊なんですけど…」
「大鬼熊?そりゃまた大物だな。森の奥へでも行ったのかい?」
「いえ、それが入ってすぐの沢の辺りでして…」
「沢っ!?あの辺に出たのかっ!?いよいよ大移動が本格化してきたってことか…」
やはりあの辺りで大鬼熊が出ることは通常ではありえないようだ。男性は何やらブツブツと考え込んでいる。
「あ、あの…」
「おっ!あっ、悪ぃ、悪ぃ。ちょっと今後のことを考えちまってな。で、その大鬼熊は?」
「あ、はい!スギミヤさん、お願いします!」
俺が隣のスギミヤさんに言うと彼はこくりと頷いて、少し広いスペースへ移動すると魔法の鞄を引っ繰り返した。
ドスンッという音とともに体長4mを超える熊が姿を現した。その音に騒がしかった周囲が一瞬しーんっと静まりかえりこちらに視線が集まる。
その状況に俺は「今日はよくよく人に注目される日だなぁ」と現実逃避するのだった。




